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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第55話 再び交わる運命



時系列:現在――アルカディアでの対峙。セリシアが、自分達の再生と研究所での日々を語り終えた直後。


「……これが、私達が、再び生まれた理由です」


 セリシアは、静かに、そう告げた。


 私は、すぐには返事ができなかった。

 風が髪を揺らして、ようやく、いま、自分がどこにいるのかを、あらためて感じる。

 アルカディアの空。

 目の前には、セリシアがいる。

 隣にはレイがいて、その向こうには、リュミナの姿があった。


 長い話だった。

 聞き始めたとき、私が知りたかったのは、消滅したはずの彼女達が、どうして存在しているのかということだった。

 あの戦いで闇の欠片は消えたはず。

 それなのに、目の前には、成長した二人がいる。

 その理由が、知りたかった。


 答えは、私が想像していたより、ずっと長い時間につながっていた。


 消えたあとの残滓が、ヘルカイザーさんへ吸収されたこと。

 記憶に相当する情報が残っていて、それを修復し、新しい身体が与えられたこと。

 かつてとは違う仕組みで、彼女達が、もう一度、動けるようになったこと。


 それだけでも、簡単には信じられない話だった。

 だけど、彼女の話は、そこで終わらなかった。


 ガルデローベ社で、働くことになった。

 レティシアさんに魔法を教わり、ヘルカイザーさんと模擬戦をして、三人で、少しずつ連携を覚えた。

 荷物を運んで騒ぎになった朝も、魔力の加減を叱られた午後もあった。


 そして、ミリアちゃんと、一緒に遊んだ。

 休憩室へ集まって、眠っている彼女を起こさないよう、声を小さくした。

 そういう、何でもない日々を、過ごしていた。


 私は、セリシアを見つめた。

 いまここにいる理由として聞き始めた話の中に、仕事や訓練だけじゃなく、そんな時間まであるとは思わなかった。

 自分達が知らなかったところで、彼女達には、暮らしがあったんだ。


 消えたあとも、続いていた。

 私が、もう会えないと思った、その先に。


 それを知ったとき、胸の中にあった驚きが、少しずつ、別のものへ変わっていった。

 分からなかった仕組みについて、説明を受けただけじゃない。

 目の前の彼女が、いまの彼女になるまでに、どんな時間を過ごしたのかを聞いたんだ。


 彼女が話す三人の姿は、いつも、戦うためだけに並んでいたわけじゃなかった。

 仕事をしていて困ったことが起きれば、名前を呼ぶ。

 教えられたことを試して、できれば嬉しくなる。

 誰かが加減を間違えたら、叱られるし、隣で見ていた相手が笑ってしまうこともある。

 特別な力を持っている彼女達にも、そういう日があった。


 話を聞いている間、その光景を、何度も思い浮かべた。

 私が知っていた頃のままでは、少し、想像しにくい姿もあった。

 でも、目の前の彼女が、その時間を過ごしたんだと思うと、少しずつ、つながって見えてきた。


 私達も、あの戦いのあと、毎日を過ごしてきた。

 会っていなかった間のことを、ひと言で伝えられるわけじゃない。

 同じように、彼女達にも、私が知らない日が、重なっていたんだ。

 成長した姿を見たときには、その変化に驚くばかりだった。

 いまは、その姿へ至るまでの時間を、少し、知ることができた気がした。


 もう会えないと思っていたからこそ、知らない時間があったと分かったこと自体が、不思議だった。

 だけど、彼女が語る最後の願いは、私にも、分かる気がした。

 誰かと過ごす場所を、失いたくない。

 その言葉だけは、知らない仕組みについて聞くときと同じようには、受け止められなかった。

 自分にとって大切な人達の顔が、自然に、頭をよぎったから。


 だけど、同時に、どうしても驚いてしまうことがあった。


 あの、ヘルカイザーさんが。


 犯罪魔導師へ、ひどいことをしていた人。

 こちらが止めようとしても、正当防衛だと笑っていた人。

 アルカディアへハブを放ち、人々を怖がらせた人。

 その人が、新しい身体を与え、働く場所と、学ぶ機会を用意していた。


 ミリアちゃんと、鬼ごっこをしていた。

 彼女が眠ったら、起こさないように、動かずにいた。


(……本当に、同じ人なの?)


 話を聞いていて、何度か、そう思ってしまった。

 私が実際に見た姿と、すぐには、結び付かない。

 白い小さな身体も、穏やかな声も、きっと、そのままなんだと思う。

 だけど、その声で話している内容も、向けられる笑顔の意味も、私が知っているものとは、違って聞こえた。


 だからといって、セリシアが嘘をついているようには、見えなかった。

 むしろ、話しているときの顔は、穏やかだった。

 誰かを信じさせるために、急いで言葉を並べているような感じじゃない。

 過ごしてきた時間を、自分の中で確かめながら、伝えている。

 私には、そんなふうに見えた。


 彼女達が覚えている、ヘルカイザーさん。

 私が、この世界で出会った、ヘルカイザーさん。

 どちらかを、聞かなかったことにはできなかった。


 少なくとも、セリシアにとって、その日々は、大切なものなんだろう。

 最後に語った、失いたくないという気持ちも。

 私は、まず、そのことへ答えたかった。


「……セリシア」


 名前を呼ぶと、彼女がこちらを見た。

 以前と似た顔立ちなのに、いまは、その表情の中へ、聞いたばかりの時間が重なって見える。


「あなた達……幸せだったんだね」


 私の言葉に、彼女は、少しだけ目を細めた。


「……ええ」


 小さな微笑みだった。


「少なくとも、あの方のもとで過ごした時間は……悪いものではありませんでした」


 私は、そっと息を吐いた。


 そっか。

 やっぱり、そうなんだね。


 もう会わないと思っていた相手が、ここにいる。

 身体を得て、学んで、働いて、笑っていた。

 強くなりたいという願いだけじゃなく、一緒に過ごす人達を大切に思うようにもなっていた。

 そのことを、彼女自身の声で聞けた。


 不思議な気持ちだった。

 懐かしいだけでも、ただ嬉しいだけでもない。

 知らない時間の分だけ、私の前にいる相手が、以前より、はっきり見える気がした。


 彼女の言葉を、否定したいとは思わなかった。

 過ごした日々が悪くなかったと言うなら、それは、彼女が自分で知っていることなんだろう。

 私の知らない場所で、確かに、そういう時間があった。

 そこへ、なかったことにするような言葉を返すつもりはなかった。


 でも。

 聞き終えたいま、変えられないことも、あった。


 私は、アークレイを握り直した。

 手の中にある感触を、もう一度、確かめる。

 目の前にいる彼女を知ることと、この世界で起きたことを見過ごすことは、同じじゃない。


「……それでも」


 セリシアの視線が、私の手から、顔へ戻る。


「いま、ヘルカイザーさんがしていることは、止めないといけない」


 言い切った。


 街で怖い思いをした人達がいる。

 巻き付くハブから逃れられずにいた人も、助けを求めていた人も。

 ガーディアンを制圧するという言葉も、彼自身が口にしたものだった。

 そのことは、彼女達の話を聞く前と、変わっていない。


 誰かにとって大切な人だから、止めなくてもよくなるわけじゃない。

 だけど、止めるために、その人が誰かへ与えたものまで、否定する必要もないんだと思った。

 いま私がしなければいけないことは、分かっていた。

 彼女の前で、その答えを曖昧にはできなかった。


 セリシアは、静かに、こちらを見つめた。


「……そうでしょうね」


 怒ったような声じゃなかった。

 驚きも、なかった。

 私がそう言うことを、初めから分かっていたような顔だった。


「あなたなら、そう答えると思っていました」


「……セリシア」


 私は、彼女の名前を、もう一度呼んだ。

 声へ、どんな気持ちを込めたのか、自分でも、すぐには分からなかった。

 ただ、話を聞いたあとでも、向き合うことになる。

 そのことを、二人とも、理解しているんだと感じた。


「ですから……」


 彼女が、ゆっくりとデバイスを構えた。

 先ほどまで、自分の日々を語っていた顔に、静かな闘志が宿る。

 別の誰かへ変わったようには、見えなかった。

 穏やかな時間を大切にしている、その彼女が、いま、私へ向かっている。


「今度は、私が、あなたの力を確かめさせていただきます」


 私も、彼女を見つめた。

 どうして再び存在しているのか、その答えを聞いた。

 だけど、彼女が私へ向かってくる理由は、それだけじゃなかった。


「かつて交わした、約束ではない約束……」


 セリシアの口元が、わずかに緩んだ。


「今度こそ、あなたと対等に戦ってみせます」


 私は、覚えていた。


 彼女が、光となって消えていったときのこと。

 次にまみえることがあれば、決して砕け得ぬ力を手にして、もう一度戦いたい。

 そう、私へ伝えた。


 私は、待っているとは言えなかった。

 次があるとは、思っていなかったから。

 あの場で、もう一度戦うと、約束したわけじゃない。

 それでも、彼女が、そう願ったことは覚えていた。


 あのとき交わした言葉を、彼女は、覚えていた。

 ただ記憶として残っていただけじゃなく、その先へ進むための願いとして、持ち続けていたんだ。

 私の方では、また会う日を考えることも、できなかった。

 その間に、彼女は、もう一度向き合うときの自分を思い描いていた。


 いま、対等に戦うと口にしたのは、その彼女だった。

 どれだけ変わったかを、説明するだけで終わらせたくないんだろう。

 聞いてほしいことを伝えたあと、今度は、見てほしいものを構えている。

 私は、その目を見ていた。

 怖がっているようには、見えなかった。

 気負い過ぎて、相手の顔が見えなくなっているようでもない。

 私が、どう答えるかを、まっすぐに待っていた。


 再会できたことを嬉しく思うなら、なおさら、昔の相手としてだけ見てはいけない。

 そう感じた。

 会えなかった間に彼女が得たものを、こちらの記憶で小さくしてしまわないように。

 もう一度戦いたいという願いへ、いまの私自身で答えるために。


 その願いが、いま、ここへつながっている。

 身体を得たあとも、彼女は、私との再戦を望んでいた。

 仕事をし、魔法を学び、仲間と過ごす時間の中でも、その願いを、なくしてはいなかったんだ。


 私は、彼女のデバイスへ目を向けた。

 そして、もう一度、顔を見る。

 話の中の彼女を、ただ懐かしんでいるだけでは、いけない。

 いまの彼女が、ここにいる。

 その力を、見てほしいと構えている。


 だったら、私も、いまの自分で応えよう。

 消えていったときの姿を重ねたまま、相手を見るんじゃなくて。

 生きて、学んで、ここへ来た、目の前の彼女と向き合おう。


「……分かった」


 私は、小さく頷き、アークレイを構えた。


「私も、全力でいくよ!」


 その瞬間、セリシアの表情が、少しだけ柔らかくなった。


「……ありがとうございます」


 静かな返事だった。

 そして、すぐに、視線が鋭くなる。


「では……参ります!」


 デバイスの先に光が集まり、魔力弾が放たれた。

 さっきまでの会話の間を、その一発が貫いてくる。


 私は、横へ飛んだ。

 身体のすぐ脇を、攻撃が通り過ぎる。

 かわした動きの中で、アークレイを向け直した。

 こちらからも、魔力弾を放つ。


 セリシアが、身体をひねった。

 私の一発が、その横を抜ける。

 避け終えたところから、また、彼女の意識がこちらへ向く。

 会話を終えてから動き出すまでに、迷いは見えなかった。


 速い。


 私は、彼女の動きを追った。

 ただ、移動の速さだけじゃない。

 攻撃をかわし、次へ向くまでの流れが、滑らかだった。

 大きく身体を流し過ぎず、余分な動きを残さない。

 無駄の少なさが、そのまま、次へ動ける早さになっていた。


 かわした直後には、次のために身体の向きが整っている。

 私は、自分の一発が通った場所と、彼女がいまいる場所を、続けて見た。

 さっきまでそこにいた、と考えてから狙い直していては、また遅れる。

 彼女の移動は、すでに、次の攻防へつながっていた。


 私は、アークレイの向きを調整した。

 目の前の姿だけを追うんじゃなく、その動きの続きを見なければいけない。

 それでも、先読みしたつもりになって、彼女が必ずそこへ来ると決めてしまえば、外されるだろう。

 見て、対応しながら、こちらからも働き掛ける。

 最初の一度の応酬だけで、その集中を求められていた。


 会話をしていたときの穏やかな顔が、頭には残っている。

 でも、その人が、目の前で、鋭い動きを見せている。

 どちらかが嘘だったわけじゃないんだ。

 彼女の声を聞いたときと同じように、この動きも、ちゃんと受け止めようと思った。


 魔力の制御も、正確だった。

 こちらへ向けられる力に、ためらいによる乱れは感じない。

 話の中で、教わったと言っていたこと。

 それが、いま、彼女の扱う魔法の中に表れているようだった。


(……本当に、強くなったんだね)


 私は、思わず、小さく微笑んだ。

 聞いた話を、いま、自分で確かめている。

 彼女が過ごしてきた時間は、言葉だけじゃなかった。

 私の攻撃をかわす、その動きにも、確かにあった。


 だけど、感心しているだけではいられない。

 彼女の視線は、こちらの動きを見ている。

 少しでも対応が遅れれば、次の攻撃が来るだろう。

 全力でいくと言ったばかりだ。

 言葉だけで終わらせるつもりは、なかった。


「……いくよ、セリシア!」


「望むところです!」


 魔力弾が、再び交差した。

 互いの攻撃がぶつかり、空中へ、明るい光が弾ける。


 ドォンッ!


 爆風が、二人の間を押し広げた。

 髪が揺れ、視界の中に、光の名残が走る。

 その向こうに、セリシアの顔が見えた。

 真剣な表情だった。


 光が弾けた場所だけを見ていたら、その先の彼女を見失ってしまう。

 私は、吹き寄せる風の中で、相手の輪郭を追った。

 髪が頬をかすめる。

 アークレイを持つ手には、さっき放った魔力の感覚が、まだ残っていた。

 その感触へ気を取られ過ぎず、次へ備えようとした。


 当てられたかどうかを確かめることも、次の攻撃へ備えることも、同じ時間の中にある。

 訓練用の標的へ放つときのように、一発ごとに落ち着いて結果を眺めてはいられない。

 こちらの魔法が相手へ向かう間にも、彼女は、こちらを見ている。

 いまの攻撃へどう応じたかで、次の距離も、狙える場所も変わっていく。


 それでも、彼女の表情が見えたことは、少し嬉しかった。

 消えていった相手の声を思い出すだけではなく、いま動いている相手の顔を、自分の目で見られる。

 そのことに感じるものは、あった。

 だけど、嬉しいから、手を緩めるんじゃない。

 ちゃんと向き合うと答えた気持ちを、そのまま、次の動きへつなげよう。

 そう思いながら、私は、彼女の位置を確かめていた。


 私は、アークレイを握る手へ、意識を戻した。

 懐かしい相手と会えた喜びも、話を聞いた驚きも、消えたわけじゃない。

 でも、いまは、その相手が放つ一撃へ、応えなければいけない。


 うん。

 今度こそ、ちゃんと、あなたと向き合って戦おう。


     ◇ ◇ ◇


 少し離れた空では、レイとリュミナも向かい合っていた。

 同じようによく似た顔立ちを持ちながら、二人の構えは、それぞれ違う。

 金色の髪を風へなびかせ、レイは、相手の動きに注意を向けていた。

 対するリュミナは、攻め込む機会を楽しみにしているように、目を輝かせている。


「いっくよー!」


 言葉とともに、リュミナが飛び出した。

 勢いのある、鋭い接近だった。

 水色の髪が流れ、二人の距離が、一気に縮まる。


 レイは、咄嗟に身体をひねった。

 そのすぐ横を、攻撃が通り抜けた。

 ほんの短い間に、相手の姿が、正面から脇へ移る。

 速さへ対応しようとする意識と、身体の動きが、ほとんど同時だった。


「おっとっと!」


 リュミナは、空中で姿勢を立て直し、すぐに振り向いた。

 勢い任せに遠くへ流れていくことはなかった。

 かわされたあとの動きにも、相手を見失わないための速さがある。


「へへっ! 今のを避けるなんて、やるじゃん!」


 彼女は、楽しそうだった。

 避けられたことへ、気落ちする様子はない。

 相手が対応してみせたことも、戦う手応えの一つとして受け取っているようだった。


「……リュミナ」


 レイは、構えを取り直した。

 視線は、その顔から外さない。


「あなたも、前より速くなってるね」


「当たり前だよ!」


 得意げな笑顔が、返ってきた。


「僕だって、ずっと遊んでたわけじゃないんだから!」


「……そう」


 レイの表情が、わずかに柔らかくなった。

 話を聞いたときには、想像するしかなかった日々。

 その間に、この相手は、確かに変わっていた。

 いまの一度の接近だけでも、以前と同じつもりでいてはいけないことが分かる。


 昔と同じ距離のつもりで待てば、間に合わなくなる。

 レイは、いま見た速さを、自分の中で確かめ直していた。

 接近するときだけではない。

 通り過ぎたあと、相手へ向き直るところまでが早い。

 避けられたことを受け止め、そこから動き直すまでに、長い間がないのだ。


 それでも、リュミナの声には、以前を思い起こさせるものがあった。

 自信を隠さず、こちらへ向けてくる。

 いまのを避けたのかと笑い、さらに挑もうとしている。

 変わっていないと感じる部分があるからこそ、速くなった動きまで、前と同じ感覚で扱わないようにしなければならなかった。


 リュミナは、学んできたと話した。

 そして、いま、それを、動きで示している。

 聞いた話を、目の前の相手として認めることは、レイにとっても必要だった。

 懐かしい再会のままで、時間を止めておくことはできない。

 相手は、いまの力で向かってきているのだから。


 だが、強くなったと認めることは、負けると決めることではない。

 レイは、次の動きへ意識を向けた。


「だったら……私も、負けられないね!」


 魔力弾を、放つ。

 光が、リュミナへ向かって飛んだ。

 さっきの速さを見て、ただ待ち受けるだけではいけない。

 こちらからも、相手へ対応を求める。


「おっと!」


 リュミナが、軽やかに身体を傾けた。

 攻撃をかわすと、そのまま、また、距離を詰める。

 防いでから考えるのではなく、避けた動きを、次の攻めへつないでいた。


「そっちこそ!」


 レイは、その動きを追った。

 先ほどよりも、相手へ向ける意識が鋭くなる。

 懐かしさだけでは対応できない速さが、目の前にあった。


「昔と同じだと思わないでよね!」


 リュミナの声が響いた。

 レイも、その言葉を、疑ってはいなかった。

 だからこそ、いま動く相手の姿を見て、次へ備えた。


 二つの影が、空中で交錯する。

 距離が開き、また、詰まる。

 互いの魔力がぶつかるたびに、光が弾けた。

 その光の中でも、二人の動きは止まらなかった。


     ◇ ◇ ◇


 私は、一瞬だけ、そちらへ視線を向けた。


 レイの金色の髪と、リュミナの水色の髪が、空中で位置を変えている。

 速い。

 でも、レイも、相手の動きへ対応できているようだった。

 そのことを確かめ、ほんの少し、安心した。


(……レイも、大丈夫そう)


 そう思った、そのときだった。


「よそ見ですか?」


 セリシアの声。

 私は、すぐに視線を戻した。


 魔力弾が、目の前まで迫っていた。


「わっ!?」


 慌てて、障壁を展開する。

 キィンッ、と、魔力の壁が広がった。

 間に割り込んだ魔力の壁が、視界の中で光った。

 いまは、かわすための余裕を探すより、目の前の一発を受け止める方が先だった。

 遠くへ目を向けた時間は、ほんの少しだったはずだ。

 その短さを、言い訳にできない距離まで、彼女の攻撃は来ていた。

 私は、展開した障壁へ意識を向け、衝突へ備えた。


 その直後、攻撃がぶつかった。


 衝撃が、腕へ伝わる。


「……くっ!」


 押し込まれる感覚を受け止めながら、私は、障壁を保った。

 間に合った。

 でも、本当に、ぎりぎりだった。

 少しでも戻すのが遅ければ、そのまま受けていたかもしれない。


 息を整えながら、私は、セリシアを見た。

 彼女は、こちらへ小さく微笑んでいた。


「戦闘中のよそ見は、危険ですよ。いろはさん」


 言い返せない。

 私は、苦笑いを浮かべた。


「……うん。そうだね」


 分かっていたつもりだった。

 全力で応えようと、さっき考えたばかりだ。

 それなのに、ほかの方を確かめる、ほんの一瞬を突かれた。

 彼女は、その隙を見逃さなかったんだ。


 知っている相手だからといって、その強さまで、昔の記憶へ置いてはいけない。

 言葉では、そう受け止めたつもりだった。

 だけど、気持ちを向けていることと、実際に集中を保てていることは、同じじゃなかった。

 そのことを、いま、目の前の一撃で教えられた。


 私は、アークレイを構え直した。


「ごめんね。今度は、ちゃんと集中するよ!」


「……ええ。そうしていただけると、嬉しいです」


 セリシアが、静かに頷いた。

 落ち着いた声と、真剣な視線。

 その両方が、いま、私へ向いていた。


 やっぱり、あの頃と変わらないと感じるところがある。

 でも、確かに、成長している。

 その二つは、一緒にあるんだね。

 話を聞いたときにも、そう感じた。

 いまは、戦って、同じことを確かめている。


 だったら、私も、ちゃんと応えよう。

 彼女が見てほしいと願っているのは、いまの力なんだ。

 私も、いまの自分を、まっすぐに向ける。


 懐かしい相手との、約束ではなかった再会。

 それでも、ここで、互いに構えたことは確かだった。

 彼女が望んだ時間の先に、いま、私は立っている。

 もう一度戦えることを、ただ、懐かしい出来事で終わらせたくはなかった。


 彼女が求めていた再戦は、もう、始まっている。

 そのことを、いま、あらためて感じた。

 全力で向き合うと答えたあとにも、こちらの意識を、何度でも、相手へ戻さなければいけない。

 最初に決めたから、最後まで自然に続くというものじゃなかった。


 私の前にいるのは、いま、私の隙を突いた相手だ。

 昔の記憶でも、聞いたばかりの話の中の姿でもない。

 ここで呼吸をし、魔力を扱い、こちらの動きを見ている。

 その人へ、次の一撃を向ける。

 私は、視線を定め直した。


 私は、アークレイへ魔力を集中させた。

 狙いを、目の前の相手へ定める。

 どんな動きで来るかを、最後まで見よう。

 こちらの一撃へ、どう応えるかも。


「はああっ!」


 魔力弾を、放った。

 光が、セリシアへ向かって、まっすぐに走る。


 私は、その先を、見つめていた。

 もう、ほかへ目を向けない。

 目の前にいる、いまのあなたと、全力で向き合うために。


――第55話・了――

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