第69話 再戦への誓い
――安藤はちのそばで――
――ガーディアン本部。
ヘルカイザーたちが撤退してから、数日。
アルカディアでは、今も復旧作業が続けられていた。
あのとき、空を覆い尽くした無数の次元の裂け目。
そこから雨のように降り注いだ、連結式魔導ライフルの砲撃。
……正直。
思い出すだけでも、背筋が寒くなる。
(……完成した次元神、か)
はちは、あの日の光景を思い返していた。
ディメンションゲートをいくら展開しても、次から次へと降り注ぐ砲撃。
一つを防いだところで、別の場所から新たな攻撃が現れる。
そして。
未完成の次元神では、そのすべてを処理しきれなかった。
(……まだまだ、力不足ですねぇ)
小さく息を吐く。
はちは今、ガーディアン本部でいろはさんたちと待機していた。
あの一件以降、いつ何が起きても対応できるよう、警戒が続けられている。
とはいえ。
ヘルカイザーたちが撤退してからというもの、目立った動きは確認されていなかった。
……それが、逆に不気味でもあるんですけどね。
「……はちちゃん」
「……はい?」
声のした方へ顔を向ける。
そこには、いろはさんがいた。
「……どうかしました?」
「……ううん」
いろはさんは、小さく首を横に振った。
「何でもないよ」
「…………」
……何でもない。
そう言ってはいるけど。
(……まだ、気にしてますね)
あの日以来、いろはさんは以前よりも口数が少なくなっていた。
もちろん、レイさんやかえでさんが気に掛けている。
はちだって、できるだけ声を掛けるようにしていた。
……だけど。
簡単に割り切れる話じゃないのだろう。
自分が善意から行った説得。
それがヘルカイザーを暴走させ、アルカディアに大きな被害をもたらした。
いろはさんは、そのことを今も責め続けている。
(……難しいですねぇ)
はちは、小さく息を吐いた。
……そのときだった。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!!
「――っ!?」
突然、室内に警告音が鳴り響いた。
「……えっ!?」
いろはさんが、驚いて顔を上げる。
レイさんとかえでさんも、すぐに反応した。
「警報!?」
「……何が起きたの!?」
本部内に、緊迫した空気が走る。
はちも、すぐに姿勢を正した。
(……まさか)
嫌な予感がする。
先日のような次元震か?
それとも。
……ヘルカイザーが戻ってきたのか?
「……確認しよう!」
かえでさんの声で、全員が動き始めた。
はちも、いろはさんたちと一緒に警報の原因を確認する。
そして、表示された情報を見た瞬間。
「…………え?」
思わず、声が漏れた。
反応が確認されたのは、アルカディアの郊外。
そこに現れたのは――。
三つの人影。
そして、その姿には見覚えがあった。
(……あれ?)
はちは、思わず目を見開いた。
「……セリシアさんたち?」
そこに映っていたのは。
星光の殲滅者、セリシア。
雷刃の襲撃者、リュミナ。
そして、闇統べる王、ヴェルシア。
……エクリプスの三人だった。
「…………」
はちは、画面を見つめたまま首を傾げた。
(……何しに来たんでしょう?)
確か、ヘルカイザーが暴走したとき。
セリシアさんとリュミナさんは、弱り切ったあいつを連れて、次元の裂け目から撤退したはずだ。
あのとき、この場にヴェルシアさんはいなかった。
今回は、そのヴェルシアさんも一緒にいる。
それなのに。
また、アルカディアへ……?
「……行こう」
いろはさんが、静かに口を開いた。
はちは、彼女の顔を見上げた。
その表情には、先ほどまでとは違う緊張が浮かんでいた。
「……はい」
何が目的なのかは分からない。
でも。
放っておくわけにはいかないでしょう。
こうしてはちたちは、三人が現れた場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
――天城いろは視点――
アルカディア郊外。
私は、アークレイを手に、はちちゃんたちと一緒に現場へ到着した。
そして――。
「……セリシア」
少し離れた場所に、三人の姿があった。
セリシア。
リュミナ。
ヴェルシア。
三人とも、こちらが来るのを待っていたかのように立っている。
逃げる様子はない。
それどころか。
私たちの姿を確認すると、セリシアが静かに一歩前へ出た。
「……お久しぶりです、いろはさん」
「…………」
私は、少しだけ息を呑んだ。
……セリシア。
あの日。
ヘルカイザーさんが暴走したとき、私を激しく叱ったセリシア。
何度も忠告されていたのに、説得をやめなかった私。
そして。
そんな私の絶望から生まれたマイナスエネルギーを集めて、ヘルカイザーさんを救ってくれたセリシア。
……何だろう。
顔を合わせると、胸が苦しくなる。
「……セリシア」
私は、何とか口を開いた。
「……あのときは……」
だけど。
謝罪の言葉を続けるより先に、あることに気が付いた。
……あれ?
私は、三人の周囲を見渡した。
セリシア。
リュミナ。
ヴェルシア。
……三人だけ?
「……セリシア」
「はい?」
「ヘルカイザーさんは……?」
その名前を口にした瞬間、胸の奥が小さく痛んだ。
あの人は、ひどく弱っていた。
セリシアに抱きかかえられて、ようやく撤退できるほどに。
……もう、回復したのかな。
それとも。
まだ……。
そんな私の考えを見透かしたかのように、セリシアが静かに答えた。
「ヘルカイザーさんでしたら、現在は研究室で休んでいらっしゃいます」
「……そう、なんだ」
私は、小さく頷いた。
「…………」
……まだ、休んでいるんだ。
胸元へ添えた手に、思わず力が入る。
「……ごめんね」
気付けば、そう呟いていた。
「……私のせいで、ヘルカイザーさんが……」
「事情は、セリシアたちから聞いている」
声を上げたのは、ヴェルシアだった。
「我は、あの場にはおらぬ。だが、何が起きたのかは報告を受けた」
私は、思わず彼女へ顔を向けた。
ヴェルシアは腕を組んだまま、こちらを見据えている。
「ヘルカイザーが暴走したことも、二人が連れ帰ったこともな」
……そうか。
あのとき、彼女の姿はなかった。
それでも、戻ったセリシアたちから話を聞いて、事情を知っていたんだ。
「……そもそも、我だけ呼ばれておらぬからな」
ヴェルシアが、ぽつりと付け足した。
組んだ腕に少し力が入り、視線が横へ逸れる。
「別に、拗ねているわけではないぞ」
……まだ、誰もそんなことは言っていないんだけど。
リュミナが口を開きかけると、ヴェルシアは先回りするように顎を上げた。
「ただ、我だけ後から聞かされるというのが、気に入らぬだけだ」
その横顔を見て、私は口を挟めなかった。
現場にいなかったからといって、何も感じなかったわけじゃない。
二人がヘルカイザーさんを連れ帰るまで、彼女だけは何も知らずにいたんだ。
セリシアが、そっとヴェルシアへ視線を向ける。
「……ええ。あなたにも、きちんと話しておくべきでしたね」
「分かっておればよい」
短く答えたヴェルシアは、それ以上何も言わなかった。
けれど、こちらへ向き直ったときには、組んだ腕の力がほんの少し緩んでいた。
「…………」
セリシアは、しばらく私を見つめていた。
その表情は、穏やかとは言えなかった。
だけど。
あの日のように、激しく怒鳴ることもなかった。
「……いろはさん」
「……なに?」
「そのお話は、今は結構です」
「…………え?」
セリシアは、静かに続けた。
「今回、私たちがここへ来た理由は、別にあります」
「……別の理由?」
私は、思わず首を傾げた。
……何だろう?
ヘルカイザーさんがいない。
三人だけで、わざわざアルカディアへ来た。
しかも、私たちが到着するのを待っていた。
……まさか。
私は、アークレイを握り直した。
「……セリシアたちは、何をしに来たの?」
すると。
セリシアは、静かに私を見据えた。
「……決着をつけに来ました」
「…………え?」
……決着?
私は、思わず聞き返した。
すると、隣にいたリュミナが勢いよく一歩前へ出た。
「そういうこと!」
いつもの明るい声。
だけど。
その目は、真剣だった。
「ボクたち、もう一度戦いに来たんだ!」
「……リュミナ?」
「今度こそ、ちゃんと決着をつけたいんだよ!」
……え?
私は、思わずセリシアへ視線を戻した。
すると、セリシアは小さく頷いた。
「リュミナの言うとおりです」
そして――。
「私たちは、あのときのリベンジを果たすために来ました」
「…………っ」
……あのとき。
私は、息を呑んだ。
セリシアたちとの、かつての戦い。
あの戦いで、エクリプスは消滅したはずだった。
もう二度と会えないと思っていた。
それなのに。
ヘルカイザーさんが、彼女たちに新しい身体を与えた。
そして今。
その三人が、再び目の前に立っている。
……そういうこと、なんだね。
◇ ◇ ◇
――安藤はちのそばで――
「……再戦、ですか?」
はちは、思わず聞き返した。
目の前には、エクリプスの三人。
セリシアさんは真剣な顔をしているし。
リュミナさんも、いつもの元気な様子とは少し違う。
そして、ヴェルシアさんに至っては……。
「ふん」
腕を組み、堂々とこちらを見据えていた。
「当然であろう」
……おや?
「我らが何のために、再びこの地へ来たと思っている」
「……えっと」
はちは、少しだけ言葉を探した。
……いや。
そんなこと言われましても。
自分、三人とはあの当時の戦いで直接対決してないんですけど!?
(……どう返せばいいんでしょうねぇ)
すると、レイさんが一歩前へ出た。
「……ちょっと待って」
その表情は、少し険しかった。
「再戦って言われても……」
レイさんは、三人を見渡した。
「今、私たちが戦う理由なんてないんじゃない?」
「…………」
……確かに。
はちも、同じことを思っていた。
エクリプスは、今ここでアルカディアを破壊しようとしているわけではない。
ヘルカイザーの命令で襲ってきた様子もない。
それに。
戦闘が終わってから、まだそれほど時間が経っていない。
街では、復旧作業だって続いている。
……こんな状況で。
わざわざ再戦する必要があるのでしょうか?
「……そうだね」
かえでさんも、静かに頷いた。
「今は、復旧を優先しなきゃいけないし……」
そして、セリシアさんたちへ顔を向ける。
「できることなら、戦わずに話し合いたいんだけど」
「…………」
セリシアさんは、黙って二人の話を聞いていた。
リュミナさんも、何も言わない。
……あれ?
意外と、ちゃんと話を聞いてくれていますね。
そう思った、そのときだった。
「……確かに」
セリシアさんが、静かに口を開いた。
「貴女たちには、戦う理由がないのかもしれません」
「……セリシア?」
いろはさんが、少し驚いたように尋ねる。
すると。
セリシアさんは、真っ直ぐにいろはさんを見つめた。
「ですが……」
ほんの少しだけ、声を強める。
「私たちには、あるのです」
「…………」
……理由が、ある。
はちは、思わず息を呑んだ。
セリシアさんの表情が、先ほどよりも真剣になっている。
「私たちは、あの戦いで敗れました」
「…………」
「そして、一度はすべてを失ったのです」
その声には、静かな悔しさが滲んでいた。
「……ですが」
セリシアさんは、そっと拳を握った。
「ヘルカイザーさんが、私たちに新しい身体を与えてくださいました」
……ああ。
そうだった。
はちも、話を聞いている。
消滅したはずの三人。
その三人を、ヘルカイザーが復活させた。
仕事を与えて。
生活する場所を与えて。
訓練にも付き合って。
……そして。
三人は、再びこの世界で生きることになった。
「……セリシア」
いろはさんが、小さく呟いた。
すると、セリシアさんは静かに頷いた。
「私たちは、もう一度戦う機会を得たのです」
「…………」
「以前の自分たちとは違う」
セリシアさんは、少しだけ目を細めた。
「それを、確かめたい」
そして――。
「あのとき果たせなかった決着を、今度こそ果たしたいのです」
……っ。
はちは、思わず言葉を失った。
……なるほど。
そういうことですか。
◇ ◇ ◇
――セリシア視点――
「……セリシア」
いろはさんが、私の名前を呼びました。
その声には、迷いがありました。
……無理もありません。
彼女たちにとっては、もう終わった戦いなのかもしれませんから。
ですが。
私たちは、違います。
あの日。
私たちは、敗北しました。
何もかも、終わったと思っていました。
……もう。
二度と、こうして立つことさえできないのだと。
ですが。
ヘルカイザーさんが、私たちを救ってくださいました。
新しい身体を与えてくださった。
そして。
もう一度、生きる機会を与えてくださった。
仕事をして。
失敗して。
レティシアさんに叱られて。
リュミナが騒ぎを起こして。
ヴェルシアが呆れて。
ミリアさんと遊んで。
……そんな、日常。
私たちは、そのすべてを大切に思っています。
もちろん。
それだけでも、十分に幸せなのかもしれません。
ですが――。
「……いろはさん」
私は、ゆっくりと口を開きました。
「私たちは、あの日の敗北を忘れたことなどありません」
「…………」
「どれほど平穏な日々を過ごしていても」
私は、胸元へ手を添えました。
「ずっと、心の中に残っていたのです」
悔しさ。
無念。
そして。
もう一度、戦いたいという願い。
……だからこそ。
私たちは、訓練を続けてきました。
レティシアさんから魔法を学び。
ヘルカイザーさんとの訓練で、自分たちの限界を確かめ。
何度も失敗しながら、少しずつ力を身に付けてきた。
それは。
決して、無意味なことではありませんでした。
「……私たちが、ここまで来た理由」
私は、いろはさんを真っ直ぐに見つめました。
「分かっていただけますか?」
「…………」
いろはさんは、何も答えませんでした。
その隣で、レイさんとかえでさんも静かにこちらを見つめています。
……ならば。
はっきりと、お伝えしましょう。
「私たちは――」
私は、拳を握り締めました。
そして。
「この再戦を果たすために、今まで生きてきたのです!」
その言葉が、周囲へ響き渡りました。
「…………っ」
いろはさんが、息を呑みました。
……そう。
これは、私たちにとって。
ただの戦いではありません。
過去の敗北と向き合うための戦い。
新しい身体を得て、再び歩き始めた自分たちが。
どこまで強くなれたのか。
何を変えられたのか。
……それを、確かめるための戦いなのです。
「……セリシア」
隣から、リュミナが声を掛けてきました。
私は、静かに顔を向けました。
「……ボクも、同じだよ」
リュミナは、いつものように笑いました。
ですが。
その瞳は、まっすぐ前を見据えていました。
「ボク、前よりずっと強くなったんだ」
「……ええ」
「ヘルカイザーさんにも、いっぱい鍛えてもらったし!」
リュミナは、ぎゅっと拳を握りました。
「だから、今度こそ勝ちたい!」
……ふふ。
相変わらずですね。
リュミナ。
ですが。
その気持ちは、私も同じです。
「……ふん」
今度は、ヴェルシアが口を開きました。
「当然であろう」
その表情は、どこまでも堂々としていました。
「我らは、敗北したまま終わるつもりなどない」
そして。
ゆっくりと、いろはさんたちを見渡します。
「今ここに立っているのは、我ら自身の意思だ」
「…………」
「ヘルカイザーの命令でもなければ、誰かに強制されたわけでもない」
ヴェルシアは、静かに続けました。
「我らが望み、我らが選んだ」
そして――。
「その決着を、貴様らに申し込んでいるのだ」
……そう。
これが、私たちの答えです。
私は、改めていろはさんへ向き直りました。
「……いろはさん」
「……はい」
「どうか……」
私は、静かに頭を下げました。
「私たちの挑戦を、受けてください」
頭を下げたまま、私は返事を待ちました。
勝ちたい。
その願いを、いまさら隠すつもりはありません。
訓練で繰り返し思い浮かべた相手が、目の前にいるのです。
けれど、ここまで話したからといって、受けてもらえるとは限らない。
私たちには、私たちの理由があります。
彼女たちには、彼女たちの事情がある。
復旧が続いていることも、いろはさんが先日の出来事を引きずっていることも、見れば分かりました。
だから、理由を聞いてほしかったのです。
襲い掛かって、無理に応戦させるために来たのではありません。
私たちが何を望んでここへ立っているのか、知った上で向き合ってほしかった。
風が、髪を揺らしました。
隣には、リュミナとヴェルシアがいます。
二人とも、返事を待っていました。
私たちは、いつも同じことを考えているわけではありません。
日々の過ごし方も、得意なことも、それぞれ違う。
ですが、いまここで待つ理由は同じでした。
あの日に戻りたいのではない。
新しい身体を得て過ごした時間まで、なかったことにしたいわけでもない。
いまの自分たちで、もう一度。
その願いを、ようやく言葉にできたのです。
私は、ゆっくりと顔を上げました。
いろはさんは、まだこちらを見ていました。
私も、その視線を受け止めました。
返事を急かす言葉は、もう必要ありません。
伝えるべきことは、伝えたはずでした。
◇ ◇ ◇
――天城いろは視点――
「…………」
私は、セリシアを見つめていた。
……そうだったんだ。
セリシアたちは、ずっと。
あの戦いのことを、忘れていなかったんだね。
消滅したはずの三人。
もう二度と会えないと思っていた三人。
その三人が、今。
こうして目の前に立っている。
しかも。
あの頃よりも、ずっと強い気持ちを持って。
(……セリシア)
私は、ゆっくりと息を吐いた。
……正直。
最初は、戦いたくなかった。
今、アルカディアは復旧作業の真っ最中だ。
それに。
あのヘルカイザーさんとの戦いが終わってから、まだそんなに時間は経っていない。
私自身、まだ気持ちの整理ができていなかった。
……でも。
目の前の三人は、違う。
セリシア。
リュミナ。
ヴェルシア。
三人とも、真剣だった。
これは、アルカディアを破壊するための戦いじゃない。
ヘルカイザーさんの命令でもない。
彼女たち自身が望んだ、再戦。
……あのときの決着をつけるために。
ここまで来たんだ。
「……いろは」
レイが、小さく声を掛けてきた。
私は、顔を向けた。
「……どうする?」
「…………」
……どうする。
私は、もう一度セリシアたちを見つめた。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「……セリシア」
「はい」
「一つだけ、聞いてもいい?」
「……何でしょう?」
私は、静かに尋ねた。
「……本当に、三人の意思なんだね?」
すると。
セリシアは、迷うことなく頷いた。
「はい」
リュミナも、元気よく頷いた。
「もちろん!」
そして、ヴェルシアも。
「くどいぞ。我らの意思だと言っておろう」
「…………」
……そっか。
私は、小さく微笑んだ。
(……それなら)
……逃げちゃ、駄目だよね。
いや。
逃げるという表現は、少し違うかもしれない。
戦わないという選択だって、本来なら間違いじゃない。
だけど。
これほどまでに真剣な思いを向けられて。
その理由も、ちゃんと聞いた。
……だったら。
私も。
正面から、向き合うべきなのかもしれない。
「……レイ」
私は、隣にいるレイへ視線を向けた。
レイは、少しだけ考えるような表情を浮かべていた。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
「三人の気持ちは、分かったよ」
「……かえでちゃん」
今度は、かえでちゃんへ顔を向ける。
かえでちゃんは、セリシアたちを見つめていた。
「……そうだね」
それから、私へ視線を戻す。
「ここまで言われたら、ちゃんと向き合わないとね」
「……うん」
私は、小さく頷いた。
……ありがとう。
そして。
「……はちちゃん」
「……はい?」
はちちゃんが、こちらを見上げた。
その灰色の瞳が、静かに私を見つめている。
「……どう思う?」
すると、はちちゃんは少しだけ考えた。
「……そうですねぇ」
そして。
セリシアたちへ視線を向ける。
「自分には、皆さんの過去の戦いを全部理解することはできません」
「…………」
「ですが……」
はちちゃんは、小さく微笑んだ。
「そこまで真剣に望んでいるのなら、その気持ちは大切にするべきだと思います」
「……はちちゃん」
「もちろん、無理に戦う必要はないと思いますけどね」
……うん。
そうだよね。
私は、小さく息を吸った。
そして。
セリシアたちへ向き直った。
「……セリシア」
「はい」
「リュミナ」
「うん!」
「ヴェルシア」
「何だ?」
私は、三人の顔を一人ずつ見つめた。
そして――。
「分かったよ」
セリシアの瞳が、わずかに大きく開かれる。
「……いろはさん?」
私は、静かに頷いた。
「その再戦、受けるよ」
「…………っ!」
セリシアが、息を呑んだ。
リュミナの表情が、ぱっと明るくなる。
「……本当!?」
「うん」
私は、小さく微笑んだ。
「三人が、そこまで真剣に望んでいるんだもん」
そして。
アークレイを握り直した。
「私たちも、ちゃんと向き合うよ」
「…………」
セリシアは、しばらく何も言わなかった。
だけど。
その口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
「……ありがとうございます」
静かな声。
けれど。
その言葉には、確かな喜びが込められていた。
「……いろはさん」
セリシアは、ゆっくりと顔を上げた。
「この日を、ずっと待っていました」
「……うん」
「今度こそ……」
その瞳が、真剣な光を宿す。
「決着をつけましょう」
私は、まっすぐに頷いた。
「……うん!」
◇ ◇ ◇
――安藤はちのそばで――
(……なるほど)
はちは、目の前の三人を見つめていた。
セリシアさん。
リュミナさん。
ヴェルシアさん。
……本当に、嬉しそうですねぇ。
特に、リュミナさんなんて。
「よーしっ!!」
もう、今すぐにでも飛び出しそうな勢いだった。
……元気ですねぇ。
一方。
セリシアさんは、静かにいろはさんを見つめている。
その表情には、いつもの落ち着きが戻っていた。
だけど。
その瞳の奥にある強い決意は、隠しきれていない。
……それに。
ヴェルシアさんも、どこか満足そうだ。
「ふん。ようやく話がまとまったか」
……おやおや。
随分と待ち遠しかったようですね。
はちは、小さく微笑んだ。
(……本当に、いろいろあったんでしょうねぇ)
一度は、消滅した三人。
そして、ヘルカイザーによって復活した三人。
その三人が今。
再び、かつての相手と向き合っている。
……だけど。
今回は、前とは違う。
誰かの命令でもない。
アルカディアを制圧するためでもない。
三人が、自分たちの意思で選んだ戦い。
(……なるほど)
はちは、静かに頷いた。
……これが。
セリシアさんたちにとっての、もう一つの始まりなのかもしれない。
ふと。
いろはさんへ視線を向ける。
その表情は、先ほどまでよりも少しだけ明るくなっていた。
もちろん。
ヘルカイザーの件を忘れたわけではないだろう。
アルカディアに残された傷跡も、消えたわけではない。
……だけど。
今、いろはさんは。
目の前にいるセリシアさんの気持ちへ、真正面から応えようとしている。
(……いろはさん)
はちは、そっと息を吐いた。
……少しだけ。
いつものいろはさんに戻ったような気がしました。
「……さて」
セリシアさんが、静かに口を開いた。
「いろはさん」
「……うん?」
「改めて、お礼を申し上げます」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
「私たちの申し出を、受けてくださってありがとうございます」
「……ううん」
いろはさんは、小さく首を横に振った。
そして。
「こちらこそ」
真っ直ぐに、セリシアさんを見つめた。
「もう一度、会えて嬉しいよ」
「…………」
セリシアさんの表情が、わずかに変わった。
そして――。
「……私もです」
静かに、そう答えた。
「……いろはさん」
二人の間に、穏やかな風が吹き抜けた。
……何だか。
少し、不思議な光景ですねぇ。
かつて戦った相手同士。
そして、今。
もう一度、戦うことを約束した二人。
でも。
その表情には、憎しみだけがあるわけじゃない。
むしろ。
お互いの存在を、認め合っているようにも見えた。
(……ふむ)
はちは、ゆっくりと空を見上げた。
先日、無数の次元の裂け目に覆われたアルカディアの空。
今は、穏やかな青空が広がっている。
……あの日のような、世界を破壊する戦いにはさせたくない。
それは、きっと。
ここにいる全員が、同じように思っていることだろう。
そして――。
「……では」
セリシアさんが、静かに告げた。
「改めて……」
彼女の視線が、いろはさんたちへ向けられる。
リュミナさんも、ヴェルシアさんも。
それぞれの決意を胸に、前を向いていた。
いろはさんは、アークレイを構え直した。
レイさんも、静かに頷いている。
かえでさんの表情も、真剣だった。
……こうして。
一度は終わったはずの因縁が。
再び、動き出そうとしていた。
ただし。
今度は、誰かの命令によるものではない。
エクリプス自身が望み、ガーディアンたちがその思いを受け止めた、再戦。
それは。
一度は敗れ、再び生きる機会を得た三人が。
自分たちの歩んできた時間を確かめるための戦いだった。
そして――。
その決着の行方は、まだ誰にも分からなかった。
――第69話・了――




