第60話 研究者の推理
「さて……続きを始めましょうか♪」
ヘルカイザーが、いつもの穏やかな笑顔を浮かべながら、ゆっくりと翼を広げた。
はちも、それに応えるように構え直す。
左腕のSIAから展開された魔力ディスクは、今も静かに回転している。
セレスティアも、すぐ近くで待機していた。
そして、ステラとのユニゾンも維持されている。
……だけど。
(……次元神を創り上げた張本人、か)
はちは、改めて目の前のヘルカイザーを見つめた。
つい先ほど聞かされた話。
元々は普通の人間で、皆に喜んでもらいたくて発明品を作っていたこと。
その発明品を販売していた屋台を、ある会社の社員に燃やされたこと。
そして、それに対抗するために研究を重ね、とうとう次元神を完成させたこと。
さらに、天屋物という人物の事故によって研究データの一部が次元の狭間へ流出し、その情報から第二世代の人工次元神が生み出されたという話。
……正直。
まだ、頭の整理が追いついていない。
しかも。
(……俺たちの次元神が未完成、か)
そう言われても、簡単には納得できない。
だけど、実際にヘルカイザーの能力を目にしてしまった以上、否定しきれないのも事実だった。
ディメンションウォール。
異常なまでの超再生。
そして、次元神の能力に対する深い知識。
……本当に、厄介な相手だ。
遠くでは、まだ別の戦いが続いている。
いろはとレイは、それぞれの相手へ向き合っていた。
はちも、いつまでも考え込んではいられない。
それでも、目の前の白い身体を見れば、攻撃が届いた瞬間を思い出してしまう。
あの一撃は、偶然ではなかった。
壁の揺らぎを見て、穴が広がる場所を確かめ、セレスティアのブレスに合わせて魔力弾を通した。
一つずつ積み重ねて、ようやく届かせた攻撃だった。
その結果まで、相手は一瞬で元に戻した。
もう一度、同じことをすればいいとは思えない。
だが、どこから変えればいいのか、答えはまだ出ていなかった。
風が、銀紫色の髪を揺らす。
はちは呼吸を整え、相手の前脚と翼の動きへ注意を向けた。
考えることをやめずに、目の前の変化も見落とさない。
いま必要なのは、その両方だった。
黒い翼が広がる。
はちは、次の攻防に備えた。
しかし、相手が見せたのは、予想した攻撃の動きではなかった。
そんなことを考えていた、そのときだった。
「……おっと♪」
「……え?」
ヘルカイザーが、突然何かを思い出したように声を上げた。
そして、広げていた翼をゆっくりと畳む。
「そういえば……」
「……?」
「はちさんに、まだ聞いていないことがありましたねぇ♪」
……聞いていないこと?
はちは、思わず首を傾げた。
「……何でしょう?」
すると、ヘルカイザーは楽しそうに微笑んだ。
「先ほど、自分ははちさんの質問にお答えしましたよね?」
「……はい」
確かに。
次元神の起源から、自分たちの能力が未完成であるということまで、いろいろと教えてもらった。
「でしたら……」
ヘルカイザーは、両の前脚を背後へ回した。
そして、にっこりと微笑む。
「自分にも、一つくらい質問する権利があると思いませんか?♪」
「…………」
……なるほど。
そう来ましたか。
はちは、少しだけ考えた。
確かに、こちらばかり質問していたのは事実だ。
相手は敵だけど、一方的に話を聞いておいて、こちらは何も答えませんというのも……。
まあ、少々失礼かもしれない。
……とはいえ。
(……変なことを聞かれなければいいけど)
そんな不安を抱きながら、はちは小さく頷いた。
「……わかりました」
「おや♪」
「答えられることなら、お答えしますよ」
そこだけは、はっきりさせておいた。
何を聞かれても答えると、約束したわけではない。
相手の話を聞いたことは事実でも、それで敵同士であるという状況まで変わったわけではなかった。
ヘルカイザーは、はちの言葉を聞いている。
口元には、いつもどおりの笑み。
どこまでを了承したのか、その表情だけでは分からない。
はちは、左腕の魔力ディスクを維持したまま、相手へ向き直った。
返事をするために武装を解く必要はない。
セレスティアにも、新しい指示は出さなかった。
先ほどと同じように、待機してもらう。
質問とは、何だろう。
能力のことか。
この街や、ガーディアンについてか。
どちらにしても、軽々しく答えるわけにはいかない。
話せることと、話せないことを、その場で見分ける。
そう考えていた。
けれど、次に向けられた問いは、その準備のもっと内側へ踏み込んできた。
すると、ヘルカイザーは満足そうに頷いた。
「ふふっ♪ ありがとうございます」
そして――。
「では、質問です♪」
その小さな瞳が、まっすぐはちを見据えた。
「はちさんは……」
そこで、ほんの少しだけ間を置く。
「何故、次元神を制御できているのですか?」
「…………え?」
……は?
はちは、一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
次元神を……制御?
「……制御、ですか?」
「ええ♪」
ヘルカイザーは当然のように頷く。
「先ほども申し上げたでしょう?」
「…………」
「はちさんの次元神は、未完成だと♪」
……ああ。
確かに、そう言っていた。
「未完成ということは、当然、完成したものとは違うわけです」
ヘルカイザーは、ゆっくりと言葉を続けた。
「それなのに、はちさんは次元神の能力を使いこなしていらっしゃる」
「…………」
「それも、暴走することなく、意識的に能力を扱っている」
……っ。
はちは、思わず息を呑んだ。
「実に興味深いですねぇ♪」
ヘルカイザーが、小さく笑う。
「ですから……」
そして、再び問い掛けてきた。
「何故、はちさんは次元神を制御できているのですか?」
二度目の問いを聞いて、はちは、ようやく相手がどこを見ているのかを理解した。
戦い方の巧拙について聞いているのではない。
どこへゲートを開くか、いつ攻撃を通すか。
そういう判断よりも前にある、力を意識どおりに扱えていること自体を、不思議だと言っているのだ。
はちにとって、できていることだった。
だから、戦っている間は、それを前提として考えていた。
届かない攻撃をどう届かせるか。
相手の反撃をどう避けるか。
そこへ意識を向けていた。
ヘルカイザーは、その前提へ目を向けた。
未完成だと語った力が、なぜ、暴走もせず使われているのか。
はちの知っている仕組みと、実際に目の前で起きたこと。
その食い違いを、見過ごしていなかった。
紫色の瞳が、わずかに揺れた。
弱点を指摘されたわけではない。
うまく扱えている、その理由を問われただけだ。
それなのに、攻撃を向けられたときとは別の緊張が、胸の奥へ入り込んできた。
「…………」
……まずい。
はちは、内心で冷や汗を流した。
(……これ、どう答えればいいんだ?)
確かに、理由はある。
はちが次元神の能力を扱えているのは、偶然ではない。
だけど……。
それを、ヘルカイザーに話していいものなのか?
相手は、次元神を創り上げた人物。
しかも、現在はアルカディアを制圧しようとしている敵だ。
(……全世界の知識のことを話すのは、まずいよな)
はちが持つスキル。
『全世界の知識』。
これを教えてしまえば、はちの手の内を一つ明かすことになる。
しかも。
ヘルカイザーは研究者だ。
こちらの情報を与えれば、そこから何を導き出すか分からない。
(……どうする?)
考えている間にも、相手は目の前にいる。
長く黙れば、その沈黙へ意味を見いだされるかもしれない。
かといって、慌てて答えれば、余計な言葉まで口にしてしまいそうだった。
はちは、呼吸だけは普段どおりにしようとした。
いままで何度も、能力を使っているところを見せている。
その結果についての質問なのだから、何も知らないふりで通すことは難しいだろう。
『全世界の知識』。
答えを思い浮かべるだけなら、すぐにできた。
問題は、それを誰に伝えようとしているのかだった。
相手は、話を聞いて満足するだけの人ではない。
一つの情報があれば、その先を考える。
こちらの能力へ詳しいと分かったばかりなのだ。
いま新しい材料を渡せば、戦いの中で何に結び付けられるか分からない。
はちは、返す言葉を選ぼうとした。
答えられることなら、と条件を付けたのは、自分だ。
その条件を使って断ることもできる。
だが、何を隠しているのかまで、相手に考えさせることになるだろう。
嘘をつく?
いや。
次元神の開発者に、下手な嘘が通じるとも思えない。
かといって、正直に答えるわけにも……。
「……えっと」
はちは、慎重に口を開いた。
「それは……」
すると――。
「……ああ、いえ!」
「……え?」
ヘルカイザーが、突然こちらの言葉を遮った。
そして、片方の前脚を軽く持ち上げる。
「少々お待ちください、はちさん♪」
「…………?」
……何?
今度は何ですか?
「やはり……」
ヘルカイザーは、考え込むように前脚を口元へ添えた。
「自分で考えることにしましょう」
「…………は?」
……え?
自分で考える?
さっき、質問する権利があるとか言ってませんでした?
「ふむ……」
ヘルカイザーは、そんなはちを気にする様子もなく、小さく呟いた。
「そもそも、いきなり答えを聞くというのも、研究者としてどうなのでしょうねぇ……」
「…………」
……はい?
「答えを聞けば、確かに早いでしょう」
口元へ添えた前脚を動かしながら、ぶつぶつと独り言を続ける。
「ですが、それでは研究者として面白くありません」
「…………」
「未知の現象があるのなら、まず仮説を立てるべきでしょうし……」
……あの。
「その仮説を検証してこそ、研究というものですからねぇ……」
……ヘルカイザーさん?
「いえ、そもそも次元神の制御という現象そのものは未知ではありませんね」
「…………」
「未知なのは、第二世代の人工次元神を制御できている理由です」
……もしもし?
「ならば、既存の制御方法から逆算するのが妥当でしょうか……」
「…………」
……ちょっと。
さっきまで、はちと戦っていましたよね?
「いやいや、いきなり結論を出すのもよろしくありませんねぇ……」
ヘルカイザーは、空中に浮いたまま、完全に考え込んでいた。
しかも。
……ぶつぶつ。
……ぶつぶつ。
何やら、小声でずっと呟いている。
(……何なんだ、この人は!?)
前脚を口元へ添え、少し顔を傾ける。
視線は、はちを見ているようで、どこか別のものを追っていた。
問いの答えを待つ目つきではない。
はちの中で組み立てた考えを、順番に確かめているようだった。
はちは、開きかけた口を閉じた。
まだ、何も答えていない。
答える直前で止められ、そのまま、相手だけが考え始めてしまった。
戸惑う一方で、視線を外すことはできなかった。
考え込んでいるから、無防備だ。
そう決め付けるには、相手の使う力を見すぎていた。
笑いながら攻撃を防いだ姿も、傷を一瞬で戻した姿も、頭に残っている。
いま声を掛ければ、こちらへ意識が戻るだろうか。
戻ったところで、何を言うのか。
答えを教えてしまっていいのか迷っていたのだから、推理をやめさせて説明する、というのもおかしな話だった。
はちは、奇妙な気持ちで白い竜を見守った。
自分で質問して、自分で回答を止める。
そんな相手へ、どう反応すればいいのか分からなかった。
はちは、思わず呆然としてしまった。
ついさっきまで、はちを相手に余裕の戦いを繰り広げていた人物。
その人物が今、目の前で研究者としての自問自答を始めている。
しかも、こちらのことなど完全に忘れているかのように。
(……いや、研究熱心なのは分かりますけど!)
今、戦闘中ですよ!?
はちは、思わず突っ込みそうになった。
だが――。
(……待てよ)
考え込んでいるなら、それはそれで好都合なのでは?
こちらに攻撃してこないわけだし。
何より、ステラの気持ちを落ち着かせる時間にもなる。
……まあ。
あんな話を聞かされた直後だから、簡単には整理できないだろうけど。
そう考えた、自分だった。
しかし――。
次の瞬間。
「……あっ♪」
ヘルカイザーが、小さく声を上げた。
「……?」
そして。
――ポンッ!
片方の前脚で、もう片方の前脚を軽く叩いた。
まるで、何かを閃いたかのように。
「ああ、なるほど♪」
その表情が、ぱっと明るくなる。
「……ふむふむ♪」
何やら、納得したように何度も頷いていた。
……あれ?
(……嫌な予感がする)
はちは、思わず身構えた。
すると。
ヘルカイザーが、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「はちさん♪」
「……は、はい?」
「一つ、確認させてください♪」
……確認?
何を?
はちが警戒していると、ヘルカイザーはにっこりと微笑んだ。
そして――。
「何かのスキルで、次元神を制御していますね?」
それまでの独り言とは、声の向きが違った。
考えを並べているだけではない。
いまは、はちを見て、確かめている。
問いそのものは、まだ広い。
どんなスキルなのかという名前まで、示されたわけではなかった。
それでも、隠しておきたかった場所へ、正確に指を置かれた気がした。
はちは、息を吸いかけたところで止まった。
答えを考えていたときより先に、身体が反応してしまう。
一言も教えていない。
その事実と、いま言い当てられた内容が、うまく結び付かなかった。
相手は、こちらの秘密を知っていたのか。
いや、いま、考えたのだ。
少なくとも、目の前では、既存の制御方法から逆算すると口にしていた。
その独り言を、はちは聞いていた。
あまりにも勝手に話が進むので、半ば呆れていた。
だが、その間にも、ヘルカイザーの考えは、こちらが知られたくないところへ近付いていたのだ。
――ドクンッ!!
「…………っ!?」
心臓が、大きく跳ねた。
……なっ!?
(……何で!?)
はちは、思わず目を見開いた。
何故、分かった!?
はちは、まだ何も答えていない。
スキルのことなど、一言も話していないはずだ。
それなのに。
ヘルカイザーは、まるで当然のように言い当ててきた。
「…………」
……落ち着け。
落ち着くんだ、俺。
まだ、スキルだと言われただけだ。
『全世界の知識』だとまでは分かっていない。
ここで変な反応をすれば……。
「……おや?」
「……っ!」
ヘルカイザーが、わずかに首を傾げた。
そして。
「その反応……」
小さな瞳が、こちらをじっと見つめる。
「どうやら、当たりのようですねぇ♪」
はちは、遅れて、はちの顔へ意識を向けた。
目を見開いたこと。
息が止まったこと。
すぐに返せなかったこと。
どこまで見られたのだろう。
分からない。
ただ、目の前の研究者は、こちらの驚きを、はちの考えを確かめる材料として受け取っていた。
相手の魔力弾なら、飛んでくる方向が見える。
裂け目が開けば、その位置へ注意を向けられる。
だが、いまは、どこへ防御を張ればいいのか分からなかった。
こちらが何もしないつもりでも、表情や、返事までの間が、相手へ渡ってしまう。
落ち着こうとするほど、普段はどうやって立っていたのかまで気になった。
口元を固くしすぎれば、不自然に見えるかもしれない。
笑ってごまかすには、まだ、心臓が速すぎた。
はちは、言葉を出せなかった。
その沈黙の向こうで、ヘルカイザーは、次の可能性へ進もうとしていた。
「…………っ!」
……しまった!
はちは、慌てて表情を取り繕おうとした。
だけど。
もう遅かった。
「ふむ……」
ヘルカイザーは、再び前脚を口元へ添えた。
「となると……」
……やめろ。
頼むから、それ以上考えないでくれ!
そんなはちの願いも虚しく。
ヘルカイザーは、楽しそうに推理を続けた。
「次元神を制御できるスキルと言えば……」
そこで、少しだけ考える。
「候補は、かなり限られているんですよねぇ……」
「…………」
……え?
限られている?
「単純な魔力制御のスキルだけでは、未完成の次元神を安定させるには不十分でしょうし……」
ヘルカイザーは、小さく頷いた。
「かといって、普通の演算能力だけでも難しいでしょうねぇ……」
「…………」
……まずい。
これは、本当にまずい。
「となると……」
ヘルカイザーは、にっこりと微笑んだ。
「例えば……」
……やめろ。
「『全世界の知識』とか?♪」
名前だった。
漠然とした、知識に関する力という説明ではない。
はちが頭の中で思い浮かべ、相手には告げないでおこうとしていた、そのスキルの名だった。
白い竜の口から出るまで、ほんの短い間があった。
例えば、と言った。
いくつかある候補の一つを挙げるような口調だった。
それなのに、選ばれた言葉は、はちの秘密と一致していた。
ここまで、何を話しただろう。
はちは、必死に思い返した。
次元神をなぜ知っているのかと、尋ねた。
過去の話を聞き、神界の研究へ関わっていたのかも確認した。
だが、このスキルの名前は、一度も口にしていない。
聞かれてもいない情報を、うっかり漏らした覚えもなかった。
そのつもりで、答えを選んでいたのだ。
なのに、秘密は、相手の言葉になっていた。
はちは、はちの顔から驚きを消すことさえ、すぐにはできなかった。
――ドクンッ!!
「――っ!!」
今度は、先ほどよりも強く心臓が跳ね上がった。
……なっ!?
(……嘘だろ!?)
何で!?
何で、そこまで分かるんだ!?
はちは、ヘルカイザーを見つめたまま固まってしまった。
(……ありえない!)
確かに、ヘルカイザーは次元神を創り上げた研究者だ。
次元神を制御するために必要な条件も、ある程度は知っているのだろう。
だけど……。
(……何で、全世界の知識まで!?)
そこまで言い当てられるとは、思っていなかった。
『……はち……』
ステラの声が、頭の中へ小さく響いた。
だが、はちはすぐに返事をすることができなかった。
それほどまでに、動揺していたのだ。
すると。
「……ふふっ♪」
ヘルカイザーが、小さく笑った。
「図星ですね?」
「…………っ」
……くそっ!
完全に、反応を見られている!
はちは、必死に平静を装おうとした。
だが、頭の中は大混乱だった。
(……どうする?)
このまま黙っていればいいのか?
それとも、否定するべきなのか?
いや。
今さら否定したところで……。
「なるほど……なるほど♪」
ヘルカイザーは、満足そうに何度も頷いていた。
まるで、難しい研究課題の答えへ辿り着いた研究者のように。
「しかし……」
そこで、ふと考えるように首を傾げた。
「そうなると、少々おかしなことになりますねぇ……」
「……え?」
おかしなこと?
はちは、思わず聞き返してしまった。
すると、ヘルカイザーは静かに説明を始めた。
「この世界線には、全世界の知識というスキルは存在していないはずなんですよ♪」
「…………」
……え?
「少なくとも、この世界線で自然に存在するスキルではありません」
話が、もう一段、先へ進んでいた。
はちは、まだ、スキルを言い当てられた驚きから抜けきれていない。
それなのに、相手は、なぜ、それを持つ者がここにいるのかを考え始めている。
制御できている理由。
その理由を説明できるスキル。
そして、そのスキルが、この世界線にあるはずがないという疑問。
一つ答えらしいものを見つけるたびに、ヘルカイザーは、次の問いを置いた。
当たったかどうかを喜んで、それで終わるのではない。
そこから生まれる食い違いまで、見つけてしまう。
はちは、無意識に指へ力を込めた。
左腕には、SIAがある。
そばには、セレスティアもいる。
戦いの準備は、変わらずそこにあった。
しかし、相手は、いま、それらへ攻撃を向けていない。
知られたくないと思っていることへ、質問を重ねているだけだった。
その一つ一つにどう答えるかを決めるより早く、次の推理が始まってしまう。
白い竜が、こちらを見つめ直した。
はちは、その視線の意味を、先ほどより怖く感じた。
「…………っ」
……まずい。
嫌な予感が、さらに強くなった。
「となると……」
ヘルカイザーは、口元へ添えていた前脚を下ろした。
そして、こちらをじっと見つめる。
その表情は、相変わらず穏やかだった。
だが。
その瞳には、明らかな興味が宿っていた。
……研究者としての、純粋な好奇心。
それが、今は恐ろしく感じられた。
「はちさん♪」
「…………」
はちは、返事をすることができなかった。
すると。
ヘルカイザーは、にっこりと微笑んだ。
そして――。
「貴方……」
ほんの少しだけ、間を置く。
「転生者ですか?♪」
空気が、止まったように感じた。
実際には、風は吹いている。
銀紫色の髪も、白い上着の裾も、揺れていた。
セレスティアの姿も、視界の端にある。
それなのに、その一言だけが、ひどく近くで響いた。
知らない世界から来たこと。
いまの姿になる前にも、はちの時間があったこと。
そのすべてを説明する言葉が、相手から、問いとして差し出されていた。
はちは、答えなかった。
肯定も、否定も、まだ、していない。
そう、はちに言い聞かせようとした。
だが、相手がその可能性へたどり着いたという事実は、消えない。
これまでと同じように、こちらの反応を見ているのだろう。
返事をしなければ、それ以上は何も分からないはずだと、簡単には思えなくなっていた。
ヘルカイザーの顔は、穏やかだった。
その穏やかさが、いまは、かえって落ち着かなかった。
激しい声で問い詰められるのとは、違う。
研究の続きを楽しみにしているような目で、こちらを見ていた。
――ドクンッ!!
「…………っ!!」
……。
…………。
………………は?
はちは、完全に言葉を失った。
(……何で)
心臓が、嫌なほど激しく鳴っている。
(……何で、そこまで分かるんだよ!?)
スキルのことだけじゃない。
はちが転生者であることまで。
……何一つ、話していないのに。
ヘルカイザーは、そんなはちを見つめながら、楽しそうに微笑んでいた。
「ふふっ♪」
その笑顔は、先ほどまでと何も変わらない。
ただ。
今のはちには、その笑顔が妙に恐ろしく見えた。
(……こいつ)
はちは、ゆっくりと息を呑んだ。
(……戦闘能力だけじゃない)
ディメンションウォール。
超再生。
次元の裂け目。
それらも十分に脅威だった。
だが……。
(……頭まで、こんなに回るのか!?)
はちは、改めて思い知らされた。
目の前にいるのは、ただ強大な力を持った次元神ではない。
長年の研究を積み重ね、次元神そのものを創り上げた研究者なのだ。
そして。
その研究者が、今。
はちの正体へと辿り着こうとしている。
『……はち』
ステラの声が、再び響いた。
『……どうするの……?』
「…………」
……どうする、って。
そんなの……。
(……俺が聞きたいよ!!)
はちは、必死に平静を保とうとした。
だが、ヘルカイザーは相変わらずこちらを見つめている。
返事を待つように。
穏やかに。
楽しそうに。
そして――。
「さて……はちさん♪」
その小さな白い顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「自分の推理は……」
少しだけ首を傾げる。
「当たっていますか?♪」
答えを促す、軽い声。
その先には、否定すれば済むような気軽さは感じられなかった。
はちは、乾きかけた唇を、わずかに動かした。
だが、声にはならない。
どの言葉から始めるべきなのかさえ、決められなかった。
認めてしまえば、その先に何を聞かれるのだろう。
否定すれば、いま見せた反応をどう説明するのか。
黙ったままでいれば、その沈黙も、相手の考えへ加えられるのかもしれない。
一つの返事を選ぶ前に、いくつもの不安が重なった。
はちは、目の前の笑顔を見つめていた。
まだ、何も認めていない。
その事実だけを、どうにか意識の中へ留めながら。
「…………っ!!」
……まずい。
非常に、まずい。
はちは、左腕のSIAを装着したまま、完全に硬直していた。
セレスティアが近くで待機していることも。
ステラが心配そうに呼び掛けていることも。
分かっている。
だけど。
今、この瞬間。
はちにとって最も恐ろしかったのは、ヘルカイザーの攻撃ではなかった。
それは――。
たった数分の推理で、はちの秘密へ辿り着こうとしている、目の前の研究者そのものだった。
――第60話・了――




