第47話 セリシアの記憶
最初に目覚めた場所を、私はうまく説明できません。
そこに何があったのか。
なぜ自分が、そこにいたのか。
思い返そうとしても、記憶は薄い霧の向こうへ隠れてしまいます。そもそも、その頃の私は、自分が何者なのかさえ、はっきりとは理解していませんでした。
ただ、一つだけ。
ほかの何も分からない中で、疑いようのない衝動がありました。
立ち向かってくる敵を、喰らう。
そうして、この魂の渇きを潤す。
熱い。
渇いている。
求めなければ、耐えられない。
けれど、何をどれだけ得れば満たされるのか、その答えはありませんでした。
足りない、という感覚だけが、いつまでも続いていました。
自分のもののはずの魂に急き立てられ、その声に従う。
それが、あの頃の私でした。
そこへ、一人の少女が現れたのです。
白い衣装をまとった、魔導師の少女。
彼女を見た瞬間、それまで形の定まらなかった欲求が、はっきりと一つの方向を向きました。
あの子を殺せ。
その魂を喰らえ。
私の内側が、そう叫んでいました。
そうすれば戻れる。
混沌と破壊の連鎖。血のにおいのする、あの安らかな闇へ。
そこへ帰り着くことができれば、この渇きも、きっと潤う。
ひどく歪んだ願いです。
けれど、そのときの私には、ほかの考え方がありませんでした。
白い少女が目の前にいる。
ならば、倒す。
そうする理由を、改めて問い直すこともなかったのです。
私は、彼女へ戦いを挑みました。
彼女もまた、私の前から退きませんでした。
互いの魔力が、ぶつかり合う。
攻撃が交差し、放った力へ、別の力が返ってくる。
目の前の相手を倒すため、私は全力を尽くしました。
白い少女も、強かった。
こちらの力を受け止め、かわし、再び向き合ってくる。
簡単には崩れない相手だと知るたびに、私の内側は、さらに激しく求めました。
勝ちたい。
目の前の相手を倒したい。
その願いは、渇きと混ざり合い、分けられなくなっていたように思います。
けれど、戦いには、終わりがありました。
どれほど強く求めても、その強さだけで、結果が変わるわけではありません。
最後まで戦い抜いた末に、私は敗れました。
「……敗れましたか」
自分で口にした言葉が、妙にはっきりと聞こえました。
負けた。
その事実が定まったことで、目の前の少女を、先ほどまでとは少し違う気持ちで見ることができたのです。
倒すべき相手。
喰らうべき魂。
その言葉だけでは、もう足りませんでした。
彼女は、私と戦い、私を上回った人でした。
「強いのですね……あなた」
白い少女は、静かに首を横へ振りました。
「ううん。そっちも強かったよ」
そう言って、少し困ったように微笑みます。
「正直、危なかったもん……」
勝った相手から、そんな返事が来るとは思いませんでした。
敗れた者を見下すことも、勝利を誇示することもない。
ただ、いま終わった戦いについて、素直に話しているように聞こえたのです。
本当に、お強い方なのですね。
私は、改めてそう思いました。
そのとき、澄んだ音がしました。
ピキィン、と。
何かが、細く砕けるような音。
私は自分の身体へ目を落としました。
指先から、小さな光が零れています。
動かそうとした指の輪郭が、少しずつ薄くなる。
腕も、肩も、光の粒へほどけていく。
その変化を見て、ようやく理解しました。
私に残された時間は、もう長くないのだと。
「ああ……消えるのですね。私は……」
白い少女が、悲しそうな顔をしました。
「うん……ごめんね」
謝る必要など、ありませんのに。
私は、首を横に振りました。
戦いを挑んだのは、私です。
そして、彼女は、それに応えました。
互いに力を尽くし、結果が出た。
そのあとで、勝った彼女だけが悲しい顔をすることはないと思いました。
「なに……強き戦士と戦って、敗れたのです」
彼女へ、微笑み掛けます。
「生まれた甲斐は、ありましたとも」
負けたことが嬉しかったわけではありません。
悔しさが、なくなったわけでもありません。
それでも、彼女と戦った時間を、無意味だったとは思いませんでした。
相手の強さを知った。
自分の力が、そこへ届かなかったことも知った。
何もかも曖昧だった私の中に、その二つは、確かなものとして残っていたのです。
少女は、少しだけ目を細めました。
「うん……ありがとう」
こちらこそ。
できることなら、そう返したいくらいでした。
身体は、さらに薄くなっていきます。
自分を形作っていたものが、指の間から零れる砂のように、少しずつ失われていく。
引き留める方法は、ありませんでした。
だから、言葉を残そうと思いました。
このまま消える前に、一つだけ。
白い少女を見たときの衝動とは違う、私自身の願いを。
「もし……次にまみえることがあれば」
私は、彼女を見つめました。
「今度は、きっと……決して砕け得ぬ力を、この手にして」
次があるとは、思っていませんでした。
目の前で自分の身体が消えているのです。
また会えると確かめたわけでも、戻る方法を知っていたわけでもありません。
それでも、願うことはできました。
「あなたと、戦いたいと思います」
少女は、少し寂しそうに微笑みました。
「ん……待ってる、とは言えないけど……」
ええ。
それで構いません。
彼女は、次の戦いを約束しませんでした。
私も、約束を取り付けるために口にしたわけではありません。
ただ、もう一度戦うときには、今とは違う力を手にしたい。
そう願っていることを、伝えたかったのです。
私は、最後に頭を下げました。
「次に私と戦うまで……あなたの道が、勝利に彩られますように」
勝った相手に、敬意を。
いつか、もう一度向き合いたいと願った相手に、祈りを。
「それでは……さらばです」
声が、光の中へほどけていきました。
少女の姿も、遠くなっていく。
最後に何が見えたのかは、もう覚えていません。
私の身体は、光の粒子となって消えました。
そして、意識も、そこで途切れたのです。
◇ ◇ ◇
次に目を開けるまで、どれほどの時間が流れたのでしょう。
分かりません。
暗い場所で待っていた記憶も、何かを考えていた覚えもありません。
ただ、途切れていた意識が、再び、つながった。
そのようにしか言えませんでした。
最初に見えたのは、透明な壁でした。
ぼんやりした視界の中で、向こう側の光がにじんでいます。
少しずつ輪郭が戻ると、透明な面には、緩やかな曲がりがあることが分かりました。
ガラス、でしょうか。
向こうに並んでいるものは、何かの装置のようでした。
私は、周囲へ目を向けました。
見たことのない機器。複雑な形をした設備。
あの白い少女がいた場所とは、まるで違います。
それがどこなのかを考えるより先に、自分が今、何かの中に入っていることに気付きました。
大きな、ガラス製のカプセル。
私は、その内側にいました。
(……ここは、どこでしょう)
消えたはずでした。
光となってほどけた自分を、確かに覚えています。
けれど、今は目が見える。
周囲を見渡すことも、疑問を持つこともできる。
消滅したあとに続くはずのない感覚が、当たり前のように戻っているのです。
もう一度、周囲を確かめます。
少し離れた場所に、同じようなカプセルが二つありました。
私の入っているものと合わせて、三つ。
なぜ、三つあるのでしょう。
何のための装置で、私は、どうしてここにいるのでしょう。
考えても答えは出ませんでした。
分かることは、ここが何かの研究施設らしいということだけです。
そのとき、声がしました。
「あっ、目が覚めましたか?」
私は、そちらを向きました。
そして、言葉を失いました。
そこに立っていたのは、小さな白い生き物だったのです。
白い身体に、黒い翼。
竜、と呼べばよいのでしょうか。
並んでいる研究機器の中で、その姿だけが、ひどく場違いに見えました。
目覚めた場所について考えていたはずなのに、今度は、この生き物をどう受け止めればよいのかで、思考が止まってしまいます。
何と言いましょう。
実に、ふざけた姿をしていますね。
「ふざけた生物とは、失礼ですね……」
私は、思わず目を見開きました。
……口に、出していましたか?
いいえ。
いまの言葉は、確かに、頭の中で考えただけのはずです。
白い生き物は、私の反応を見て、楽しそうに微笑んでいました。
こちらが驚くことまで、分かっていたような顔です。
(思考を読まないでいただけますか……)
いえ、それを考えたところで、また伝わってしまうのでしょうか。
ともかく、姿について考えるのは、あとにしましょう。
まず、聞かなければならないことがありました。
『ここは、どこです?』
カプセルの向こうへ、問いを届けます。
『そして……あなたは?』
「ここは、自分の研究所です♪」
答えは、すぐに返ってきました。
「自分は、ここの責任者である、ヘルカイザーと言います」
研究所。
責任者。
言葉の意味は分かります。
目の前の姿と結び付けるには、少し時間が必要でしたが。
「ヘルカイザー……」
私は、その名を繰り返しました。
「そうですよ♪」
彼は、満足そうに頷きます。
そして、そのまま、もう一つ付け加えました。
「あと……自分は、あなた達を生み出した親でもあります♪」
今度こそ、思考が止まりました。
親。
生み出した。
聞き間違いでなければ、確かに、そう言いました。
しかし、それをそのまま受け入れるには、分からないことが多過ぎました。
私は、ここで初めて目覚めたわけではありません。
白い魔導師と戦い、敗れた記憶があります。
消えていく身体も、その直前に交わした言葉も、覚えているのです。
『生み出した……? どういうことでしょう』
問い返すと、ヘルカイザーさんは、少し考えるような仕草をしました。
「そうですね……あなた達は、覚えていないと思いますが」
そう前置きして、説明を始めます。
私達が戦いに敗れ、消滅したこと。
しかし、消えた私達の残滓が、彼の中へ吸収されていたこと。
そして、彼はマイナスエネルギーを糧にして、魔力を蓄えられるということ。
私は、静かに話を聞いていました。
自分で確かめられないことばかりです。
吸収されたときの記憶など、ありません。
自分が、どこを通ってここへ来たのかも分からない。
だから、その話を、記憶と照らし合わせながら整理するしかありませんでした。
かつての身体は、確かに消えた。
けれど、すべてが完全になくなったわけではなかった。
目にも見えず、観測することさえできないほど微細な残滓が、残っていた。
それがマイナスエネルギーとして、彼に吸収された。
そういうことなのでしょうか。
少なくとも、それならば、消えたはずの私がここにいるという状況に、道筋はつきます。
何もかも理解できたわけではありません。
それでも、次に何を尋ねればよいかは、分かりました。
『一つ、よろしいでしょうか』
「はい♪ 何でしょう?」
私は、彼を見つめました。
『なぜ、私達を再生したのですか?』
吸収した残滓を、そのまま自分の力として使えばよかったはずです。
魔力を蓄えるための糧になるのでしたら、そうする方が自然ではありませんか。
わざわざ私達を再生する理由が、分かりません。
目の前には、私を入れたカプセルがあります。
ほかにも、二つ。
周囲には、幾つもの機器が並んでいる。
偶然、目覚めてしまったという話ではないのでしょう。
この状況を作るために、何かをしてくださった。
ならば、それは、なぜなのか。
「あなた達の願いを、叶えただけです♪」
彼は、あっさりと答えました。
願い。
その言葉に、私の記憶が反応します。
魂の渇き。
破壊と混沌。
帰りたいと求めていた、安らかな闇。
私達の願いといえば、それでした。
あの衝動を受け取ったから、再生したというのでしょうか。
そう考えたところで、彼は先を続けました。
「あなた達の願いは、破壊と混沌に満ちた、血腥い安らかな闇を求めるものでしたが……」
そこで、わずかに言葉を切ります。
「もう一つ、願いがあったのです♪」
『……それは、何ですか?』
問いに、彼はすぐには答えませんでした。
ゆっくりと背を向ける。
小さな白い背中と、黒い翼が見えました。
「身体が欲しい……」
先ほどまでより、少し静かな声でした。
「身体を手にして、もう一度……あの白い魔導師と戦いたい」
私は、動きを止めました。
身体が、欲しい。
もう一度、戦いたい。
それは、確かに、私の中にあった願いでした。
消える前に、彼女へ伝えた言葉。
次があるか分からないまま、それでも口にせずにはいられなかった望み。
どこかへ帰りたいという渇きとは違う、あの少女と向き合って初めて生まれた願いです。
「そう、願っていましたが……」
彼が、ちらりとこちらへ視線を向けます。
私は、その目を見返しました。
この方は、あの願いを知っている。
消える直前、私の中にあったものを。
ようやく、彼の言った意味が、自分の感覚に結び付きました。
生み出した親。
少なくとも彼は、消えた私達を、もう一度、形にしようとしてくださったのです。
白い魔導師へ届かなかった願いを、ここから続けられるように。
「ですから、自分は、あなた達に身体を与えました♪」
彼は、こちらへ向き直りました。
また、穏やかな笑みが浮かんでいます。
「まだ最終段階が終わっていないので、外には出られませんが……あと少しで出られますので、我慢してくださいね」
私は、カプセルの壁へ目を向けました。
なるほど。
この中にいるのは、まだ身体が完成していないからですか。
「その間に、このシステムについて話しましょう♪」
私は、静かに頷きました。
まず、私達は、もう、かつての闇の欠片ではない。
以前の身体は、あの戦いで完全に消えている。
そう告げられたとき、私は、自分がほどけていった光を思い出していました。
あれが取り消されたわけではないのです。
敗北も、消滅も、なかったことにはならない。
その先で、別の仕組みによって、私達は再び存在している。
吸収された残滓には、私達の記憶に相当する情報が残っていたそうです。
その情報を、マイナスエネルギーによって修復した。
失われていた部分を直し、記憶のデータとして復元したのだと、彼は説明しました。
だから、覚えている。
白い少女と戦ったことも、最後の言葉も。
消えたあとの道のりを知らないままでも、消える前の私と、今の私がつながっている。
それが、彼の言う再生なのでしょう。
さらに、新しい身体の仕組みについても話してくださいました。
基礎になったのは、ユニゾンデバイスのシステム。
そこへ、プロジェクトFと呼ばれる、身体を生み出す技術を組み合わせることで、人間とほぼ同じ身体を与える。
ただ情報を保存しておくだけでも、かつての姿を一時的に映し出すだけでもない。
成長することのできる、新しい仕組みでした。
PDS。
プロジェクト・デバイス・システム。
彼は、その名で、私達へ与えたシステムを説明しました。
聞けば聞くほど、興味深い技術です。
記憶の修復と、身体の構成。
それぞれを成り立たせたうえで、今、私は、この透明な壁の内側から彼の話を聞いている。
それ自体が、説明されたことの結果なのでしょう。
この身体が、完成すれば。
私は、もう一度、あの少女と戦える。
そのことを考えていました。
彼女は、待っているとは言わなかった。
私も、再会を約束したわけではない。
けれど、次があるなら戦いたいと、願いを伝えた。
消えるときには、実現するかも分からなかった、その続きを考えられるのです。
それは、確かに望んでいたことでした。
同時に、だからこそ、分かってしまうこともありました。
『……まだ、足りない』
思わず、呟いていました。
身体が戻れば、それでよいのでしょうか。
同じ力で、同じように戦いを挑めば、結果が変わるのでしょうか。
その問いに、簡単に頷くことはできませんでした。
あの少女は、強かった。
魔力だけを思い返しているのではありません。
心も、技も、戦う意志も。
彼女には、私が持っていないものがあった。
それが何かを、完全に言葉へできるわけではありませんでした。
けれど、自分が届かなかったことは知っています。
もう一度向き合うなら、今度こそ。
最後に伝えた願いは、再び姿を見せるだけで果たされるものではないのです。
決して、砕け得ぬ力。
消える前にも、そう言いました。
けれど、それを手にする方法を、私は知りませんでした。
「力が欲しいのですか?」
ヘルカイザーさんの声に、顔を上げます。
彼は、こちらを見ていました。
考えていたことが、また伝わったのでしょうか。
あるいは、先ほどの呟きだけで、分かったのかもしれません。
どちらでも、今は構いませんでした。
『はい……』
私は、ゆっくりと頷きました。
『私には、どうすれば砕け得ぬ力を手にできるのか、分かりません』
『あの子には、それがありました……私は、それを手にしたい』
ヘルカイザーさんは、黙って聞いていました。
強さについての話を、途中で笑うことも、簡単だと片付けることもありません。
私が言い終えるまで待ち、少し考え込んでから、口を開きました。
「なら……自分のもとで、働きなさい」
私は、彼を見つめました。
働く。
予想していた答えとは、少し違いました。
「そうすれば、あなたの言う力が手に入れられると思いますよ♪」
穏やかな声でした。
強引に命じられたようには感じません。
こちらが求めているものに対して、一つの道を示された。
そのように聞こえました。
悪い提案ではないのでしょう。
少なくとも、この方は、私達の身体を再び形にするだけの技術を持っています。
私の願いを聞き、それを叶えようとした。
その事実を、軽く扱うつもりはありませんでした。
ですが、それと、この方についていけば求める強さに届くかどうかは、別の話です。
私は、まだ、ほとんど何も知りません。
分からないことを分からないままにして、頷くことはできませんでした。
『その提案は、ありだと思いますが……幾つか、欠点があります』
彼は、興味深そうに首を傾げました。
「ほう……それは、何ですか?」
怒った様子は、ありません。
言ってみなさいと促す、その態度を見て、私は、考えていたことをそのまま告げました。
『一つは、私はまだ、あなたが強いと認めていません』
強いと知っているのは、白い魔導師の少女です。
彼女とは、実際に戦いました。
だから、認めています。
ヘルカイザーさんについては、まだ、その判断をする材料がありませんでした。
そして、もう一つ。
『あなたは、魔道を知らない』
そう告げました。
私が求めているのは、ただ何かを壊すだけの力ではありません。
あの少女と、もう一度向き合うための力です。
魔道についての理解がないのであれば、私が学びたいものを、どのように得ればよいのでしょう。
「ふむふむ……なるほど」
彼は、何度か頷きました。
私の指摘を聞いても、気分を害した様子はありません。
むしろ、解くべき疑問がはっきりしたとでもいうような、落ち着いた声で続けました。
「だとすれば、魔道についての疑問は、解消されていますよ♪」
私は、首を傾げました。
もう、解消されている。
どういう意味でしょう。
「レティシアさんが、あなた方に魔法について教えてくれるはずです♪」
初めて聞く名前でした。
レティシアさん。
その方が、魔法を教えてくださるのでしょうか。
どのような方なのか、彼とどういう関係なのか、何も知りません。
けれど、彼の中では、すでにその点は問題になっていないようでした。
私が口を開くより先に、彼は、もう一つの疑問へ話を移しました。
「そして、自分の強さを知りたいという疑問も、解消されるでしょう♪」
随分と、自信のある言い方でした。
強いと認めていない、と言った私へ、反発するのでも、実績を並べるのでもない。
いずれ分かると、当然のことのように言うのです。
私は、ますます興味を持ちました。
そこまで断言できるのでしたら、確かめたい。
どれほどの力を持っているのか。
この小さな姿の、どこに、その自信の根拠があるのか。
「その疑問は、身体を完成させてからにしましょう♪」
彼が、静かに言いました。
「今は、休みなさい」
私は、自分を囲むカプセルへ目を向けました。
確かに、そのとおりです。
まだ、外へ出ることさえできないのですから。
聞いたことを考えるにも、彼の強さを確かめるにも、まず、この身体が完成しなければなりません。
『分かりました……では、お休みなさい』
私は、瞼を閉じました。
透明な壁も、研究機器も、白い小さな姿も、視界から消えていきます。
もう一度、眠る。
消滅したあとには、次に目覚めることなど、考えられませんでした。
けれど、今は、完成を待つために休むのです。
その違いを、うまく言葉にすることはできません。
ただ、次に目を開けたとき、自分が動かせる身体を得ているのだと思いながら、意識を手放しました。
◇ ◇ ◇
ピピピピッ。
規則的なアラームが、眠りの中へ入り込んできました。
私は、ゆっくりと目を開けます。
見覚えのある透明な壁。その向こうにある、研究所の設備。
今度は、どこにいるのか分からずに戸惑うことはありませんでした。
カシュッ、と音がしました。
カプセルの扉が、ゆっくりと開いていきます。
目の前を隔てていたものが動き、外へ続く空間が現れました。
完成したのでしょうか。
私は、外へ目を向けます。
そこには、ヘルカイザーさんが立っていました。
「身体の調子は、いかがですか?」
尋ねられ、まず、自分の腕を動かしました。
指を曲げ、伸ばす。
意識したとおりに、動きます。
腕も、脚も、確かめるように動かしてみました。
特に、違和感はありません。
光になって消えていく指を、私は覚えています。
しかし、今の指先は、動かしても、ほどけませんでした。
形があり、動きがあり、そこにある。
説明されていた身体の完成が、ようやく、自分の感覚として分かりました。
隣から、元気な声がしました。
「僕は、全然問題ないよ!」
リュミナでした。
その調子からして、彼女も順調なのでしょう。
続いて、もう一人の声が聞こえます。
「我もない」
ヴェルシアも、問題はないようです。
私は、自分の確認を終え、ヘルカイザーさんへ答えました。
「私も、ありません」
三人とも、異常はない。
そのことに、まずは納得しました。
ただ、外へ出る段になって、身支度がまだ整っていないことに気付きます。
身体の確認ばかりしていましたが、このまま研究所を歩くわけにはいきません。
(着る物は、どうすればよいのでしょう……)
「おっと……これは、失礼しました」
ヘルカイザーさんが、すぐに言いました。
……また、ですか。
私は、彼へ目を向けました。
考えただけのことへ返事が来る感覚には、まだ慣れそうにありません。
聞けばよいことだったのでしょうけれど、それより先に、向こうから答えが来てしまうのです。
「着替えは、そこにありますので。終わりましたら、声を掛けてください♪」
きちんと用意はされていたようでした。
それならば、問題ありません。
いえ、思考を読まれることについては、少し問題がある気がするのですが。
今は、着替えを済ませる方を先にしましょう。
私達は、用意された服へ着替えました。
何やら、ひらひらとしています。
布の重なりを確かめ、動きを妨げないことを確認する。
特に、不都合はありませんでした。
三人が身支度を終えるのを確かめ、私は声を掛けました。
「終わりました……」
ヘルカイザーさんが、小さく頷きます。
「では、自分のあとに付いてきてください♪」
「分かりました」
私達は、彼のあとに続きました。
研究所の通路を、歩いていきます。
カプセルの中から見ていた設備とは、また違う装置が、進む先にも並んでいました。
機器の形を見れば、それぞれ役割があるのでしょう。
けれど、眺めただけで使い方が分かるものは、そう多くありません。
自分のもとで、働きなさい。
その提案が、頭に残っていました。
私の求める力が、得られるかもしれない。
ならば、その先を見てみたい。
そう考えて、彼に付いていきました。
やがて、大きな扉の前へたどり着きました。
私は、足を止めます。
目の前を塞ぐ扉を、見上げました。
ここまで歩いてきた通路は、確かに、そこへ続いています。
ですが、その向こうに何があるのかは分かりません。
私の強さについての疑問は、身体が完成してからにしましょう。
彼は、そう言っていました。
では、この先に、その答えがあるのでしょうか。
私は、ヘルカイザーさんを見ました。
相変わらず、穏やかな表情でした。
目覚めたときと、同じように。
こちらの問いへ答えていたときと、同じように。
私は、まだ、その笑顔の向こうを知りませんでした。
再び身体を得たことと、願いの続きを考えられることに、意識を向けていました。
砕け得ぬ力とは何か。
どうすれば、あの白い魔導師へ届くのか。
この方についていけば、何が分かるのか。
扉を前にした私が考えていたのは、そういうことばかりでした。
このときの私は、自分の考えがどれほど甘かったのか、まだ知りませんでした。
知っているつもりで、何も知らなかったのです。
消えた私達の願いを拾い、新たな身体を与えた人。
丁寧に説明をし、問いにも穏やかに答える、小さな白い姿。
その印象だけを頼りに、私は、彼のあとを歩いてきました。
そして、この扉の向こうで。
私達は、ヘルカイザーさんの本当の闇を、知ることになるのです。
――第47話・了――




