↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/90

第51話 技術開発部長、叱られる



時系列:過去回想――ガルデローベ社での新生活。魔法の訓練を受けるようになってから、さらに数日後。


 その日の研究所は、朝から、少々騒がしくなっていました。


 リュミナが荷物を積み過ぎたのでしょうか。

 あるいは、王が、何かに声を張り上げているのでしょうか。

 これまでのことを思えば、そういう可能性もあったのですが、今回、聞こえてきた声は、そのどちらでもありませんでした。


「ヘルカイザー!」


 レティシアさんです。

 しかも、随分と、お怒りのようでした。


 私は、作業の手を止めました。

 名前を呼ぶだけで、ここまで事情が伝わるものなのですね。

 何か用事があって、姿を探している声ではありません。

 問い掛けをしようとしている、というだけでもない。

 呼ばれた方が、これから、何かを説明しなければならない。

 そのことだけは、姿が見えなくても分かりました。


 声は、廊下の向こうから聞こえてきます。

 私は、少しだけ顔を上げ、そちらへ意識を向けました。


「また、勝手に危険な実験をしたでしょう!」


 ……なるほど。

 騒がしさの原因は、実験でしたか。


 詳しい内容までは、分かりません。

 どのような装置を使い、何を確かめようとしたのか。

 いま聞こえた言葉だけで、そこまで想像することはできませんでした。

 ただ、レティシアさんが危険だと考える何かを、彼が行った。

 それで注意を受けているのだということは、分かります。


 それから、もう一つ。

 彼女は、また、とおっしゃいました。

 その短い言葉には、初めてではないという響きがありました。

 説明を一から聞く前に、すでに、ため息をつきたくなっている。

 声からは、そのようにも感じられました。


「おやおや……人聞きが悪いですねぇ♪」


 対して、返ってきた声は、いつもどおりでした。

 ヘルカイザーさんです。

 あれほどはっきりと名前を呼ばれ、危険な実験をしたと指摘されても、調子が変わりません。

 穏やかで、どこか楽しそうですらありました。


 レティシアさんの声が、すぐに続きます。


「人聞きの問題じゃないわ!」


 確かに。

 どう聞こえるかではなく、何をしたかについて、お話ししているのでしょう。

 私は、まだ、姿の見えない二人のやり取りを聞きながら、そっと頷きました。


 技術開発部長としての彼が、研究に取り組んでいることは知っています。

 私達を再生した仕組みも、彼が作り上げたものでした。

 見慣れない設備が並ぶ研究所で、何をしているのか分からないものの方が、私には、まだ多いのです。

 ですが、私に分からないことと、彼女が注意しなくてよいことは、同じではありません。


 どうやら、レティシアさんには、見過ごせない点があったのでしょう。

 その点を指摘されている相手は、少しも慌てていないようでしたが。


「安全確認は、しておりますよ?」


 ヘルカイザーさんが、言いました。

 きちんと確かめた。

 そのことを説明しているのでしょう。

 ですが、レティシアさんは、それで納得した様子ではありませんでした。


「その安全確認が、あなた基準なのが問題なのよ!」


 私は、少し、考えました。


 彼にとって、安全かどうか。

 それと、ほかの誰かにとっても安全かどうか。

 そこに違いがあるという話でしたら、私にも、思い当たるものがあります。


 あの闇から戻ったとき、私達は、息を切らしていました。

 立っているだけでも、身体が重いほどでした。

 ところが、彼は、物足りないと言ったのです。

 同じものを前にしても、受け止め方が、あまりに違う。

 その差を、私は、確かに知っています。


 今回の実験が、それと同じものだったという意味ではありません。

 内容を知らない私に、そう言うことはできません。

 ただ、あなた基準、という一言の意味だけは、妙に分かる気がしました。


 本人が大丈夫だから、ほかの方も大丈夫。

 その考え方が、必ずしも通じない相手ではあるのでしょう。

 それを指摘できるレティシアさんが、今、目の前にいらっしゃるようです。


「……ふむ」


 彼の声が、少しだけ間を置きました。

 考えているのでしょうか。

 そのまま、静かになるかと思ったところで、返事がありました。


「なるほど。一理ありますね♪」


「一理どころじゃないわ!」


 返ってくる言葉が、早い。

 私は、口を閉じたまま、二人の声のした方を見ていました。

 どうやら、今回も、レティシアさんの方が優勢のようですね。


 彼は、いったん頷いたようでした。

 ですが、その頷き方までが、彼女の望んでいたものとは少し違ったのでしょう。

 なるほど、と感心するより、まず、注意していることを受け止めてほしい。

 そんな気持ちも、あるのかもしれません。


 声だけを聞いている間は、二人の顔を、こちらで想像するしかありませんでした。

 レティシアさんの表情は、何となく分かる気がします。

 眉を寄せ、相手を見据え、その返事へ、また言葉を重ねているのでしょう。

 一方、ヘルカイザーさんの方は、声が変わらないので、かえって、よく分かりません。

 注意を受けているという状況と、耳に届く穏やかさが、少々、合っていないのです。


 どのようなお顔で、それをおっしゃっているのでしょう。

 そう思ったのも、様子を確かめたくなった理由でした。

 大きな声を聞いて、ただ騒ぎが起きていると考えただけではありません。

 あの方が、何をしているのか。

 ここで過ごすようになってから、そのことが、以前とは違う意味で気になる場面が増えていました。


 私は、そっと様子を覗きました。


 そこには、レティシアさんを見上げる、小さな白い姿がありました。

 黒い翼は、背中へ畳まれています。

 両の前脚を後ろへ回し、彼女の前にいる。

 声だけでも事情は伝わってきましたが、姿を見れば、さらに分かりやすい光景でした。


 まるで、先生に叱られている子供のようです。


 ……いえ。

 あの方は、技術開発部長なのですが。


 自分でそう考えてから、もう一度、見てしまいました。

 肩書は、知っています。

 実力も、少なくとも、自分達を圧倒できることは知っています。

 それでも、いま、目の前にいる姿から受ける印象は、そのどちらとも違いました。


 叱る方と、叱られている方。

 並び方も、向き合う距離も、あまりに分かりやすいのです。

 しかも、叱られている方は、困り切った表情をするでもなく、いつものように顔を上げています。

 そのことが、レティシアさんの疲れを増やしているようにも見えました。


 彼が、小さな姿をしているからでしょうか。

 見上げて話す形になると、なおさら、そう見えるのかもしれません。

 ですが、見た目だけではない気もしました。

 彼女は、彼が強いことを知らずに注意しているわけではないのでしょう。

 そのうえで、言うべきことを、言っているのです。


 私は、そこが少し不思議でした。

 闇へ耐えられるかどうかでは、私達は、彼へ及びませんでした。

 模擬戦でも、まるで相手にならなかった。

 けれど、いま交わされている話では、その強さを示して何かが解決するようには見えません。


 彼が、実験を行った。

 彼女は、そのことへ注意している。

 話は、それでした。

 どちらがより大きな力を持っているかを、確かめる場面ではないのです。


 その違いを見ていると、ここで働くようになってから目にすることには、まだ、私の知らない種類のものがあるのだと感じました。

 もっとも、いまは、感心して眺めているだけでよい光景なのか、少し迷うところでしたが。

 少なくとも、私が口を挟む話ではなさそうです。


「まったく……」


 レティシアさんが、額へ手を当てました。


「あなたは、少しは、自分の立場を考えなさい」


「考えていますよ♪」


 返事に、迷いはありませんでした。

 すぐに答えるあたり、ご本人としては、そうなのでしょう。

 ですが、彼女が尋ねたいのは、考えたという言葉だけではなかったようです。


「だったら、どうして毎回、こうなるのよ!」


 返答に、当然の問いが重なります。

 私も、その先の説明を待ちました。

 彼が、どのように考えて、その結果が、いま叱られている状況へつながったのか。

 そこが分かれば、レティシアさんも、少しは納得できるのでしょうか。


 ヘルカイザーさんは、少し考えるようにしました。


「ふむ……研究に、熱中してしまいましてねぇ♪」


「理由になってない!」


 今度も、返事は、すぐでした。


 ……なるほど。

 確かに、そのとおりですね。


 熱中したことは、分かりました。

 けれど、それでは、注意された点への答えにはなっていないのでしょう。

 興味があったから。

 研究を進めたかったから。

 その気持ちと、どう進めるべきかという話は、別です。


 私は、先日の訓練を、少しだけ思い出しました。

 少し本気を出しただけだと、王が答えたときのことです。

 本人がどういうつもりだったかと、起きたことへの注意は、別の話でした。

 いま、ヘルカイザーさんが答えた言葉も、どこか、それに似ている気がします。


 ただし、こちらは、私達を教えることもある方です。

 魔法の出力について注意される側とは、少し立場が違うのですが。

 それでも、レティシアさんの前では、説明の足りないところを、きちんと指摘されてしまうようでした。


 彼は、笑顔を浮かべています。

 怒鳴り返すわけでも、話を打ち切ってしまうわけでもありません。

 そこに留まり、返事をしている。

 その様子を見ていると、レティシアさんのお話を聞く気がないわけでは、ないのでしょう。

 ただ、返ってくる言葉が、そのたびに、彼女の眉を動かしているのです。


 聞いていることと、聞き入れたと伝わることは、違うのかもしれません。

 私には、彼がどこまで反省しているのか、表情からは読み取れませんでした。

 少なくとも、普段と変わらない調子であることは、分かりましたが。


 そんな二人の間へ、新しい声が届きました。


「ヘルー!」


 よく通る、元気な声です。

 ミリアさんでした。


 私は、そちらへ目を向けました。

 彼女が、こちらへ駆け寄ってきます。

 先ほどまでの会話とは、まったく違う調子でした。

 叱るためでも、実験について尋ねるためでもない。

 ただ、会いたい相手を見つけたような声です。


「……おや?」


 ヘルカイザーさんも、顔を向けました。


「ヘル! 遊ぼー!」


 ミリアさんは、まっすぐに、そう告げました。

 難しい前置きは、ありません。

 実験の内容を確かめる言葉も、研究所の責任者としての立場へ向けられた注意もない。

 遊ぼう。

 それだけでした。


 ヘルカイザーさんは、先ほどまでと同じように、微笑みました。


「良いですよ♪」


「やったー!」


 返事をもらったミリアさんが、嬉しそうに声を上げます。

 あまりに、あっさりと決まりました。

 そのまま見ていれば、これから遊びへ出掛けるだけの、何でもないやり取りです。


 ですが、私は、レティシアさんへ目を向けました。


 まだ、いらっしゃいます。

 もちろん、立ち去ったわけではありません。

 話も、終わっていなかったはずでした。


 私が口を挟む必要は、ありませんでした。

 彼女自身が、静かに呼び掛けたからです。


「……ちょっと、ヘルカイザー」


「はい?」


「まだ、話は終わってないわよ?」


「……おや」


 ヘルカイザーさんが、小さく首を傾げました。

 その仕草だけを見れば、いま気付いたようにも見えます。

 実際に、忘れかけていたのかどうかは、私には分かりません。

 ただ、ミリアさんへ返事をしたことで、それまでのお話まで終わるわけではないのです。


 当然のことでした。

 そして、その当然のことを、きちんと口にしなければならないレティシアさんは、少々、大変そうでした。


 ヘルカイザーさんは、ミリアさんへ向き直りました。


「ミリア。少々、お待ちくださいね♪」


「えー?」


 ミリアさんが、頬を膨らませます。

 一度、良いと言われたのですから、すぐに遊べると期待したのでしょう。

 嬉しそうだった顔に、今度は、待たされることへの不満が浮かびました。


「また、お仕事?」


 その問いに、私は、少し考えました。

 いま受けている注意を、お仕事と呼ぶのでしょうか。

 研究所での仕事について注意されているのですから、関係がないわけではありません。

 ですが、それを理由に待ってほしいと説明すると、何やら、いつもどおりに仕事中だったようにも聞こえてしまいます。


 彼が、どう答えるのかを見ていました。


「ええ。少々、レティシアさんに、お説教を頂いておりまして♪」


 ……そのまま、おっしゃるのですね。

 しかも、笑顔で。


 私が答える立場でなくて、よかったと思いました。

 仕事と言われているものの、いまは叱られているところです。

 その二つを、どのように説明すればよいか考える必要が、なくなりましたので。

 ご本人は、まったく隠すつもりがないようでした。


 頂いている、という言い方も、彼らしいものでした。

 丁寧ではあります。

 ですが、その丁寧さで、状況の少々情けない部分まで消えるわけではありません。

 ミリアさんが遊ぼうとやって来て、待たされる理由が、それなのです。


 彼女は、レティシアさんを見上げました。


「お母さん……」


「……何?」


「ヘル、悪いことしたの?」


 簡単な問いでした。

 安全確認をしたかどうか。

 その確認が、誰の基準だったのか。

 研究へ熱中したことが、理由になるのか。

 さっきまで、そういう言葉が交わされていた場所へ、別の問いが置かれました。


 悪いことを、したのか。


 ミリアさんは、先ほど、遊べると知って喜んでいました。

 そして、待ってほしいと言われ、残念そうにした。

 その気持ちは、まだ、あるのでしょう。

 けれど、早く遊びたいから話を終わりにしてほしい、と言うのではなく、いま何が起きているのかを、お母さんへ確かめています。

 その問い方が、印象に残りました。


 彼女は、実験についての説明を聞くために来たわけではありません。

 ですから、詳しい内容へ入り込まず、悪いことをしたのかと尋ねた。

 自分が知りたいことを、知りたい形で、口にしたのです。

 それまでの言い合いを聞いていた私には、その簡潔さが、少し新しく聞こえました。

 問い掛けの形が変わるだけで、待っている返事も、変わるものなのですね。


 私は、二人の顔を見ました。

 ミリアさんは、難しい理屈を問いただしている様子ではありません。

 ヘルカイザーさんが叱られている。

 ならば、悪いことをしたのだろうか。

 それを、お母さんへ確かめたのです。


 レティシアさんは、短く答えました。


「……ええ。少しね」


「そっかぁ……」


 ミリアさんは、少し考え込みました。

 私は、その表情を見ていました。

 遊ぶのを待つことになった理由が、ようやく分かったのでしょう。

 ですが、そのあと、彼女が何を言うのかまでは、まだ、想像していませんでした。


 ヘルカイザーさんへ、顔が向きます。


「じゃあ、ちゃんと、ごめんなさいしないと駄目だよ?」


 その言葉を聞いて、彼の動きが、一瞬だけ止まりました。


 ほんの、わずかな間でした。

 ですが、ずっと彼を見ていた私には、分かりました。

 先ほどまでは、問われれば、すぐに返していました。

 安全確認はしている。

 自分の立場も考えている。

 研究へ熱中していた。

 どの返事も、滑らかに出てきていたのです。


 それが、今は、一度、止まりました。


 ごめんなさいしないと駄目。

 その言葉へ、すぐに説明が返ってこなかったのです。


 私は、何も言わずにいました。

 ミリアさんも、彼を見ています。

 叱られている理由を聞き、それなら謝らなければいけないと伝えた。

 彼女にとっては、それで十分だったのでしょう。

 私には、その短さが、少し意外でした。


 ヘルカイザーさんは、小さく頷きました。


「……ふむ。そうですねぇ♪」


 声は、いつもの穏やかなものでした。

 ですが、今度は、別の説明を重ねることはありませんでした。

 ミリアさんへ向けていた身体を、レティシアさんの方へ戻します。


 黒い翼が、軽く広がりました。

 右の前脚が、胸元へ添えられます。

 そのまま、静かに頭を下げました。


「申し訳ありません、レティシアさん♪」


 丁寧な、一礼でした。


 広がった翼の黒と、胸へ置かれた白い前脚。

 小さな動きでしたが、向き合っている相手へ、意識を向けていることは分かりました。

 それまでの、首を傾げて返事をする姿とは違います。

 礼をする間は、彼の言葉も、一つだけでした。

 安全だった理由を説明するのではなく、熱中した気持ちを話すのでもなく、申し訳ないと伝えています。


 私は、その変化を見ていました。

 ミリアさんの言葉のあと、何を考えたのかまでは分かりません。

 ですが、何をしたかは、見えます。

 考えが読めないからといって、いま起きた仕草まで、見過ごすことはありませんでした。



 つい先ほどまで、両の前脚を後ろへ回し、叱られていた方です。

 同じ小さな白い姿なのに、頭を下げる仕草は、よく整っていました。

 ふざけたように腰を折るのでも、形だけ慌てて済ませるのでもありません。

 右の前脚を胸へ置き、相手へ向かって、きちんと礼をする。

 その様子を、私は、静かに見ていました。


 レティシアさんは、しばらく、彼を見つめていました。

 すぐに、何か言葉を返すわけではありません。

 先ほどまでのやり取りが、そこで、いったん止まりました。


 私は、彼女がどう答えるのかを待ちました。

 謝ったから、何もかもなかったことになるわけではないでしょう。

 実験についての注意も、これからどうするべきかという話も、消えません。

 けれど、少なくとも、いままでとは違う返事が、彼から出ました。


「……はぁ」


 レティシアさんが、小さくため息をつきました。


「次から、気を付けなさい」


「承知しました♪」


 ヘルカイザーさんが、答えます。

 その言葉を聞いて、私は、少しだけ息を緩めました。

 どうやら、ひとまず、お話はまとまったようです。


 内容を全部知っているわけではない私が、何も問題はなかったと判断するつもりはありません。

 彼女は、次から気を付けるよう、伝えました。

 彼も、承知したと答えました。

 今、目の前で確かめられるのは、そのやり取りです。


 ただ、謝るまでに進んだこと自体が、先ほどまでとは違っていました。

 安全だという説明を返している間は、話が繰り返されていた。

 ミリアさんが一言、伝えたあと、彼は、頭を下げた。

 その流れが、私には、少し不思議に見えたのです。


 特別な技を使ったわけではありません。

 強さを示して、従わせたわけでもありません。

 ただ、悪いことをしたなら、謝らなければいけないと、彼女は言いました。

 それを受けて、彼は、そうした。


 それ以上の理由を、私は知りません。

 何かを決め付けて説明することも、できませんでした。

 ですが、こういう言葉に、こういう返事をする方でもあるのだと、見て知ることはできました。


 闇の中で、私達へ語り掛けていた声。

 模擬戦の前に、三人まとめて掛かってくるようにと言った声。

 そして今、申し訳ないと頭を下げたときの声。

 どれも、同じ方のものでした。


 どれか一つを知ったから、ほかを見なくてよいわけではないのでしょう。

 私は、そのことを、ここへ来てから、何度も感じています。

 強い。

 それは、確かです。

 ですが、その一言だけで、普段の姿まで説明し切れるわけではありませんでした。


 もっとも、そんなことを考えている間にも、待っていた方の気持ちは、次へ向かっていました。


「じゃあ、遊ぼー!」


 ミリアさんが、嬉しそうに笑いました。

 お説教が終わった。

 ならば、今度こそ、遊べる。

 その分かりやすい喜びが、顔いっぱいに表れています。


 ヘルカイザーさんも、にっこりと微笑みました。


「ええ♪ では、何をして遊びましょうか?」


 次から気を付けると答えた、すぐあとです。

 その切り替わりの速さに、私は、少しだけ目を瞬きました。

 とはいえ、先ほど、遊んでよいと返事をしたのも、彼自身でしたね。

 待ってもらっていた分、今度は、その話へ戻るのでしょう。


「鬼ごっこ!」


 ミリアさんが、答えました。

 こちらの返事にも、迷いはありません。

 何をしたいか、決まっていたのでしょう。

 ヘルカイザーさんは、少しだけ、興味を引かれたような声を出しました。


「……ほう?」


「ヘルが、鬼ね!」


 さらに、役まで決まりました。

 提案というより、楽しみにしていたことを、そのまま伝えているようです。

 私は、二人のやり取りへ目を向けていました。


 鬼ごっこ。

 追う方と、逃げる方。

 同じように動くという言葉を使っても、先日の模擬戦とは、違うのでしょう。

 少なくとも、ミリアさんの顔には、相手の力を見極めようとする緊張など、見えません。

 ただ、遊ぶことを楽しみにしています。


 ヘルカイザーさんが、小さく首を傾げました。


「おやおや……自分が、鬼ですか?」


「うん!」


 ミリアさんの返事は、明るいままです。

 彼が、ほかの役を望んでいるかどうかを気にしているようでもありません。

 ヘルが鬼。

 そうして遊びたいという気持ちが、まっすぐに伝わってきました。


 私は、ヘルカイザーさんの顔を見ました。

 追う役を引き受けるのでしょうか。

 役について、別の案を出すのでしょうか。

 そんな、小さな返事の続きを待つ自分がいることに、少し驚きました。


 少し前まで、私は、彼の力量を知りたがっていたのです。

 その答えが必要だと考え、実際に戦いました。

 今、見ているのは、遊びの誘いへどう答えるかという場面です。

 ですが、それも、彼がここで過ごしている時間の一つでした。


 ヘルカイザーさんは、楽しそうに笑いました。


「ふふっ……良いでしょう♪」


 引き受けたようです。


 ミリアさんへ向けられた笑顔は、先ほどまでと変わらず、穏やかでした。

 ただ、いまは、危険な実験について説明をしているわけではありません。

 レティシアさんへ、言葉を返しているところでもない。

 何をして遊ぶかを聞き、その相手に選ばれた役を引き受けた。

 それだけのやり取りでした。


 私は、少し離れたところから、二人を眺めていました。

 朝から、随分と、いろいろな声を聞きました。

 怒って名前を呼ぶ声。

 穏やかに説明を返す声。

 遊ぼうと誘う声。

 謝らなければいけないと告げる声。


 そのどれもが、同じ廊下で、同じ方へ向けられていたのです。

 ここでの生活は、私が想像していた以上に、いろいろな表情を見せてきます。

 力を求めて来た研究所で、技術開発部長がお説教を受け、そのあと、鬼役を引き受ける。

 誰かに話したところで、先にあの模擬戦だけを知っている方なら、すぐには信じないかもしれません。


 ですが、私は、見ていました。

 翼を畳んで叱られていた姿も、右の前脚を胸へ添えて謝る姿も、楽しそうに鬼ごっこを了承する顔も。

 その一つ一つが、いま、目の前で起きたことなのです。


 私は、つい先ほどの、レティシアさんを見上げる姿を思い返しました。

 あれから、まだ、それほど時間は経っていません。

 ですが、いま、ミリアさんへ向ける顔には、その場に留まってお説教を聞いていたときの印象が、もう、あまり残っていませんでした。


 ……まったく。

 先ほどまで、叱られていた方とは思えませんね。


――第51話・了――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。