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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第50話 レティシアの魔法教室



時系列:過去回想――ガルデローベ社で働き始めた頃、午後の訓練。


 午後の訓練所には、私達三人の姿がありました。


 仕事を終えれば、次は魔法の訓練です。

 研究室で書類へ目を向けていたときとは違う、張り詰めた気持ちで、私は前を見ていました。

 目の前には、訓練用の標的が並んでいます。

 その位置を確かめながら、今日、何を学ぶのかを考えていました。


 私達を指導してくださるのは、レティシアさんです。

 ヘルカイザーさんが、以前、名前を挙げていた方でした。

 魔道については彼女が教えてくださる。その言葉どおり、今、私達は、こうして指導を受けています。


 彼のもとで働くと決めたとき、私には、確かめたいことがありました。

 求めている力へ、どうすれば近付けるのか。

 白い魔導師にあって、私には足りなかったものは、何なのか。

 その問いは、今も、簡単に答えられるものではありません。

 けれど、分からないからといって、何もできないわけでもありませんでした。


 目の前に、教えてくださる方がいる。

 それならば、まず、聞くことです。

 自分ができると思っていることも、ほかの方から見れば、違うのかもしれません。

 あの模擬戦のあとでは、そのことを、以前ほど簡単に否定できなくなっていました。


「いい? リュミナ」


 レティシアさんが、彼女の前に立って言いました。


「うん!」


 リュミナの返事は、元気でした。

 前へ向けられた顔には、やる気があります。

 もっとも、返事がよいからといって、そのあとの話を素直に受け取るかどうかは、まだ分かりません。

 私は、隣から二人のやり取りを聞いていました。


「魔力の出力だけを上げれば、いいわけじゃないの」


 レティシアさんの言葉は、はっきりしていました。


「重要なのは、どれだけ正確に制御できるかよ」


 出力と、制御。

 どちらも、戦ううえで関係のあるものです。

 ですが、いま彼女が言いたいのは、力を大きくすることだけへ注意を向けてはいけない、ということでしょう。


 私は、リュミナの横顔を見ました。

 聞いてはいます。

 ただ、少し、言いたいことがありそうな顔でした。

 その予感は、すぐに当たりました。


「でもさー!」


 彼女が、少し不満そうに声を上げます。


「強い魔法なら、全部吹き飛ばせるんじゃない?」


 分かりやすい考え方でした。

 相手の防御より強い攻撃を放つ。

 邪魔をするものごと、まとめて吹き飛ばす。

 それで済むのであれば、出力を上げることは、確かに有効でしょう。


 ですが、そういう場面ばかりではない。

 レティシアさんが伝えようとしているのは、そちらなのだと思いました。

 私は、口を挟まず、彼女がどう答えるのかを待ちました。


「……リュミナ」


「うん?」


「それでは、またヘルカイザーに、簡単に避けられるわよ」


「うぐっ……!」


 見事に、効いたようでした。

 リュミナの肩が、目に見えて落ちます。

 さっきまでの不満を、そのまま押し通すことはできなかったのでしょう。

 具体的な相手の名前を出された途端、反論が続かなくなりました。


「……あれは、反則だよぉ……」


 弱くなった声で、彼女が呟きます。

 私は、その気持ちだけは、理解できました。


 私達三人で挑んでも、まともに攻撃を当てることさえできなかったのですから。

 リュミナが距離を詰めても、彼は、わずかに動くだけでした。

 私が砲撃を放てば、気付いたときには、別の場所にいました。

 そのことを思い出せば、理屈として正しい返答をする前に、あれは違うと言いたくなる気持ちも、分からなくはありません。


 けれど、反則だと言っても、結果は変わりません。

 彼へ攻撃が届かなかった。

 その事実は、残っています。


 どれほど強い魔法でも、当たらなければ、相手を倒せない。

 当てるために必要なのは、ただ威力を増すことだけではない。

 レティシアさんは、私達が実際に知っている出来事を使って、そのことを伝えたのでしょう。


 説明としては、的確でした。

 ただ、受け止めるリュミナにとっては、少々、耳に痛かったようですが。


 私も、あのときの自分を思い返しました。

 砲撃が爆発し、そのあと、背後から声がした。

 大きな音も、煙も、攻撃が届いたことの証明にはなりませんでした。

 見えていた結果だけで判断していれば、私は、肝心なことを見失っていたでしょう。


 強い力を放ったという、自分の感覚。

 それが、何をもたらしたかという、実際の結果。

 二つを同じものだと思ってはいけない。

 いま聞いている言葉は、私自身にも関係のあることでした。


 リュミナが叱られているから、自分は大丈夫。

 そのように考えられるほど、私は、もう、自信を持てませんでした。

 もちろん、できることが何もないと思っているわけではありません。

 ただ、できることの中にも、見直す余地はあるのでしょう。


 そう考えていたところで、レティシアさんが、こちらを向きました。


「セリシア」


「はい」


「次は、あなたよ」


 私は、静かに頷きました。


「分かりました」


 標的へ、向き直ります。

 自分の番になれば、聞いているだけでは、いられません。

 教えられたことを、どう受け取っているか。

 それも、自分の魔法に表れるのでしょう。


 私は、目の前に並ぶ標的を確かめました。

 位置と、距離。

 狙いを通すための角度。

 どの方向へ力を向け、どこへ届かせるか。

 頭の中で、一つずつ整理していきます。


 戦うときには、相手が動きます。

 ですが、今、目の前にあるのは、訓練用の標的です。

 その分、自分が何をしているのかへ、注意を向けることができました。

 狙いが定まっているか。

 力の集まり方に、乱れがないか。

 放つ直前まで、意識を保てているか。


 魔力を、集中させます。

 少しずつ、まとまりができていく。

 必要な形へ整えながら、私は、狙う場所を見つめました。


 外さないこと。

 そして、十分な力を届かせること。

 その二つを意識していました。

 いま思えば、すでに、その時点で、注意の向け方に偏りがあったのでしょう。

 ですが、そのときには、まだ、そこまで分かっていませんでした。


 集めた力へ注意を向けると、放つ前の、短い静けさがありました。

 魔法を使うことそのものは、知っています。

 ですが、使い慣れているからといって、準備の一つ一つを、いつでも細かく意識していたとは限りません。

 こうして訓練の場に立つと、普段ならまとめて済ませている動きの間にも、確かめるものがありました。


 標的を見ることと、魔力の状態を見ること。

 片方へ意識を寄せ過ぎれば、もう片方を、できているつもりで通り過ぎてしまう。

 目の前の一点へ当てようとするほど、そちらへ注意が引かれます。

 それでも、集めている力は、自分が扱うものです。

 放つところまで、そのまとまりを保たなければなりません。


 私は、二つを確かめました。

 そのときには、それで十分だと考えていました。

 必要以上のものを集めているかもしれないという見方は、まだ、薄かったのです。


 収束を確かめます。

 狙いも、定まっています。


「……いきます」


 魔力弾を、放ちました。


 バシュッ、と短い音が響きます。

 まっすぐに進んだ光が、標的へ達しました。


 ドンッ。


 中心へ、命中。

 私は、その結果を見ていました。

 狙った場所へ、届いています。

 力も、十分だったようです。


「……ふむ」


 悪くは、ありませんでした。

 少なくとも、外したわけではない。

 意図と違う方向へ飛んだわけでもない。

 魔力が途中で崩れるようなことも、ありませんでした。


 私は、もう一度、自分の放った魔法を思い返しました。

 収束させ、狙いを定め、撃つ。

 その流れに、大きな乱れがあったとは感じません。

 ひとまず、きちんとできた。

 そう受け止めかけたとき、レティシアさんの声がしました。


「セリシア」


 私は、彼女へ顔を向けました。


「今の攻撃、もう少し、無駄を減らせるわ」


「……無駄、ですか?」


 少し、意外でした。

 命中している。

 必要な威力も、出ている。

 それでも、見直すところがある。


 狙いを外したのであれば、分かりやすかったでしょう。

 威力が足りなければ、補うべきものも見えます。

 けれど、届いている魔法について、さらに無駄を減らすと指摘される。

 私は、今の一発を、別の見方で振り返る必要がありました。


「ええ。威力は、十分。でも、必要以上に魔力を集中させている部分があるわ」


 必要以上に。

 その言葉を聞いて、私は、放つ前の感覚を思い出しました。

 十分な力を持たせようと、魔力を集めた。

 不足しないように、と考えていた部分は、確かにあります。

 ですが、どこまで必要かを細かく確かめるより、多めにしておく方へ、意識が向いていたのかもしれません。


 当てることへ注意を向けているつもりで、当たったあとの結果を心配し、力を足していた。

 その分が、今の標的に対して、本当に必要だったのか。

 そう問われれば、すぐには答えられませんでした。


 私は、標的へ目を向けました。

 命中した場所は、変わりません。

 いま指摘されているのは、結果そのものを否定することではないのでしょう。

 同じ結果へ、どう届いたか。

 その途中に、減らせるものがあるという話です。


「同じ結果を出すのに、より少ない魔力で済むなら、その方が、長く戦えるでしょう?」


 レティシアさんが、続けました。

 私は、その言葉に頷きました。


「……おっしゃるとおりです」


 十分な魔力を使えば、当てられる。

 それだけで満足するなら、そこで話は終わってしまいます。

 ですが、戦いは、その一発だけとは限りません。

 次の攻撃が必要になるかもしれない。

 防ぐための力も、動くための力も、残しておかなければならない。


 使わずに済む魔力を使っていれば、その分、先に余裕がなくなる。

 分かることでした。

 ただ、分かることと、自分が実際にそうしているかは、別です。

 私は、いま、その違いを指摘されていました。


 相手を倒せる一発を作る。

 それを、何度でも考えずに繰り返せばよいわけではない。

 必要な結果を得るために、必要な分を使う。

 余らせるために弱い攻撃をするのではなく、無駄を減らして、同じ結果へ届かせる。


 なるほど。

 出力だけではないという説明は、ここにもつながるのでしょう。


 私は、先ほど、リュミナへ向けられた言葉を思い返しました。

 全部吹き飛ばせばよい、と彼女は言った。

 では、自分はどうだったでしょう。

 言い方が違うだけで、十分な力を持たせればよいという部分へ、寄り掛かっていなかったでしょうか。


 当てるための準備をした。

 角度も、距離も、見ました。

 それでも、魔力の使い方まで、すべて丁寧だったとは限らない。

 ひとつできていることを理由に、ほかの部分まで、できているつもりになるところだったのです。


 教えられなければ、私は、中心へ当たったという結果を見て、次へ進んでいたでしょう。

 悪くない、と判断していましたから。

 同じ放ち方を、また繰り返していたかもしれません。


 自分だけで確かめることには、限りがある。

 誰かに見てもらうことには、その限りを越える意味があるのでしょう。

 私は、そのことを、いま、目の前の標的を見ながら実感していました。


 レティシアさんは、私の魔法を、命中したかどうかだけで見てはいませんでした。

 結果へ至るまでの、力の使い方も見ている。

 それを、自分で直せるように説明してくださる。

 強い方がそばにいることと、学べることの間には、こういう時間があるのですね。


 私は、標的へ向き直りました。


 次は、消費を抑える。

 ただし、狙いも、結果も、変えない。


 出力を落とすだけなら、分かりやすいでしょう。

 ですが、それで届かなくなれば、言われたことを理解したことにはなりません。

 同じ結果へ届く中で、余分なものを減らす。

 そのために、今度は、集める魔力へ、より注意を向けました。


 先ほどの一発を、基準にします。

 どのくらい集めたか。

 どこで、まだ足りないように感じて、力を加えたか。

 その感覚を思い返しながら、同じように始め、同じままにはしない。


 狙う場所は、変えません。

 標的との距離も、角度も、確かめます。

 そのうえで、収束していく魔力を、見過ごさないようにしました。


 これで足りるでしょうか。

 そう考えると、もう少し足しておきたくなります。

 ですが、いまは、その不安だけを理由に増やさない。

 力を持たせることと、安心するために上乗せすることを、分けて考えようとしました。


 先ほどより、使っている魔力は少ない。

 その違いが、分かります。

 だからこそ、放つ前の意識を、慎重に整えました。


 結果を見なければ、分かりません。

 減らしたという事実だけで、成功したつもりになってはいけない。

 狙った場所へ届き、必要な結果を出す。

 そこまで、確かめるのです。


「……いきます」


 もう一度、魔力弾を放ちました。


 光が、標的へ向かいます。

 私は、その軌道を追いました。

 先ほどの結果を思い出しながら、今の一発が、どこへ達するかを見つめます。


 ドンッ。


 先ほどと、同じ場所でした。


 私は、少しだけ息を緩めました。

 狙いは、ずれていない。

 必要な力も、届いています。

 その一方で、消費した魔力は、少なくなっていました。


 ただ説明として聞いたときとは、違う感覚がありました。

 同じ結果を出せる。

 そのために、自分が、どれだけ使っているかを変えられる。

 力を足すのではなく、減らすことで、よくなる部分がある。


「……なるほど」


 言葉が、自然に出ていました。


「そういうことですか……」


 思わず、小さく微笑みました。

 何か大きな技を覚えたわけではありません。

 新しい力を授けられたわけでもない。

 先ほどまでと、同じ自分の魔力です。

 それでも、扱い方を変えたことで、できたことがありました。


「ええ。よくできたわ」


 レティシアさんも、満足そうに頷きました。


 褒められたことで、ようやく、自分の判断だけではないのだと分かりました。

 結果は、目で確かめています。

 消費した魔力の違いも、自分で感じました。

 そのうえで、見てくださった方が、よくできたと答えてくださる。

 自分では直したつもりでも、別のところを崩していたのではないか。その小さな気掛かりが、そこで落ち着いたのです。


 最初の一発が、まったく無意味だったわけでもありませんでした。

 あの放ち方を見てもらったから、直すところが分かった。

 同じ結果へ届いた二発を比べられたから、違いを、自分でも受け止められた。

 初めから何もかも正しくしようとすることばかりが、学ぶことではないのでしょう。

 できていないところを見つけ、それを次へつなぐことにも、意味がある。

 いまの私は、その意味を、少しだけ知ることができたように思いました。


「ありがとうございます」


 私は、礼を言いました。

 いまの一発だけで、何もかも身に付いたと思うつもりはありません。

 標的へ向けた訓練でできることと、動く相手に対してできることは、違うでしょう。

 ですが、違いを感じることはできました。

 先ほどの自分と、今の自分の間に、確かめられるものがあるのです。


 それが、面白いと思いました。


 求めている力の答えは、まだ、遠いのかもしれません。

 けれど、遠いからといって、目の前の一つを知る意味がなくなるわけではない。

 できているつもりだったことに、直す場所が見つかる。

 教えられたことを試し、実際に違いを確かめる。

 いま得たのは、小さくても、自分で分かる変化でした。


 あの白い魔導師と戦ったとき、私は、全力を尽くしました。

 それでも、敗れた。

 だから、もっと力が欲しいと思ったのです。

 その気持ちは、今もあります。

 ですが、全力を尽くすことと、力を正しく使うことは、必ずしも同じではないのかもしれません。


 もっと多く。

 もっと強く。

 それだけを願っていては、気付かないものがある。

 私は、標的の同じ場所を見ながら、そう考えていました。


 リュミナのことを、単純だと思っている場合ではありませんね。

 私にも、見直すところはありました。

 同じ場所へ当てられたからこそ、先ほどの一発を、違う目で見ることができる。

 そのことを、覚えておこうと思いました。


 レティシアさんが教えてくださる。

 そう言ったヘルカイザーさんの説明を、私は、今、実感をもって受け止めていました。

 魔道を知る方が、ここにいる。

 そして、自分が、まだ知らない扱い方を、教えてくださる。

 彼の提案について考えていたときには、聞いただけだったことが、ようやく、自分の中で具体的な形になったのです。


 もちろん、それを知ったからといって、彼のように戦えるわけではありません。

 あの闇も、無数の龍も、私にはまだ、遠いものでした。

 けれど、いま、自分にできることを変えられる。

 その手応えは、確かにありました。


 私は、小さく息を整えました。

 学ぶとは、こういうことなのでしょうか。

 知らないという状態を、ただ恥じるのではなく、変えていく。

 できなかったことを、少しだけ、できるようにする。

 それを自分でも確かめられるのは、思っていた以上に、嬉しいことでした。


 ……ふふ。

 やはり、学ぶというのは、面白いですね。


「次は、我の番だ!」


 その感慨を、よく通る声が横切りました。

 ヴェルシアです。

 彼女が、前へ出てきました。


「我が力を、見せてくれよう!」


 随分と、意気込んでいます。

 自分の番を待っていたのでしょう。

 私は、彼女へ目を向けました。

 堂々とした態度と、迷いのない声。

 力を見せるつもりでいることは、はっきりと伝わってきました。


 ただ、いま私達が教えられているのは、出力だけではないということなのですが。

 そこも、伝わっているでしょうか。

 私は、少し気になりました。


「ヴェルシア」


 レティシアさんが、静かに呼び止めました。


「……何だ?」


「訓練所を、壊さないでちょうだいね?」


「わ、分かっておるわ!」


 すぐに、返事が来ました。

 ただ、最初の勢いとは、少し違います。

 念を押されたことが、心外だったのでしょうか。

 それとも、見せようとしていた力について、思い当たることがあったのでしょうか。

 そこまでは、私には分かりませんでした。


 ですが、注意が必要だと、レティシアさんが考えたことは分かります。

 私も、彼女の言い方を聞いて、少々、不安を覚えていました。


 我が力を見せる。

 それ自体は、悪いことではないでしょう。

 訓練で、自分にできることを確かめる必要はあります。

 ただ、いま必要なのは、できるだけ大きく見せることなのでしょうか。


 リュミナが、強い魔法で全部吹き飛ばせばよいと話した。

 私は、当てるために必要な以上の魔力を集めていた。

 その次に、ヴェルシアが、堂々と力を見せると宣言している。


 三人とも、違う顔をして、似たところへ意識が向いているようにも思えました。

 少なくとも、私には、その可能性を、もう、笑って否定できません。

 つい先ほど、自分が指摘されたばかりなのですから。


 私は、言葉を挟まず、彼女の様子を見ていました。

 分かっている、と返事はしたのです。

 であれば、まずは、見ていればよいのでしょう。

 そう考えても、先ほどの勢いが気にかかり、不安は、すぐには消えてくれませんでした。


     ◇ ◇ ◇


 数十分後。


 ドゴォォォンッ!


 訓練所へ、大きな爆音が響き渡りました。

 音の強さを確かめるまでもありません。

 聞いた瞬間、先ほどのやり取りが、頭に浮かびました。


 壊さないでちょうだいね。

 分かっておるわ。


 私は、静かに目を閉じました。


 ……やはり。


 少し前に抱いた不安が、音になって返ってきたようでした。

 念を押された言葉は、届いていたはずです。

 返事も、していました。

 ですが、理解したつもりでいることと、実際に加減できることは、また、違ったのでしょう。


「ヴェルシア!」


 レティシアさんの声が、響きました。

 爆音に続いて、今度は、はっきりとした叱責です。


「出力を抑えなさいって、言ったでしょう!」


「ぐっ……!」


 ヴェルシアが、少し顔を背けました。

 あれだけ堂々と自分の番を求めたあとでは、言い返しにくいのでしょう。

 もっとも、顔を背けても、いまの音まで、なかったことにはできません。


「我は、少し、本気を出しただけで……」


「その『少し』が、問題なのよ!」


「うぬぅ……」


 まったく、そのとおりでした。

 本人にとって、少しであるかどうか。

 それだけで、訓練に必要な出力が決まるわけではありません。

 いま行っていることに対して、適切だったかどうかが、大切なのでしょう。


 レティシアさんの説明は、最初から、そこへ向いていました。

 大きな魔力を扱えるなら、それを、必要な大きさにもできるようにする。

 単に力があるだけでは、制御できているとは言えない。

 いまのやり取りを聞いていると、その意味が、別の形でも確かめられるようでした。


 ……いえ。

 教訓として受け止める前に、まず、王が叱られている状況なのですが。


 リュミナといい、ヴェルシアといい。

 どうして、こうも加減が苦手なのでしょう。

 そう考えてから、自分も、今日、無駄を指摘されたことを思い出しました。

 程度や表れ方は違っても、私だけが、最初から分かっていたわけではありません。


 そのことを思えば、立派な顔で二人へ何かを言うのは、やめておいた方がよさそうです。

 ここにいるのは、教える側の私ではない。

 同じように、教えてもらっている私なのですから。


 それでも、目の前の様子を見ていると、口元が緩んでしまいました。

 力を見せると意気込んでいた王が、顔を背けて言葉を濁している。

 レティシアさんは、その言い方を少しも見逃してくれない。

 そのやり取りが、どこか可笑しかったのです。


「……ふふっ」


 小さく、笑いが漏れました。

 自分では、声に出すつもりはなかったのですが。

 王の耳には、きちんと届いてしまったようです。


「セリシア! 笑うでない!」


 今度は、こちらへ声が飛んできました。

 私は、すぐに表情を整えました。


「失礼しました、王」


 謝る言葉は、素直に出ました。

 ですが、完全に笑みが消えたかどうかについては、あまり自信がありません。

 叱られた直後でも、私を注意する声だけは、いつもの調子なのですから。


 教えるレティシアさん。

 不満を口にして、痛いところを指摘されるリュミナ。

 力を見せようとして、加減を注意されるヴェルシア。

 そして、他人のことを見て笑い、自分も注意されている私。


 今日の訓練所には、そういう私達がいました。

 求める力へ、すぐに届いたわけではありません。

 知らないことも、できていないことも、まだ、たくさんあります。

 けれど、それを教えられ、試し、叱られ、ときには笑っている。

 以前の私達にはなかった時間を、今は、三人で過ごしているのです。


 私は、標的へ当てた二発の感覚を、もう一度思い返しました。

 同じ場所へ届いた、違う魔力の使い方。

 今日、私が知ったことです。

 忘れないようにしておきましょう。

 次に扱うとき、自分で思い出せるように。


 そして、出力を抑えるようにという注意も。

 その言葉については、いまの爆音と一緒に、しばらく忘れられそうにありませんでした。

 王には、申し訳ありませんが。


 私は、そっと息を吐きました。

 笑いの名残を落ち着かせながら、目の前の三人を見つめます。


 ……本当に。

 賑やかに、なりましたね。


――第50話・了――

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