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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第67話 絶望が生んだ救い


――天城いろは視点――


――ドォォォォォォンッ!!


「……っ!!」


また、一つ。


遠くの大地で、巨大な爆発が起きた。


その衝撃によって、土砂が空高く舞い上がる。


続いて、別の場所。


――ドガァァァァァンッ!!


大地が抉れ、木々が吹き飛ばされていく。


「……そんな……」


私は、空を見上げた。


そこには、数え切れないほどの次元の裂け目が広がっていた。


一つ。


また一つ。


水面のような波紋が空中に生まれ、その中心から漆黒の裂け目が開いていく。


そして――。


ゴォォォォォッ!!


そこから、連結式魔導ライフルの砲撃が降り注いでいた。


まるで、光の雨。


だけど、その光が触れた場所は、次々と破壊されていく。


緑豊かだった大地。


穏やかに揺れていた森。


遠くに見えるアルカディアの街並み。


そのすべてが、今。


破壊の危機に晒されていた。


「……どうして……」


私は、震える声を漏らした。


どうして、こんなことになってしまったんだろう。


ほんの少し前まで。


この世界には、いつもと変わらない景色が広がっていたのに。


「ディメンションゲート!!」


はちちゃんの声が響く。


――ぽちゃん!!


次元の裂け目が開き、降り注ぐ砲撃を飲み込んだ。


「もう一つ!!」


――ぽちゃん!!


続けて、別の砲撃を吸収する。


だけど。


――ドォォォンッ!!


別の方向で爆発が起きた。


「……っ!」


はちちゃんが、慌ててそちらへ顔を向ける。


「くそっ!! 間に合わない!!」


「……はちちゃん……」


私は、その姿を見つめた。


小さな身体で。


必死に次元神の能力を使い続けている。


世界を守るために。


一つでも多くの砲撃を防ぐために。


……だけど。


次元の裂け目は、増え続けていた。


完成した次元神。


ヘルカイザーさんが持つ、本来の次元神の力。


それは、はちちゃんの未完成な次元神では処理しきれないほど、圧倒的だった。


「…………」


私は、ゆっくりと視線を動かした。


その先にいるのは――。


ヘルカイザーさん。


黒紫色の魔力をまとい、空中に浮かぶ小さな白いドラゴン。


いつもの笑顔は、もうない。


その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。


「……ヘルカイザーさん……」


私は、小さく呼び掛けた。


だけど、返事はない。


当然だ。


今のヘルカイザーさんには、私の声なんて届かない。


……だって。


(……私が)


その瞬間。


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


(……私が、こんなことにしたんだ)


◇ ◇ ◇


思い出す。


ヘルカイザーさんは、何度も言っていた。


『これ以上は、やめなさい』


『プラスエネルギーですからねぇ』


『取り返しが付かないことになりますよ』


……そう。


何度も。


何度も、忠告してくれていた。


なのに。


私は……。


(……聞かなかった)


ヘルカイザーさんの瞳の奥に、優しさがあると思った。


セリシアたちを助けた人だから。


ミリアちゃんと、楽しそうに遊んでいた人だから。


本当は、優しい人なんじゃないかって。


そう信じたかった。


……だから。


説得を続けた。


やめてほしいと言われても。


苦しそうな表情を浮かべても。


私は、自分の言葉を止めなかった。


「…………っ」


……違う。


ヘルカイザーさんは、私の言葉を理解していなかったんじゃない。


説得を拒絶したかっただけでもない。


最初から。


危険だと分かっていたんだ。


……それなのに。


(……私は)


(……自分の気持ちを押し付けてしまった……)


――ドォォォォンッ!!


「……っ!!」


また、爆発が起きた。


私は、びくりと身体を震わせた。


遠くの森の一角が、巨大な光に飲み込まれていく。


木々が薙ぎ倒され、大地が大きく抉れた。


「……あ……」


私は、その光景を呆然と見つめた。


……あそこにも。


命があったはずなのに。


動物たちがいて。


植物が育っていて。


人々が暮らす場所へと続く、大切な自然があって。


……それなのに。


「…………」


私の手から、力が抜けていった。


アークレイを握る手が震えている。


(……私のせいだ)


……そうだ。


私が、忠告を聞いていれば。


私が、説得をやめていれば。


ヘルカイザーさんが暴走することも。


はちちゃんが、あんなに苦しむことも。


この世界が、破壊されることも……。


(……なかったのかもしれない)


そう思った瞬間。


胸の奥から、冷たい何かが広がっていくような気がした。


「……ごめんなさい……」


誰に向けた言葉だったのか。


自分でも、分からなかった。


ヘルカイザーさんに?


はちちゃんに?


それとも、この世界で暮らしている人たちに?


「……ごめんなさい……!」


私は、唇を噛み締めた。


……どうしよう。


取り返しが付かない。


本当に。


取り返しが付かなくなってしまった。


(……私が)


(……私が、全部……!)


後悔。


罪悪感。


恐怖。


そして――。


絶望。


それらの感情が、私の心の中を埋め尽くしていった。


そのときだった。


――ゆらり。


「…………え?」


私の周囲に、黒い靄のようなものが漂い始めた。


最初は、ほんのわずかだった。


だけど。


ゆらり……。


ゆらり……。


その靄は、次々と増えていく。


まるで、私の内側から溢れ出しているかのように。


「……何、これ……?」


私は、震える声で呟いた。


しかし。


その靄が何なのか、私には分からなかった。


◇ ◇ ◇


――セリシア視点――


「……っ!」


私は、空を見上げていました。


次々と現れる次元の裂け目。


そこから降り注ぐ、無数の砲撃。


はちさんが必死に防いでいますが、明らかに数が多すぎます。


……このままでは。


アルカディアが、本当に破壊されてしまう。


そして何より。


「……ヘルカイザーさん……」


私は、暴走したあの方へ視線を向けました。


黒紫色の魔力をまとった、小さな白い身体。


周囲の空間を歪ませながら、ただ静かに浮かんでいます。


……あの方は。


今、自分が何をしているのかさえ、理解できていないのでしょう。


……何とかしなければ。


ですが。


どうすれば……。


そのときでした。


「…………っ!?」


私は、突然感じた異様な気配に振り向きました。


……これは?


何でしょう、この反応は……。


視線の先。


そこには、いろはさんがいました。


アークレイを握ったまま、俯いている。


その周囲から――。


黒い靄が、次々と溢れ出していたのです。


「……まさか……!」


私は、思わず目を見開きました。


……この反応。


間違いありません。


マイナスエネルギー。


しかも。


「……何という量……!」


私は、息を呑みました。


いろはさんの周囲に漂うエネルギーは、増え続けていました。


黒い靄が幾重にも重なり合い、濃密な塊となっていく。


……どうして?


いえ。


考えるまでもありません。


今のいろはさんの表情。


震える身体。


そして、俯いたまま動かない姿。


……ああ。


そういうことですか。


私は、静かに息を呑みました。


いろはさんは、理解してしまったのですね。


ご自分が、何をしてしまったのか。


ヘルカイザーさんの忠告を無視したこと。


プラスエネルギーによって、あの方を暴走させてしまったこと。


そして、その結果。


世界が破壊され始めていること。


……そのすべてを。


「…………」


私は、いろはさんを見つめました。


彼女の心を満たしているのは、きっと。


後悔。


罪悪感。


そして、絶望。


……だからこそ。


これほどまでに、膨大なマイナスエネルギーが生まれているのです。


「……っ!」


その瞬間。


私は、ある可能性に気が付きました。


……待ってください。


このエネルギーなら……!


「……ヘルカイザーさん!!」


私は、咄嗟にあの方へ視線を向けました。


今も、黒紫色の魔力に包まれています。


意識を失ったまま、次元神の力を暴走させ続けている。


ですが。


ヘルカイザーさんが糧としているのは、マイナスエネルギー。


プラスエネルギーによって乱された状態を、このエネルギーで少しでも立て直せれば……。


(……可能性はあります!)


私は、すぐに行動を起こしました。


◇ ◇ ◇


「……いろはさん」


私は、彼女へ近付きました。


「…………」


返事はありません。


いろはさんは、俯いたままでした。


「……私の……せいで……」


小さな声が聞こえてきます。


「……みんな……」


その声は、今にも消えてしまいそうでした。


……ですが。


今は、慰めている時間などありません。


私は、いろはさんの周囲に漂う黒い靄へ手を伸ばしました。


そして――。


「……っ!」


マイナスエネルギーを、一気に集め始めます。


ゆらり……。


周囲に広がっていた黒い靄が、私の手元へ引き寄せられていく。


次々と。


絶え間なく。


黒いエネルギーが集まってくる。


……凄い。


ここまでの量が、一度に生まれるなんて。


私は、集めたエネルギーを散らさないよう、慎重に保持しました。


「……セリシア……?」


いろはさんが、ようやく顔を上げました。


「……何を……?」


「……いろはさん」


私は、短く答えました。


「このエネルギーを、使わせていただきます」


「……え?」


それ以上、説明している時間はありません。


私は、集めたマイナスエネルギーを抱えるように保持し、すぐに振り向きました。


視線の先には――。


「……ヘルカイザーさん!」


黒紫色の魔力に包まれた、あの方の姿。


……お願いです。


どうか。


間に合ってください……!


私は、全速力で飛び出しました。


◇ ◇ ◇


――アルカディア上空――


「ディメンションゲート!!」


――ぽちゃん!!


ゴォォォォッ!!


また一つ、砲撃を次元の狭間へ逃がした。


「……っ!!」


……次!!


はちは、すぐに別の方向へ意識を向けた。


だが。


――ドォォォンッ!!


「……くそっ!!」


また、遠くで爆発が起きた。


……駄目だ。


本当に、処理が追いつかない!!


『……はち!!』


ステラの声が響く。


『まだ、来る!!』


(……分かってます!!)


はちは、必死に次元の裂け目を展開し続けた。


一つ。


二つ。


三つ。


……それでも。


空には、無数の裂け目が残っている。


(……どうする!?)


(……このままじゃ……!!)


そのときだった。


「……っ!?」


はちは、視界の端で何かが動くのを捉えた。


……セリシアさん?


セリシアさんが、ものすごい勢いで飛んでいる。


しかも、その手元には――。


(……何だ、あれ?)


濃密な黒いエネルギーが集まっていた。


……まさか。


マイナスエネルギー?


はちは、思わず目を見開いた。


(……どこから、あれだけの量を!?)


だが。


考えている暇はなかった。


セリシアさんは、一直線にヘルカイザーへ向かっていたのだから。


「……セリシアさん!?」


はちは、思わず声を上げた。


……危ない!!


今のヘルカイザーは、完全に暴走している。


近付けば、何をされるか分からない!


だが。


セリシアさんは止まらなかった。


◇ ◇ ◇


――セリシア視点――


「……ヘルカイザーさん!!」


私は、必死に呼び掛けました。


黒紫色の魔力が、あの方の周囲で激しく渦巻いています。


近付くほど、身体へ強い圧力が掛かってくる。


……ですが。


止まるわけにはいきません。


あと少し。


あと少しで……!


「……っ!!」


私は、ヘルカイザーさんのすぐ近くまで辿り着きました。


その小さな白い身体は、不規則に震えていました。


翼も、力なく揺れています。


……ヘルカイザーさん。


私は、胸が締め付けられる思いでした。


いつも、私たちを見守ってくださった方。


新しい身体を与えてくださった方。


仕事を与え、訓練に付き合い、ときには冗談を言って笑わせてくださった方。


……その方が。


今。


こんなに苦しんでいる。


「……お願いです……」


私は、そっと手を伸ばしました。


「……戻ってきてください……!」


その瞬間。


――ドクンッ!!


「……っ!?」


ヘルカイザーさんの周囲の空間が、大きく歪みました。


ですが。


私は、手を引きませんでした。


集めてきたマイナスエネルギー。


それを、両手の間へ集中させます。


そして――。


「ヘルカイザーさん!!」


その小さな身体へ、手を添えました。


「受け取ってください!!」


次の瞬間。


――シュウウウウウッ!!


集めたマイナスエネルギーを、ヘルカイザーさんの身体へ一気に注ぎ込みました。


「……っ!!」


黒いエネルギーが、吸い込まれていく。


次々と。


途切れることなく。


……お願いです。


どうか。


これで……!


「……ぐっ……!!」


ヘルカイザーさんの身体が、大きく震えました。


「……っ!?」


私は、息を呑みました。


……駄目?


間に合わなかった……?


ですが。


次の瞬間。


「……う……」


「…………っ!」


……声?


今。


確かに……。


「……ぐ……っ……」


ヘルカイザーさんが、ゆっくりと前脚を動かしました。


その身体を覆っていた黒紫色の魔力が、わずかに揺らぎます。


そして――。


「……セリ……シア……さん……?」


「――っ!!」


私は、思わず目を見開きました。


……ああ。


「……ヘルカイザーさん!!」


私の声に、ヘルカイザーさんの瞳がわずかに動きました。


「……これは……」


苦しそうな声。


ですが。


確かに。


いつもの、あの方の声でした。


「……一体……」


私は、思わず涙が溢れそうになりました。


……戻ってきた。


完全ではありません。


まだ、苦しそうです。


魔力も、安定しているとは言えません。


ですが。


ヘルカイザーさんの意識が、戻ったのです。


◇ ◇ ◇


――ヘルカイザー視点――


……。


…………。


……おや?


これは……。


……何とも。


酷い気分ですねぇ。


私は、ゆっくりと意識を取り戻しました。


身体が重い。


頭の奥が、鈍く痛みます。


魔力も、思うように安定しない。


……まったく。


何が……。


「……ヘルカイザーさん!!」


……この声。


私は、わずかに視線を動かしました。


そこには、セリシアさんがいました。


必死な表情で、こちらを見つめています。


「……セリシア……さん……?」


「はい!!」


……おやおや。


そんなに大きな声を出さなくても、聞こえていますよ。


そう言いたかったのですが……。


どうにも、声が出しづらい。


……困りましたねぇ。


「……自分は……」


私は、何とか周囲を確認しました。


そして――。


「…………っ!?」


……これは。


私は、思わず目を見開きました。


空中に広がる、無数の次元の裂け目。


その向こうから、降り注ぐ魔力砲撃。


そして。


破壊されていく、アルカディアの大地。


「…………」


……ああ。


……なるほど。


私は、ようやく理解しました。


……やってしまいましたか。


プラスエネルギーの影響で、意識を失った。


そして。


自分の次元神が、暴走した。


……しかも。


よりにもよって。


連結式魔導ライフルを、次元の狭間へ撃ち込んだようですねぇ。


「……っ!」


私は、奥歯を噛み締めました。


……まずい。


このままでは。


「……セリシア……さん……」


「はい!?」


「……少し……」


私は、苦しさを堪えながら前脚を持ち上げました。


「……離れて……」


「……っ!」


セリシアさんは、一瞬戸惑ったようでした。


ですが、私が何をしようとしているのか察したのでしょう。


身体を支えながら、わずかに距離を取ってくださいました。


……ありがとうございます。


私は、残された意識を集中させました。


まだ、完全に回復したわけではありません。


むしろ。


今にも、意識が途切れてしまいそうです。


……ですが。


これだけは。


すぐに、止めなければなりませんねぇ。


「……次元神……」


私は、震える前脚を持ち上げました。


そして――。


「……攻撃……停止……!」


その瞬間。


――ドクンッ!!


周囲の空間が、大きく脈打ちました。


空中に広がっていた無数の次元の裂け目。


そのすべてに、波紋が走ります。


ゆらり……。


ぐにゃり……。


そして――。


シュンッ!!


一つの裂け目が閉じました。


続いて。


シュンッ!!


また一つ。


さらに。


シュンッ! シュンッ! シュンッ!!


次々と、裂け目が閉じ始めます。


次元の狭間を通じて降り注いでいた砲撃も、そこで途切れていきました。


……よし。


これで……。


「……ぐっ!!」


「ヘルカイザーさん!?」


……っ。


さすがに。


今の身体には、少々堪えますねぇ。


私は、力が抜けていくのを感じました。


……ですが。


少なくとも。


これ以上、攻撃を続けることはありません。


「……セリシア……さん……」


「はい……!」


「……申し訳……ありませんねぇ……」


私は、かすかに微笑もうとしました。


「……少々……」


……いえ。


少々どころではありませんか。


「……無茶を……しました……」


そこで、とうとう力が抜けました。


……ああ。


……これは。


しばらく、休む必要がありそうですねぇ。


◇ ◇ ◇


――アルカディア上空――


――シュンッ!!


「……っ!?」


はちは、思わず空を見上げた。


……あれ?


今。


次元の裂け目が……。


――シュンッ!!


また一つ。


さらに。


――シュンッ! シュンッ!!


次々と、裂け目が閉じていく。


「……ステラ!!」


『……うん!!』


はちたちは、同時に異変へ気付いた。


……止まってる!?


新しい砲撃が、現れない。


いや。


正確には。


まだ降下している砲撃は残っている。


だが、次元の裂け目から新たな攻撃が出てこなくなったのだ。


(……まさか!!)


はちは、急いでヘルカイザーへ視線を向けた。


すると。


「…………っ!」


そこには。


セリシアさんに身体を支えられた、ヘルカイザーの姿があった。


先ほどまでの異様な魔力は、急激に弱まっている。


そして、ヘルカイザー自身も……。


(……かなり弱ってる……?)


小さな白い身体が、力なくセリシアさんへ預けられていた。


……だけど。


あいつの瞳には。


先ほどまでとは違うものが戻っていた。


(……意識が、戻ったのか!?)


はちは、思わず息を呑んだ。


……セリシアさん。


一体、何をしたんですか……?


だが。


考えている時間はなかった。


「……っ!」


まだ、残っている砲撃がある!!


はちは、すぐに左腕を構え直した。


「ディメンションゲート!!」


――ぽちゃん!!


目の前に新たな裂け目が開く。


ゴォォォォッ!!


残っていた砲撃を飲み込んだ。


さらに、もう一つ。


――ぽちゃん!!


シュンッ!!


……よし!


今度は、いける!!


新しい砲撃が増えないのなら。


今、残っているものだけを処理すればいい!!


「……ステラ!!」


『うん!!』


はちたちは、最後まで防御を続けた。


そして、しばらくして。


――シュンッ。


最後の次元の裂け目が、静かに閉じた。


「…………」


はちは、大きく息を吐いた。


……止まった。


ようやく。


あの、滅びの雨が。


「……はぁ……」


はちは、震える身体を何とか支えた。


……危なかった。


本当に、危なかった。


だけど。


「…………」


はちは、眼下のアルカディアへ視線を向けた。


そこには――。


破壊された大地。


焼き払われた森。


砲撃によって抉られた、無数の傷跡。


……そうだ。


攻撃は止まった。


だが。


破壊されたものまで、元に戻ったわけではない。


はちは、唇を噛み締めた。


(……くそっ)


……もっと。


もっと、防げていれば……。


そんな思いが、胸の奥をよぎった。


◇ ◇ ◇


――セリシア視点――


「……ヘルカイザーさん……」


私は、あの方の小さな身体を両腕で抱きかかえていました。


白い身体。


悪魔のような翼。


いつもなら、空中を自由に飛び回っている方です。


それなのに、今は……。


「……大丈夫ですか?」


「……ええ……」


かすかな返事がありました。


「……何とか……」


……よかった。


私は、胸を撫で下ろしました。


ですが。


安心している場合ではありません。


ヘルカイザーさんは、まだひどく弱っています。


このまま戦闘を続けられる状態ではないでしょう。


それに。


……もう一度、プラスエネルギーを浴びてしまったら。


私は、考えるだけで背筋が寒くなりました。


……駄目です。


今は、一刻も早くここから離れなければ。


「……ヘルカイザーさん」


私は、あの方を抱き締め直しました。


「一旦、退きましょう」


「…………」


ヘルカイザーさんは、わずかに目を開きました。


そして。


「……そう……ですねぇ……」


小さく頷きました。


「……今は……」


苦しそうに息を整えます。


「……それが……良いでしょう……」


「……はい」


私は、静かに答えました。


そして、周囲へ視線を向けます。


「リュミナ!!」


私の呼び掛けに、リュミナが振り向きました。


「セリシア!?」


私は、抱きかかえているヘルカイザーさんを示しました。


「ヘルカイザーさんが危険な状態です!」


「……っ!?」


リュミナの表情が、一瞬で変わりました。


「ヘルカイザーさん!?」


「説明は後です!」


私は、はっきりと告げました。


「今は、ここから離れます!」


「……っ」


リュミナは、一度だけヘルカイザーさんへ視線を向け、小さく頷きました。


「……うん!」


私は、ヘルカイザーさんへ視線を戻しました。


「……ヘルカイザーさん」


「……はい……」


「次元の裂け目を……お願いできますか?」


「……ふむ……」


ヘルカイザーさんは、かすかに笑いました。


「……それくらい……なら……」


小さな前脚が、ゆっくりと持ち上がります。


そして――。


――ぽちゃん。


私たちの目の前に、小さな波紋が生まれました。


水面に雫が落ちたように、透明な輪が広がっていきます。


その中心が、ゆっくりと歪み――。


ピシッ。


漆黒の裂け目が開かれました。


……いつもの。


ヘルカイザーさんの、次元神の能力。


ただし、今はその動きにも、弱々しさが感じられました。


「……ありがとうございます」


私は、小さく頭を下げました。


そして、リュミナへ顔を向けます。


「行きますよ!」


「うん!」


私は、ヘルカイザーさんをしっかりと抱え直しました。


そして――。


開かれた次元の裂け目へ、飛び込みました。


続いて、リュミナ。


私たちは、弱り切ったヘルカイザーさんを連れ、その場から離脱したのです。


◇ ◇ ◇


――天城いろは視点――


「……あ……」


私は、遠くに開かれた次元の裂け目を見つめていた。


セリシアが、ヘルカイザーさんを抱えている。


その後ろには、リュミナ。


……みんな。


ヘルカイザーさんを、守ろうとしている。


「……セリシア……」


私は、小さく呟いた。


さっき。


セリシアは、私の周囲に漂っていた黒い靄を集めていた。


そのエネルギーを、ヘルカイザーさんへ注ぎ込んでいた。


そして。


ヘルカイザーさんは、意識を取り戻した。


……つまり。


(……私の絶望が……)


あの人を、助けた……?


「…………」


私は、胸元へ手を添えた。


……何て、皮肉なんだろう。


優しさを届けようとした。


希望を伝えようとした。


信じようとした。


……なのに。


その気持ちは、ヘルカイザーさんを苦しめた。


そして。


自分の責任を思い知り、絶望したとき。


その感情から生まれたマイナスエネルギーが、あの人を救った。


「…………っ」


私は、唇を噛み締めた。


……そんな。


そんなことって……。


ふと、視線を上げる。


遠くで、セリシアがこちらへ顔を向けた。


一瞬だけ。


目が合った。


「……セリシア……」


私は、何かを言おうとした。


謝りたかった。


ヘルカイザーさんを助けてくれたことに、お礼も言いたかった。


……だけど。


言葉が出なかった。


セリシアも、何も言わない。


ただ。


弱ったヘルカイザーさんを、しっかりと抱きかかえていた。


そして――。


シュンッ。


三人の姿が、次元の裂け目の向こうへ消えていった。


続いて。


ゆらり……。


裂け目が静かに閉じていく。


「…………」


私は、何も言えなかった。


ただ、ヘルカイザーさんたちが消えた場所を見つめていた。


……終わった。


少なくとも。


今の戦いは。


だけど。


眼下に広がるアルカディアは、もう以前の姿ではなかった。


破壊された森。


抉られた大地。


砲撃の爪痕。


……全部。


現実だった。


「……いろはさん」


背後から、声が聞こえた。


はちちゃんだった。


「…………」


私は、振り向くことができなかった。


今、はちちゃんの顔を見たら。


きっと。


……泣いてしまう。


「……ごめん……」


ようやく、声が出た。


「……ごめんね……はちちゃん……」


それ以上、言葉が続かなかった。


私は、震える手でアークレイを握り締めた。


ヘルカイザーさんの忠告。


セリシアの怒り。


世界を破壊していく砲撃。


そして。


自分の絶望から生まれた、膨大なマイナスエネルギー。


そのすべてが、頭の中を巡っていた。


……私が。


本当に、もっと早く。


あの人の言葉を聞いていれば。


こんなことには、ならなかったのかもしれない。


「…………っ」


私は、涙を堪えながら、もう一度空を見上げた。


そこには、穏やかな青空が広がり始めていた。


つい先ほどまで、無数の次元の裂け目が存在していた空。


世界を破壊する光が降り注いでいた空。


……今は、もう何もない。


けれど。


私がしてしまったことまで、消えてなくなったわけではなかった。


◇ ◇ ◇


――アルカディア上空――


「…………」


はちは、いろはさんの背中を見つめていた。


小さく震える肩。


俯いた顔。


そして、かすかに聞こえてきた謝罪の言葉。


「……ごめんね……はちちゃん……」


……いろはさん。


はちは、何も言えなかった。


今のいろはさんに、どんな言葉を掛ければいいのか。


正直、分からなかったからだ。


……ただ。


一つだけ、はっきりしていることがある。


ヘルカイザーは、暴走から意識を取り戻した。


そして、自分の意思で攻撃を止めた。


セリシアさんたちは、弱り切ったヘルカイザーを抱え、その場から離れた。


……だけど。


(……終わってない)


はちは、眼下のアルカディアを見つめた。


この世界には、確かに傷跡が残っている。


そして。


ヘルカイザーは、まだ生きている。


次元神を創り上げた、最初の次元神。


はちたちとは比べものにならない力を持つ存在。


……あいつが、再び戻ってきたら。


そのとき、はちたちは……。


『……はち』


ステラの声が、頭の中へ響いた。


『……大丈夫?』


(……はい)


はちは、小さく頷いた。


(……何とか)


……何とか。


世界の破壊を、止めることはできた。


だけど。


(……俺たちは)


はちは、左腕のSIAへ視線を落とした。


今も維持されている魔力ディスク。


そして、近くで待機するセレスティア。


……未完成の次元神。


ヘルカイザーが言っていた、その言葉。


今なら、その意味がよく分かる。


あの力を前にして。


はちたちは、ただ必死に防ぐことしかできなかった。


(……もっと、強くならないと)


はちは、静かに拳を握り締めた。


……だけど。


今は、その前に。


やらなければならないことがある。


はちは、もう一度いろはさんへ視線を向けた。


……いろはさん。


どうか。


自分を責めすぎないでください。


そう言いたかった。


だけど。


その言葉を、今の自分が簡単に口にしていいのか。


……まだ、分からなかった。


だから。


はちは、ただ静かに。


いろはさんのそばへ、近付いた。


そして、何も言わずに隣へ並んだ。


「…………」


いろはさんが、わずかにこちらを見た。


はちは、小さく頷いた。


今は、無理に言葉を探さなくてもいい。


少なくとも。


一人には、しない。


そう思いながら。


はちたちは、傷ついたアルカディアを見つめていた。


――第67話・了――

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