63 祀莉の助言?
祀莉と桜の誕生日が一緒だという事実が発覚した翌日。
いつも通り北条家の車で学園に向かっている中、祀莉は要をの顔をちらりと盗み見た。
鋭くつり上がった目に、いつものキレがない。
それに瞬きが多く感じる。
ふわぁっと小さくあくびをした後、薄く開けた目を擦っていた。
「要、大丈夫ですか?」
「え? あ、あぁ……」
珍しく目が覚めている祀莉に驚きつつ、要は短く返事をした。
ここのところいつも眠そうにしている。
授業中、居眠りをするということはないが、休み時間の間に机に伏せている姿を見るようになった。
諒華にどうしたの?と訊かれたが、祀莉の方が訊きたいくらいだった。
クラスメイトも先生も心配そうに見守っている。
しかしその原因が昨日の勉強会で発覚した。
桜の誕生日プレゼントのために何かをしているのだと、祀莉は確信した。
(疲れが出るほど真剣に何をプレゼントしようとしているのでしょうか……。気になります! さりげなく訊いてみましょう!)
後日教えてもらっても良いのだが、気になって仕方がない。
我慢できずに探りを入れてみることにした。
「あの、要……えーっと」
「ん?」
「と、ところで誕生日プレゼントは決まりましたか?」
「──な……っ!?」
さりげなくとはほど遠いストレートな祀莉の質問に、要はさっきとは比にならないほどの驚きを見せた。
ばっちり目が覚めたんじゃないかというくらいに大きく目を見開いている。
「……なんで知ってるんだ」
大きく開かれた目を今度は普段以上にギロリと尖らせて低い声で言った。
じと……っと祀莉を見る目がなんとも居心地が悪い。
素早く目をそらして言い訳を口にした。
「えっと……だって桜さん、気づいて……」
「あいつ、余計なことを……」
小さな呟きとともに、はぁ……と大きくため息を吐く。
気が抜けたように背中をシートに預けた。
「で? で? 何にしようと思っているんですか?」
「いや、まだ……」
(まだ……? ということは決まってない?)
まだ時間はあるにしても、もうそろそろ準備しておいても良い頃だ。
むしろ遅いくらい。
クリスマスと重なっているから決めたと思ったときに売り切れていたら悲惨だ。
(要って今まで誕生日にプレゼントなんてしたことあるのでしょうか?)
「誕生日やお祝いに女性にプレゼントを贈るのって初めてですか?」
「え……あ、いや……まぁ……」
「?」
なんとも煮え切らない返事だ。
眠くて頭が回っていないのかもしれない。
贈るプレゼントが決まっていないのに、なぜこんなにも睡眠不足な顔をしているのだろうか。
(ははーん。さてはプレゼント選びに苦戦してますね!)
「…………何が良い?」
(ほらやっぱり! わたくしに頼るほど切羽詰まってるんですね!)
窺うように祀莉に問いかける要が微笑ましくて、つい笑ってしまいそうになった。
かくいう祀莉も桜がもらって嬉しい物なんて見当もつかなかった。
要からのプレゼントならなんでも喜んでくれそうだが……ここは同じ女性として、ハズレ感のなさそうな物を考えた。
「そーですね……。指輪なんてどうでしょう?」
「指輪?」
「はい! 桜色──いえ、薄いピンクの石がついているものなんて可愛らしくて良いと思いませんか?」
「……」
“桜色”なんてわざとらしいかと思い、敢えて薄いピンクと言い直した。
相手は女の子なんだからアクセサリー、特に指輪なんて嬉しいに決まっている。
要は顎に手を添えて黙っていた。
(あら? 要的にはあんまりな感じでしょうか……?)
「祀莉、手を出せ」
「はい? 手ですか? どうして?」
「良いから」
よく分からないまま要に近い方の手を差し出した。
祀莉の左手の指をじっと眺めたり触ったり。
指と指の間を触られると少しくすぐったかった。
(わたくしと桜さんの指のサイズがが同じとは限らないのですが……)
「知ってますか? 人によって指輪のサイズは違うんですよ?」
「は?」
違ったサイズで作って後で恥をかいては台無しだ。
そう気遣ってのことだったが、「なに言ってんだ、当たり前だろ?」という顔を向けられてしまった。
***
「要様、祀莉様。着きましたよ」
学園の送迎場所に到着した。
停車してからしばらくして、運転手が後部座席の扉を開けた。
瞬間、冷たい空気が車内に入り込んだ。
この寒い中、校舎まで歩くのは辛い。
短い距離だが寒いものは寒い。
着ていたコートのボタンをきっちり留めて、マフラーと手袋をつけながら外に出る準備をした。
「予鈴までまだ時間はあるな?」
車内から出る準備をしない要が運転手に尋ね、時間を確認していた。
「え? はい、20分ほどあります。お忘れ物ですか?」
運転手が腕時計を見ながら現在の時刻を告げた
忘れ物と言っても、今から自宅に取りに帰っては確実に遅刻してしまう。
諦めるか、あとで届けてもらうしかないだろう。
しかし要は首を横に振った。
「いや、そういうわけじゃない。……少し寝る」
シートベルトを外した要は倒れるように後部座席に横になり、隣に座る祀莉の膝に頭を乗せた。
「え……? ひゃっ!?」
「15分経ったら起こせ」
「畏まりました」
「ちょ……っ、要っ」
祀莉の膝を枕代わりにして仮眠をとるつもりのようだ。
ぐいぐいと膝の上の頭を押しのけようとしていた手を簡単に絡めとられ、とうとう祀莉は身動きが取れなくなった。
せめてシートベルトを外しておけばもう少しマシな抵抗ができたが……。
頭を置いたまま動く気配のない要のへと視線を落とす。
「あの……わたくしは先に教室に」
「うるさい。いつも俺の肩を貸してやってるだろ」
「……」
貸してもらっていたというより、いつの間にか要の肩に寄りかかっているのだが、肩を借りていることには変わりないので何も言えずに黙った。
意外と長い15分間を、祀莉は静かに時間が経つのを待った。




