第55話 再び交わる運命
時系列:現在――アルカディアでの対峙。セリシアが、自分達の再生と研究所での日々を語り終えた直後。
「……これが、私達が、再び生まれた理由です」
セリシアは、静かに、そう告げた。
私は、すぐには返事ができなかった。
風が髪を揺らして、ようやく、いま、自分がどこにいるのかを、あらためて感じる。
アルカディアの空。
目の前には、セリシアがいる。
隣にはレイがいて、その向こうには、リュミナの姿があった。
長い話だった。
聞き始めたとき、私が知りたかったのは、消滅したはずの彼女達が、どうして存在しているのかということだった。
あの戦いで闇の欠片は消えたはず。
それなのに、目の前には、成長した二人がいる。
その理由が、知りたかった。
答えは、私が想像していたより、ずっと長い時間につながっていた。
消えたあとの残滓が、ヘルカイザーさんへ吸収されたこと。
記憶に相当する情報が残っていて、それを修復し、新しい身体が与えられたこと。
かつてとは違う仕組みで、彼女達が、もう一度、動けるようになったこと。
それだけでも、簡単には信じられない話だった。
だけど、彼女の話は、そこで終わらなかった。
ガルデローベ社で、働くことになった。
レティシアさんに魔法を教わり、ヘルカイザーさんと模擬戦をして、三人で、少しずつ連携を覚えた。
荷物を運んで騒ぎになった朝も、魔力の加減を叱られた午後もあった。
そして、ミリアちゃんと、一緒に遊んだ。
休憩室へ集まって、眠っている彼女を起こさないよう、声を小さくした。
そういう、何でもない日々を、過ごしていた。
私は、セリシアを見つめた。
いまここにいる理由として聞き始めた話の中に、仕事や訓練だけじゃなく、そんな時間まであるとは思わなかった。
自分達が知らなかったところで、彼女達には、暮らしがあったんだ。
消えたあとも、続いていた。
私が、もう会えないと思った、その先に。
それを知ったとき、胸の中にあった驚きが、少しずつ、別のものへ変わっていった。
分からなかった仕組みについて、説明を受けただけじゃない。
目の前の彼女が、いまの彼女になるまでに、どんな時間を過ごしたのかを聞いたんだ。
彼女が話す三人の姿は、いつも、戦うためだけに並んでいたわけじゃなかった。
仕事をしていて困ったことが起きれば、名前を呼ぶ。
教えられたことを試して、できれば嬉しくなる。
誰かが加減を間違えたら、叱られるし、隣で見ていた相手が笑ってしまうこともある。
特別な力を持っている彼女達にも、そういう日があった。
話を聞いている間、その光景を、何度も思い浮かべた。
私が知っていた頃のままでは、少し、想像しにくい姿もあった。
でも、目の前の彼女が、その時間を過ごしたんだと思うと、少しずつ、つながって見えてきた。
私達も、あの戦いのあと、毎日を過ごしてきた。
会っていなかった間のことを、ひと言で伝えられるわけじゃない。
同じように、彼女達にも、私が知らない日が、重なっていたんだ。
成長した姿を見たときには、その変化に驚くばかりだった。
いまは、その姿へ至るまでの時間を、少し、知ることができた気がした。
もう会えないと思っていたからこそ、知らない時間があったと分かったこと自体が、不思議だった。
だけど、彼女が語る最後の願いは、私にも、分かる気がした。
誰かと過ごす場所を、失いたくない。
その言葉だけは、知らない仕組みについて聞くときと同じようには、受け止められなかった。
自分にとって大切な人達の顔が、自然に、頭をよぎったから。
だけど、同時に、どうしても驚いてしまうことがあった。
あの、ヘルカイザーさんが。
犯罪魔導師へ、ひどいことをしていた人。
こちらが止めようとしても、正当防衛だと笑っていた人。
アルカディアへハブを放ち、人々を怖がらせた人。
その人が、新しい身体を与え、働く場所と、学ぶ機会を用意していた。
ミリアちゃんと、鬼ごっこをしていた。
彼女が眠ったら、起こさないように、動かずにいた。
(……本当に、同じ人なの?)
話を聞いていて、何度か、そう思ってしまった。
私が実際に見た姿と、すぐには、結び付かない。
白い小さな身体も、穏やかな声も、きっと、そのままなんだと思う。
だけど、その声で話している内容も、向けられる笑顔の意味も、私が知っているものとは、違って聞こえた。
だからといって、セリシアが嘘をついているようには、見えなかった。
むしろ、話しているときの顔は、穏やかだった。
誰かを信じさせるために、急いで言葉を並べているような感じじゃない。
過ごしてきた時間を、自分の中で確かめながら、伝えている。
私には、そんなふうに見えた。
彼女達が覚えている、ヘルカイザーさん。
私が、この世界で出会った、ヘルカイザーさん。
どちらかを、聞かなかったことにはできなかった。
少なくとも、セリシアにとって、その日々は、大切なものなんだろう。
最後に語った、失いたくないという気持ちも。
私は、まず、そのことへ答えたかった。
「……セリシア」
名前を呼ぶと、彼女がこちらを見た。
以前と似た顔立ちなのに、いまは、その表情の中へ、聞いたばかりの時間が重なって見える。
「あなた達……幸せだったんだね」
私の言葉に、彼女は、少しだけ目を細めた。
「……ええ」
小さな微笑みだった。
「少なくとも、あの方のもとで過ごした時間は……悪いものではありませんでした」
私は、そっと息を吐いた。
そっか。
やっぱり、そうなんだね。
もう会わないと思っていた相手が、ここにいる。
身体を得て、学んで、働いて、笑っていた。
強くなりたいという願いだけじゃなく、一緒に過ごす人達を大切に思うようにもなっていた。
そのことを、彼女自身の声で聞けた。
不思議な気持ちだった。
懐かしいだけでも、ただ嬉しいだけでもない。
知らない時間の分だけ、私の前にいる相手が、以前より、はっきり見える気がした。
彼女の言葉を、否定したいとは思わなかった。
過ごした日々が悪くなかったと言うなら、それは、彼女が自分で知っていることなんだろう。
私の知らない場所で、確かに、そういう時間があった。
そこへ、なかったことにするような言葉を返すつもりはなかった。
でも。
聞き終えたいま、変えられないことも、あった。
私は、アークレイを握り直した。
手の中にある感触を、もう一度、確かめる。
目の前にいる彼女を知ることと、この世界で起きたことを見過ごすことは、同じじゃない。
「……それでも」
セリシアの視線が、私の手から、顔へ戻る。
「いま、ヘルカイザーさんがしていることは、止めないといけない」
言い切った。
街で怖い思いをした人達がいる。
巻き付くハブから逃れられずにいた人も、助けを求めていた人も。
ガーディアンを制圧するという言葉も、彼自身が口にしたものだった。
そのことは、彼女達の話を聞く前と、変わっていない。
誰かにとって大切な人だから、止めなくてもよくなるわけじゃない。
だけど、止めるために、その人が誰かへ与えたものまで、否定する必要もないんだと思った。
いま私がしなければいけないことは、分かっていた。
彼女の前で、その答えを曖昧にはできなかった。
セリシアは、静かに、こちらを見つめた。
「……そうでしょうね」
怒ったような声じゃなかった。
驚きも、なかった。
私がそう言うことを、初めから分かっていたような顔だった。
「あなたなら、そう答えると思っていました」
「……セリシア」
私は、彼女の名前を、もう一度呼んだ。
声へ、どんな気持ちを込めたのか、自分でも、すぐには分からなかった。
ただ、話を聞いたあとでも、向き合うことになる。
そのことを、二人とも、理解しているんだと感じた。
「ですから……」
彼女が、ゆっくりとデバイスを構えた。
先ほどまで、自分の日々を語っていた顔に、静かな闘志が宿る。
別の誰かへ変わったようには、見えなかった。
穏やかな時間を大切にしている、その彼女が、いま、私へ向かっている。
「今度は、私が、あなたの力を確かめさせていただきます」
私も、彼女を見つめた。
どうして再び存在しているのか、その答えを聞いた。
だけど、彼女が私へ向かってくる理由は、それだけじゃなかった。
「かつて交わした、約束ではない約束……」
セリシアの口元が、わずかに緩んだ。
「今度こそ、あなたと対等に戦ってみせます」
私は、覚えていた。
彼女が、光となって消えていったときのこと。
次にまみえることがあれば、決して砕け得ぬ力を手にして、もう一度戦いたい。
そう、私へ伝えた。
私は、待っているとは言えなかった。
次があるとは、思っていなかったから。
あの場で、もう一度戦うと、約束したわけじゃない。
それでも、彼女が、そう願ったことは覚えていた。
あのとき交わした言葉を、彼女は、覚えていた。
ただ記憶として残っていただけじゃなく、その先へ進むための願いとして、持ち続けていたんだ。
私の方では、また会う日を考えることも、できなかった。
その間に、彼女は、もう一度向き合うときの自分を思い描いていた。
いま、対等に戦うと口にしたのは、その彼女だった。
どれだけ変わったかを、説明するだけで終わらせたくないんだろう。
聞いてほしいことを伝えたあと、今度は、見てほしいものを構えている。
私は、その目を見ていた。
怖がっているようには、見えなかった。
気負い過ぎて、相手の顔が見えなくなっているようでもない。
私が、どう答えるかを、まっすぐに待っていた。
再会できたことを嬉しく思うなら、なおさら、昔の相手としてだけ見てはいけない。
そう感じた。
会えなかった間に彼女が得たものを、こちらの記憶で小さくしてしまわないように。
もう一度戦いたいという願いへ、いまの私自身で答えるために。
その願いが、いま、ここへつながっている。
身体を得たあとも、彼女は、私との再戦を望んでいた。
仕事をし、魔法を学び、仲間と過ごす時間の中でも、その願いを、なくしてはいなかったんだ。
私は、彼女のデバイスへ目を向けた。
そして、もう一度、顔を見る。
話の中の彼女を、ただ懐かしんでいるだけでは、いけない。
いまの彼女が、ここにいる。
その力を、見てほしいと構えている。
だったら、私も、いまの自分で応えよう。
消えていったときの姿を重ねたまま、相手を見るんじゃなくて。
生きて、学んで、ここへ来た、目の前の彼女と向き合おう。
「……分かった」
私は、小さく頷き、アークレイを構えた。
「私も、全力でいくよ!」
その瞬間、セリシアの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「……ありがとうございます」
静かな返事だった。
そして、すぐに、視線が鋭くなる。
「では……参ります!」
デバイスの先に光が集まり、魔力弾が放たれた。
さっきまでの会話の間を、その一発が貫いてくる。
私は、横へ飛んだ。
身体のすぐ脇を、攻撃が通り過ぎる。
かわした動きの中で、アークレイを向け直した。
こちらからも、魔力弾を放つ。
セリシアが、身体をひねった。
私の一発が、その横を抜ける。
避け終えたところから、また、彼女の意識がこちらへ向く。
会話を終えてから動き出すまでに、迷いは見えなかった。
速い。
私は、彼女の動きを追った。
ただ、移動の速さだけじゃない。
攻撃をかわし、次へ向くまでの流れが、滑らかだった。
大きく身体を流し過ぎず、余分な動きを残さない。
無駄の少なさが、そのまま、次へ動ける早さになっていた。
かわした直後には、次のために身体の向きが整っている。
私は、自分の一発が通った場所と、彼女がいまいる場所を、続けて見た。
さっきまでそこにいた、と考えてから狙い直していては、また遅れる。
彼女の移動は、すでに、次の攻防へつながっていた。
私は、アークレイの向きを調整した。
目の前の姿だけを追うんじゃなく、その動きの続きを見なければいけない。
それでも、先読みしたつもりになって、彼女が必ずそこへ来ると決めてしまえば、外されるだろう。
見て、対応しながら、こちらからも働き掛ける。
最初の一度の応酬だけで、その集中を求められていた。
会話をしていたときの穏やかな顔が、頭には残っている。
でも、その人が、目の前で、鋭い動きを見せている。
どちらかが嘘だったわけじゃないんだ。
彼女の声を聞いたときと同じように、この動きも、ちゃんと受け止めようと思った。
魔力の制御も、正確だった。
こちらへ向けられる力に、ためらいによる乱れは感じない。
話の中で、教わったと言っていたこと。
それが、いま、彼女の扱う魔法の中に表れているようだった。
(……本当に、強くなったんだね)
私は、思わず、小さく微笑んだ。
聞いた話を、いま、自分で確かめている。
彼女が過ごしてきた時間は、言葉だけじゃなかった。
私の攻撃をかわす、その動きにも、確かにあった。
だけど、感心しているだけではいられない。
彼女の視線は、こちらの動きを見ている。
少しでも対応が遅れれば、次の攻撃が来るだろう。
全力でいくと言ったばかりだ。
言葉だけで終わらせるつもりは、なかった。
「……いくよ、セリシア!」
「望むところです!」
魔力弾が、再び交差した。
互いの攻撃がぶつかり、空中へ、明るい光が弾ける。
ドォンッ!
爆風が、二人の間を押し広げた。
髪が揺れ、視界の中に、光の名残が走る。
その向こうに、セリシアの顔が見えた。
真剣な表情だった。
光が弾けた場所だけを見ていたら、その先の彼女を見失ってしまう。
私は、吹き寄せる風の中で、相手の輪郭を追った。
髪が頬をかすめる。
アークレイを持つ手には、さっき放った魔力の感覚が、まだ残っていた。
その感触へ気を取られ過ぎず、次へ備えようとした。
当てられたかどうかを確かめることも、次の攻撃へ備えることも、同じ時間の中にある。
訓練用の標的へ放つときのように、一発ごとに落ち着いて結果を眺めてはいられない。
こちらの魔法が相手へ向かう間にも、彼女は、こちらを見ている。
いまの攻撃へどう応じたかで、次の距離も、狙える場所も変わっていく。
それでも、彼女の表情が見えたことは、少し嬉しかった。
消えていった相手の声を思い出すだけではなく、いま動いている相手の顔を、自分の目で見られる。
そのことに感じるものは、あった。
だけど、嬉しいから、手を緩めるんじゃない。
ちゃんと向き合うと答えた気持ちを、そのまま、次の動きへつなげよう。
そう思いながら、私は、彼女の位置を確かめていた。
私は、アークレイを握る手へ、意識を戻した。
懐かしい相手と会えた喜びも、話を聞いた驚きも、消えたわけじゃない。
でも、いまは、その相手が放つ一撃へ、応えなければいけない。
うん。
今度こそ、ちゃんと、あなたと向き合って戦おう。
◇ ◇ ◇
少し離れた空では、レイとリュミナも向かい合っていた。
同じようによく似た顔立ちを持ちながら、二人の構えは、それぞれ違う。
金色の髪を風へなびかせ、レイは、相手の動きに注意を向けていた。
対するリュミナは、攻め込む機会を楽しみにしているように、目を輝かせている。
「いっくよー!」
言葉とともに、リュミナが飛び出した。
勢いのある、鋭い接近だった。
水色の髪が流れ、二人の距離が、一気に縮まる。
レイは、咄嗟に身体をひねった。
そのすぐ横を、攻撃が通り抜けた。
ほんの短い間に、相手の姿が、正面から脇へ移る。
速さへ対応しようとする意識と、身体の動きが、ほとんど同時だった。
「おっとっと!」
リュミナは、空中で姿勢を立て直し、すぐに振り向いた。
勢い任せに遠くへ流れていくことはなかった。
かわされたあとの動きにも、相手を見失わないための速さがある。
「へへっ! 今のを避けるなんて、やるじゃん!」
彼女は、楽しそうだった。
避けられたことへ、気落ちする様子はない。
相手が対応してみせたことも、戦う手応えの一つとして受け取っているようだった。
「……リュミナ」
レイは、構えを取り直した。
視線は、その顔から外さない。
「あなたも、前より速くなってるね」
「当たり前だよ!」
得意げな笑顔が、返ってきた。
「僕だって、ずっと遊んでたわけじゃないんだから!」
「……そう」
レイの表情が、わずかに柔らかくなった。
話を聞いたときには、想像するしかなかった日々。
その間に、この相手は、確かに変わっていた。
いまの一度の接近だけでも、以前と同じつもりでいてはいけないことが分かる。
昔と同じ距離のつもりで待てば、間に合わなくなる。
レイは、いま見た速さを、自分の中で確かめ直していた。
接近するときだけではない。
通り過ぎたあと、相手へ向き直るところまでが早い。
避けられたことを受け止め、そこから動き直すまでに、長い間がないのだ。
それでも、リュミナの声には、以前を思い起こさせるものがあった。
自信を隠さず、こちらへ向けてくる。
いまのを避けたのかと笑い、さらに挑もうとしている。
変わっていないと感じる部分があるからこそ、速くなった動きまで、前と同じ感覚で扱わないようにしなければならなかった。
リュミナは、学んできたと話した。
そして、いま、それを、動きで示している。
聞いた話を、目の前の相手として認めることは、レイにとっても必要だった。
懐かしい再会のままで、時間を止めておくことはできない。
相手は、いまの力で向かってきているのだから。
だが、強くなったと認めることは、負けると決めることではない。
レイは、次の動きへ意識を向けた。
「だったら……私も、負けられないね!」
魔力弾を、放つ。
光が、リュミナへ向かって飛んだ。
さっきの速さを見て、ただ待ち受けるだけではいけない。
こちらからも、相手へ対応を求める。
「おっと!」
リュミナが、軽やかに身体を傾けた。
攻撃をかわすと、そのまま、また、距離を詰める。
防いでから考えるのではなく、避けた動きを、次の攻めへつないでいた。
「そっちこそ!」
レイは、その動きを追った。
先ほどよりも、相手へ向ける意識が鋭くなる。
懐かしさだけでは対応できない速さが、目の前にあった。
「昔と同じだと思わないでよね!」
リュミナの声が響いた。
レイも、その言葉を、疑ってはいなかった。
だからこそ、いま動く相手の姿を見て、次へ備えた。
二つの影が、空中で交錯する。
距離が開き、また、詰まる。
互いの魔力がぶつかるたびに、光が弾けた。
その光の中でも、二人の動きは止まらなかった。
◇ ◇ ◇
私は、一瞬だけ、そちらへ視線を向けた。
レイの金色の髪と、リュミナの水色の髪が、空中で位置を変えている。
速い。
でも、レイも、相手の動きへ対応できているようだった。
そのことを確かめ、ほんの少し、安心した。
(……レイも、大丈夫そう)
そう思った、そのときだった。
「よそ見ですか?」
セリシアの声。
私は、すぐに視線を戻した。
魔力弾が、目の前まで迫っていた。
「わっ!?」
慌てて、障壁を展開する。
キィンッ、と、魔力の壁が広がった。
間に割り込んだ魔力の壁が、視界の中で光った。
いまは、かわすための余裕を探すより、目の前の一発を受け止める方が先だった。
遠くへ目を向けた時間は、ほんの少しだったはずだ。
その短さを、言い訳にできない距離まで、彼女の攻撃は来ていた。
私は、展開した障壁へ意識を向け、衝突へ備えた。
その直後、攻撃がぶつかった。
衝撃が、腕へ伝わる。
「……くっ!」
押し込まれる感覚を受け止めながら、私は、障壁を保った。
間に合った。
でも、本当に、ぎりぎりだった。
少しでも戻すのが遅ければ、そのまま受けていたかもしれない。
息を整えながら、私は、セリシアを見た。
彼女は、こちらへ小さく微笑んでいた。
「戦闘中のよそ見は、危険ですよ。いろはさん」
言い返せない。
私は、苦笑いを浮かべた。
「……うん。そうだね」
分かっていたつもりだった。
全力で応えようと、さっき考えたばかりだ。
それなのに、ほかの方を確かめる、ほんの一瞬を突かれた。
彼女は、その隙を見逃さなかったんだ。
知っている相手だからといって、その強さまで、昔の記憶へ置いてはいけない。
言葉では、そう受け止めたつもりだった。
だけど、気持ちを向けていることと、実際に集中を保てていることは、同じじゃなかった。
そのことを、いま、目の前の一撃で教えられた。
私は、アークレイを構え直した。
「ごめんね。今度は、ちゃんと集中するよ!」
「……ええ。そうしていただけると、嬉しいです」
セリシアが、静かに頷いた。
落ち着いた声と、真剣な視線。
その両方が、いま、私へ向いていた。
やっぱり、あの頃と変わらないと感じるところがある。
でも、確かに、成長している。
その二つは、一緒にあるんだね。
話を聞いたときにも、そう感じた。
いまは、戦って、同じことを確かめている。
だったら、私も、ちゃんと応えよう。
彼女が見てほしいと願っているのは、いまの力なんだ。
私も、いまの自分を、まっすぐに向ける。
懐かしい相手との、約束ではなかった再会。
それでも、ここで、互いに構えたことは確かだった。
彼女が望んだ時間の先に、いま、私は立っている。
もう一度戦えることを、ただ、懐かしい出来事で終わらせたくはなかった。
彼女が求めていた再戦は、もう、始まっている。
そのことを、いま、あらためて感じた。
全力で向き合うと答えたあとにも、こちらの意識を、何度でも、相手へ戻さなければいけない。
最初に決めたから、最後まで自然に続くというものじゃなかった。
私の前にいるのは、いま、私の隙を突いた相手だ。
昔の記憶でも、聞いたばかりの話の中の姿でもない。
ここで呼吸をし、魔力を扱い、こちらの動きを見ている。
その人へ、次の一撃を向ける。
私は、視線を定め直した。
私は、アークレイへ魔力を集中させた。
狙いを、目の前の相手へ定める。
どんな動きで来るかを、最後まで見よう。
こちらの一撃へ、どう応えるかも。
「はああっ!」
魔力弾を、放った。
光が、セリシアへ向かって、まっすぐに走る。
私は、その先を、見つめていた。
もう、ほかへ目を向けない。
目の前にいる、いまのあなたと、全力で向き合うために。
――第55話・了――




