第7話 新人魔導師との模擬戦
AEGIS訓練場。
大型の屋内訓練フィールドに立ち、はちは目の前の四人を見た。左腕には、調整を終えたばかりのSIAが装着されている。
机の上で触れていた装置が、今は自分の腕にある。
正面には、これから向き合う相手がいる。動くかどうかを見るだけだったつもりの試運転が、ずいぶん違う形になった。
はちは左腕を一度見てから、顔を上げた。
(昨日来たばっかりなのに……もう模擬戦か)
観戦するいろは、かえで、ノエル、そしてアリアの姿へ、ちらりと目を向ける。
視線を戻せば、前には新人たちの姿がある。
見ている人がいることを意識すると、いつも以上に手元の動きを確かめたくなった。
はちは指先の感覚を確かめ、改めて相手の話へ耳を向けた。
いろはが、新人たちを紹介した。
「この四人がAEGISの新人魔導師チームだよ」
真っ先に前へ出たのは、ユイナだった。
「神楽坂ユイナ! 近接と突撃担当! よろしく!」
声の勢いが、そのまま前へ出る動きにも表れているようだった。
はちは頷きながら、目の前の相手と、その役割を結びつけた。名乗る声だけでも、セナとはずいぶん印象が違う。
続いて、セナが落ち着いた声で名乗る。
「水城セナです。射撃と戦術支援を担当しています」
レンは真面目に会釈した。
「御影レンです」
「白峰ノアです……よろしくお願いします」
ノアも、少し緊張した様子で挨拶をする。
四人を見渡し、かえでが口を開いた。
「今日は新人教育も兼ねてるから――ユイナちゃんとセナちゃん。この二人にはちと戦ってもらうよ」
「よっしゃ!」
「分かりました」
対照的な返事が返ってきた。
レンとノアは観戦に回る。
向かい合う相手が、ユイナとセナの二人になった。
さっきまで四人を見渡していた視線を、はちはその二人へ戻す。
一人に話しかけるときとは違い、どちらの動きも見ておかなければならない。そんなことを考えながら、右手へ意識を向けた。
はちは、右手中指の指輪型カードケースへ意識を向けた。一枚のカードを取り出す。手に持つ間は裏面を向けたまま、それを左腕のSIAの外側に展開する魔力ディスクへ、表向きにセットした。
「それじゃあ――セレスティア」
光が広がった。
巨大な白竜が姿を現し、訓練フィールドへ降り立つ。
光の中にあった輪郭が、目の前の空間を占める大きさを持った。
白い身体が落ち着くと、はちの近くに大きな影ができる。
森で見上げたときとは、周囲の景色が違う。それでも、現れてくれた相手がセレスティアだと分かると、少し安心した。
ずん、と響く重い音。
新人四人は、思わずその巨体を見上げた。
「でっか……!」
ユイナが声を漏らす。
「きれい……」
ノアは、白い竜の姿に見入っていた。
そのセレスティアは、はちを見つけるなり目を輝かせた。
ずい、と鼻先が近づく。
「わっ」
はちの身体へ、すりすりと顔をすり寄せる。
模擬戦の相手へ向けていた意識が、一瞬でそちらへ引き戻された。
声を掛けようと口を開くより先に、大きな鼻先が近づいてくる。
はちは目を瞬かせ、慌てて手を添えた。
「ちょ、セレスティア」
制止する間もなく、小さな身体が器用に持ち上げられた。
「わふっ!?」
今度は頬へ、すりすり。
そして――ぺろり。
「ひゃっ!?」
頬を舐められ、はちは顔を真っ赤にした。
見ている人がいる。
そのことを思い出すと、余計に気恥ずかしくなった。
だが、セレスティアは嬉しそうで、こちらが困っていることまでは伝わっていないらしい。
はちは白い頭へ手を向け、どうにか声を届けようとした。
観戦していたアリアが、微笑ましそうに笑う。
「ふふっ♪」
「……めっちゃ懐いてる」
「ですね」
ユイナとセナも、白竜と小さな主人のやり取りを眺めていた。
「セレスティア。今から模擬戦ですから……」
はちが言うと、セレスティアは動きを止めた。
けれど、まだ離れたくなさそうだ。
「終わったら撫でますから」
その一言で、白竜の表情がぱっと明るくなった。
今度は素直に、はちを降ろしてくれる。
ようやく足が地面に着いたはちは、小さく息をついた。
こちらを見ている白竜へ、もう一度顔を向けた。
約束を分かってくれたらしい。その様子にほっとしながらも、はちはすぐに正面の二人へ意識を戻す。
今は、模擬戦の準備を進めるところだった。
◇
いろはは、その可愛らしい光景を見ながらも、別のものに目を留めていた。
はちの左腕。
そこに装着されている、SIAだ。
「はちちゃん」
「はい?」
「そのSIA……」
いろはは、少し目を細めた。
「前より性能、上がってない?」
はちの動きが、わずかに止まった。
まだ本格的に使ったわけでもないのに、そう見えるのだろうか。
はちはいろはとSIAを見比べた。
手を入れたことは話している。ただ、どこまで伝わっているのかは、こちらからでは分からなかった。
「……少し調整しましたけど?」
「少し?」
「はい」
いろはは、もう一度SIAを見る。
(ノエルさんでも完全には解析できなかった装置を……この子、自分で直してる)
昨日までに得られたデータも、気に掛かっていた。
はち本人の魔導評価は、Bランク相当。
しかし、一時的に観測された反応はAAA級に達していた。
セレスティア単体でも、AA級相当だ。
(やっぱり……まだ何か隠してるよね?)
観測された数字と、目の前にいる小さな子の姿。
どちらか一方だけを見ても、分からないところが残る。
いろはは、SIAへ向けていた視線を、その装着者へ戻した。
「いろはさん?」
はちに呼ばれ、いろはは顔を上げた。
「……ううん」
にこりと笑う。
「何でもないよ」
はちは、不思議そうに首をかしげた。
◇
「念のため確認するよ」
かえでが、安全確認に入った。
場の空気が、改めて引き締まる。
戦う前に確かめることがある。その声を聞き、はちも正面だけでなく、手元へ注意を向けた。
調整を終えた装置を使うのだから、設定も自分で確かめておきたかった。
「今回はあくまで模擬戦。全員、非殺傷設定」
「了解!」
「問題ありません」
ユイナとセナが答える。
はちも、SIAの設定を確かめた。
相手の返事を聞いて終わりではない。
自分が使うカードも、同じ条件で動かす必要がある。はちは確認を済ませてから、かえでへ答えた。
「精霊カード側も非殺傷で行きます」
ユイナが、両腕と両脚の専用デバイス《ブレイク・ギア》を展開した。
がしゃん、と装備が開く。
両腕と両脚の装備が整うと、ユイナの構えにも目が向いた。
近接と突撃担当。
さっき聞いた役割が、戦うための姿として目の前に現れている。
はちは、その腕と足の位置を確かめた。
一方のセナは、手のひらサイズの端末から、専用デバイス《ルミナス・エッジ》の射撃部を展開した。
慌てる様子もなく、動作を確認している。
セナの手元にも、射撃を行うための形ができていた。
ユイナだけを見ていればいいわけではない。
はちは二人へ順に目を向け、相手が違えば、気をつける動きも違うのだと意識した。
準備は整った。
その時、いろはが楽しそうに付け加えた。
「あと――負けたチームは罰ゲームが待っているからね」
「…………」
はちは、一拍遅れて声を上げた。
準備の話は済んだはずだった。
そこへ、今まで聞いていない条件が一つ足されたのだ。
何をするのか分からないまま負けるのは、どうにも落ち着かない。はちは慌てていろはを見た。
「ちょっ、いろはさん!?」
「えっ!?」
「聞いてませんけど」
ユイナも驚き、セナも異議を唱える。
かえでは、面白そうに笑っていた。
「待ってください、罰ゲームって何――」
「それでは行くよ~!」
はちの声をよそに、いろはが元気よく手を上げる。
「えっ」
「レディー――」
内容を確かめる暇もなく。
「ゴー!」
号令と同時に、ユイナが地面を蹴った。
問いかけかけた言葉が、口の中に残った。
しかし、もう、それを確かめている余裕はない。
動き始めたユイナへ、はちは反射的に顔を向けた。さっきまで離れていた相手との距離が、急に縮まる。
ドンッ!
ブレイク・ギアの脚部が、突撃を加速させる。
見ていた位置に、次の瞬間も相手がいるとは限らなかった。
踏み込む足と、前へ向かう身体。その動きを追っている間にも、ユイナは近づいてくる。
はちは、声を出しながら白竜へ意識を向けた。
「速っ!?」
ユイナは一直線に迫り、拳を構えた。
「まずは――!」
「セレスティア!」
白竜が、はちの前へ出る。
ガァン!
ユイナの拳と、セレスティアの前脚が激突した。
重い音が、広いフィールドに響いた。
真正面からぶつかった動きが、一度、そこで止まる。
はちはその隙に、もう一人の相手へ目を向けようとした。
その隙に、セナは冷静に照準を定めていた。
「ユイナ、右へ」
「了解!」
ユイナが離脱する。
直後、その空間を複数の射撃が走り抜けた。
ユイナがいた場所と、射撃が通る場所が、入れ替わるように重なった。
近くの相手だけを追い続けていれば、反応が遅れていただろう。
はちは思わず身体を固くし、迫る光を見た。
「っ!」
セレスティアが翼を広げ、はちへの攻撃を防ぐ。
白い翼が視界の前へ広がった。
射撃が遮られる間にも、向こうの二人は動いている。守ってもらえたからといって、そこで考えるのを止めるわけにはいかなかった。
はちは白竜の向こうへ視線を巡らせた。
ユイナは、すぐさま次の突撃へ移っていた。
その動きに合わせて、セナが死角から狙ってくる。
(なるほど。ユイナさんが前衛。セナさんが、後ろから射撃と指示……)
二人の役割は、はっきりしていた。
片方へ意識を向ければ、もう片方が動く。
ユイナを止めたところへ、セナの射撃が来る。
その射撃へ注意を向けている間に、ユイナが次の位置へ移る。
二人が別々に動いているのではなく、一人の動きが、もう一人の機会を作っていた。
(いい連携だ)
はちは白竜へ声を掛けた。
「セレスティア。少し時間を稼いでください!」
任せて、とばかりにセレスティアが前へ出た。
巨大な翼を広げ、ユイナとセナの両方を牽制する。
はちは、その白い背中に守られる位置で、手元へ意識を移した。
セレスティアが前へ出てくれている間に、次の手順を進める。
呼びかけへ応えてくれた相手の動きを見失わないよう、顔を上げることも忘れなかった。
その間に、はちは次のカードを探した。
(まずは――これ)
一枚を取り出し、魔力ディスクへ表向きにセットする。
右手中指の指輪から現れたときには、裏面がこちらへ向いていた。
左腕の外側へ運び、盤面の直前で返したカードが収まる。
はちは、セットした手を戻しながら、前から近づく相手へ目を向けた。
「罠カード、発動!」
「行くよ!」
ユイナが、セレスティアの脇を抜けた。
はちへ急接近する。
その瞬間、足元に光が走った。
ユイナの進む先と、その光が重なった。
はちへ迫っていた勢いが、別の衝撃にぶつかる。
声を出すより先に、爆発が起こった。
「!?」
ドォン!
非殺傷の爆発が起こり、ユイナの身体が吹き飛ばされた。
「くっ……!」
だが、ブレイク・ギアが防御を展開する。
ユイナは姿勢を立て直し、着地した。
吹き飛ばされたまま倒れることはなかった。
装備の防御を使い、身体の向きを戻している。
はちはその動きを見て、構えていた気持ちを少し引き締めた。狙った場所へ罠が決まっても、それがそのまま決着になるわけではない。
足元が、ざざっと地面を擦る。
「耐えた……!」
はちが声を漏らす。
煙の向こうから現れたユイナは、まだ笑っていた。
はちの視線が、その顔に留まった。
不意を突かれても、次へ進もうとしている。
自分が思っていたより、ずっとしぶとい相手なのかもしれない。はちは、ユイナから目を離さないまま、セナの位置も確かめた。
「びっくりしたぁ……! でも、まだまだ!」
(やっぱり、新人とはいえAEGISか)
罠は決まった。
けれど、それだけでは終わらない。
「ユイナ、下がって」
今度はセナが射撃を放った。
一発だけではない。
はちの移動先を読むように、射撃が配置されていく。
避けようとして目を向けた先にも、別の光が来る。
一つを見送ってから動けばいいという形ではなかった。
はちは足を出しかけて止め、残されている場所を確かめようとした。
「っ!」
左右を塞がれ、はちは動きを止められた。
すぐに距離を詰めてくるユイナとは違う。
セナは、こちらが動きたい場所へ先に射撃を置いてくる。
同じように対応しようとしても、追いつかなくなる。
はちは手元へ意識を向けた。
(こっちは頭脳派か……!)
はちは、指輪型カードケースへ意識を向けた。
「なら――」
別の精霊カードを取り出す。
右手中指の指輪から、次の一枚が手元へ収まった。
持つ間は裏面を向けたまま、左腕の魔力ディスクへ運ぶ。
セットする直前にカードを表向きへ返し、はちは盤面へ指先を向けた。
それを魔力ディスクへセットすると、赤い光が広がった。
「今度は何!?」
ユイナの声が、轟音に重なる。
出現したのは、赤黒い巨竜。
クリムゾンレクスだった。
白のセレスティア。
赤のクリムゾンレクス。
二体の巨竜が、訓練フィールドに並び立つ。
白い巨体の隣へ、赤黒い巨体が加わった。
さっきまでセレスティアだけを見ていればよかった視線が、もう一方へ引かれる。
はちは二体の位置と、向こうの二人の反応を確かめた。
「ちょっと待って!?」
「……二体同時」
ユイナが声を上げ、セナが二体の動きを見た。
セレスティアが、空から迫る。
クリムゾンレクスは、正面から。
二方向からの圧力が、二人を分断した。
同じ方向を向いて、同じ相手へ備えることが難しくなる。
ユイナが白竜へ対応すれば、セナの前にはクリムゾンレクスがいる。
はちに向けられていた二人の視線も、それぞれ別の相手へ移っていた。
「うわっ!」
「ユイナ、離れすぎないで!」
先ほどまでの連携が、崩され始めていた。
呼びかける声は届いても、すぐ同じ位置へ戻れるとは限らない。
相手へ合わせて動く前に、目の前の巨体へ対応しなければならなかった。
先ほどまではちを追い詰めていた間合いが、少しずつ変わっていく。
だが、はちは攻め込まなかった。
カードケースを確認しながら、二人の動きを観察している。
動かせる相手が増えたからこそ、見ておく場所も増えた。
はちは一方だけを追わず、二体の精霊と、向かい合う二人へ目を配っていた。
その合間に、次のカードを選ぶ。
アリアが、その様子に気づいた。
「はちちゃん……」
「勝負を急いでいない?」
ノエルも、はちを見る。
「違う」
いろはの目が鋭くなった。
攻める機会がないわけではない。
それなのに、はちは見ている時間を作っている。
いろはは、その右手と左腕の動きを追った。何を使うのかはまだ分からないが、次の一手を待っているようには見えなかった。
「何か準備してる」
◇
ユイナとセナは、二体の竜への対応に集中していた。
はちは、その様子を見つめていた。
(そろそろかな)
魔力ディスクへ手を伸ばす。
「クリムゾンレクス。一度戻ってください」
カードを取り上げると、赤黒い巨体が光へ変わった。
クリムゾンレクスが帰還する。
手元へ戻したカードは、裏面を向いていた。
はちはそれを右手中指の指輪へ収納し、空いた手を次へ動かす。
セレスティアは、まだフィールドに残っている。その位置を確かめてから、相手へ視線を戻した。
「え?」
「召喚解除……?」
ユイナとセナが、戸惑いの声を漏らした。
優勢だったはずなのに、はちは自分から戦力を減らした。
ユイナとセナの前にあった圧力が、一つ減った。
しかし、はちの動きは止まっていない。
その右手が次の一枚へ向かうのを、二人も見ていた。
観戦していたレンも、疑問を口にする。
「何故、このタイミングで……」
はちは、別のカードを取り出した。
指輪から取り出したカードを、裏面を向けたまま左腕の外側へ運ぶ。
盤面へ置く直前に、表へ返す。
クリムゾンレクスを戻す動作と、その一枚を使う動作は、はちの中ではつながっていた。
「これを使うためです」
カードを、魔力ディスクへセットする。
「永続罠――発動」
効果が、フィールド全体へ広がっていった。
今度は、爆発で相手を吹き飛ばす光ではなかった。
ユイナとセナが構えを戻そうとしたところで、それまでの動作との違いが現れ始める。
はちは、二人の反応を見ていた。
ブゥン……。
「え?」
ユイナが、自分の装備を見た。
ブレイク・ギアの強化機能が低下している。
セナのルミナス・エッジも、分離射撃や特殊制御が止まっていた。
使おうとした機能が、さっきまでと同じようには動かない。
二人の視線が、それぞれの装備へ落ちた。
その隙にも、セレスティアの動きは変わらなかった。
「デバイス能力が……!」
「使えない!?」
それでも、セレスティアは何事もなく動いていた。
セナが、白竜へ目を向ける。
「……あの白竜には効いていない?」
「はい」
はちは答えた。
(セレスティアは、この効果を受けない。でも、クリムゾンレクスは対象になる)
だから、先に戻した。
同じフィールドへ効果を及ぼせば、相手だけを見ていればいいわけではない。
こちらの精霊にも影響がある。
はちはセレスティアを残し、クリムゾンレクスを戻す順序を選んだのだった。
ユイナとセナは、特殊能力を封じられても戦うのをやめなかった。
残された基礎能力で、セレスティアに対応する。
二人とも、動くこと自体をやめたわけではなかった。
足を運び、構え直し、白竜との距離を取ろうとする。
それでも、それまで使っていた特殊な機能が戻るわけではない。
同じように動こうとするほど、その違いがはっきりした。
だが、白竜は自由に動ける。
「くぅっ!」
「この状態では……」
はちは、さらに罠カードを構えた。
セレスティアへ対応している二人を見ながら、次の機会を待った。
先ほどまで射撃に移動先を塞がれていたときとは、立場が変わっている。
はちの意識は、正面の相手と、その次の動きへ向いていた。
「……すごい」
レンが、ぽつりと呟いた。
「二人の能力を封じてから……」
「セレスティアだけを残したんですね」
ノアの言葉を、アリアが引き取る。
その横で、ノエルだけは別の場所を見ていた。
はちの左腕にある、SIA。
そこに、微かな発熱が見られた。
ノエルの視線は、精霊や射撃ではなく、装置そのものへ留まっていた。
戦いの流れを見ているだけなら、見落としそうな変化だった。
調整されたばかりの小さな本体に、何が重なっているのか。ノエルは、そこへ注意を向けた。
「…………?」
二体の精霊の連続運用。
罠の処理。
さらに、広範囲へ効果を及ぼし続ける永続罠。
それらの負荷が、SIAへ重なっていた。
一つの処理が終わったから、次だけを行えばいいという状態ではない。
残っている精霊を維持し、広がった効果も続けながら、さらに次へ進もうとしている。
目立つ動きが少なくなっても、装置の負担まで減っているわけではなかった。
バチ……。
小さな火花が散る。
しかし、戦闘に集中していたはちは、気づかなかった。
はちが見ているのは、目の前の二人だった。
ユイナの位置と、セナが狙える方向。そして、それを抑えているセレスティア。
自分の手元で起きている小さな変化へ、意識が戻らない。
ユイナは、セレスティアに抑えられている。
セナも、射線を塞がれていた。
はちは、最後のカードを構えた。
ここまで来れば、あと一手。
そう思えるところまで、流れははちへ傾いていた。
相手の次の動きより先に、その機会を捉えたい。
はちは口を開いた。
「これで――」
口元に、笑みが浮かぶ。
「自分の勝――」
バチッ。
「……?」
はちは、左腕へ目を向けた。
ようやく、意識が手元へ戻った。
そこにあったのは、使い続けてきたSIAだった。
だが、今までと同じ状態ではない。はちは何が起きているのか確かめようとして、目を止めた。
バチ……バチバチチッ!
「え」
SIAから、煙が上がった。
「まずい!」
ノエルが叫ぶ。
その直後だった。
ボンッ!
SIAが、小さく爆発した。
フィールドを巻き込むような大爆発ではない。
内部が焼け、黒い煙が吹き出したのだ。
目の前まで、煙が広がった。
さっきまで見ていた二人の姿と、手元の小さな装置。その間に起きたことを、はちはすぐに結びつけられなかった。
勝てそうだと思っていた言葉だけが、途中で止まっていた。
「…………」
はちは、固まった。
髪の周りに、煙がまとわりつく。
目の前の出来事についていけず、目がぐるぐると回った。
「わふ~~……」
身体が、ふらりと傾く。
立っていた姿勢が崩れた。
カードを構えていたときの動きが、もう続かない。
観戦していた側から、慌てた声が飛んだ。
「はちちゃん!?」
アリアが声を上げた。
「はちちゃん!」
いろはが飛び込む。
倒れるはちを、腕の中へ抱き止めた。
いろはは、そのまま身体を支えた。
さっきまで相手へ向けていた顔は、今は反応を返さない。
呼びかけながら、いろはは、はちの顔を覗き込んだ。
セレスティアも慌てて戻ってくる。
「はちちゃん! しっかりして!」
呼びかけても、返事はなかった。
完全に、気絶している。
こうして、模擬戦は強制終了となった。
はちが思い描いていた決着には、たどり着かなかった。
相手を見ていた視線も、構えていたカードも、途中で止まっている。
その場で真っ先に必要になったのは、勝ち負けを確かめることではなかった。
◇
「……ん」
少し後。
訓練場脇の休憩スペースで、はちは目を覚ました。
最初は、何を見ているのか、うまく分からなかった。
さっきまで向かい合っていたユイナとセナではない。
はちは、近くにいる相手へ目を向けた。
目の前には、いろはがいた。
笑っている。
――けれど、目が笑っていない。
顔を見ているうちに、少しずつ思い出した。
最後のカードを構えて、それから左腕へ目を向けたのだ。
あの続きを考えようとしたところで、いろはの声がした。
「…………」
はちは、黙った。
「はちちゃん?」
「は、はい」
「無茶しすぎ!」
「わふっ!?」
いろはは、焼けたSIAを指した。
指された先を見て、はちは言葉を探した。
調整を終えたときには、動かすのを楽しみにしていた装置だ。
その姿が、今は明らかに違っている。
言い訳をする前に、起きたことを認めるしかなかった。
「壊れる寸前なのに、どうして止めなかったの!」
「いや……勝てそうだったので……」
「そういう問題じゃありません!」
はちの肩が、小さくなる。
「……すみません」
しゅん、と俯いた。
勝てそうだった、というのは、そのとき考えていたことだった。
けれど、それを答えにしても、いろはが心配した理由への返事にはならない。
はちは視線を落とし、声を小さくした。
「もう……」
いろはの怒った表情が、少し緩んだ。
そのまま、はちをひょいと抱き上げる。
「わふっ!?」
「本当に心配したんだからね」
怒っていた声が、その言葉だけ少し変わった。
はちは、近くにあるいろはの顔を見た。
何を見て、どう駆け寄ってくれたのか。意識を失っていた間のことは分からない。
それでも、心配を掛けたことだけは、分かった。
頬へ、すりすりと顔を寄せられた。
「い、いろはさん!?」
アリアも、ようやくほっとした表情を見せた。
目が合うと、はちは少し気まずくなった。
見ていてくれた相手にも、心配を掛けたらしい。
何か言おうとしたが、いろはに抱えられたままでは、どうにも落ち着かなかった。
ユイナとセナも無事だった。
少し離れたところから、抱えられているはちを見ている。
「……模擬戦より大変そう」
「そうですね」
二人のやり取りのそばで、ノエルは壊れたSIAを見つめていた。
「……外装だけの問題ではありません」
はちは、いろはの腕の中から顔を向けた。
「内部の処理能力そのものが、使い方に追いついていない」
「内部処理……」
はちも、SIAを見る。
手を入れたのは、主に強度の方だった。
それで、使い続けられると思いかけていた。
しかし、ノエルが示しているのは、違う問題だ。
はちは、焦げた装置へ視線を留めた。
黒く焦げた、小さな装置。
調整を終えて、左腕へ装着したときの姿を思い出す。
一つを強くしただけでは、使い方のすべてに耐えられるわけではなかった。
実際に動かしたからこそ、分かったことがある。
けれど、それを知るために、周りまで心配させてしまったのだった。
その姿が、次に手を入れるべき場所を示していた。
――第7話 END――




