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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第1部

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7/90

第7話 新人魔導師との模擬戦


AEGIS訓練場。


 大型の屋内訓練フィールドに立ち、はちは目の前の四人を見た。左腕には、調整を終えたばかりのSIAが装着されている。


 机の上で触れていた装置が、今は自分の腕にある。

 正面には、これから向き合う相手がいる。動くかどうかを見るだけだったつもりの試運転が、ずいぶん違う形になった。

 はちは左腕を一度見てから、顔を上げた。


(昨日来たばっかりなのに……もう模擬戦か)


 観戦するいろは、かえで、ノエル、そしてアリアの姿へ、ちらりと目を向ける。


 視線を戻せば、前には新人たちの姿がある。

 見ている人がいることを意識すると、いつも以上に手元の動きを確かめたくなった。

 はちは指先の感覚を確かめ、改めて相手の話へ耳を向けた。


 いろはが、新人たちを紹介した。


「この四人がAEGISの新人魔導師チームだよ」


 真っ先に前へ出たのは、ユイナだった。


「神楽坂ユイナ! 近接と突撃担当! よろしく!」


 声の勢いが、そのまま前へ出る動きにも表れているようだった。

 はちは頷きながら、目の前の相手と、その役割を結びつけた。名乗る声だけでも、セナとはずいぶん印象が違う。


 続いて、セナが落ち着いた声で名乗る。


「水城セナです。射撃と戦術支援を担当しています」


 レンは真面目に会釈した。


「御影レンです」


「白峰ノアです……よろしくお願いします」


 ノアも、少し緊張した様子で挨拶をする。


 四人を見渡し、かえでが口を開いた。


「今日は新人教育も兼ねてるから――ユイナちゃんとセナちゃん。この二人にはちと戦ってもらうよ」


「よっしゃ!」


「分かりました」


 対照的な返事が返ってきた。


 レンとノアは観戦に回る。


 向かい合う相手が、ユイナとセナの二人になった。

 さっきまで四人を見渡していた視線を、はちはその二人へ戻す。

 一人に話しかけるときとは違い、どちらの動きも見ておかなければならない。そんなことを考えながら、右手へ意識を向けた。


 はちは、右手中指の指輪型カードケースへ意識を向けた。一枚のカードを取り出す。手に持つ間は裏面を向けたまま、それを左腕のSIAの外側に展開する魔力ディスクへ、表向きにセットした。


「それじゃあ――セレスティア」


 光が広がった。


 巨大な白竜が姿を現し、訓練フィールドへ降り立つ。


 光の中にあった輪郭が、目の前の空間を占める大きさを持った。

 白い身体が落ち着くと、はちの近くに大きな影ができる。

 森で見上げたときとは、周囲の景色が違う。それでも、現れてくれた相手がセレスティアだと分かると、少し安心した。


 ずん、と響く重い音。


 新人四人は、思わずその巨体を見上げた。


「でっか……!」


 ユイナが声を漏らす。


「きれい……」


 ノアは、白い竜の姿に見入っていた。


 そのセレスティアは、はちを見つけるなり目を輝かせた。


 ずい、と鼻先が近づく。


「わっ」


 はちの身体へ、すりすりと顔をすり寄せる。


 模擬戦の相手へ向けていた意識が、一瞬でそちらへ引き戻された。

 声を掛けようと口を開くより先に、大きな鼻先が近づいてくる。

 はちは目を瞬かせ、慌てて手を添えた。


「ちょ、セレスティア」


 制止する間もなく、小さな身体が器用に持ち上げられた。


「わふっ!?」


 今度は頬へ、すりすり。


 そして――ぺろり。


「ひゃっ!?」


 頬を舐められ、はちは顔を真っ赤にした。


 見ている人がいる。

 そのことを思い出すと、余計に気恥ずかしくなった。

 だが、セレスティアは嬉しそうで、こちらが困っていることまでは伝わっていないらしい。

 はちは白い頭へ手を向け、どうにか声を届けようとした。


 観戦していたアリアが、微笑ましそうに笑う。


「ふふっ♪」


「……めっちゃ懐いてる」


「ですね」


 ユイナとセナも、白竜と小さな主人のやり取りを眺めていた。


「セレスティア。今から模擬戦ですから……」


 はちが言うと、セレスティアは動きを止めた。


 けれど、まだ離れたくなさそうだ。


「終わったら撫でますから」


 その一言で、白竜の表情がぱっと明るくなった。


 今度は素直に、はちを降ろしてくれる。


 ようやく足が地面に着いたはちは、小さく息をついた。


 こちらを見ている白竜へ、もう一度顔を向けた。

 約束を分かってくれたらしい。その様子にほっとしながらも、はちはすぐに正面の二人へ意識を戻す。

 今は、模擬戦の準備を進めるところだった。


     ◇


 いろはは、その可愛らしい光景を見ながらも、別のものに目を留めていた。


 はちの左腕。


 そこに装着されている、SIAだ。


「はちちゃん」


「はい?」


「そのSIA……」


 いろはは、少し目を細めた。


「前より性能、上がってない?」


 はちの動きが、わずかに止まった。


 まだ本格的に使ったわけでもないのに、そう見えるのだろうか。

 はちはいろはとSIAを見比べた。

 手を入れたことは話している。ただ、どこまで伝わっているのかは、こちらからでは分からなかった。


「……少し調整しましたけど?」


「少し?」


「はい」


 いろはは、もう一度SIAを見る。


(ノエルさんでも完全には解析できなかった装置を……この子、自分で直してる)


 昨日までに得られたデータも、気に掛かっていた。


 はち本人の魔導評価は、Bランク相当。


 しかし、一時的に観測された反応はAAA級に達していた。


 セレスティア単体でも、AA級相当だ。


(やっぱり……まだ何か隠してるよね?)


 観測された数字と、目の前にいる小さな子の姿。

 どちらか一方だけを見ても、分からないところが残る。

 いろはは、SIAへ向けていた視線を、その装着者へ戻した。


「いろはさん?」


 はちに呼ばれ、いろはは顔を上げた。


「……ううん」


 にこりと笑う。


「何でもないよ」


 はちは、不思議そうに首をかしげた。


     ◇


「念のため確認するよ」


 かえでが、安全確認に入った。


 場の空気が、改めて引き締まる。

 戦う前に確かめることがある。その声を聞き、はちも正面だけでなく、手元へ注意を向けた。

 調整を終えた装置を使うのだから、設定も自分で確かめておきたかった。


「今回はあくまで模擬戦。全員、非殺傷設定」


「了解!」


「問題ありません」


 ユイナとセナが答える。


 はちも、SIAの設定を確かめた。


 相手の返事を聞いて終わりではない。

 自分が使うカードも、同じ条件で動かす必要がある。はちは確認を済ませてから、かえでへ答えた。


「精霊カード側も非殺傷で行きます」


 ユイナが、両腕と両脚の専用デバイス《ブレイク・ギア》を展開した。


 がしゃん、と装備が開く。


 両腕と両脚の装備が整うと、ユイナの構えにも目が向いた。

 近接と突撃担当。

 さっき聞いた役割が、戦うための姿として目の前に現れている。

 はちは、その腕と足の位置を確かめた。


 一方のセナは、手のひらサイズの端末から、専用デバイス《ルミナス・エッジ》の射撃部を展開した。


 慌てる様子もなく、動作を確認している。


 セナの手元にも、射撃を行うための形ができていた。

 ユイナだけを見ていればいいわけではない。

 はちは二人へ順に目を向け、相手が違えば、気をつける動きも違うのだと意識した。


 準備は整った。


 その時、いろはが楽しそうに付け加えた。


「あと――負けたチームは罰ゲームが待っているからね」


「…………」


 はちは、一拍遅れて声を上げた。


 準備の話は済んだはずだった。

 そこへ、今まで聞いていない条件が一つ足されたのだ。

 何をするのか分からないまま負けるのは、どうにも落ち着かない。はちは慌てていろはを見た。


「ちょっ、いろはさん!?」


「えっ!?」


「聞いてませんけど」


 ユイナも驚き、セナも異議を唱える。


 かえでは、面白そうに笑っていた。


「待ってください、罰ゲームって何――」


「それでは行くよ~!」


 はちの声をよそに、いろはが元気よく手を上げる。


「えっ」


「レディー――」


 内容を確かめる暇もなく。


「ゴー!」


 号令と同時に、ユイナが地面を蹴った。


 問いかけかけた言葉が、口の中に残った。

 しかし、もう、それを確かめている余裕はない。

 動き始めたユイナへ、はちは反射的に顔を向けた。さっきまで離れていた相手との距離が、急に縮まる。


 ドンッ!


 ブレイク・ギアの脚部が、突撃を加速させる。


 見ていた位置に、次の瞬間も相手がいるとは限らなかった。

 踏み込む足と、前へ向かう身体。その動きを追っている間にも、ユイナは近づいてくる。

 はちは、声を出しながら白竜へ意識を向けた。


「速っ!?」


 ユイナは一直線に迫り、拳を構えた。


「まずは――!」


「セレスティア!」


 白竜が、はちの前へ出る。


 ガァン!


 ユイナの拳と、セレスティアの前脚が激突した。


 重い音が、広いフィールドに響いた。

 真正面からぶつかった動きが、一度、そこで止まる。

 はちはその隙に、もう一人の相手へ目を向けようとした。


 その隙に、セナは冷静に照準を定めていた。


「ユイナ、右へ」


「了解!」


 ユイナが離脱する。


 直後、その空間を複数の射撃が走り抜けた。


 ユイナがいた場所と、射撃が通る場所が、入れ替わるように重なった。

 近くの相手だけを追い続けていれば、反応が遅れていただろう。

 はちは思わず身体を固くし、迫る光を見た。


「っ!」


 セレスティアが翼を広げ、はちへの攻撃を防ぐ。


 白い翼が視界の前へ広がった。

 射撃が遮られる間にも、向こうの二人は動いている。守ってもらえたからといって、そこで考えるのを止めるわけにはいかなかった。

 はちは白竜の向こうへ視線を巡らせた。


 ユイナは、すぐさま次の突撃へ移っていた。


 その動きに合わせて、セナが死角から狙ってくる。


(なるほど。ユイナさんが前衛。セナさんが、後ろから射撃と指示……)


 二人の役割は、はっきりしていた。


 片方へ意識を向ければ、もう片方が動く。


 ユイナを止めたところへ、セナの射撃が来る。

 その射撃へ注意を向けている間に、ユイナが次の位置へ移る。

 二人が別々に動いているのではなく、一人の動きが、もう一人の機会を作っていた。


(いい連携だ)


 はちは白竜へ声を掛けた。


「セレスティア。少し時間を稼いでください!」


 任せて、とばかりにセレスティアが前へ出た。


 巨大な翼を広げ、ユイナとセナの両方を牽制する。


 はちは、その白い背中に守られる位置で、手元へ意識を移した。

 セレスティアが前へ出てくれている間に、次の手順を進める。

 呼びかけへ応えてくれた相手の動きを見失わないよう、顔を上げることも忘れなかった。


 その間に、はちは次のカードを探した。


(まずは――これ)


 一枚を取り出し、魔力ディスクへ表向きにセットする。


 右手中指の指輪から現れたときには、裏面がこちらへ向いていた。

 左腕の外側へ運び、盤面の直前で返したカードが収まる。

 はちは、セットした手を戻しながら、前から近づく相手へ目を向けた。


「罠カード、発動!」


「行くよ!」


 ユイナが、セレスティアの脇を抜けた。


 はちへ急接近する。


 その瞬間、足元に光が走った。


 ユイナの進む先と、その光が重なった。

 はちへ迫っていた勢いが、別の衝撃にぶつかる。

 声を出すより先に、爆発が起こった。


「!?」


 ドォン!


 非殺傷の爆発が起こり、ユイナの身体が吹き飛ばされた。


「くっ……!」


 だが、ブレイク・ギアが防御を展開する。


 ユイナは姿勢を立て直し、着地した。


 吹き飛ばされたまま倒れることはなかった。

 装備の防御を使い、身体の向きを戻している。

 はちはその動きを見て、構えていた気持ちを少し引き締めた。狙った場所へ罠が決まっても、それがそのまま決着になるわけではない。


 足元が、ざざっと地面を擦る。


「耐えた……!」


 はちが声を漏らす。


 煙の向こうから現れたユイナは、まだ笑っていた。


 はちの視線が、その顔に留まった。

 不意を突かれても、次へ進もうとしている。

 自分が思っていたより、ずっとしぶとい相手なのかもしれない。はちは、ユイナから目を離さないまま、セナの位置も確かめた。


「びっくりしたぁ……! でも、まだまだ!」


(やっぱり、新人とはいえAEGISか)


 罠は決まった。


 けれど、それだけでは終わらない。


「ユイナ、下がって」


 今度はセナが射撃を放った。


 一発だけではない。


 はちの移動先を読むように、射撃が配置されていく。


 避けようとして目を向けた先にも、別の光が来る。

 一つを見送ってから動けばいいという形ではなかった。

 はちは足を出しかけて止め、残されている場所を確かめようとした。


「っ!」


 左右を塞がれ、はちは動きを止められた。


 すぐに距離を詰めてくるユイナとは違う。

 セナは、こちらが動きたい場所へ先に射撃を置いてくる。

 同じように対応しようとしても、追いつかなくなる。

 はちは手元へ意識を向けた。


(こっちは頭脳派か……!)


 はちは、指輪型カードケースへ意識を向けた。


「なら――」


 別の精霊カードを取り出す。


 右手中指の指輪から、次の一枚が手元へ収まった。

 持つ間は裏面を向けたまま、左腕の魔力ディスクへ運ぶ。

 セットする直前にカードを表向きへ返し、はちは盤面へ指先を向けた。


 それを魔力ディスクへセットすると、赤い光が広がった。


「今度は何!?」


 ユイナの声が、轟音に重なる。


 出現したのは、赤黒い巨竜。


 クリムゾンレクスだった。


 白のセレスティア。


 赤のクリムゾンレクス。


 二体の巨竜が、訓練フィールドに並び立つ。


 白い巨体の隣へ、赤黒い巨体が加わった。

 さっきまでセレスティアだけを見ていればよかった視線が、もう一方へ引かれる。

 はちは二体の位置と、向こうの二人の反応を確かめた。


「ちょっと待って!?」


「……二体同時」


 ユイナが声を上げ、セナが二体の動きを見た。


 セレスティアが、空から迫る。


 クリムゾンレクスは、正面から。


 二方向からの圧力が、二人を分断した。


 同じ方向を向いて、同じ相手へ備えることが難しくなる。

 ユイナが白竜へ対応すれば、セナの前にはクリムゾンレクスがいる。

 はちに向けられていた二人の視線も、それぞれ別の相手へ移っていた。


「うわっ!」


「ユイナ、離れすぎないで!」


 先ほどまでの連携が、崩され始めていた。


 呼びかける声は届いても、すぐ同じ位置へ戻れるとは限らない。

 相手へ合わせて動く前に、目の前の巨体へ対応しなければならなかった。

 先ほどまではちを追い詰めていた間合いが、少しずつ変わっていく。


 だが、はちは攻め込まなかった。


 カードケースを確認しながら、二人の動きを観察している。


 動かせる相手が増えたからこそ、見ておく場所も増えた。

 はちは一方だけを追わず、二体の精霊と、向かい合う二人へ目を配っていた。

 その合間に、次のカードを選ぶ。


 アリアが、その様子に気づいた。


「はちちゃん……」


「勝負を急いでいない?」


 ノエルも、はちを見る。


「違う」


 いろはの目が鋭くなった。


 攻める機会がないわけではない。

 それなのに、はちは見ている時間を作っている。

 いろはは、その右手と左腕の動きを追った。何を使うのかはまだ分からないが、次の一手を待っているようには見えなかった。


「何か準備してる」


     ◇


 ユイナとセナは、二体の竜への対応に集中していた。


 はちは、その様子を見つめていた。


(そろそろかな)


 魔力ディスクへ手を伸ばす。


「クリムゾンレクス。一度戻ってください」


 カードを取り上げると、赤黒い巨体が光へ変わった。


 クリムゾンレクスが帰還する。


 手元へ戻したカードは、裏面を向いていた。

 はちはそれを右手中指の指輪へ収納し、空いた手を次へ動かす。

 セレスティアは、まだフィールドに残っている。その位置を確かめてから、相手へ視線を戻した。


「え?」


「召喚解除……?」


 ユイナとセナが、戸惑いの声を漏らした。


 優勢だったはずなのに、はちは自分から戦力を減らした。


 ユイナとセナの前にあった圧力が、一つ減った。

 しかし、はちの動きは止まっていない。

 その右手が次の一枚へ向かうのを、二人も見ていた。


 観戦していたレンも、疑問を口にする。


「何故、このタイミングで……」


 はちは、別のカードを取り出した。


 指輪から取り出したカードを、裏面を向けたまま左腕の外側へ運ぶ。

 盤面へ置く直前に、表へ返す。

 クリムゾンレクスを戻す動作と、その一枚を使う動作は、はちの中ではつながっていた。


「これを使うためです」


 カードを、魔力ディスクへセットする。


「永続罠――発動」


 効果が、フィールド全体へ広がっていった。


 今度は、爆発で相手を吹き飛ばす光ではなかった。

 ユイナとセナが構えを戻そうとしたところで、それまでの動作との違いが現れ始める。

 はちは、二人の反応を見ていた。


 ブゥン……。


「え?」


 ユイナが、自分の装備を見た。


 ブレイク・ギアの強化機能が低下している。


 セナのルミナス・エッジも、分離射撃や特殊制御が止まっていた。


 使おうとした機能が、さっきまでと同じようには動かない。

 二人の視線が、それぞれの装備へ落ちた。

 その隙にも、セレスティアの動きは変わらなかった。


「デバイス能力が……!」


「使えない!?」


 それでも、セレスティアは何事もなく動いていた。


 セナが、白竜へ目を向ける。


「……あの白竜には効いていない?」


「はい」


 はちは答えた。


(セレスティアは、この効果を受けない。でも、クリムゾンレクスは対象になる)


 だから、先に戻した。


 同じフィールドへ効果を及ぼせば、相手だけを見ていればいいわけではない。

 こちらの精霊にも影響がある。

 はちはセレスティアを残し、クリムゾンレクスを戻す順序を選んだのだった。


 ユイナとセナは、特殊能力を封じられても戦うのをやめなかった。


 残された基礎能力で、セレスティアに対応する。


 二人とも、動くこと自体をやめたわけではなかった。

 足を運び、構え直し、白竜との距離を取ろうとする。

 それでも、それまで使っていた特殊な機能が戻るわけではない。

 同じように動こうとするほど、その違いがはっきりした。


 だが、白竜は自由に動ける。


「くぅっ!」


「この状態では……」


 はちは、さらに罠カードを構えた。


 セレスティアへ対応している二人を見ながら、次の機会を待った。

 先ほどまで射撃に移動先を塞がれていたときとは、立場が変わっている。

 はちの意識は、正面の相手と、その次の動きへ向いていた。


「……すごい」


 レンが、ぽつりと呟いた。


「二人の能力を封じてから……」


「セレスティアだけを残したんですね」


 ノアの言葉を、アリアが引き取る。


 その横で、ノエルだけは別の場所を見ていた。


 はちの左腕にある、SIA。


 そこに、微かな発熱が見られた。


 ノエルの視線は、精霊や射撃ではなく、装置そのものへ留まっていた。

 戦いの流れを見ているだけなら、見落としそうな変化だった。

 調整されたばかりの小さな本体に、何が重なっているのか。ノエルは、そこへ注意を向けた。


「…………?」


 二体の精霊の連続運用。


 罠の処理。


 さらに、広範囲へ効果を及ぼし続ける永続罠。


 それらの負荷が、SIAへ重なっていた。


 一つの処理が終わったから、次だけを行えばいいという状態ではない。

 残っている精霊を維持し、広がった効果も続けながら、さらに次へ進もうとしている。

 目立つ動きが少なくなっても、装置の負担まで減っているわけではなかった。


 バチ……。


 小さな火花が散る。


 しかし、戦闘に集中していたはちは、気づかなかった。


 はちが見ているのは、目の前の二人だった。

 ユイナの位置と、セナが狙える方向。そして、それを抑えているセレスティア。

 自分の手元で起きている小さな変化へ、意識が戻らない。


 ユイナは、セレスティアに抑えられている。


 セナも、射線を塞がれていた。


 はちは、最後のカードを構えた。


 ここまで来れば、あと一手。

 そう思えるところまで、流れははちへ傾いていた。

 相手の次の動きより先に、その機会を捉えたい。

 はちは口を開いた。


「これで――」


 口元に、笑みが浮かぶ。


「自分の勝――」


 バチッ。


「……?」


 はちは、左腕へ目を向けた。


 ようやく、意識が手元へ戻った。

 そこにあったのは、使い続けてきたSIAだった。

 だが、今までと同じ状態ではない。はちは何が起きているのか確かめようとして、目を止めた。


 バチ……バチバチチッ!


「え」


 SIAから、煙が上がった。


「まずい!」


 ノエルが叫ぶ。


 その直後だった。


 ボンッ!


 SIAが、小さく爆発した。


 フィールドを巻き込むような大爆発ではない。


 内部が焼け、黒い煙が吹き出したのだ。


 目の前まで、煙が広がった。

 さっきまで見ていた二人の姿と、手元の小さな装置。その間に起きたことを、はちはすぐに結びつけられなかった。

 勝てそうだと思っていた言葉だけが、途中で止まっていた。


「…………」


 はちは、固まった。


 髪の周りに、煙がまとわりつく。


 目の前の出来事についていけず、目がぐるぐると回った。


「わふ~~……」


 身体が、ふらりと傾く。


 立っていた姿勢が崩れた。

 カードを構えていたときの動きが、もう続かない。

 観戦していた側から、慌てた声が飛んだ。


「はちちゃん!?」


 アリアが声を上げた。


「はちちゃん!」


 いろはが飛び込む。


 倒れるはちを、腕の中へ抱き止めた。


 いろはは、そのまま身体を支えた。

 さっきまで相手へ向けていた顔は、今は反応を返さない。

 呼びかけながら、いろはは、はちの顔を覗き込んだ。


 セレスティアも慌てて戻ってくる。


「はちちゃん! しっかりして!」


 呼びかけても、返事はなかった。


 完全に、気絶している。


 こうして、模擬戦は強制終了となった。


 はちが思い描いていた決着には、たどり着かなかった。

 相手を見ていた視線も、構えていたカードも、途中で止まっている。

 その場で真っ先に必要になったのは、勝ち負けを確かめることではなかった。


     ◇


「……ん」


 少し後。


 訓練場脇の休憩スペースで、はちは目を覚ました。


 最初は、何を見ているのか、うまく分からなかった。

 さっきまで向かい合っていたユイナとセナではない。

 はちは、近くにいる相手へ目を向けた。


 目の前には、いろはがいた。


 笑っている。


 ――けれど、目が笑っていない。


 顔を見ているうちに、少しずつ思い出した。

 最後のカードを構えて、それから左腕へ目を向けたのだ。

 あの続きを考えようとしたところで、いろはの声がした。


「…………」


 はちは、黙った。


「はちちゃん?」


「は、はい」


「無茶しすぎ!」


「わふっ!?」


 いろはは、焼けたSIAを指した。


 指された先を見て、はちは言葉を探した。

 調整を終えたときには、動かすのを楽しみにしていた装置だ。

 その姿が、今は明らかに違っている。

 言い訳をする前に、起きたことを認めるしかなかった。


「壊れる寸前なのに、どうして止めなかったの!」


「いや……勝てそうだったので……」


「そういう問題じゃありません!」


 はちの肩が、小さくなる。


「……すみません」


 しゅん、と俯いた。


 勝てそうだった、というのは、そのとき考えていたことだった。

 けれど、それを答えにしても、いろはが心配した理由への返事にはならない。

 はちは視線を落とし、声を小さくした。


「もう……」


 いろはの怒った表情が、少し緩んだ。


 そのまま、はちをひょいと抱き上げる。


「わふっ!?」


「本当に心配したんだからね」


 怒っていた声が、その言葉だけ少し変わった。

 はちは、近くにあるいろはの顔を見た。

 何を見て、どう駆け寄ってくれたのか。意識を失っていた間のことは分からない。

 それでも、心配を掛けたことだけは、分かった。


 頬へ、すりすりと顔を寄せられた。


「い、いろはさん!?」


 アリアも、ようやくほっとした表情を見せた。


 目が合うと、はちは少し気まずくなった。

 見ていてくれた相手にも、心配を掛けたらしい。

 何か言おうとしたが、いろはに抱えられたままでは、どうにも落ち着かなかった。


 ユイナとセナも無事だった。


 少し離れたところから、抱えられているはちを見ている。


「……模擬戦より大変そう」


「そうですね」


 二人のやり取りのそばで、ノエルは壊れたSIAを見つめていた。


「……外装だけの問題ではありません」


 はちは、いろはの腕の中から顔を向けた。


「内部の処理能力そのものが、使い方に追いついていない」


「内部処理……」


 はちも、SIAを見る。


 手を入れたのは、主に強度の方だった。

 それで、使い続けられると思いかけていた。

 しかし、ノエルが示しているのは、違う問題だ。

 はちは、焦げた装置へ視線を留めた。


 黒く焦げた、小さな装置。


 調整を終えて、左腕へ装着したときの姿を思い出す。

 一つを強くしただけでは、使い方のすべてに耐えられるわけではなかった。

 実際に動かしたからこそ、分かったことがある。

 けれど、それを知るために、周りまで心配させてしまったのだった。


 その姿が、次に手を入れるべき場所を示していた。


――第7話 END――


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