第59話 ステラの揺れる心
時系列:現在――アルカディア上空。ヘルカイザーが次元神の起源を語り終え、ユニゾン中のステラが、その話を受け止めようとしていた。
『……ステラ?』
はちは、もう一度、呼び掛けた。
ユニゾンは続いている。
彼女がいなくなったわけでも、声が届かなくなったわけでもない。
それでも、いつもの返事とは、何かが違っていた。
ようやく聞こえた声は、小さく震えていた。
今の話は本当なのか。
そう問い掛けてきたあとも、ステラの気持ちは落ち着いていない。
ユニゾンを通じて、はちにも伝わっていた。
静かな声の奥で、彼女が、ひどく揺らいでいる。
目の前には、ヘルカイザーがいる。
小さな白い身体で、黒い翼を動かしている。
次元神を最初に創ったのは自分だと、そう語った人物だ。
その言葉へ、はち自身も、まだ答えを出せていなかった。
驚きながら説明を追い、最後に、ステラの声を聞いた。
いまになって、その話が彼女へ何を投げ掛けたのかを、あらためて考え始めていた。
『……はち』
ようやく、声が返る。
『私……』
そこで、途切れた。
はちは、続きを急かさなかった。
何を言い掛けたのか、先回りして埋めたくはなかった。
ステラが、自分の言葉を探している。
それなら、まずは、その声を聞きたかった。
短い沈黙のあと。
『……ずっと、憎んでいた……』
静かな告白だった。
大きな声ではなかったのに、はちの意識を、強く引き寄せた。
『私を、実験体にした者たち……』
はちは、唇を引き結んだ。
『次元神の力を、再現するために……私を……』
言葉が、続かない。
けれど、その先を、想像で補って口にする必要はなかった。
言い終えられなかった声だけでも、彼女にとって、どれほど重い話なのかは分かった。
ステラは、もともと、天使だった。
最初から次元神の力を持っていたわけではない。
望んで実験に加わったのでもなかった。
神界で、人工次元神を生み出すための実験体にされた。
そして、その力を抱え、暴走し、封印されることになった。
長い時間を経て、はちと契約した彼女が、いま、ここにいる。
ヘルカイザーの話は、そんな彼女へ届いていた。
次元神は、研究によって生み出されたものだ。
研究データが流出し、遥かな過去へ流れ着いた。
それを使って、神界の科学者たちが再現を試みた。
本人の説明では、その末に生まれたのが、第二世代の人工次元神。
はち達が扱っている力だった。
はちは、歯を食いしばった。
未完成だと言われたとき、自分は、その意味をつかもうとしていた。
相手の強さについて考え、こちらとの違いを理解しようとした。
ステラは、同じ話を、別の場所から聞いていたのだ。
自分が、どうして、あんな目に遭ったのか。
その始まりにいたと名乗る人物が、目の前にいる。
戦うための能力についての説明だけで、済むはずがなかった。
『……ヘルカイザー……』
ステラが、名前を呟いた。
『あの人が……次元神を作った……』
はちは、黙っていた。
本人は、確かに、そう言った。
いまの説明をたどれば、そういうことになる。
だが、だから、どう受け止めればいいのか。
そこまで、同じように答えが続いているわけではなかった。
『……じゃあ……』
彼女の声が、さらに小さくなる。
『私が、あんな目に遭ったのは……』
はちは、すぐには返事ができなかった。
あの人のせいだ。
そう言えば、ステラの怒りへ同じ方向から声を重ねることはできたかもしれない。
だけど、それを、いま、言い切っていいのか。
次元神の技術を作った者。
研究データを流出させた者。
そのデータを使って、別の次元神を生み出そうとした者。
聞いた話の中でも、それぞれの出来事に関わる人物は、同じではなかった。
だからといって、何も関係がないと、簡単に切り離せるのだろうか。
元になる技術がなければ、という考えが浮かぶのも、分かる。
その技術によって苦しめられた本人へ、気にしなくていいと言えるはずもなかった。
はちは、言葉を探した。
何か返してやりたい。
けれど、返事を急ぐことが、彼女のためになるとは思えなかった。
次に聞こえたのは、ステラ自身の声だった。
『……でも』
小さな言葉が、沈黙の中へ落ちた。
『私を実験体にしたのは……あの人じゃない……』
『…………』
はちは、その言葉を聞いた。
自分が考えかけたことを、彼女も、考えていた。
ただ憎む相手を見つけて、そこへ気持ちを向けているわけではなかった。
何が起き、誰が何をしたのか。
受け止めきれない話の中で、それでも、見分けようとしている。
そのことが、かえって苦しかった。
もし、目の前の相手がすべてを命じたと言ったなら、話は、もっと単純になったのかもしれない。
だが、ヘルカイザーは、そうは語っていなかった。
データを流出させたのは、天屋物という人物の事故。
そこから遥かな過去へ届いたデータを使ったのは、神界の科学者たち。
同じところへつながっているようで、一つ一つは、別の出来事だった。
怒りの行き先だけを先に決め、それに合わせて話をつなぎ直すわけにはいかない。
(……くそっ)
はちは、心の中で呟いた。
自分だって、全部を理解できているわけではない。
目の前の人物が話したことを、そのまま確定した過去として扱えるほど、材料がそろっているわけでもなかった。
それでも、少なくとも。
次元神を開発した者と、ステラを実験体にした者を、同じ人物だと決め付けてはいけない。
彼女自身も、そこに気付いていた。
気付いたからこそ、簡単な答えへ向かえないでいる。
『……許せない……』
声が、聞こえた。
『次元神というものが、なかったら……』
言葉が、途切れた。
『……私は……』
はちは、目を伏せかけた。
その先を聞くのが怖かったからではない。
彼女が、言い切れない思いを抱えていることが伝わり、自分の方でも、簡単な表情を作れなかったのだ。
怒りがある。
悲しみがある。
そして、その二つをどこへ向ければいいのか分からない、戸惑いがあった。
ユニゾンを通じて、その揺れが伝わってくる。
どれか一つだけなら、という話ではなかった。
憎んではいけないと思うほど、簡単には消えない思いがあらわになる。
あの人ではないと分かっても、技術の始まりを聞かなかったことにはできない。
はちは、彼女の声を聞き続けた。
いまここで、何か一言を選べば、全部が収まるわけではない。
そのことだけは、分かった。
「……おや?」
外から、声がした。
「どうしました、はちさん?」
ヘルカイザーが、首を傾げていた。
はちは、ゆっくりと相手へ視線を戻した。
相変わらず、笑顔だった。
黒い翼を動かし、空中へ浮かんでいる。
研究の話を終え、こちらの返事を待っているように見えた。
その笑顔を、先ほどまでと同じようには見られなかった。
怖さが消えたわけでも、親しみを感じたわけでもない。
ただ、そこへ重なるものが増えていた。
かつて、普通の人間だったという。
誰かに喜んでもらいたくて、発明した物を屋台へ並べていた。
その屋台を燃やされ、対抗するために研究を重ねた。
そうして、次元神を完成させたと、本人は語った。
いまは、その力を使い、アルカディアを混乱へ陥れている。
人々の恐怖から、マイナスエネルギーを集めている。
(……どうして、こうなったんだ?)
話を聞いたからこそ、分からなくなったこともあった。
屋台を燃やされたことは、ひどいと思った。
そこについて口にした言葉は、いまも変わらない。
だが、人に喜んでもらいたかった人が、どうして、いまは人々を怖がらせているのか。
研究をして力を得たという説明だけでは、その間が、つながらなかった。
聞きたいことは、増えていた。
それでも、いま、確かめるべきことは、別にあった。
「……ヘルカイザーさん」
はちは、静かに口を開いた。
「一つ、確認させてください」
「はい♪ 何でしょう?」
「その研究データを使って、神界の科学者たちが人工次元神を作ったこと……」
言葉を選びながら、続ける。
ステラの思いを、そのまま問いとして投げるつもりはなかった。
いま、必要なのは、相手が何をしたと説明するかを聞くことだ。
「貴方は、その研究に関わっていたんですか?」
「いいえ?」
答えは、あっさりと返ってきた。
はちは、相手を見据えたまま、続きを待った。
短い否定を聞いただけで、すべてを理解したつもりにはなれない。
「自分が完成させた次元神のデータが、流出したことは事実です」
「…………」
「ですが、そのあと、神界の科学者たちが何をしたのか……」
ヘルカイザーの目が、わずかに細められた。
「それまで、自分が指示したわけではありませんよ♪」
はちは、すぐには答えなかった。
本人の説明では、関わっていない。
研究を指示したわけでもない。
そう聞いた。
それを、いまの時点で、こちらから確かめる手段はない。
だが、聞かなかったことにもできない。
相手が次元神の開発者だと名乗ったことと、神界の実験へ関与していたかどうかは、同じ問いではなかった。
その区別を、ステラの前でも、曖昧にはしたくなかった。
彼女が苦しめられたことは、変わらない。
その苦しさを、否定する必要はない。
だが、だからといって、目の前の相手へ、確かめていない行動まで重ねてしまいたくもなかった。
はちは、白い竜を見ていた。
話を聞いても、この人物を止めなければならない理由は残っている。
それだけは、別に考えられた。
アルカディアへハブを放ったこと。
人々を怖がらせたこと。
その混乱から、マイナスエネルギーを集めていたこと。
それは、誰かの事故で流れたデータの話ではない。
遥かな過去で、別の者が行った実験でもない。
ヘルカイザー自身が、この世界で、していることだった。
そこは、変わらない。
『……はち』
ステラの声が、再び聞こえた。
『……私、どうすればいいの……?』
はちは、少しだけ目を閉じた。
どうすればいい。
彼女は、答えを求めていた。
だけど、はち自身も、簡単に渡せる答えを持ってはいなかった。
憎んでいいと言えば、楽にしてやれるのだろうか。
あの人とは違うと言えば、怒りを手放せるのだろうか。
どちらも、そうではない気がした。
いま、ステラが抱えているものは、短い言葉で向きを変えられるほど、軽くはない。
ずっと、憎んできた。
彼女は、そう言った。
その長い思いの中へ、いま、新しい話が入り込んできたのだ。
すぐに、全部を並べ直せるはずがない。
誰をどう思うか、いまの一瞬で決めなければならないわけでもなかった。
はちは、目を開いた。
ヘルカイザーへ注意を戻しながら、ステラへ呼び掛ける。
『……ステラ』
返事を急かさないよう、静かに言葉を向けた。
『無理に、答えを出さなくていいですよ』
『…………』
『今すぐ、ヘルカイザーさんを許す必要もありません』
彼女は、何も言わなかった。
それでも、聞いていることは分かった。
言葉を失っているのと、耳を閉ざしているのは違う。
ステラは、いまも、こちらの声を受け止めようとしていた。
はちは、続きを考えた。
もう大丈夫だと、言いたいわけではない。
次元神の話を聞かなかったことにして、戦えばいいと思っているのでもない。
ただ、分からないことまで、いま決めなくていい。
傷ついた本人へ、許すかどうかの結論を急がせたくはなかった。
そのうえで、いま、この場所でしなければならないことがある。
『今は……自分達がやるべきことを、考えましょう』
はちは、目の前の白い竜を見た。
その言葉を向けながら、自分自身にも、確かめていた。
何も分からなくなったわけではない。
新しく聞いた話がどれほど大きくても、ここへ来た理由まで消えたわけではなかった。
街を混乱させる相手を、止める。
それ以上、人々を苦しめさせない。
いまは、そのために、向き合っている。
しばらく、返事はなかった。
はちは、黙って待った。
承知したという一言を、早く聞きたいと思わないようにした。
言葉を受け取る時間まで、こちらが勝手に決めることはできない。
やがて、小さな声が返った。
『……うん』
ほんの短い返事だった。
それで、ステラの感情が落ち着いたわけではない。
憎しみが、なくなったわけでもなかった。
悲しみが癒えたと感じられるような、変化もない。
それでも、彼女は、こちらの声へ答えた。
答えを出せないまま、いまへ意識を戻そうとしている。
次元神を創った者。
その研究データを、外へ流出させた者。
流れ着いた技術を使い、彼女を実験体にした者。
一つにつながる出来事の中にも、違う者の行動があった。
それを聞いたことで、ステラの思いは、かえって揺れた。
すべてを一人へ向ければいいわけではないと、分かってしまったから。
だが、つながりがあると感じる気持ちまで、消せるわけではない。
あの技術がなければ、と考えてしまう自分を、いま、止められないのだろう。
はちは、その揺れを感じながら、彼女を説得し直そうとはしなかった。
小さく頷いた気持ちを、まず、受け取っておきたかった。
◇ ◇ ◇
「……ふむ」
ヘルカイザーが、小さく頷いた。
こちらを眺めたまま、前脚を背後へ回している。
「さて、はちさん」
「……はい?」
「昔話は、このくらいでよろしいですか?」
はちは、相手を見つめた。
聞きたいことは、まだ、いくらでもあった。
屋台を燃やされたあと、なぜ、次元神を創ろうとしたのか。
どうして、いまの姿になったのか。
かつて喜んでもらうことを願った人が、なぜ、いまは、人々の恐怖や絶望を集めるのか。
相手は、技術の由来を語った。
だが、そのすべてを語り終えたわけではない。
話の中には、まだ、分からないところがいくつもあった。
続きを聞けば、何かが分かるかもしれない。
いまの行いへ至るまでの道筋が、見えるのかもしれない。
その気持ちは、確かにあった。
けれど、いつまでも話し続けていい場所ではなかった。
いろはとレイも、戦っている。
セリシアとリュミナが、その前へ立ちはだかっていた。
こちらが会話しているからといって、別の戦いまで、終わったことにはならない。
はちは、左腕の魔力ディスクを確かめた。
青白い光は、まだ、そこにある。
そばには、待機を命じたセレスティアがいた。
自分だけが、答えを求めて話を続けるわけにはいかなかった。
「……分かりました」
ゆっくりと、構え直す。
ヘルカイザーの姿を、正面へ捉えた。
「ですが……」
はちは、相手から目をそらさずに続けた。
「貴方が次元神を作った人だからといって、自分達が引き下がる理由にはなりません」
「……おや?」
白い竜が、わずかに首を傾げる。
はちは、その笑顔を見たまま、言い切った。
「アルカディアの皆さんを、苦しめたことは事実なんですから」
それだけは、いま、はっきり言えた。
ステラを苦しめた実験へ関わったのか。
その問いへ、相手は否定した。
どこまでが本当なのか、まだ、確かめきれてはいない。
しかし、こちらが止めようとしている現在の行動は、別だ。
それを見失いたくはなかった。
研究者としての過去を聞いた。
ひどい目に遭ったという話へ、ひどいと答えた。
その気持ちも、嘘ではない。
だが、だから、いまの行いを見逃すという話にはならなかった。
過去に苦しんだことと、現在、ほかの人々を苦しめていること。
両方を聞いて、両方を、そのまま受け止めるしかない。
ヘルカイザーは、しばらく黙っていた。
はちは、待った。
怒るだろうか。
笑うだろうか。
何を返されても、いま口にしたことを撤回するつもりはなかった。
やがて、白い竜が笑った。
「……ふふっ♪ そうですねぇ」
黒い翼が、ゆっくりと広がった。
「それでこそ、はちさんですよ♪」
「…………」
はちは、眉を寄せた。
また、褒めるような言い方をする。
自分を止めると宣言した相手へ、どうして、その笑顔を返せるのか。
本当に、分からない人物だった。
過去の話を聞けば、もっと理解できると思っていた部分もある。
実際に、分かったことはあった。
ただ、その分だけ、新しい疑問まで増えていた。
いまは、そのすべてへ答えを求めるときではない。
はちは、もう一度、左腕へ意識を向けた。
SIAは、動いている。
魔力ディスクも、セレスティアも、維持されている。
そして、ステラとのユニゾンも。
これから、もう一度、相手へ向き合う。
その前に、彼女の声を聞きたかった。
『……はち』
こちらから呼び掛ける前に、ステラの声が届いた。
『……私も、戦う……』
はちは、静かに聞いた。
先ほどまでと、少し違う声だった。
まだ迷いは、ある。
揺れている気持ちも、なくなってはいない。
それでも、その中に、一つの意志が聞こえた。
『……私は、まだ……あの人を許せない』
はちは、すぐに打ち消さなかった。
そう思ってはいけないとは、言わない。
いま聞いたばかりの話を、すぐに整理して、許すべきかどうかまで決める必要はない。
さっき、そう伝えたのだ。
その言葉を、彼女が返事をした途端に、取り消すようなことはしたくなかった。
ステラは、まだ、許せない。
その気持ちを抱えたまま、それでも、いまの自分がどうするのかを口にした。
はちは、その声を受け止めた。
『……分かりました、ステラ』
外へ響く声ではなく、彼女へ向ける言葉だった。
『一緒に、頑張りましょう』
『……うん』
小さな返事が、届いた。
すべてが解決したわけではない。
過去の苦しみが、その返事とともに消えたわけでもなかった。
ヘルカイザーについて、どう考えるべきかの答えも、まだ出ていない。
けれど、ユニゾンを通じて伝わる意志が、少しだけ、はっきりした。
声を出せずに揺れているだけではない。
迷いを抱えたまま、はちと同じ相手へ向き合おうとしている。
はちは、ゆっくりと息を整えた。
自分だけで考え、自分だけで戦うつもりになってはいけない。
彼女は、ここにいる。
同じ話を聞き、違う痛みを受け止めながら、それでも、一緒に戦うと答えてくれた。
その言葉を、軽く扱わないようにしたかった。
力を使うとき、はちは、目に見える変化へ注意を向ける。
どこへ裂け目を開くか。
何を通し、どこへ出すか。
相手へ届くまでの距離や、展開するタイミングを考えていた。
だが、その力を支えているステラが、何も感じずにいるわけではない。
彼女にとっても、この会話は、単なる情報のやり取りではなかった。
はちは、そのことを忘れたくなかった。
相手の弱点が分かるかもしれない。
こちらに足りないものを知れるかもしれない。
そう思って、昔話を聞くことにした。
その間、隣にいる彼女は、自分の過去へつながる言葉を、一つずつ受け止めていたのだ。
だから、返事が聞こえたことで安心して、もう何も気にしなくていいと思いたくはなかった。
落ち着いた声で答えたからといって、心の中まで静かになったとは限らない。
まだ許せないと、彼女自身が、はっきり言っている。
その声ごと、一緒にいる。
都合のいいところだけを受け取って、戦えるかどうかだけで彼女を見るつもりはなかった。
はちにも、正しい答えは分からない。
それでも、分からないまま声を聞き、隣にいることはできる。
一緒に頑張ろうと伝えたのは、その気持ちからだった。
返事は、小さかった。
だが、ヘルカイザーが語った大きな言葉のどれよりも、いまのはちには、その一言が近く感じられた。
目の前には、次元神を創ったと名乗る人物がいる。
自分の力が完成形であり、はち達のものは未完成だと語った相手だ。
その説明が本当なら、力について詳しかった理由も分かる。
同じ名前の能力だからといって、こちらと同じように使うはずだと考えるのは危険だろう。
超再生まで見せられた以上、これまでと同じ前提で動くわけにはいかない。
だが、難しいから、諦める。
そんな結論へ進むつもりはなかった。
相手の防御へ、攻撃を通すことはできた。
その先で再生されたことも、見た。
そして、いま、新しく聞いた話がある。
分かったことと、まだ分からないこと。
その両方を抱えたまま、次を考えるしかなかった。
(……それでも)
はちは、紫色の瞳で白い竜を見据えた。
いま、ここで向き合う理由は、失われていない。
ステラも、一緒にいる。
セレスティアも、指示を待っていた。
ヘルカイザーが、両の前脚を背後へ回す。
口元には、相変わらず楽しそうな笑みがあった。
「さて……続きを始めましょうか♪」
「……はい」
はちは、静かに頷いた。
相手の過去を聞く前と、何もかもが同じではない。
自分達の力へ向ける考えも、目の前の人物の見え方も、変わっていた。
それでも、ここで終わりにはしない。
答えを出せなかったことを、置き去りにするわけではなかった。
迷いを抱えた彼女と、いま、同じ相手を見る。
その選択だけは、二人で、確かめることができていた。
「今度は、自分達が相手です!」
自分達。
はちは、その言葉を、はっきりと口にした。
ヘルカイザーが、小さく笑う。
「ふふっ♪ 楽しみにしていますよ、はちさん」
黒い翼が、空気を揺らした。
向かい合った二人の間へ、再び、戦いの気配が戻ってくる。
次元神を創り上げたと語る者。
その技術から生まれたという力を、ステラとともに扱う者。
二人の戦いは、新たな意味を帯びて、続こうとしていた。
だが、このとき、大きく変わり始めていたものは、戦い方や、能力についての理解だけではなかった。
ヘルカイザーの話を聞いた、ステラの心。
憎しみは、消えていない。
悲しみも、まだ、そこにある。
誰が何をしたのかを知ったことで、かえって、簡単には答えを出せなくなっていた。
それでも、彼女は答えた。
一緒に戦うと。
その小さな意志を、はちは、ユニゾンの中で、確かに受け止めていた。
――第59話・了――




