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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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70/90

第70話 三つの決着と小さな観戦者



――アルカディア郊外――


アルカディア郊外。


青く澄み渡った空の下。


かつての因縁に決着をつけるため、六人の少女たちが向かい合っていた。


セリシアさんと、いろはさん。


リュミナさんと、レイさん。


そして、ヴェルシアさんと、かえでさん。


それぞれが距離を取り、相手を真っ直ぐに見据えている。


……ふむ。


(……本当に、やるんですねぇ)


はちは、少し離れた場所から六人の様子を見守っていた。


今回の戦いは、三組による一対一。


誰かが途中で加勢することもなく、それぞれが自分の相手と決着をつける。


そういう約束になっていた。


はちは、今回の再戦には参加しない。


そもそも、今回の戦いは三人といろはさんたちの因縁に関わるものだ。


六人の間へ割って入る理由はなかった。


(……それに)


はちは、眼下に広がる草原を見つめた。


遠くには、先日の戦闘で傷ついたアルカディアの大地が見える。


まだ復旧作業だって終わっていない。


……だからこそ。


(……今度は、世界を巻き込む戦いにならないでくださいよ?)


そう願いながら、はちは六人へ視線を戻した。


『……はち』


頭の中へ、ステラの声が響いた。


『みんな、すごく真剣だね』


(……そうですね)


はちは、小さく頷く。


(……特に、セリシアさんたちは)


かつて敗れた相手。


そして、一度は失ってしまった命。


ヘルカイザーによって新しい身体を与えられ、もう一度生きることになった三人。


そんな彼女たちが、今。


過去の自分たちと決着をつけようとしている。


……きっと。


傍らで見守るだけでは測れない、強い思いがあるのだろう。


(……さて)


はちは、静かに息を整えた。


どうやら。


そろそろ始まるようですねぇ。


六人の視線は、それぞれ一人の相手へ向いていた。


隣の戦いに助けを求めるための目配せはない。誰かの勝利を待つのでもない。


あの日の敗北を知っている者と、あの日に勝利した者。


同じ空に立ちながらも、今日までに過ごした時間は違う。


その違いが、これから交わす一撃一撃に表れるのだろう。


はちは口を閉じた。


声を掛けるなら、戦いが終わってからでいい。


いまは、六人が互いに向き合う時間だった。


◇ ◇ ◇


――天城いろは視点――


「……セリシア」


私は、アークレイを握り直した。


少し離れた空中に、セリシアが浮かんでいる。


あの頃と変わらない、落ち着いた表情。


だけど、その瞳は真剣だった。


「……準備はいい?」


私が尋ねると、セリシアは小さく頷いた。


「もちろんです」


そして、静かに微笑む。


「この日を、ずっと待っていたのですから」


「……そっか」


私は、小さく息を吐いた。


セリシアたちが復活していたと知ったとき。


正直、信じられなかった。


もう二度と会えないと思っていたから。


だけど、今は違う。


目の前にいる。


こうして話をしている。


そして、もう一度戦おうとしている。


……セリシア。


本当に、強くなったんだね。


「……いろはさん」


「……なに?」


セリシアは、手にしたデバイスをゆっくりと構えた。


「今回は、以前と同じ結果にはなりません」


「…………」


その言葉には、確かな自信が込められていた。


私は、小さく微笑んだ。


「……うん」


そして、アークレイを構える。


「私だって、簡単には負けないよ」


「……ふふ」


セリシアが、わずかに笑った。


「それでこそ、いろはさんです」


次の瞬間。


二人の間に、静かな風が吹き抜けた。


そして――。


「……行きます!」


「……うん!」


互いに魔力を高めた。


――ヒュンッ!!


セリシアが、先に動いた。


その身体が一気に加速し、空中を滑るように移動する。


同時に、複数の魔力弾が展開された。


「……っ!」


私は、咄嗟にアークレイを構え直す。


次の瞬間。


――ドドドドッ!!


無数の光が、こちらへ向かって飛んできた。


「……速い!」


私は、身体を傾けて最初の攻撃を避けた。


続く魔力弾を防ぎながら、空中へ大きく上昇する。


だけど――。


「……甘いですよ、いろはさん」


「……えっ!?」


セリシアの声が聞こえた。


顔を向けた、そのとき。


すでに別の方向から、次の攻撃が迫っていた。


(……先回りされてる!?)


私は、慌ててアークレイを振るった。


――ガァンッ!!


魔力同士が衝突し、空中に眩い閃光が散る。


「……くっ!」


衝撃を受けながらも、私は体勢を立て直した。


……なるほど。


セリシア。


ただ、攻撃が速くなっただけじゃない。


こちらが避ける方向まで、考えているんだね。


「……すごいね」


思わず、そう呟いてしまった。


すると。


「……ありがとうございます」


セリシアは、少しだけ微笑んだ。


「ですが……」


その手に、再び魔力が集まり始める。


「まだ、始まったばかりですよ」


「……うん!」


私は、アークレイを強く握り締めた。


……そうだね。


ここからが、本番だよ!


――ドォォォンッ!!


再び、魔力が激突した。


◇ ◇ ◇


――レイ・シルビア視点――


「いっくよーっ!!」


「……っ!」


リュミナの声が響いた瞬間。


黄色い閃光が、目の前を横切った。


――バシュンッ!!


「……速っ!?」


私は、慌てて身体を捻った。


ほんの一瞬遅れていたら、まともに攻撃を受けていた。


……何、この速さ!?


「えへへっ!」


リュミナが、楽しそうに笑っている。


「どう? びっくりした?」


「……うん」


私は、思わず苦笑した。


「かなりね」


「やった!」


……いや。


褒めたつもりではあるけど。


そんなに喜ぶこと?


そう思った直後。


「じゃあ、もっとびっくりさせちゃうよ!」


「……えっ!?」


――バシュッ!!


再び、黄色い閃光。


「ちょっ!?」


私は、慌てて防御に移った。


――ガキィンッ!!


魔力が衝突し、鋭い音が響く。


「……くっ!」


衝撃を受けて、身体がわずかに後退する。


だけど、リュミナは止まらない。


右へ。


左へ。


そして、一気に上空へ。


まるで、空中そのものを自由に駆け回っているかのようだった。


(……速すぎる!)


私は、必死に目で追った。


……でも。


ただ速いだけじゃない。


攻撃の角度も、少しずつ変わっている。


以前よりも、ずっと考えて動いている。


「……リュミナ!」


「なーにー?」


「随分、強くなったんだね!」


すると。


リュミナの顔が、ぱっと明るくなった。


「でしょ!?」


そして、嬉しそうに続けた。


「ヘルカイザーさんに、いっぱい鍛えてもらったんだ!」


「……そうなんだ」


「うん!」


リュミナは、満面の笑みを浮かべた。


「最初は全然勝てなかったけどね!」


……え?


「いっつも、あっという間にやられちゃうんだよ!」


「…………」


……あのヘルカイザー相手に訓練してたんだ。


それは……。


(……強くなるよね)


私は、思わず納得してしまった。


先日の戦いで見た、あの圧倒的な力。


次元そのものを操り、はちちゃんの攻撃にも平然と対応していた。


そんな相手と、何度も訓練していたというのなら。


この成長にも納得がいく。


……だけど。


「……リュミナ」


「ん?」


私は、静かに構え直した。


「強くなったのは、リュミナだけじゃないよ」


「……おっ?」


リュミナが、楽しそうに笑う。


「そうこなくっちゃ!」


そして――。


「もう一回、いっくよーっ!!」


――バシュンッ!!


黄色い閃光が、再び空を駆け抜けた。


私は、その動きを真っ直ぐに見据えた。


……今度は。


ちゃんと、捉える!


「……はあっ!!」


――ドォォンッ!!


二人の魔力が、正面からぶつかり合った。


◇ ◇ ◇


――かえで視点――


「……ふふん」


目の前で、ヴェルシアが不敵に笑っていた。


「久しいな」


「……そうだね」


私は、静かに答えた。


……本当に。


まさか、もう一度こうして向かい合うことになるなんて。


以前の戦いで、ヴェルシアたちは消滅したはずだった。


それなのに。


今は、こうして目の前に立っている。


しかも。


以前よりも、はっきりとした意思を持って。


「……ヴェルシア」


「何だ?」


「一つだけ、聞いてもいい?」


「……ふむ?」


私は、静かに尋ねた。


「……本当に、もう一度戦いたかったんだね?」


すると。


ヴェルシアは、少しだけ目を細めた。


「当然であろう」


その声に、迷いはなかった。


「我らは、一度敗れた」


「…………」


「そして、失った」


ヴェルシアは、ゆっくりと手を持ち上げた。


「だが、今は違う」


その周囲へ、魔力が集まり始める。


「我らは再び、この世界に立っておる」


「…………」


「ならば、果たせなかった決着をつけるまでだ」


……そっか。


私は、小さく息を吐いた。


……本当に。


この三人にとって、今回の戦いは特別なんだね。


「……分かった」


私は、静かに構え直した。


「だったら、私も全力で応えるよ」


「……ふっ」


ヴェルシアが、満足そうに笑った。


「よかろう!」


次の瞬間。


その周囲に、強大な魔力が集まっていった。


「我が力、とくと味わうがよい!」


――ゴォォォォッ!!


「……っ!」


私は、咄嗟に防御を展開した。


――ドォォンッ!!


巨大な魔力が、正面から押し寄せる。


「……くっ!」


……重い!


私は、思わず歯を食いしばった。


力押しだけなら、こちらも負けるつもりはない。


だけど。


以前よりも、明らかに魔力の扱いが洗練されている。


無駄が少ない。


しかも、攻撃に迷いがない。


(……なるほど)


私は、小さく微笑んだ。


……これが。


ヴェルシアの積み重ねてきた時間なんだね。


「……いいよ」


私は、静かに魔力を高めた。


「だったら……」


そして。


「私も、遠慮しないからね!」


――ドォォォォォンッ!!


二つの魔力が激突し、大きな衝撃が空中へ広がった。


◇ ◇ ◇


――アルカディア郊外――


「……おお」


はちは、思わず声を漏らした。


……すごい。


本当に、すごいですねぇ。


目の前では、三つの戦いが同時に繰り広げられていた。


セリシアさんといろはさん。


二人は、互いの動きを読み合いながら、空中で魔力弾を交わしている。


リュミナさんとレイさん。


こちらは、目まぐるしい高速戦闘だ。


特にリュミナさんの動き。


……速すぎません?


そして。


ヴェルシアさんとかえでさん。


こちらは、力強い魔力のぶつかり合いが続いていた。


……ふむ。


(……三組とも、全然違う戦い方ですねぇ)


はちは、三つの戦場を順に眺めていた。


三人とも、以前の敗北を乗り越えるために鍛えてきた。


それが、今の戦い方にも表れているのだろう。


『……はち』


ステラが、楽しそうに話し掛けてきた。


『みんな、すごいね』


(……そうですね)


はちは、小さく頷いた。


(……俺も、まだまだ学ぶことがありますねぇ)


もちろん、これはただの見世物ではない。


六人とも真剣だ。


互いに、自分の力をぶつけ合っている。


……だけど。


不思議と。


先日、ヘルカイザーと戦ったときのような恐怖は感じなかった。


(……まあ)


はちは、小さく微笑んだ。


(……あの人と比べるのも、どうかと思いますけどね)


……しかし。


そのとき、はちはまだ知らなかった。


この三つの戦いを。


別の場所から見ようとしている人物がいたことを。


◇ ◇ ◇


――ヘルカイザー視点――


――ガルデローベ社・技術開発部。


私の研究室。


「……ふむ」


私は、机の上に広げた資料を眺めていました。


先日の一件以来、しばらく休養を取っていましたが……。


ようやく、いつもの調子に戻ってきましたねぇ。


マイナスエネルギーの補充も完了。


魔力の状態も安定。


次元神の制御にも問題はありません。


……まったく。


本当に、酷い目に遭いました。


「さて……」


私は、ゆっくりと前脚を動かし、資料を片付けました。


……そろそろ。


少し、気分転換でもしましょうか。


そう思い、研究室の中を見渡したときでした。


「……おや?」


……静かですねぇ。


いつもなら。


「ヘルカイザーさーん!!」


……と、リュミナさんの元気な声が聞こえてきそうなものですが。


今日は、随分と静かです。


「……ふむ?」


私は、首を傾げました。


……そういえば。


セリシアさんたちの姿が見えませんねぇ。


普段なら、誰かしら顔を出すのですが。


「……おかしいですねぇ」


私は、ゆっくりと立ち上がりました。


そして、研究室の中を見渡します。


……右。


……左。


……机の向こう。


「…………」


……いませんねぇ。


私は、少しだけ首を傾げました。


「……セリシアさーん?」


……返事がありません。


「……リュミナさーん?」


……これも、返事がありません。


「……ヴェルシアさーん?」


……ふむ。


やはり、誰もいませんねぇ。


「……おやおや」


私は、思わず苦笑しました。


まったく。


皆さん、どこへ行かれたのでしょう?


いつもなら、あれほど賑やかな方々なのに。


……まあ。


三人とも、何か用事でもあるのでしょう。


とはいえ。


少々、気になりますねぇ。


私は、研究室を出ることにしました。


◇ ◇ ◇


「……ふむふむ」


私は、廊下をゆっくりと進みながら、周囲を見渡していました。


右を向き。


左を向き。


時折、首を傾げる。


……おかしいですねぇ。


本当に、見当たりません。


「……さて」


私は、前脚を口元へ添えました。


……どこへ行かれたのでしょう?


三人揃って姿が見えないとなると、何か共通の用事でもあるのかもしれませんねぇ。


「……ふむ」


そう考えながら、廊下の角を曲がったときでした。


「……あら?」


「……おや?」


目の前に、一人の女性がいました。


長い髪。


落ち着いた表情。


そして、どこか厳しさを感じさせる雰囲気。


……レティシアさんですね。


「これはこれは♪」


私は、にっこりと微笑みました。


「こんにちは、レティシアさん♪」


「……ヘルカイザー」


レティシアさんは、こちらを見つめました。


「もう研究室から出て大丈夫なの?」


「ええ♪」


私は、小さく頷きました。


「おかげさまで、すっかり元気になりましたよ♪」


「……そう」


レティシアさんは、少しだけ表情を緩めました。


……ふむ。


どうやら、こちらもご心配をお掛けしていたようですねぇ。


まったく。


申し訳ありません。


「……レティシアさん。そういえば、一つお伝えしておきたいことがありましてねぇ」


「……何?」


「アルカディアで、レイさんにお会いしましたよ」


レティシアさんの動きが、止まりました。


「……レイに?」


「ええ。いろはさんたちと一緒にいらっしゃいました」


「……そう」


短い返事でした。


ですが、すぐに次の言葉が返ってきます。


「……あの子は、どうだった?」


「ご自身の意思で、こちらへ向かってくる方でしたよ」


私が答えると、レティシアさんは目を伏せました。


◇ ◇ ◇


――レティシア視点――


レイ。


その名前を聞いた途端、胸の奥が詰まった。


無事でいる。


自分の意思で動き、誰かの隣に立っている。


……そう。


あの子は、私のいない場所で生きているのね。


もっと聞きたいと思った。


どんな顔をしていたのか。誰と、どんなふうに話していたのか。


けれど、唇を開きかけて、やめた。


今さら、母親のような顔をして尋ねるの?


自分があの子に何をしてきたのか、忘れたわけではない。


傷つけた言葉も、向けてしまった態度も、なかったことにはできない。


会いたくないのではなかった。


会いたいと思ってしまうからこそ、その先へ進めない。


「……私は」


声が、思ったよりも小さくなった。


「今さら、あの子に合わせる顔がないわ」


廊下の床へ視線を落としたまま、そう告げた。


もし目の前に立ったら、何と言えばいいのだろう。


謝れば済むことではない。許してもらうために会いに行くのも、違う気がした。


レイが私に会いたいと思っているかさえ、分からないのだから。


「……教えてくれて、ありがとう」


ようやく、それだけを口にした。


あの子が今も、自分の足で歩いている。


その知らせを聞けたことに、安堵している自分がいた。


そして、その安堵さえ素直に顔へ出せずにいることが、少し苦しかった。


◇ ◇ ◇


――ヘルカイザー視点――


「……ええ」


私は、小さく頷きました。


レティシアさんは、顔を上げませんでした。


ならば、今ここで会いに行くよう勧めるのは、やめておきましょう。


「……ところで」


私は、少し間を置いてから尋ねました。


「レティシアさん」


「……何?」


「セリシアさんたちを見掛けませんでしたか?」


「……セリシアたち?」


「ええ♪」


私は、周囲を軽く見渡しました。


「先ほどから探しているのですが、どこにもいらっしゃらないものでしてねぇ」


すると。


レティシアさんは、何でもないことのように答えました。


「あの子たちなら、決着をつけに行ったわよ」


「…………」


……。


…………おや?


「……決着、ですか?」


「ええ」


レティシアさんは、小さく頷きました。


「以前戦った相手と、もう一度戦うんですって」


「…………」


……なるほど。


私は、ゆっくりと頷きました。


……ああ。


そういうことですか。


「ふむふむ……」


思わず、笑みがこぼれます。


……なるほど。


以前の戦い。


あの三人が、一度は敗れた相手。


……ということは。


「……いろはさんたち、ですねぇ♪」


「そうみたいね」


レティシアさんが答えました。


「三人とも、自分たちの意思で行ったわ」


「……ふむ」


私は、満足そうに頷きました。


……いやはや。


これは。


実に、興味深いですねぇ。


「……そうでしたか♪」


私は、にっこりと微笑みました。


「それなら、納得です」


「……納得?」


レティシアさんが、少しだけ首を傾げました。


「ええ♪」


私は、静かに答えました。


「三人とも、あの敗北を忘れてはいませんでしたからねぇ」


思い出すのは、日々の訓練。


セリシアさんの真剣な表情。


リュミナさんの負けず嫌いなところ。


そして、ヴェルシアさんの強い誇り。


……そう。


三人とも、ずっと。


もう一度戦う機会を望んでいたのです。


「……ふふっ♪」


私は、小さく笑いました。


「なるほど。とうとう、その日が来ましたか」


「……そういうことね」


レティシアさんは、静かに頷きました。


「それで、どうするの?」


「……ふむ?」


私は、少しだけ考えました。


……さて。


どうしましょうかねぇ。


……いえ。


考えるまでもありませんか。


「……せっかくですし」


私は、ゆっくりと前脚を持ち上げました。


「その戦い、見届けるとしましょう♪」


◇ ◇ ◇


――ぽちゃん。


「……あら?」


レティシアさんが、わずかに目を見開きました。


私の目の前。


何も存在しない空間に、小さな波紋が生まれたのです。


水面へ、静かに雫が落ちたように。


ゆらり……。


透明な波紋が、幾重にも広がっていく。


そして、その中心が歪み始めました。


――ピシッ。


漆黒の亀裂が走る。


次の瞬間。


亀裂がゆっくりと広がり、次元の裂け目が開かれました。


「……ふむ」


私は、その向こう側を確認しました。


……なるほど。


やはり、そちらでしたか。


裂け目の向こうには、アルカディアの空が広がっていました。


そして。


少し離れた場所に――。


「……おやおや♪」


見えましたねぇ。


セリシアさん。


リュミナさん。


ヴェルシアさん。


……皆さん、随分と楽しそうではありませんか。


私は、思わず微笑みました。


「……ヘルカイザー」


レティシアさんが、こちらへ声を掛けてきました。


「……はい?」


「貴方も、戦いに行くつもり?」


「……おや?」


私は、小さく首を傾げました。


「まさか♪」


そして、穏やかに笑います。


「今回は、あの三人の戦いですよ」


「…………」


「自分が割って入っては、せっかくの決着が台無しになってしまいますからねぇ♪」


……そう。


これは、セリシアさんたちが自ら望んだ戦い。


ならば。


最後まで、自分たちの力で決着をつけていただきましょう。


「……ふふっ♪」


私は、静かに目を細めました。


……さてさて。


皆さん。


どこまで強くなったのでしょうねぇ。


そう考えながら。


私は、開かれた次元の裂け目の向こうへと進みました。


◇ ◇ ◇


――ヘルカイザー視点・続き――


アルカディア上空。


私は、戦闘が繰り広げられている場所から少し離れた空中に姿を現しました。


そして、開いた次元の裂け目を静かに閉じます。


――シュンッ。


「……さて♪」


目の前には、三つの戦場が広がっていました。


まずは。


セリシアさんと、いろはさん。


――ドォォォンッ!!


眩い魔力が衝突する。


いろはさんがアークレイを構え、セリシアさんの攻撃へ対応している。


……ふむ。


なかなか良い動きですねぇ。


続いて。


リュミナさんと、レイさん。


――バシュンッ!!


黄色い閃光が、空を縦横無尽に駆け抜けている。


……おやおや。


リュミナさん。


随分と張り切っていらっしゃいますねぇ。


そして。


ヴェルシアさんと、かえでさん。


――ドォォォォンッ!!


こちらも、なかなか激しい戦いを繰り広げているようです。


……なるほど。


三人とも。


これまでの訓練を、しっかりと活かしているようですねぇ。


「……ふふっ♪」


私は、両の前脚を背後へ回しました。


そして。


静かに、戦いを見つめます。


……ああ。


良いですねぇ。


非常に、良い。


自らの敗北を乗り越えるため。


新たな力を確かめるため。


そして、かつて果たせなかった決着をつけるため。


三人は、こうして戦っている。


……まったく。


研究者としても、実に興味深い光景です。


「……さてさて♪」


私は、小さく笑いました。


「皆さんの成長、見せていただきましょうか♪」


◇ ◇ ◇


――アルカディア郊外――


――ドォォォンッ!!


「……おおっ!?」


はちは、目の前で炸裂した魔力の衝撃に、思わず声を上げた。


……すごいですねぇ。


三組とも、まだまだ勢いが衰えていない。


むしろ。


少しずつ、戦いが激しくなってきている。


(……これは、なかなか……)


そう思いながら、空を眺めていた、そのとき。


「……ん?」


……あれ?


少し離れた空中に、何かが見えた。


はちは、目を細めた。


白い小さな身体。


悪魔のような翼。


そして。


両の前脚を背後へ回した、妙に上品な立ち姿。


「…………」


……。


…………。


(……は?)


……いや。


ちょっと待て。


あれって。


「……ヘルカイザー!?」


思わず、声が漏れた。


……何で!?


研究室で休んでいるんじゃなかったんですか!?


しかも。


あいつ。


こっちへ攻撃してくる様子が、まったくない。


それどころか。


「……ふむふむ♪」


……何やら、満足そうに頷いている。


(……何してるんですか、あの人!?)


はちは、呆然と見つめた。


……まさか。


観戦?


……いやいや。


あれだけの騒ぎを起こした張本人が。


普通に。


戦いを見に来たんですか!?


『……はち』


ステラが、頭の中へ呼び掛けてきた。


『……あれ、ヘルカイザーだよね?』


(……はい)


はちは、小さく頷いた。


(……間違いありません)


『……どうするの?』


(……どうするって……)


……いや。


こちらから何かする必要は、今のところなさそうですけど。


でも。


警戒だけは、しておかないと。


そう考えたはちは、改めてヘルカイザーを見つめた。


すると。


その視線に気付いたのか。


ヘルカイザーが、こちらへ顔を向けた。


「……おや?」


そして。


にっこりと微笑んだ。


「これはこれは、はちさん♪」


「…………」


……ああ。


いつもの調子ですねぇ。


「……こんにちは」


はちは、思わず挨拶を返してしまった。


……いや。


(何で普通に挨拶してるんだ、俺!?)


すると。


ヘルカイザーは、楽しそうに笑った。


「ふふっ♪」


そして、戦っている三人へ視線を戻す。


「どうやら、皆さん。随分と頑張っていらっしゃるようですねぇ♪」


「……そうですね」


はちは、静かに答えた。


……本当に。


今、目の前で戦っている六人は。


どの人も真剣だった。


そして。


ヘルカイザーも、それを分かっているようだった。


「……ヘルカイザーさん」


はちは、少しだけ警戒しながら尋ねた。


「……戦いに、参加するつもりですか?」


すると。


ヘルカイザーは、小さく首を横に振った。


「おやおや♪」


そして。


「自分は、見届けに来ただけですよ♪」


「…………」


……見届ける。


はちは、その言葉を静かに受け止めた。


「……そうですか」


「ええ♪」


ヘルカイザーは、穏やかに頷いた。


背後に回した前脚を動かす気配はない。


白い小さな身体は、六人の進路から離れた場所に留まっていた。


はちは、その距離を確かめた。


見届けに来たという言葉だけで、先日の記憶が消えるわけではない。


けれど、いま戦っている六人のためにも、こちらから場を乱したくはなかった。


「これは、あの三人が自ら望んだ戦いですからねぇ」


その瞳が、戦場へ向けられる。


「最後まで、自分たちの力で決着をつけていただきましょう♪」


「…………」


……なるほど。


はちは、小さく息を吐いた。


……どうやら。


今回ばかりは、本当に邪魔するつもりがないようですねぇ。


もっとも。


油断できる相手ではありませんけど。


「……さて♪」


ヘルカイザーは、楽しそうに微笑んだ。


「どなたが勝つのでしょうねぇ♪」


「……さあ」


はちは、もう一度戦場へ視線を向けた。


「……それは、最後まで分かりませんね」


すると。


「ふふっ♪」


ヘルカイザーは、満足そうに笑った。


「それでこそ、面白いのですよ♪」


……まったく。


本当に。


この人と話していると、どうにも調子が狂ってしまう。


だけど。


今は。


目の前の戦いへ集中することにしましょう。


セリシアさんといろはさん。


リュミナさんとレイさん。


ヴェルシアさんとかえでさん。


三つの戦いは、まだ始まったばかりなのだから。


そして――。


かつて敗れた三人の少女たちが、どこまで成長したのか。


それを見届けるため、次元神を創り上げた研究者もまた、静かに戦場を見守り始めたのだった。


――第70話・了――

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