第89話 託された三つの光
――安藤はち視点――
神界での改修作業を終えた翌朝。
自分達は、アルカディアへ戻るための門の前に立っていました。
白い柱に囲まれた巨大な門。
その表面には金色の紋様が浮かび、行き先となる世界の座標が幾重にも表示されています。
神界へ来たときは、見るものすべてが珍しくて仕方がありませんでした。
ですが、今は違います。
自分の前には、三つの細長い収納容器が浮かんでいました。
第一試作機。
第二試作機。
第三試作機。
プラスエネルギーを届けるために作り上げた、新しいライトアークレイシリーズです。
「忘れ物はありませんか?」
アテナさんが尋ねます。
「三回確認しました♪」
「ハチは四回確認してた」
隣にいたステラが、淡々と訂正しました。
「一回多いくらいが丁度良いんですよ」
「五回目を始めようとしてた」
「……わふっ」
フィナさんが、口元へ手を添えて笑っています。
いやね?
今回は本当に大事な物ばかりなんですよ。
神界で作ったプラスエネルギー貯蔵庫。
ステラの次元神プログラムへ加えた新しい構造。
三つのライトアークレイ試作機。
SIAへ組み込んだ専用制御領域。
さらに、自分が飛ぶためのエアリアル・ウィング。
一つでも忘れたら、アルカディアへ戻ってから大変なことになります。
「はちさん」
「はい?」
「収納容器は、すでにSIAの保管領域へ登録されています。門を通過するときも、自動的に同行します」
「分かっていますよ」
「その説明も、昨日から三回目です」
「……アテナさんまで、ステラ側に回りましたね?」
「私は最初から安全側です」
真顔で返されました。
フィナさんは、もう隠そうともせず笑っています。
まったく。
皆さん、自分を心配性みたいに扱っていませんかねぇ。
「そろそろ行きましょう」
アテナさんが門へ手を添えました。
金色の紋様が大きく広がり、中央に光の道が現れます。
その向こうに見えたのは、見慣れたAEGIS本部の転移区画でした。
「アルカディア側との接続は安定しています」
「それでは、帰りましょうか♪」
自分はステラの手を握りました。
アテナさんとフィナさんも、後ろから続きます。
四人で光の道へ足を踏み出しました。
◇ ◇ ◇
一瞬だけ、身体が軽くなる感覚。
次に目を開けたとき、自分達はAEGIS本部の転移区画へ立っていました。
白と青を基調とした壁。
床へ刻まれた転移用の術式。
そして――。
「ハチちゃん!」
「わふっ!?」
正面から、いろはさんが勢いよく駆けてきました。
避ける間もありません。
そのまま抱き上げられます。
「お帰り、ハチちゃん!」
「た、ただいまです、いろはさん!」
抱き締める力が、少し強いです。
痛いほどではありません。
でも、五日ぶりとは思えない歓迎ですねぇ。
「はちお姉ちゃん、お帰りなさい!」
いろはさんの隣から、ヴィリノちゃんが両手を伸ばしてきました。
「ただいまです、ヴィリノちゃん♪」
いろはさんが自分を下ろすと、今度はヴィリノちゃんが腰へ抱き付きます。
自分は、その頭を優しく撫でました。
「研究、終わったの?」
「はい。ちゃんと完成しましたよ♪」
「ハチは、最後に変な飛び方してた」
「ステラ!?」
「変な飛び方?」
レイさんが、興味深そうにこちらを見ました。
その隣では、かえでさんも笑いを堪えています。
「最初だけですよ! 今はちゃんと飛べますからね!」
「最初は回ってた」
「ステラぁ……」
「ハチちゃんらしいね♪」
いろはさんまで笑っています。
帰って早々、自分の失敗を公開されてしまいました。
ですが。
皆さんの顔を見た瞬間、胸の奥にあった緊張が少しだけ解けたのも確かです。
神界へ行く前と変わらない声。
変わらない笑顔。
自分が戻る場所は、ここなのだと思えました。
「お帰りなさい、アテナさん、フィナさん」
いろはさんが二人へ頭を下げます。
「ハチちゃんとステラを、ありがとうございました」
「こちらこそ、お二人には大きな力を貸していただきました」
アテナさんも穏やかに応えました。
「研究中のはちさんを止めるのは、大変でしたが」
「わふっ!?」
「やっぱり無茶したん?」
かえでさんの目が細くなりました。
「してませんよ! ちゃんと寝ました!」
「夢の中でも設計を考えようとしてた」
「ステラさん!?」
逃げ道が消えていきます。
レイさんが小さく息を吐きました。
「あとで、詳しく聞かせてもらうからね」
「……お手柔らかにお願いします」
研究は成功したのに、帰還直後から説教の予定が入りました。
何故でしょうねぇ。
◇ ◇ ◇
それから一時間後。
自分達は、AEGIS本部の会議室へ集まっていました。
いろはさん。
レイさん。
かえでさん。
アテナさん。
フィナさん。
ステラ。
そして、自分。
ヴィリノちゃんは、説明が終わるまで別室で待ってもらっています。
今回作った装置は、ヘルカイザーさんの暴走へ直接関わるものです。
幼いヴィリノちゃんへ、危険な話まで聞かせる必要はありません。
「では、始めます」
自分は左手首へ意識を向けました。
「シア」
『はい、ハチ様』
腕時計型のSIAが起動します。
左腕の外側へ本体が展開し、その上に青白い魔力ディスクが形成されました。
主操作層の外側に、薄い補助層が重なっています。
「SIA、三機を出してください」
『承知しました』
会議室の中央へ、三つの光が現れました。
光は細長い収納容器となり、音もなく床へ降ります。
封印を解除すると、蓋がゆっくり開きました。
第一試作機は、漆黒の長杖。
細い金色の線が外装を走り、先端には一つの砲口があります。
第二試作機は、二本の短杖。
左右の手で扱えるように作られ、必要に応じて一つの制御系として同期します。
第三試作機は、短杖と複数の浮遊端末。
広い範囲の座標固定と、防御領域の形成に特化しています。
「これは……」
いろはさんが、第一試作機へ近付きました。
「前にハチちゃんが作ってくれた、ダークアークレイ……?」
「形は似ています。でも、もうダークアークレイではありません」
自分は三つの試作機を見渡しました。
「新しい名前は、ライトアークレイです」
「ライト……」
「はい。誰かを倒すための闇ではなく、暴走の中にいる人へ光を届けるためのデバイスです」
正直に言えば、少し格好を付けました。
ですが、この名前に込めた意味は本当です。
ヘルカイザーさんを消滅させるためではない。
マイナスエネルギーへ偏り過ぎた貯蔵庫へ、プラスエネルギーを届ける。
互いに反発する二つの力を、強引にぶつけるためでもない。
ヘルカイザーさんの中に残っている構造を利用し、暴走を抑える新しい均衡を作るための光です。
「ただし、完成したからといって、すぐ使えるわけではありません」
自分は説明用の画面を開きました。
「この三機は、使用者の魔力をそのまま砲撃へ変えるデバイスではありません。自分とステラが作ったプラスエネルギーを、ヘルカイザーさんの貯蔵庫へ運ぶための経路になります」
「ハチとステラが、力の供給元になるんだね」
レイさんが確認します。
「はい。自分は後方から三機へ供給します。座標の固定、出力監視、異常時の停止も自分が担当します」
「ほんなら、うちらは?」
「皆さんには、それぞれのライトアークレイを持って、光をヘルカイザーさんへ届けてもらいます」
かえでさんが、第三試作機へ視線を向けました。
「一機ずつ、役割が違うんやな?」
「はい」
第一試作機の構造を表示します。
「いろはさん用に想定した第一試作機は、高出力砲撃型です。一つの砲口へ光を収束し、正面から貯蔵庫へ経路を作ります」
次に、第二試作機。
「レイさん用の第二試作機は、高速機動型。二本の短杖で次元防壁の揺らぎを測り、第一試作機の光が通れる箇所を探します」
最後に、第三試作機。
「かえでさん用の第三試作機は、広域制御型です。浮遊端末で座標を固定し、次元防壁が光を別の場所へ移そうとする動きを抑えます。防御領域も展開できます」
三人は、すぐには答えませんでした。
当然です。
見たこともない装置を突然渡され、使ってくださいと言われても困るでしょう。
「危険は?」
最初に尋ねたのは、レイさんでした。
「あります」
自分は隠さず答えます。
「ヘルカイザーさんの次元神は、あらゆる攻撃を次元の裂け目へ移せます。この光も絶対に届くとは限りません。それに、自分とステラの供給が乱れれば、三機は停止します」
「暴走する可能性は?」
「安全機構を三重に入れました。使用者、自分、SIAのどこか一つでも異常を検出すれば停止します。ですが、実戦で想定外が起きないとは言えません」
かえでさんが腕を組みます。
「ヘルカイザーの中へ光が届いたあと、どうなる?」
「そこも、確実とは言えません」
会議室が静かになりました。
「理論上は、マイナスエネルギーへ偏った貯蔵庫の中で、プラスエネルギーが独立した流れを作ります。反発を抑えながら量を増やせれば、暴走の原因を弱められます」
「失敗したら?」
いろはさんが、真っ直ぐに自分を見ます。
「最悪の場合、以前より大きな暴走が起きます」
その可能性も、隠してはいけません。
「だから、無理に使ってほしいとは言いません。このデバイスを使うかどうかは、皆さんが決めてください」
自分は三人へ頭を下げました。
「自分が勝手に作ったものです。危険もあります。断っても、自分は――」
「使うよ」
「……わふっ?」
顔を上げます。
いろはさんが、第一試作機の前に立っていました。
「危険があることは分かった。それでも、ヘルカイザーさんを助けられる可能性があるんだよね?」
「はい。でも――」
「だったら、私は使いたい」
迷いのない声でした。
「あの人がしてきたことを、なかったことにはできないよ。今もAEGISを制圧しようとしている。止めなくちゃいけない相手なのも変わらない」
いろはさんは、ライトアークレイへ手を伸ばします。
「でも、暴走に苦しんでいるなら、そのままにはしたくない。戦って止めるだけじゃなくて、戻れる道があるなら作りたい」
「いろはさん……」
「それに、ハチちゃんとステラが五日間頑張って作ったんでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「なら、今度は私達の番だよ」
その横へ、レイさんが並びました。
「私も使う」
「レイさん」
「いろは一人を行かせるつもりはないよ。それに、次元防壁の経路を探す役目なら、私の速さを活かせる」
かえでさんも、第三試作機の前へ進みます。
「ここまで聞いて、うちだけ断ると思ったん?」
「……いえ」
「危険やからこそ、誰が何をするか決める必要がある。ハチちゃんが後ろで全体を見るなら、うちは前で座標を守る」
三人とも、使用することを選びました。
嬉しい。
ですが、それ以上に責任を感じます。
この三機を作ったのは自分です。
三人の命を預かり、ステラの力も借りる。
失敗したときに、知らなかったでは済みません。
「ありがとうございます」
自分は、もう一度頭を下げました。
「必ず、安全に使えるように調整します」
「うん。お願いね、ハチちゃん♪」
◇ ◇ ◇
午後。
AEGISの広域訓練場へ移動した自分達は、使用者登録を始めました。
最初は、いろはさんです。
第一試作機を両手で持ち、中央の認証核へ魔力を流します。
漆黒の外装を走っていた金色の線が、いろはさんの魔力色を含んだ淡い桜色へ変わりました。
『魔力波形を登録しました』
『第一試作機、天城いろはを正式使用者として認証』
「少し、重いかな」
いろはさんが、長杖をゆっくり動かします。
「砲身内部の収束領域が、今までのアークレイより多いんです。重量感は魔力補助で軽くできます」
「ううん。軽くし過ぎない方がいいよ」
「何故です?」
「撃つときに、軸が分かりやすいから」
なるほど。
いろはさんは、腕の感覚だけでなく、杖全体の重さを使って照準を固定しているようです。
「では、重量補助は二割だけにします」
「うん。それが良さそう」
次は、レイさん。
二本の短杖へ同時に魔力を流します。
金色の線へ、青白い光が加わりました。
『第二試作機、レイ・シルビアを正式使用者として認証』
レイさんは短杖を左右へ構え、すぐに数歩動きます。
「長さは良い。でも、切り返したときに右側が少し遅れる」
「左右は同じ重量ですけど……」
「私の持ち方が違うんだと思う。右は攻撃、左は防御へ使うことが多いから」
「なら、右の先端を少し軽くして、左の制御核を手元へ近付けます」
シアへ調整を指示します。
短杖の内部構造が僅かに動き、重心が変化しました。
レイさんが再び振ります。
「うん。これなら動ける」
最後は、かえでさんです。
短杖を握り、周囲へ六つの浮遊端末を展開します。
金色の線へ、紫を含んだ白い光が加わりました。
『第三試作機、かえでを正式使用者として認証』
「端末の距離が少し近いな」
「どのくらいが良いですか?」
「今の一・五倍。防御領域を広げるとき、最初から外側にいた方が早い」
「ですが、近距離から攻撃された場合は内側が空きます」
「そのときは二機だけ戻す。四機で外、二機で内側や」
「なるほど。二重制御ですね」
配置規則を書き換えます。
六つの端末が広がり、そのうち二つだけがかえでさんの近くへ戻りました。
「これならいける」
三人とも、同じデバイスを渡すだけでは駄目でした。
戦い方。
構え方。
身体の動かし方。
本人にしか分からない感覚があります。
神界で未登録のままにしておいて正解でしたねぇ。
◇ ◇ ◇
使用者登録が終わると、今度は接続試験です。
「ステラ」
「……うん」
「「ユニゾン・イン!」」
金色の光が自分を包みました。
片方の瞳が金色へ変わり、黒を基調としたバリアジャケットが展開されます。
右手中指の指輪型カードケースから、一枚のカードを取り出しました。
左腕のSIAを起動。
青白い魔力ディスクの補助層へ、カードをセットします。
「エアリアル・ウィング、起動」
背中へ、青白い二枚の光翼が広がりました。
虹色の粒子が舞い、自分の身体が地面から離れます。
「おお……ハチちゃんが飛んどる」
かえでさんが驚いた声を上げました。
「ちゃんと飛べるようになったんですよ♪」
「回らない?」
いろはさんが、少し心配そうに尋ねます。
「回りません!」
ステラが内側から、小さく笑った気がしました。
自分は三人の後方上空へ移動します。
SIAの主操作層は空いたまま。
カードを使う必要が出ても、すぐに対応できます。
「ライトアークレイ、接続開始」
『第一、第二、第三試作機へ接続します』
三本の細い金色の光が、SIAから各試作機へ伸びました。
「供給量、一パーセント」
プラスエネルギー貯蔵庫から、ごく僅かな光を流します。
第一試作機の砲口。
第二試作機の二本の短杖。
第三試作機の六つの端末。
すべてが同時に輝きました。
『接続、安定しています』
「いろはさん、軽く構えてください」
「分かった」
いろはさんが、第一試作機を正面へ向けます。
「レイさんは、訓練場を一周してください」
「うん」
レイさんが飛び出しました。
二本の短杖が、移動しながら周囲の次元座標を読み取ります。
「かえでさん、座標固定を」
「任せて」
六つの端末が広がり、訓練場中央の標的を囲みました。
最初の十秒は正常。
二十秒。
三十秒。
問題ありません。
しかし、四十秒を越えたところで、第二試作機の供給線が揺れました。
『警告。第二試作機との同期率が低下』
「レイさん、速度を一段落としてください!」
「分かった!」
レイさんが速度を落とします。
ですが、揺れは消えません。
「シア、原因を」
『使用者の魔力波形と供給切り替え周期に、僅かな不一致があります』
「神界で設定した周期が、レイさんの加速へ追い付いていない……」
供給を止めれば、安全に終了できます。
でも、これでは実戦で使えません。
「レイさん、そのままの速度を保ってください」
「ハチ、直せるの?」
「直します」
SIAの補助層へ新しい制御式を展開します。
一定の周期で供給する方式を解除。
レイさんの魔力波形を先読みし、加速する直前に供給先を切り替えます。
「同期予測、開始」
揺れていた金色の線が、少しずつ細く整っていきました。
『同期率、回復』
『第二試作機、安定領域へ復帰』
「成功です」
ほっとした直後。
『第三試作機、外周端末二機に遅延』
「今度はこっちか!」
かえでさんの端末配置を確認します。
外側の四機と内側の二機。
神界では六機を同じ距離に置いていました。
配置を変更したことで、光が届く時間に差が生まれています。
「外周端末へ〇・〇三秒早く送ります!」
供給順を修正。
六つの端末が同時に強く輝き、座標固定領域が安定しました。
「ハチちゃん、こっちは?」
いろはさんが尋ねます。
「第一試作機は……正常です!」
「私だけ何も起きないと、少し不安になるね」
「正常なのが一番ですよ!」
思わず声が大きくなりました。
三人が笑います。
まったく。
こちらは必死なんですからね。
「接続試験、終了します」
供給量をゆっくり下げます。
三本の金色の線が薄くなり、完全に消えました。
三機とも損傷なし。
使用者への負荷も安全範囲内。
SIAの制御領域も安定。
「終わりました……」
緊張が解けた瞬間、光翼の出力まで落ちました。
「わふっ!?」
身体が少し傾きます。
ですが、落ちる前に姿勢を戻しました。
ゆっくり高度を下げ、両足で着地します。
「回らなかった」
ステラが内側から告げました。
「そこを評価するのは、もうやめてください……」
ユニゾンを解除します。
ステラが隣へ現れ、自分の袖を軽く掴みました。
「ハチ、疲れてる」
「少しだけですよ」
「今日は、ここまでにしよう」
いろはさんが第一試作機を下ろしました。
「でも、まだ出力試験が――」
「今日は接続試験までって、最初に決めたよね?」
「……はい」
「続きは明日。ハチちゃんが倒れたら、全部止まっちゃうんだから」
反論できません。
今回のシステムでは、自分とステラが供給の中心です。
自分達が無理をすれば、三人まで危険に巻き込んでしまう。
「分かりました。今日は終わります」
「うん♪」
いろはさんが、自分の頭を撫でました。
子供扱いされている気もしますが、今日は大人しくしておきましょう。
レイさんとかえでさんも、それぞれの試作機を収納容器へ戻します。
「正式な名前は、どうするん?」
かえでさんが尋ねました。
「ライトアークレイシリーズまでは決めました。でも、一機ずつの名前は、まだです」
「ハチが決めなかったの?」
「皆さんが使うデバイスですから。最終的な名前は、皆さんに決めてほしいんです」
三人が、自分の試作機を見ました。
すぐに答えは出ません。
ですが、それで良いと思います。
名前は、ただ区別するための記号ではありません。
自分にとってのSIA。
自分が与えた、ステラという名前。
そこには、これから一緒に歩くという意志が込められています。
「ゆっくり考えるよ」
いろはさんが言いました。
「はい♪」
こうして、ライトアークレイ三機は、正式な使用者を得ました。
まだ最大出力は試していません。
実戦で使える保証もありません。
それでも、神界で形にした光は、確かにアルカディアへ届きました。
ヘルカイザーさんの暴走を止めるため。
そして。
あの人が自分自身へ戻る道を、消さないために。
◇ ◇ ◇
訓練場から戻ると、待合室の扉が勢いよく開きました。
「はちお姉ちゃん!」
ヴィリノちゃんが、こちらへ駆けてきます。
自分は慌てて腰を落とし、その身体を両腕で抱きました。
「お待たせしました、ヴィリノちゃん」
「お話、終わったの?」
「はい。試験も終わりましたよ」
ヴィリノちゃんは、自分の後ろにある三つの収納容器を見上げました。
「それが、神界で作ったもの?」
「そうです」
「どんなことができるの?」
どう説明しましょうかねぇ。
次元神。
プラスエネルギーとマイナスエネルギー。
貯蔵庫の反発。
そのまま話しても、六歳のヴィリノちゃんには難しいでしょう。
自分が考えていると、ヴィリノちゃんは首を傾げました。
「悪い人を倒す武器?」
「違います」
その答えだけは、すぐに出ました。
自分は、ヴィリノちゃんと同じ高さまで目線を下げます。
「自分の力を止められなくなった人へ、大丈夫ですよって伝えるための光です」
「大丈夫って?」
「一人で苦しまなくても良いって、教えるんですよ」
ヴィリノちゃんは、収納容器をじっと見ました。
「その人、怖い人なの?」
「はい。怖いことも、酷いこともします」
「じゃあ、助けるの?」
「怖い人でも、苦しんでいることまで放っておいて良い理由にはなりませんから」
これは、いろはさんが選んだ答えでもあります。
敵であることと、助ける可能性を探すこと。
どちらか一つしか選べないとは限りません。
止める。
罪から逃がさない。
そのうえで、暴走から救い出す。
難しい道ですが、最初から諦めるつもりはありません。
「はちお姉ちゃんらしいね♪」
「そうですか?」
「うん!」
ヴィリノちゃんが、満面の笑みを浮かべます。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥にある新しい貯蔵庫が、ほんの少し温かくなりました。
「……わふっ?」
痛みはありません。
小さな光が一粒だけ生まれ、静かに内部へ蓄えられていきます。
『プラスエネルギーの発生を確認しました』
シアの声が、頭の中へ届きました。
戦いのために作った仕組みではあります。
ですが、光が生まれるのは戦場だけではありません。
誰かの笑顔を見たとき。
無事に帰れたことを喜んでもらえたとき。
自分も嬉しいと思えたとき。
こうした日常の中でも、少しずつ貯まっていくのです。
「ハチ、どうしたの?」
ステラが隣から覗き込みました。
「いえ。ちゃんと動いていると思いまして」
「貯蔵庫?」
「はい♪」
ステラも、僅かに表情を柔らかくしました。
ヴィリノちゃんは話を理解できていないようですが、自分達が笑ったのを見て、同じように笑っています。
「ねえ、はちお姉ちゃん」
「何ですか?」
「その光に、絵を描いてもいい?」
「絵ですか?」
「うん。お日様とか、お星様とか!」
どうやら、収納容器へ印を描きたいようです。
自分は三人へ視線を向けました。
いろはさんは楽しそうに頷き、レイさんも反対していません。
かえでさんは、すでに端末で使える塗料を調べ始めています。
「正式な名前が決まってから、皆さんと一緒に描きましょうか」
「本当!?」
「はい。ただし、デバイス本体へ勝手に描いたら駄目ですよ?」
「はーい!」
元気な返事が部屋へ響きました。
神界で完成させたとき、三機はまだ試作機でした。
ですが、使う人が決まり、調整が進み、帰りを待っていた子が絵を描きたいと言ってくれた。
少しずつ、ただの装置ではなくなっています。
この光を、必ず届けたい。
自分は収納容器へ手を添え、静かにそう思いました。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
訓練場から遠く離れた建物の影で、一機の小型観測機が静かに停止していました。
その記録装置には、三つの金色の光が残されています。
観測機は音もなく向きを変え、アルカディアの空へ消えていきました。
その光が、誰のもとへ運ばれるのか。
今の自分達は、まだ知りません。
――第89話・終――




