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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第58話 次元神を生み出した者



時系列:現在――アルカディア上空。超再生を目撃したはちが、ヘルカイザーへ次元神の知識について問い掛ける。


「ふふっ♪ どうしました、はちさん?」


 ヘルカイザーは、いつもの笑顔を浮かべていた。

 白い身体には、傷一つ残っていない。

 黒い翼も、何事もなかったかのように動いている。


 はちは、すぐには返事をしなかった。

 その姿を見ると、先ほどの攻撃まで、なかったことにされた気がする。

 けれど、確かに、当たったのだ。

 ディメンションウォールの穴を突き、セレスティアのブレスを直撃させた。

 その結果を見たあとで、元へ戻るところも目撃した。


(……本当に、何なんだ、こいつは)


 超再生。

 相手は、そう説明した。

 短い一言で片付けていい現象とは、到底思えなかった。


 左腕を、確かめる。

 SIAは、左手首へ固定されたまま。

 その外側には、青白い魔力ディスクが展開されている。

 セレスティアの召喚は、維持されていた。


 ステラとのユニゾンも続いている。

 銀紫色の髪が、風に揺れた。

 戦う手段を失ったわけではない。


 ただ、次の攻撃を考えようとするほど、別の疑問が引っ掛かった。


 相手の防御。

 反撃へ移るタイミング。

 こちらが次元へ干渉したときの、反応。


 どれも、初めて見るものを、手探りで確かめているようには見えない。

 はちの能力を認めたうえで、その使い方を眺めている。

 最初から、それが何なのか知っているようだった。


 同じ力を持つ相手だから。

 そう考えれば、説明できる部分もある。

 自分と似た技なら、仕組みを理解しやすいだろう。

 しかし、いま気になっているのは、それだけではなかった。


(……最初の、驚き方)


 ヘルカイザーは、驚いていた。

 はちが次元の力を使ったことに、反応していた。

 だが、未知の現象を見た人の驚きとは、違っていた気がする。


 こんなことができるのか。

 そんな反応ではない。


 なぜ、ほかにも使える者がいるのか。

 そちらに近いのではないか。


 思い返すと、それまでばらばらだった違和感が、つながり始めた。

 能力の名前を知っている。

 こちらが行うことを、すぐに理解する。

 同じように空間を操りながら、その使い方を試すように見ていた。


 そして、攻撃を通されても、まだ、余裕を崩していない。


(俺は、何か、大事なことを見落としてるのか?)


 はちは、紫色の瞳で相手を見据えた。

 もっと強い魔法を探す前に、確かめたいことがある。

 こちらが知らないだけで、相手には、初めから分かっている何かがあるのかもしれなかった。


「……ヘルカイザーさん」


「はい♪ 何でしょう?」


 呼び掛けには、すぐに返事があった。

 小さな白い竜が、首を傾げる。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「もちろんですよ♪」


 相変わらず、愛想がいい。

 先ほどまで攻撃を仕掛け合っていたことを知らなければ、普通の会話が始まったように聞こえただろう。


 はちは、その調子に流されないよう、言葉を選んだ。


「貴方は、どうして次元神のことを、そんなに詳しく知っているんですか?」


「……おや?」


 ヘルカイザーの動きが、わずかに止まった。

 その反応を見て、はちは続ける。


「さっきから、まるで、能力の仕組みを初めから知っているように振る舞っていますよね」


「…………」


「自分が次元神の能力を使ったときも、そうでした」


 あのときの違和感を、そのまま口にした。


「能力そのものではなく、使える人がほかにもいることに、驚いていませんでしたか?」


 問い掛けたあと、はちは相手の前脚へも注意を向けた。

 返事の代わりに、攻撃が来るかもしれない。

 気付かれたくないことへ触れたのなら、その可能性もある。


 だが、ヘルカイザーは、顎へ片方の前脚を添えただけだった。


「……ふむ。なるほど、なるほど♪」


 小さく、何度か頷く。

 怒ったようには見えない。

 むしろ、こちらの着眼点を面白がっているようだった。


「なかなか良いところに気が付きましたねぇ、はちさん」


「……やっぱり、何か知っているんですね」


 言葉にすると、白い竜は笑った。

 こちらの疑問を打ち消すことはしなかった。


 はちは、少しだけ構えを強くした。

 相手が認めたからといって、その先が分かるわけではない。

 答えの代わりに、別の謎を渡されるかもしれなかった。


「そうですねぇ……」


 ヘルカイザーは、両の前脚を背後へ回した。

 空中へ浮かんだまま、こちらを見つめる。


「せっかくですし、少し昔話でもしましょうか♪」


「……昔話?」


 はちは、思わず聞き返した。

 この状況で、昔話。

 つい先ほどまで、自分達は相手の防御を破ろうと、必死になっていたのだ。


 それなのに、目の前の相手は、落ち着いて過去を振り返るつもりらしい。


「少々長くなりますが、お付き合いくださいね」


「…………」


 迷いが、なかったわけではない。

 素直に聞いていていいのか。

 こちらを惑わせるための話かもしれない。


 しかし、知らないまま戦い続けても、次の手が見つかるとは限らなかった。

 次元神について知る手掛かりがあるなら、聞いておきたい。

 自分達の力と、相手の力。

 その違いを理解するきっかけになるかもしれないのだ。


「……セレスティア。少し、待っていてください」


 白竜へ、待機の指示を出した。

 召喚を解除することはしない。

 魔力ディスクも、そのまま維持しておく。


 話を聞くことと、警戒をやめることは、別だった。


 はちは、ヘルカイザーへ視線を戻した。


「分かりました。聞かせてください」


「ふふっ♪ では……」


 白い竜の目が、少しだけ細められた。

 いま目の前にいる相手よりも、遠い何かを見ようとするような仕草だった。


「自分が、まだ普通の人間だった頃のお話から始めましょうか」


「……え?」


 普通の、人間。


 はちは、あらためて相手の姿を見た。

 小さな白い身体。

 背中の黒い翼。

 どう見ても、人間とは違う。


 だが、いろはから聞いていた。

 本人は、自分のことを人間だと説明していたのだと。


 あのときは、どこまで本気で受け取ればいいのか分からなかった。

 いま、同じことを、本人の口から聞かされている。


(……本当だったのか?)


 その疑問へ直接答えることはせず、ヘルカイザーは語り始めた。


     ◇ ◇ ◇


「昔の自分は、本当に普通の人間だったんですよ♪」


 穏やかな声だった。


「いまのような次元神の能力も、超再生もありませんでした」


 はちは、黙って聞いた。

 生まれたときから、あの力を持っていたわけではない。

 少なくとも、本人は、そう言っている。


 だとすれば、何があったのだろう。

 普通の人間だった相手が、どうして、次元を操るようになったのか。

 その答えを待ちながら、次の言葉へ耳を傾けた。


「ただ、少々……発明することが好きでしてねぇ」


「発明、ですか」


「ええ。いろいろな物を考えては、研究して、作り上げていました」


 技術開発部長。

 初めて名乗られた肩書きが、頭をよぎった。

 会社でその役職に就いている以上、もともと得意なことなのだろう。

 そこまでは、不思議に思わない。


 ただ、続いた言葉は、はちの想像していたものと違った。


「ですが、自分一人で楽しむために作っていたわけではないんですよ?」


「……え?」


「皆さんに、喜んでもらいたかったんです♪」


 はちは、相手を見つめた。

 聞き間違いではない。

 白い竜は、はっきりと、そう言った。


 喜んでもらいたかった。

 その言葉が、目の前の笑顔と、すぐには結び付かない。


 街へハブを放った相手だ。

 人々が混乱する中で、薬を高値で売っていた。

 こちらが止めようとしても、楽しそうな態度を変えなかった。


 その人が、他人の喜びのために、物を作っていたという。


「せっかく、発明した物ですからねぇ」


 ヘルカイザーは、はちの驚きを気にする様子もなく続けた。


「誰かの役に立ったり、喜んでもらえたりしたら……それは、嬉しいことでしょう?」


「……それは、そうですけど」


 そこは、否定できなかった。

 何かを作ることなら、はちにも覚えがある。

 考えた仕組みが、思ったとおりに動いたとき。

 それだけでも、嬉しくなる。


 自分で確かめるだけでなく、誰かに使ってもらえたら。

 便利だと感じたり、助かったと笑ったりしてもらえたなら。

 苦労した分も、報われたように感じるだろう。


 その気持ち自体は、分かる。

 分かるからこそ、意外だった。


(……こいつも、そんなことを考えてたのか)


 いまの相手が何をしているかとは、別の話だ。

 それでも、その過去が、まったく理解できないものではなかったことに、戸惑った。


「それでですね。自分は、屋台を出したんですよ♪」


「……屋台?」


「ええ。自分の作った物を並べましてね」


 大きな店ではなかったという。

 研究し、形にした発明品を、並べて売る。

 そんな、小さな屋台だった。


 はちは、その光景を思い浮かべようとした。

 ただし、どんな姿で、どんな場所に立っていたのかまでは分からない。

 話しているのは白い竜でも、当時は普通の人間だったというのだから。


 想像できるのは、並べられた、自分で作った品物。

 そして、それを、誰かが見てくれるのを待つ姿だった。


「自分が作った物を見て、興味を持ってくださる方がいる」


 ヘルカイザーの声が、わずかに柔らかくなった。


「実際に使って、喜んでくださる方もいる。それを見るのが、好きだったんですよ♪」


「…………」


 はちは、返事を探せなかった。

 いまの話だけを聞けば、ごく自然な願いだと思う。

 自分の好きなことで、ほかの人にも喜んでもらいたい。

 そんなふうに物を作っている相手を、悪い人だとは思わない。


 だが、その相手は、いま、はちの目の前にいる。

 止めるために戦っていた、ヘルカイザーだった。


 過去の一面を聞いたからといって、いまの行いが変わるわけではない。

 それでも、初めから現在と同じだったのではないと知ることには、驚きがあった。


 はちは、口を挟まず、続きを待った。

 これが、次元神へ、どうつながるのか。

 まだ、そこが見えていなかった。


「しかし……」


 そこで、白い竜の声が、わずかに変わった。


「ある日、それが終わりましてねぇ」


「……え?」


 はちが顔を上げる。

 ヘルカイザーは、こちらへ目を向けた。


「とある会社の社員が、自分の屋台を燃やしたんですよ♪」


「…………は?」


 すぐには、意味が入ってこなかった。

 聞き取れなかったのではない。

 あまりにも、当たり前のことのように告げられたからだった。


 屋台を、燃やした。


「……燃やしたって」


「そのままの意味ですよ。発明品を並べていた屋台が、燃やされてしまったんです」


 ヘルカイザーの口元には、まだ笑みがあった。

 だが、話している内容は、笑えるものではない。


 はちは、唇を引き結んだ。

 自分で考え、研究して、作り上げた物。

 誰かに使ってもらい、喜んでもらいたくて並べていた品々。


 その場所を、他人が燃やしたという。


 どんな事情だったのか、まだ聞いていない。

 相手の会社が、どこなのかも分からない。

 だが、人が大切にしていたものを、勝手に焼いていい理由があるとは思えなかった。


「……ひどい」


 言葉が、こぼれた。


「ひどいですよ、それ……」


 白い竜が、少しだけ目を細めた。


「おや? そう思いますか?」


「当たり前でしょう!」


 思わず、声が強くなった。


「人が頑張って作った物を、勝手に燃やすなんて……!」


 言いかけたところで、はちは、自分が相手へ強く訴えていることに気付いた。

 相手は、燃やした側ではない。

 自分の屋台を燃やされたと、話しているのだ。


 だから、責めたいのではなかった。

 そんな扱いを受けて当然だと、思っているわけではない。

 それだけは、口にせずにはいられなかった。


 目の前の相手が、どれほど困った存在であっても。

 いまの話を、仕方ないことだと流す気にはなれなかった。


「…………」


 ヘルカイザーは、しばらく、はちを見ていた。

 その沈黙に、はちは、少しだけ戸惑った。

 何か言い方を間違えたのだろうか。


 だが、白い竜は、やがて、小さく笑った。


「……ふふっ♪ ありがとうございます、はちさん」


「…………」


 お礼を言われた。

 思っていなかった返事に、はちは言葉を失った。


 こちらをからかっているのか。

 それとも、いまの言葉を、そのまま受け取ったのか。

 笑顔だけでは、判断できなかった。


 けれど、ヘルカイザーは、その点を説明しなかった。

 先ほどまでと同じ調子で、話を先へ進める。


「まあ、そこで終わる自分ではありませんでしたけどねぇ♪」


「……それで、どうしたんですか?」


「それに対抗するために、研究を重ねました」


「研究……」


「ええ」


 声に、少しだけ、真剣さが混じった。


「研究して、研究して……何度も研究を重ねました」


 ゆっくりと、繰り返す。

 屋台を燃やされたという話よりも、その言葉の方に、長い時間を感じた。


「今まで自分が作ってきた物とは、比較にならないほどの研究です」


 理論を組み立てる。

 確かめる。

 それだけでは届かないなら、別の可能性を探す。

 また考え、検証し、研究する。


 その過程を、ヘルカイザーは重ねたのだという。


 はちは、黙って聞いていた。

 どれほどの時間が掛かったのかは、分からない。

 どんな失敗があり、どこを直し、何にたどり着いたのかも、まだ聞かされていない。


 ただ、発明が好きだった人が、それまでとは比較にならない研究へ向かった。

 そのきっかけが、屋台を燃やされたことだった。


 語られる順番を、はちは頭の中で確かめた。

 いま聞いているのは、能力を手に入れた人の過去だ。

 最初から次元神だった相手の話ではない。


 ならば、その研究の先に、何があったのか。


 答えを待つ、短い間。

 ヘルカイザーの顔へ、いつもの笑みが戻った。


「そして、とうとう完成させたんですよ♪」


「……何を?」


 はちが問い掛けた。


 白い竜は、当然のことのように答える。


「次元神を♪」


「…………」


 はちは、動きを止めた。


 聞こえた言葉を、頭の中で、もう一度、なぞる。

 次元神。

 その言葉の前に、完成させた、と言った。


「……次元神を、完成させた?」


「ええ。自分が研究して、完成させました♪」


 言い間違いではなかった。

 はちは、小さな白い姿を見つめた。

 次元神になった、とは言っていない。

 力を与えられた、とも。


 研究して、完成させた。


「……まさか」


 息をのむ。


「次元神を作ったのは……」


 ヘルカイザーは、満面の笑みを浮かべた。


「自分ですよ♪」


 短い答えだった。

 それだけで、はちの中にあった疑問の向きが、大きく変わった。


「この次元神という存在を、最初に創り上げたのは自分です」


「…………っ!」


 はちは、言葉を返せなかった。


 ガルデローベ社の技術開発部長。

 アルカディアを混乱へ陥れ、ガーディアンの制圧を告げた存在。

 小さな白い身体で、黒い翼を動かしている、この相手。


 その人物が、自分の持つ力の、開発者だという。


(……次元神を、生み出した?)


 大きすぎる答えだった。

 同じ力を持っているから、よく知っている。

 その程度の話ではない。


 もし、いまの言葉が本当なら。


 はちは、そこまで考えて、先ほどの問いを思い返した。

 どうして、その能力について詳しいのか。

 なぜ、こちらが使ったとき、未知の力として驚かなかったのか。


 自分で研究したものなら、知っていて当然だ。

 仕組みを理解し、その使い方を見ていたのだとすれば、あの反応にも説明がつく。


 だが、つながったことがある一方で、新しい疑問も増えた。

 それなら、ステラが持っている力は、何なのか。

 同じ次元神と呼んでいたものが、どうして、別の場所に存在していたのか。


 はちは、簡単に頷けなかった。

 相手の説明には、こちらの知らない過去がある。

 すべてを、その場で確かめる手段はなかった。


 それでも、聞き流せる内容ではなかった。


「……なるほど」


 ようやく、それだけを口にした。

 納得しきった、という意味ではない。

 相手の余裕に、理由があるかもしれないことを、理解したのだ。


 ところが、ヘルカイザーの話は、そこで終わらなかった。


「ですが……」


 白い竜の視線が、はちへ向いた。


「はちさんが使っている次元神は、未完成ですねぇ♪」


「…………は?」


 その言葉に、はちは眉を寄せた。


 未完成。


 先ほどまで、あの防御へ穴を見つけていたときとは、違う種類のざわめきが胸に生まれた。

 相手が自分の技をどう評価するか、そんな話ではない。

 いま使っている力、そのものについて言われている。


「……どういうことですか?」


「そのままの意味ですよ。自分が完成させたものと比べると、未完成なのです」


 はちは、無意識に左腕へ目を落とした。

 展開中の魔力ディスク。

 腕時計型のSIA。


 だが、すぐに、違うと気付く。


 これは、SIAの出来を指摘されているのではない。

 カードを扱う仕組みや、召喚の維持についての話でもない。


 ステラとのユニゾンによって扱っている、次元神の能力。

 相手は、その由来へ踏み込んでいた。


「未完成って……何を根拠に、そんなことを言うんですか?」


 ヘルカイザーへ、視線を戻す。

 白い竜は、小さく笑った。


「作った本人が、言っているのですよ?」


「…………」


「はちさんが扱っている次元神と、自分が完成させた次元神……」


 そこで、ゆっくりと言葉を区切った。


「同じものではありません♪」


 はちは、唇を引き結んだ。

 同じ名前で呼ばれている力。

 よく似た現象を起こす、次元への干渉。


 しかし、目の前の相手は、それを同じではないと言う。

 自分のものが完成していて、こちらは未完成だと。


 使い慣れていないから、というだけの意味ではないらしい。

 力を持つ者の技量ではなく、その力を生み出した段階から違う。

 相手の言葉は、そういう話につながっていた。


(……どういうことだ)


 はちは、次の説明を待った。

 未完成だと繰り返されるだけでは、何も分からない。

 なぜ、ここに、別の次元神がいるのか。

 そこの説明が、まだ、抜けている。


 すると、ヘルカイザーが、何かを思い出したように声を漏らした。


「……ああ。そういえば」


「……?」


「一度だけ、次元神の研究データが、外へ流れてしまったことがありましたねぇ」


 はちは、目を見開いた。

 研究データ。

 その言葉が出てきたことで、話が、再び研究者の過去へ戻った。


「まったく……あの方は」


 ヘルカイザーは、少しだけ呆れたように息を吐く。


「天屋物さんのせいで、次元の狭間へデータが流れてしまったんですよ♪」


「……天屋物?」


「ええ。以前、自分が完成させた次元神のデータが、あの方の事故によって流出しましてねぇ」


 相手は、その名前を当たり前のように口にした。

 はちには、まだ、その人物について分からない。

 どういう事故だったのかも、説明されていなかった。


 ただ、次元神の研究データが、次元の狭間へ流れたという。


(……そんな大事なものが?)


 簡単に済ませていい事故ではないだろう。

 はちは、思わず、白い竜の顔を見た。

 相手は、今度も、その重大さに見合うほど深刻な顔をしていなかった。


「……それで、どうなったんですか?」


「流出したデータは、遥か過去へたどり着いたんですよ」


「過去?」


「ええ。約三十万年前にまでねぇ♪」


 はちは、息を止めた。


 三十万年。

 日常で扱う時間とは、桁が違う。

 一人の人間が研究を始め、作ったものが流出し、そのデータが、遥か昔へ届く。


 話される出来事の順番と、世界の時間の順番が、まっすぐには重なっていなかった。


 だが、その食い違いを考えるよりも先に、はちの意識は、別のところへ引かれた。

 次元神。

 遥かな過去。

 自分とは違う場所で、その力を作ろうとした者。


 まだ、はっきりした答えはない。

 けれど、その先の言葉が、無関係では済まないものになる気がした。


「そのデータを、神界の科学者たちが見つけたのです」


「……神界の、科学者?」


「ええ♪」


 はちの問いへ、ヘルカイザーは頷いた。


「彼らは、その研究データを解析して、次元神の再現を試みたようですねぇ」


 再現。

 新しく、初めから生み出すのではなく。

 流れ着いたデータをもとに、同じ力を作ろうとした。


 はちは、黙って聞いていた。

 聞き逃してはいけないと、思った。

 その一方で、次の言葉を聞くことへ、ためらうような気持ちもあった。


 説明されようとしているのは、自分達の力かもしれない。

 ただ、そう思っているだけなら、まだ、疑問のままでいられる。

 だが、相手がそれを言い切ったら。


「ですが……」


 ヘルカイザーが、小さく首を傾げた。


「完成したものを、完全に再現することは、できなかったようです」


「…………」


 はちは、相手を見つめた。

 白い竜の声は、穏やかなままだった。

 研究の成果を比べるように、その違いを話している。


「そうして生まれたのが、第二世代の人工次元神……」


 言葉が、こちらへ向けられた。


「はちさんが使っているものですねぇ♪」


「…………っ」


 声が、出なかった。


 第二世代。

 人工次元神。


 いままで聞いてきた話が、そこへつながった。

 ヘルカイザーが研究したもの。

 事故で流出したデータ。

 約三十万年前へ届き、神界で再現を試みられた技術。


 その先にあるのが、自分達の次元神だという。


 はちは、すぐには頷けなかった。

 この場で、研究データを確かめたわけではない。

 相手が語った過去を、ただ聞かされている。

 それでも、その話が、自分達へ向けられている重さは、否定できなかった。


 未完成だという言葉へ反発していたときとは、違った。

 いまは、自分の力を低く評価されたことよりも、その力の向こう側へ、思いが向いていた。


 ステラ。


 はちは、無意識に、彼女へ意識を向けた。

 ユニゾンは、続いている。

 自分のそばにいる相手として、いつも通り、呼び掛けようとした。


『……ステラ?』


 返事が、なかった。


 はちは、わずかに眉を寄せた。

 いつもなら、小さくても、何か反応がある。

 言葉が短くても、呼び掛けが届いたと分かる。


 いまは、その返事が、すぐには聞こえてこなかった。


『…………』


 沈黙が続く。

 ヘルカイザーへ向けていた警戒とは別の、胸騒ぎが生まれた。


(……どうした?)


 はちは、そのまま、彼女の声を待った。

 新しい言葉を急かすより、返事を聞きたかった。


 やがて、ようやく。


『……はち』


 小さな声が、聞こえた。


 はちは、息をのんだ。

 いつもの声なのに、違う。

 落ち着いて短く答えるときの響きではなかった。


『……今の、話……』


 言葉が、途切れる。

 声が、かすかに震えていた。


『……本当、なの……?』


 はちは、何も言えなかった。


 そうだ。

 彼女も、聞いていたのだ。


 自分が、驚き、問い返し、意味をつかもうとしていた、その間も。

 ステラは、同じ話を聞いていた。


 ヘルカイザーが告げた、次元神の始まりを。

 流出した研究データが、遥かな過去へ届いたという話を。

 そして、その先に生まれたものが、第二世代の人工次元神だという言葉を。


 はちは、彼女へ意識を向けたまま、返す言葉を探した。


 けれど、すぐに答えることはできなかった。

 いま聞いた話の重さが、ステラの震える声を通して、あらためて伝わってきていた。


――第58話・了――

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