第90話 三本のギアペンと未知の光
――ヘルカイザー視点――
アルカディアの空から帰還した小型観測機が、作業室の中央へ静かに降りてきました。
機体表面に損傷はありません。
追跡された形跡も、内部へ異物を送り込まれた痕跡もない。
回収用の台座へ着地すると、黒い球体に似た機体が花のように開き、中央の記録媒体を露出させました。
「お帰りなさい♪」
前脚を媒体へ触れさせ、記録を作業室の解析装置へ移します。
幾つもの画面が立ち上がりました。
最初に映ったのは、AEGISの訓練場。
天城いろはさん。
レイ・シルビアさん。
かえでさん。
三人が、それぞれ新しいデバイスを手にしています。
そして、その少し後方。
空中には、安藤はちさんの姿がありました。
「……飛べるようになったのですねぇ♪」
以前までのはちさんは、飛行能力を持つ召喚者へ乗るか、次元の裂け目を使って位置を変えていました。
ですが、映像の中では自ら空を飛んでいます。
背中に展開されているのは、半透明の翼。
左腕には、青白い魔力ディスクを展開したシア。
魔力ディスクには、一枚のカードが置かれています。
「なるほど。飛行能力をカードから得ていますか♪」
はちさん自身の戦闘能力を拡張したというより、必要な機能をシアへ追加したのでしょう。
面白い選択です。
自分の力を増やすためだけではない。
三人と同じ高度へ移動し、後方から全体を支援するための飛行能力。
映像の中で、はちさんが左腕を動かしました。
その直後、三人のデバイスが同時に金色の光を発します。
「ふむ……」
自分は映像を止めました。
正面。
右側面。
上空。
観測機が記録した三方向の情報を並べます。
いろはさんの手にあるのは、高出力砲撃へ対応した長杖型。
先端には単一の砲口があり、その周囲を金色の制御環が囲んでいます。
レイさんが持つのは、二本の短杖。
左右が独立して動き、高速移動中にも異なる方向へ術式を展開できる構造です。
かえでさんの手には短い杖。
その周囲には、六基の浮遊端末が配置されていました。
外見も、得意とする戦い方も異なります。
しかし、三機には同じ中枢構造が使われている。
「これは……♪」
自分は、思わず笑みを深くしました。
知らない仕組みではありません。
むしろ、自分がよく知っている構造に近い。
複数の端末を一つの中枢へ登録し、中枢から必要な力を各端末へ送る。
端末側から集めた情報と力を、中央で管理する。
術者ごとの魔力波形を登録しておけば、他者が触れても本来の性能は発揮できない。
「ギアペンと、似ていますねぇ♪」
無論、同じ発明ではありません。
目的も、扱う力も、細部の制御方式も違うでしょう。
それでも、中央と複数端末を結ぶ発想には共通点があります。
自分は解析画面の隣へ、別の保管記録を開きました。
表示されたのは、三本のペン。
一本目は、セリシアさんの魔力波形に登録した深紅のギアペン。
二本目は、リュミナさんへ渡した蒼いギアペン。
三本目は、ヴェルシアさんが所有する紫紺のギアペンです。
三本とも、自分がエクリプス達のために作りました。
彼女達の周囲で生じたマイナスエネルギーを自動的に集め、必要な量を中央の貯蔵庫へ送る。
さらに、戦闘時には貯蔵庫から力を送り返し、各自の魔法を補助することもできます。
使用者の意思と魔力波形を基準に動くため、余計な動作は必要ありません。
携帯しやすく、起動も速い。
何より、三人が同じ場所にいなくても機能します。
「似た発想へ辿り着いたのか。それとも、別のところから同じ形が生まれたのか……」
はちさんが自分のギアペンを見た記録はありません。
アテナさんも、ギアペンについては知らないはずです。
偶然でしょう。
技術というものは、目的が近ければ似た構造へ辿り着くことがあります。
ですが、だからこそ興味深い。
自分がマイナスエネルギーを扱うために作った構造を、はちさんは何に使うつもりなのでしょうか。
「さてさて……♪」
記録を再生します。
三人のデバイスから放たれた金色の光は、標的へ向かっていません。
いろはさんの長杖から出た光。
レイさんの二本の短杖が描いた軌跡。
かえでさんの六基の端末から伸びる細い光線。
すべてが訓練場の中央にある中継術式へ集まり、そこから、はちさんのシアへ接続されています。
「攻撃ではない……」
砲撃なら、標的へ向けるはずです。
拘束術式なら、対象の周囲へ展開するでしょう。
防御障壁なら、術者か保護対象を覆う形になる。
映像の光は、そのどれにも当てはまりません。
三人から中央へ。
中央から、はちさんへ。
そして、はちさんから三人へ戻る微かな流れもあります。
循環型の支援機構。
あるいは、複数人の力を一つに束ね、別の場所へ送るための経路。
「ふむふむ……」
自分は観測値を拡大しました。
しかし、肝心のエネルギー特性が判別できません。
金色の光は、魔力を視覚化したものです。
内部を流れている力まで、同じ色とは限らない。
しかも、今回の試験出力は非常に低い。
デバイスと使用者の接続確認。
三機同時起動時の誤差測定。
その程度に抑えられているようです。
観測機が拾えたのは、外側へ漏れた僅かな反応だけでした。
「神界で感じた振動と似ていますが……確定には足りませんねぇ」
あのとき、自分の胸の奥に残る異物が反応しました。
今日の映像を見ている間にも、同じ場所が微かにざわついています。
けれど、それだけで答えを決めるのは早い。
はちさんが何を作ったのか。
どこへ接続しようとしているのか。
どのような力を送るつもりなのか。
今の記録から読み取れるのは、三人のデバイスが単独の武器ではないということだけです。
「自分のディメンションウォールへ対抗する仕組みでしょうかねぇ♪」
可能性は高いでしょう。
普通の攻撃は、次元の裂け目へ流せます。
威力を高めても、速度を上げても、空間そのものを操作されれば届かない。
ならば、攻撃が届く前提を変える必要があります。
複数方向から次元座標を固定する。
裂け目が開く位置を先に封じる。
あるいは、こちらの次元神と同じ性質を持つ力で、空間操作へ干渉する。
「どれでしょうねぇ♪」
答えが映像だけで分かってしまえば、退屈です。
実際に動くところを見て、初めて判明する仕掛けもある。
はちさんが用意したものなら、なおさらでしょう。
自分は、三つのデバイスへ仮の識別名を付けました。
金色長杖。
双短杖。
六端末制御杖。
正式名称は、まだ確認できません。
映像記録の中でも、はちさんは三機をまとめてライトアークレイと呼んでいました。
「ライトアークレイ……光のアークレイですか♪」
以前、はちさんが使っていたダークアークレイ。
その技術を、いろはさん達にも扱える形へ作り直したのでしょう。
名前からも、過去の仕組みを捨てたのではなく、新しい目的へ使おうとしていることが分かります。
自分は記録を保存し、観測機の整備を開始しました。
次も同じ機体を使うとは限りません。
いろはさんは、一度こちらの視線へ気付きかけています。
はちさんのシアも、今回の記録では観測機を発見していませんでしたが、次はどうなるか分からない。
同じ方法を続ければ、こちらの癖を教えることになります。
「観測方法も変えた方が良さそうですねぇ」
侵入する必要はありません。
隠れて機密を盗む必要もない。
次に三機が本来の出力を使う場所へ、自分が直接行けば済む話ですからねぇ♪
◇ ◇ ◇
作業室の扉が開いたのは、解析を終えた直後でした。
最初に入ってきたのはセリシアさん。
続いてリュミナさん。
最後にヴェルシアさんが姿を現します。
三人とも訓練後のままです。
衣服には汗が滲み、呼吸にも僅かな乱れが残っていました。
以前なら、その状態を他人へ見せることを嫌ったかもしれません。
今は、疲労を隠す余裕がないのではなく、隠す必要がないと考え始めたのでしょう。
「本日の訓練は終了しました」
セリシアさんが報告します。
「設定された全項目を完了しています」
「あたしも終わったよ!」
リュミナさんが勢いよく手を上げました。
「最後のやつ、今度は一回も壁にぶつからなかったからね!」
「一度、床へ突っ込んでおったがな」
「あれは着地! ちょっと勢いが強かっただけ!」
ヴェルシアさんの指摘へ、リュミナさんが頬を膨らませます。
「床材を二枚交換する着地は、失敗と呼ぶのではありませんかねぇ♪」
「ヘルまで言うの!?」
「記録は正確に扱わなければなりませんから♪」
リュミナさんは納得していないようですが、反論する言葉は見つからなかったようです。
セリシアさんの口元が僅かに緩みました。
ヴェルシアさんも呆れた顔をしながら、以前より空気が柔らかい。
敗北から立ち直ったとは、まだ言えないでしょう。
それでも、部屋へ閉じこもっていた頃とは違います。
三人は、自分の足で訓練場へ戻りました。
自ら次の課題を求め、今日の訓練を最後まで終えた。
小さな変化ですが、大切な前進です。
「お疲れ様でした♪」
自分は三人の前へ、小さな台を三つ呼び出しました。
「ギアペンの状態も確認しますよ♪」
三人が、それぞれ自分のギアペンを取り出します。
深紅。
蒼。
紫紺。
三本のペンが台へ置かれました。
台座から細い光が伸び、内部の記録を読み始めます。
「魔力波形との同期は正常です。自動収集機能にも異常はありませんねぇ」
戦闘中だけ動く装置ではありません。
三人が持っている間、周囲で自然に生じたマイナスエネルギーを少しずつ回収します。
回収量が安全基準を越えれば、中央の貯蔵庫へ自動転送される。
逆に、所有者の魔力が大きく減少した場合は、貯蔵庫から補助エネルギーを送れます。
機能を起動するために声を発する必要も、決まった動作を行う必要もありません。
本人の意思と身体状態を読み、必要なときに働くよう設定してあります。
「セリシアさんのギアペンは、砲撃時の供給開始が〇・二秒遅れていますねぇ」
「修正は可能ですか」
「無論です♪ 今の術式へ合わせて再調整しましょう」
「お願いします」
「リュミナさんの方は……急加速を連続使用していますねぇ」
「だって、止まったら当たるもん」
「出力制限を解除したまま四回連続で使えば、ギアペンより先に使用者が倒れますよ?」
「五回まではいけるよ!」
「そういう意味ではありません♪」
リュミナさんのペンには、肉体負荷が危険値へ近付いた際の制限を一段追加しておきましょう。
本人は不満を言うでしょうが、動けなくなっては意味がありません。
「ヴェルシアさんは、供給量をかなり抑えていますねぇ」
「無駄に力を使う必要はない。術式を保てる最低限でよい」
「良い判断です♪ ですが、急激な負荷へ備え、上限側には余裕を残しておきましょう」
「うむ」
三本の調整項目を記録します。
同じギアペンでも、使用者が違えば必要な設定は変わります。
セリシアさんは、砲撃を放つ瞬間に大きな力を必要とする。
リュミナさんは、短い時間に何度も加速するため、細かな供給を連続して行う必要がある。
ヴェルシアさんは長時間の術式維持を優先し、流れを安定させなければならない。
三人へ同じ量を同じ速さで送れば良いわけではありません。
ライトアークレイも同様でしょう。
外見だけでなく、内部の制御にも三人それぞれの違いが反映されているはずです。
「……ヘル」
リュミナさんが、解析画面へ顔を近付けました。
「これ、いろは達?」
「ええ♪」
画面には、先ほど停止した映像が残っています。
三人も、新しいデバイスへ気付いたようですねぇ。
セリシアさんの目が、いろはさんの長杖へ向きます。
リュミナさんはレイさんの二本の短杖を見つめました。
ヴェルシアさんの視線は、かえでさんの六基の端末へ固定されています。
「新しい武器か」
ヴェルシアさんが尋ねました。
「武器としても使えるでしょうが、それだけではなさそうです♪」
自分は、三人が同時に光を放つ場面を再生します。
金色の光が中央へ集まり、はちさんへ接続される。
その瞬間。
セリシアさんの表情が僅かに引き締まりました。
「安藤はちが、三機を同時に管理しているのですか」
「そのように見えますねぇ♪」
「では、いろはは……」
言葉が途中で止まりました。
いろはさんが強くなることを恐れているのではないでしょう。
自分が敗れた相手が、次の力を得た。
その事実が、セリシアさんの中に残る悔しさを刺激したのです。
「セリシア」
ヴェルシアさんが名前を呼びます。
「分かっています」
セリシアさんは、画面から目を逸らしませんでした。
「いろはが新しい力を得たなら、私はそれを越える力を身に付けます」
静かな声です。
ですが、敗北直後の沈んだ声とは違う。
次へ進む意思が宿っています。
「あたしだって!」
リュミナさんが蒼いギアペンを握りました。
「レイが二本にしたなら、次はその動きも全部追い越す! もう最後に届かないのは嫌だから!」
「焦りだけで動けば、また足元を失うぞ」
「今度は床を壊さないってば!」
「そこだけではないのだがな……」
ヴェルシアさんは息を吐き、自分のギアペンへ目を落としました。
「かえでは、六つの端末を得たか」
「気になりますか?」
「当然だ。あやつの術式は、元より戦場全体へ作用する。六つの端末が独立して座標を扱うなら、以前と同じ攻めは通用せぬ」
「良い観察ですねぇ♪」
「褒められずとも分かっておる」
そう言いながらも、ヴェルシアさんは映像の細部を見ています。
三人とも、自分が敗れた相手だけを見つめていました。
あの戦いは三組の一対一。
次に向き合うときも、それぞれが自分の相手へ答えを示そうとしている。
ならば、自分が行うべきことも明確です。
三人を一つの型へ押し込むのではなく、各自の強さを伸ばす。
ギアペンも、そのために調整する。
「ちょうど良いですねぇ♪」
自分は三人へ顔を向けました。
「明日から、訓練内容を更新しましょう」
「新しい訓練ですか」
「ええ。ライトアークレイの動きを仮定し、それぞれの対策を作ります♪」
セリシアさんには、単一砲口から放たれる高密度砲撃と、次元座標へ作用する拘束を想定した訓練。
リュミナさんには、左右独立の短杖による死角攻撃と、高速追尾術式への対応。
ヴェルシアさんには、六基の端末が作る多重術式と、広域座標固定から脱する訓練。
実物の性能は、まだ分かりません。
ですが、分からないから何もできないわけではない。
複数の仮説を用意し、一つずつ試せば良い。
「やるよ!」
リュミナさんは即答しました。
「私も異論はありません」
「うむ。かえでが何を用意しようと、今度こそ王の力を示してくれる」
三人の目に、先ほどまでとは違う光が灯っています。
敗北の記憶は消えていません。
悔しさも、恐怖も残っているでしょう。
それでも、その感情へ足を止められるのではなく、前へ進む力として使い始めた。
「良い表情ですねぇ♪」
そのまま調整を終える前に、中央貯蔵庫との接続試験も行うことにしました。
三本のギアペンを台座へ置いたまま、作業室の床へ円形術式を展開します。
深紅、蒼、紫紺。
各色の細い線が台座から伸び、術式の中央へ集まりました。
この先は、次元の奥にあるマイナスエネルギー貯蔵庫へ続いています。
常時接続しているとはいえ、出力を大きく動かす際には経路の状態を確かめなければなりません。
「皆さん、ギアペンへ触れてください♪」
三人が同時に手を伸ばしました。
セリシアさんの深紅の光は、鋭く一直線に伸びます。
リュミナさんの蒼い光は、一瞬で最大値近くまで跳ね上がりました。
ヴェルシアさんの紫紺の光は、派手な変化を見せないまま、一定の値を保っています。
同じ装置を使っても、結果は見事に異なりました。
「この状態で、自分の魔法を一つ思い浮かべてください。実際に発動する必要はありませんよ♪」
最初に反応したのは、セリシアさんです。
深紅の線が太くなり、一撃へ力を集める形へ変化しました。
次に、リュミナさんの線が細かな点滅を始めます。
一度に力を使うのではなく、加速のたびに短い供給を求めている。
ヴェルシアさんの線は、円形術式の外周へ新しい環を作りました。
自分だけではなく、周囲の空間まで支配領域へ収めようとしています。
「正常ですねぇ♪」
供給は開始していません。
今確認したのは、三人の意思を装置が正しく読み取れるかどうかです。
ギアペンは、力を与えれば完成する発明ではありません。
所有者が何をしようとしているのかを読み、必要な瞬間に必要な量だけ動く。
その精度が低ければ、強大な力も戦闘の邪魔になります。
「あの新しいデバイスも、こんなふうに動くの?」
リュミナさんが画面のライトアークレイを示しました。
「おそらくは。ただし、はちさんは三人の状態をシアでも確認しています。所有者とデバイスだけで完結する仕組みではなさそうですねぇ♪」
「ハチを止めたら、使えなくなる?」
「その可能性だけを信じるのは危険ですよ♪」
自分は首を横へ動かしました。
「はちさんが行動できなくなっても、三機だけで最低限の機能を維持する設計かもしれません。逆に、三機のうち一つが止まっても、残る二機で働く可能性もあります」
「じゃあ、全部に対応しないと駄目ってことかぁ」
「そうなりますねぇ♪」
リュミナさんは難しい顔をしましたが、すぐに蒼いギアペンを握り直しました。
「それでも、やる」
短い言葉でした。
セリシアさんとヴェルシアさんも、何も言わず自分のギアペンを手に取ります。
接続試験を終了すると、床の術式が消えました。
三色の光はペンの内部へ戻り、次の起動を静かに待ちます。
三人のギアペンから、僅かな反応が返ってきます。
悔しさ。
負けたくないという意思。
次は届きたいという願い。
そこから生じたマイナスエネルギーが、ギアペンの内部へ流れました。
ですが、以前より量は少ない。
感情が弱くなったのではありません。
絶望だけに沈んでいた頃とは、質が変わっています。
前へ進もうとする意思が、負の感情へ別の方向を与えている。
この変化も、記録しておく価値がありますねぇ。
「ヘル?」
「いえ。こちらの話ですよ♪」
今は説明しないでおきましょう。
三人が自分で気付く方が良いこともあります。
◇ ◇ ◇
三人が作業室を出たあと、自分はライトアークレイの記録へ戻りました。
画面の中で、はちさんは三機の光を確認しています。
その隣には、ステラさん。
さらに、アテナさんとフィナさんの姿も一瞬だけ記録されていました。
神界から帰ってきたのでしょう。
ならば、神界で感じた次元神の振動と、この三機は無関係ではない。
「アテナさんも協力しているのですねぇ」
胸の奥に、微かな痛みが走りました。
すぐに消えます。
以前なら、この感覚へ苛立ちを覚えたかもしれません。
今は、観測対象として見ることができます。
アテナさん。
アイリス。
はちさん。
三人が次元神に関係する何かを作り、いろはさん達へ渡した。
目的は、おそらく自分への対抗。
そこまでは推測できます。
ですが、何を流す装置なのかは分からない。
自分の次元神へ直接干渉するのか。
ディメンションウォールを停止させるのか。
あるいは、こちらが想像していない用途があるのか。
「……素晴らしい」
まだ答えは見えていません。
それでも、未知の発明が自分へ向けて用意されている。
研究者として、これほど嬉しいことがあるでしょうか。
壊して終わらせるのは簡単です。
完成前に奪うことも、自分なら可能かもしれません。
ですが、それでは何のために作られたのか確かめられない。
どのような考えから生まれ、実際にどのような結果を起こすのか。
最後まで動かしてもらわなければ、発明の価値は分かりません。
「完成させてくださいねぇ、はちさん♪」
自分は映像の中の少女へ語りかけました。
無論、声は届きません。
それでも構いません。
いずれ、直接尋ねる機会が来るでしょう。
ライトアークレイを作った理由。
三人へ託した理由。
その光で、自分の何を変えるつもりなのか。
「そのときは、実物を見せていただきますよ♪」
自分は新しい作戦記録を開きました。
エクリプス達が立ち直るまで、大きな行動は控えるつもりでした。
その方針は変わりません。
ですが、訓練と観測を兼ねた小さな接触なら可能です。
いろはさん達が新しいデバイスを使う状況。
エクリプス達が、自分の相手へ再び向き合う状況。
そして、はちさんが後方支援へ入らざるを得ない状況。
すべてが揃えば、ライトアークレイの性質も確認できます。
作戦案の最上部へ、一つの目的を書き込みました。
『新型デバイスの実地観測』
その下へ、条件を追加します。
市民へ被害を出さない。
AEGISが無視できない状況を作る。
エクリプス達の三人が、それぞれの相手と向き合える舞台を用意する。
はちさんがライトアークレイの中枢を起動するまで、自分は直接攻撃へ参加しない。
「ふむ……」
最後の条件を見て、自分は少し考えました。
自分が動けば、はちさんは次元神としてこちらへ対処するでしょう。
それでは、三機の役割を確認しにくい。
ならば、次の戦いでは自分は観測者に徹する方が良い。
エクリプス達が戦い、自分は必要になった段階で回収する。
それだけで十分です。
「次は、自分が手を出さない方が面白そうですねぇ♪」
作戦案を保存します。
開始時期は、まだ決めません。
三人の訓練が終わっていない。
ライトアークレイも、個人調整を始めたばかりです。
未完成同士を急いでぶつけても、見られるのは不具合だけ。
互いが準備を終えたとき、初めて意味のある結果が生まれます。
「待つ時間も、研究の一部ですよ♪」
作業室の照明を落としました。
残ったのは、二つの光。
一つは、画面に映るライトアークレイの金色。
もう一つは、台座で調整を待つ三本のギアペンが放つ、深紅、蒼、紫紺の光。
似た構造から生まれた、異なる装置。
片方は、自分がマイナスエネルギーを扱うために作ったもの。
もう片方は、はちさんが何かを届けるために作ったもの。
何が届けられるのか、自分はまだ知りません。
その光が自分の内側へ触れたとき、何が起こるのかも。
ただ、胸の奥に残る異物だけが、画面の金色へ反応しています。
「ふふっ……♪」
未知は、すぐ近くまで来ています。
自分はマスター社長から命じられた制圧任務を果たす。
エクリプス達は、敗北を越えるために再び立ち上がる。
いろはさん達は、アルカディアを守るために新しい力を手にした。
そして、はちさんは、自分がまだ理解できない光を用意している。
次に出会うとき。
そのすべてが、同じ戦場へ並ぶのでしょう。
「楽しみにしていますよ……はちさん♪」
誰もいない作業室に、自分の声だけが静かに響きました。
画面の中では、三つの金色の光が消えることなく輝いています。
自分はそれを眺めながら、新しい作戦の細部を書き始めました。
次の戦いへ向かう時は、まだ先。
ですが、その日は確実に近付いていました。
――第90話・終――




