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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第47話 セリシアの記憶



 最初に目覚めた場所を、私はうまく説明できません。


 そこに何があったのか。

 なぜ自分が、そこにいたのか。

 思い返そうとしても、記憶は薄い霧の向こうへ隠れてしまいます。そもそも、その頃の私は、自分が何者なのかさえ、はっきりとは理解していませんでした。


 ただ、一つだけ。

 ほかの何も分からない中で、疑いようのない衝動がありました。


 立ち向かってくる敵を、喰らう。

 そうして、この魂の渇きを潤す。


 熱い。

 渇いている。

 求めなければ、耐えられない。


 けれど、何をどれだけ得れば満たされるのか、その答えはありませんでした。

 足りない、という感覚だけが、いつまでも続いていました。

 自分のもののはずの魂に急き立てられ、その声に従う。

 それが、あの頃の私でした。


 そこへ、一人の少女が現れたのです。


 白い衣装をまとった、魔導師の少女。

 彼女を見た瞬間、それまで形の定まらなかった欲求が、はっきりと一つの方向を向きました。


 あの子を殺せ。

 その魂を喰らえ。


 私の内側が、そう叫んでいました。


 そうすれば戻れる。

 混沌と破壊の連鎖。血のにおいのする、あの安らかな闇へ。

 そこへ帰り着くことができれば、この渇きも、きっと潤う。


 ひどく歪んだ願いです。

 けれど、そのときの私には、ほかの考え方がありませんでした。

 白い少女が目の前にいる。

 ならば、倒す。

 そうする理由を、改めて問い直すこともなかったのです。


 私は、彼女へ戦いを挑みました。

 彼女もまた、私の前から退きませんでした。


 互いの魔力が、ぶつかり合う。

 攻撃が交差し、放った力へ、別の力が返ってくる。

 目の前の相手を倒すため、私は全力を尽くしました。


 白い少女も、強かった。

 こちらの力を受け止め、かわし、再び向き合ってくる。

 簡単には崩れない相手だと知るたびに、私の内側は、さらに激しく求めました。

 勝ちたい。

 目の前の相手を倒したい。

 その願いは、渇きと混ざり合い、分けられなくなっていたように思います。


 けれど、戦いには、終わりがありました。


 どれほど強く求めても、その強さだけで、結果が変わるわけではありません。

 最後まで戦い抜いた末に、私は敗れました。


「……敗れましたか」


 自分で口にした言葉が、妙にはっきりと聞こえました。

 負けた。

 その事実が定まったことで、目の前の少女を、先ほどまでとは少し違う気持ちで見ることができたのです。


 倒すべき相手。

 喰らうべき魂。

 その言葉だけでは、もう足りませんでした。

 彼女は、私と戦い、私を上回った人でした。


「強いのですね……あなた」


 白い少女は、静かに首を横へ振りました。


「ううん。そっちも強かったよ」


 そう言って、少し困ったように微笑みます。


「正直、危なかったもん……」


 勝った相手から、そんな返事が来るとは思いませんでした。

 敗れた者を見下すことも、勝利を誇示することもない。

 ただ、いま終わった戦いについて、素直に話しているように聞こえたのです。


 本当に、お強い方なのですね。

 私は、改めてそう思いました。


 そのとき、澄んだ音がしました。


 ピキィン、と。

 何かが、細く砕けるような音。


 私は自分の身体へ目を落としました。

 指先から、小さな光が零れています。

 動かそうとした指の輪郭が、少しずつ薄くなる。

 腕も、肩も、光の粒へほどけていく。


 その変化を見て、ようやく理解しました。

 私に残された時間は、もう長くないのだと。


「ああ……消えるのですね。私は……」


 白い少女が、悲しそうな顔をしました。


「うん……ごめんね」


 謝る必要など、ありませんのに。

 私は、首を横に振りました。


 戦いを挑んだのは、私です。

 そして、彼女は、それに応えました。

 互いに力を尽くし、結果が出た。

 そのあとで、勝った彼女だけが悲しい顔をすることはないと思いました。


「なに……強き戦士と戦って、敗れたのです」


 彼女へ、微笑み掛けます。


「生まれた甲斐は、ありましたとも」


 負けたことが嬉しかったわけではありません。

 悔しさが、なくなったわけでもありません。

 それでも、彼女と戦った時間を、無意味だったとは思いませんでした。

 相手の強さを知った。

 自分の力が、そこへ届かなかったことも知った。

 何もかも曖昧だった私の中に、その二つは、確かなものとして残っていたのです。


 少女は、少しだけ目を細めました。


「うん……ありがとう」


 こちらこそ。

 できることなら、そう返したいくらいでした。


 身体は、さらに薄くなっていきます。

 自分を形作っていたものが、指の間から零れる砂のように、少しずつ失われていく。

 引き留める方法は、ありませんでした。


 だから、言葉を残そうと思いました。

 このまま消える前に、一つだけ。

 白い少女を見たときの衝動とは違う、私自身の願いを。


「もし……次にまみえることがあれば」


 私は、彼女を見つめました。


「今度は、きっと……決して砕け得ぬ力を、この手にして」


 次があるとは、思っていませんでした。

 目の前で自分の身体が消えているのです。

 また会えると確かめたわけでも、戻る方法を知っていたわけでもありません。

 それでも、願うことはできました。


「あなたと、戦いたいと思います」


 少女は、少し寂しそうに微笑みました。


「ん……待ってる、とは言えないけど……」


 ええ。

 それで構いません。


 彼女は、次の戦いを約束しませんでした。

 私も、約束を取り付けるために口にしたわけではありません。

 ただ、もう一度戦うときには、今とは違う力を手にしたい。

 そう願っていることを、伝えたかったのです。


 私は、最後に頭を下げました。


「次に私と戦うまで……あなたの道が、勝利に彩られますように」


 勝った相手に、敬意を。

 いつか、もう一度向き合いたいと願った相手に、祈りを。


「それでは……さらばです」


 声が、光の中へほどけていきました。

 少女の姿も、遠くなっていく。

 最後に何が見えたのかは、もう覚えていません。


 私の身体は、光の粒子となって消えました。

 そして、意識も、そこで途切れたのです。


     ◇ ◇ ◇


 次に目を開けるまで、どれほどの時間が流れたのでしょう。


 分かりません。

 暗い場所で待っていた記憶も、何かを考えていた覚えもありません。

 ただ、途切れていた意識が、再び、つながった。

 そのようにしか言えませんでした。


 最初に見えたのは、透明な壁でした。


 ぼんやりした視界の中で、向こう側の光がにじんでいます。

 少しずつ輪郭が戻ると、透明な面には、緩やかな曲がりがあることが分かりました。

 ガラス、でしょうか。

 向こうに並んでいるものは、何かの装置のようでした。


 私は、周囲へ目を向けました。

 見たことのない機器。複雑な形をした設備。

 あの白い少女がいた場所とは、まるで違います。

 それがどこなのかを考えるより先に、自分が今、何かの中に入っていることに気付きました。


 大きな、ガラス製のカプセル。

 私は、その内側にいました。


(……ここは、どこでしょう)


 消えたはずでした。

 光となってほどけた自分を、確かに覚えています。

 けれど、今は目が見える。

 周囲を見渡すことも、疑問を持つこともできる。

 消滅したあとに続くはずのない感覚が、当たり前のように戻っているのです。


 もう一度、周囲を確かめます。

 少し離れた場所に、同じようなカプセルが二つありました。

 私の入っているものと合わせて、三つ。


 なぜ、三つあるのでしょう。

 何のための装置で、私は、どうしてここにいるのでしょう。

 考えても答えは出ませんでした。

 分かることは、ここが何かの研究施設らしいということだけです。


 そのとき、声がしました。


「あっ、目が覚めましたか?」


 私は、そちらを向きました。

 そして、言葉を失いました。


 そこに立っていたのは、小さな白い生き物だったのです。


 白い身体に、黒い翼。

 竜、と呼べばよいのでしょうか。

 並んでいる研究機器の中で、その姿だけが、ひどく場違いに見えました。

 目覚めた場所について考えていたはずなのに、今度は、この生き物をどう受け止めればよいのかで、思考が止まってしまいます。


 何と言いましょう。

 実に、ふざけた姿をしていますね。


「ふざけた生物とは、失礼ですね……」


 私は、思わず目を見開きました。


 ……口に、出していましたか?

 いいえ。

 いまの言葉は、確かに、頭の中で考えただけのはずです。


 白い生き物は、私の反応を見て、楽しそうに微笑んでいました。

 こちらが驚くことまで、分かっていたような顔です。


(思考を読まないでいただけますか……)


 いえ、それを考えたところで、また伝わってしまうのでしょうか。

 ともかく、姿について考えるのは、あとにしましょう。

 まず、聞かなければならないことがありました。


『ここは、どこです?』


 カプセルの向こうへ、問いを届けます。


『そして……あなたは?』


「ここは、自分の研究所です♪」


 答えは、すぐに返ってきました。


「自分は、ここの責任者である、ヘルカイザーと言います」


 研究所。

 責任者。

 言葉の意味は分かります。

 目の前の姿と結び付けるには、少し時間が必要でしたが。


「ヘルカイザー……」


 私は、その名を繰り返しました。


「そうですよ♪」


 彼は、満足そうに頷きます。

 そして、そのまま、もう一つ付け加えました。


「あと……自分は、あなた達を生み出した親でもあります♪」


 今度こそ、思考が止まりました。


 親。

 生み出した。


 聞き間違いでなければ、確かに、そう言いました。

 しかし、それをそのまま受け入れるには、分からないことが多過ぎました。

 私は、ここで初めて目覚めたわけではありません。

 白い魔導師と戦い、敗れた記憶があります。

 消えていく身体も、その直前に交わした言葉も、覚えているのです。


『生み出した……? どういうことでしょう』


 問い返すと、ヘルカイザーさんは、少し考えるような仕草をしました。


「そうですね……あなた達は、覚えていないと思いますが」


 そう前置きして、説明を始めます。


 私達が戦いに敗れ、消滅したこと。

 しかし、消えた私達の残滓が、彼の中へ吸収されていたこと。

 そして、彼はマイナスエネルギーを糧にして、魔力を蓄えられるということ。


 私は、静かに話を聞いていました。

 自分で確かめられないことばかりです。

 吸収されたときの記憶など、ありません。

 自分が、どこを通ってここへ来たのかも分からない。

 だから、その話を、記憶と照らし合わせながら整理するしかありませんでした。


 かつての身体は、確かに消えた。

 けれど、すべてが完全になくなったわけではなかった。

 目にも見えず、観測することさえできないほど微細な残滓が、残っていた。

 それがマイナスエネルギーとして、彼に吸収された。


 そういうことなのでしょうか。


 少なくとも、それならば、消えたはずの私がここにいるという状況に、道筋はつきます。

 何もかも理解できたわけではありません。

 それでも、次に何を尋ねればよいかは、分かりました。


『一つ、よろしいでしょうか』

「はい♪ 何でしょう?」


 私は、彼を見つめました。


『なぜ、私達を再生したのですか?』


 吸収した残滓を、そのまま自分の力として使えばよかったはずです。

 魔力を蓄えるための糧になるのでしたら、そうする方が自然ではありませんか。

 わざわざ私達を再生する理由が、分かりません。


 目の前には、私を入れたカプセルがあります。

 ほかにも、二つ。

 周囲には、幾つもの機器が並んでいる。

 偶然、目覚めてしまったという話ではないのでしょう。

 この状況を作るために、何かをしてくださった。

 ならば、それは、なぜなのか。


「あなた達の願いを、叶えただけです♪」


 彼は、あっさりと答えました。


 願い。

 その言葉に、私の記憶が反応します。


 魂の渇き。

 破壊と混沌。

 帰りたいと求めていた、安らかな闇。


 私達の願いといえば、それでした。

 あの衝動を受け取ったから、再生したというのでしょうか。

 そう考えたところで、彼は先を続けました。


「あなた達の願いは、破壊と混沌に満ちた、血腥い安らかな闇を求めるものでしたが……」


 そこで、わずかに言葉を切ります。


「もう一つ、願いがあったのです♪」


『……それは、何ですか?』


 問いに、彼はすぐには答えませんでした。

 ゆっくりと背を向ける。

 小さな白い背中と、黒い翼が見えました。


「身体が欲しい……」


 先ほどまでより、少し静かな声でした。


「身体を手にして、もう一度……あの白い魔導師と戦いたい」


 私は、動きを止めました。


 身体が、欲しい。

 もう一度、戦いたい。


 それは、確かに、私の中にあった願いでした。

 消える前に、彼女へ伝えた言葉。

 次があるか分からないまま、それでも口にせずにはいられなかった望み。

 どこかへ帰りたいという渇きとは違う、あの少女と向き合って初めて生まれた願いです。


「そう、願っていましたが……」


 彼が、ちらりとこちらへ視線を向けます。

 私は、その目を見返しました。


 この方は、あの願いを知っている。

 消える直前、私の中にあったものを。


 ようやく、彼の言った意味が、自分の感覚に結び付きました。

 生み出した親。

 少なくとも彼は、消えた私達を、もう一度、形にしようとしてくださったのです。

 白い魔導師へ届かなかった願いを、ここから続けられるように。


「ですから、自分は、あなた達に身体を与えました♪」


 彼は、こちらへ向き直りました。

 また、穏やかな笑みが浮かんでいます。


「まだ最終段階が終わっていないので、外には出られませんが……あと少しで出られますので、我慢してくださいね」


 私は、カプセルの壁へ目を向けました。

 なるほど。

 この中にいるのは、まだ身体が完成していないからですか。


「その間に、このシステムについて話しましょう♪」


 私は、静かに頷きました。


 まず、私達は、もう、かつての闇の欠片ではない。

 以前の身体は、あの戦いで完全に消えている。

 そう告げられたとき、私は、自分がほどけていった光を思い出していました。

 あれが取り消されたわけではないのです。

 敗北も、消滅も、なかったことにはならない。

 その先で、別の仕組みによって、私達は再び存在している。


 吸収された残滓には、私達の記憶に相当する情報が残っていたそうです。

 その情報を、マイナスエネルギーによって修復した。

 失われていた部分を直し、記憶のデータとして復元したのだと、彼は説明しました。


 だから、覚えている。

 白い少女と戦ったことも、最後の言葉も。

 消えたあとの道のりを知らないままでも、消える前の私と、今の私がつながっている。

 それが、彼の言う再生なのでしょう。


 さらに、新しい身体の仕組みについても話してくださいました。

 基礎になったのは、ユニゾンデバイスのシステム。

 そこへ、プロジェクトFと呼ばれる、身体を生み出す技術を組み合わせることで、人間とほぼ同じ身体を与える。

 ただ情報を保存しておくだけでも、かつての姿を一時的に映し出すだけでもない。

 成長することのできる、新しい仕組みでした。


 PDS。

 プロジェクト・デバイス・システム。


 彼は、その名で、私達へ与えたシステムを説明しました。

 聞けば聞くほど、興味深い技術です。

 記憶の修復と、身体の構成。

 それぞれを成り立たせたうえで、今、私は、この透明な壁の内側から彼の話を聞いている。

 それ自体が、説明されたことの結果なのでしょう。


 この身体が、完成すれば。

 私は、もう一度、あの少女と戦える。


 そのことを考えていました。


 彼女は、待っているとは言わなかった。

 私も、再会を約束したわけではない。

 けれど、次があるなら戦いたいと、願いを伝えた。

 消えるときには、実現するかも分からなかった、その続きを考えられるのです。


 それは、確かに望んでいたことでした。

 同時に、だからこそ、分かってしまうこともありました。


『……まだ、足りない』


 思わず、呟いていました。


 身体が戻れば、それでよいのでしょうか。

 同じ力で、同じように戦いを挑めば、結果が変わるのでしょうか。

 その問いに、簡単に頷くことはできませんでした。


 あの少女は、強かった。

 魔力だけを思い返しているのではありません。

 心も、技も、戦う意志も。

 彼女には、私が持っていないものがあった。

 それが何かを、完全に言葉へできるわけではありませんでした。

 けれど、自分が届かなかったことは知っています。


 もう一度向き合うなら、今度こそ。

 最後に伝えた願いは、再び姿を見せるだけで果たされるものではないのです。


 決して、砕け得ぬ力。


 消える前にも、そう言いました。

 けれど、それを手にする方法を、私は知りませんでした。


「力が欲しいのですか?」


 ヘルカイザーさんの声に、顔を上げます。

 彼は、こちらを見ていました。

 考えていたことが、また伝わったのでしょうか。

 あるいは、先ほどの呟きだけで、分かったのかもしれません。


 どちらでも、今は構いませんでした。


『はい……』


 私は、ゆっくりと頷きました。


『私には、どうすれば砕け得ぬ力を手にできるのか、分かりません』


『あの子には、それがありました……私は、それを手にしたい』


 ヘルカイザーさんは、黙って聞いていました。

 強さについての話を、途中で笑うことも、簡単だと片付けることもありません。

 私が言い終えるまで待ち、少し考え込んでから、口を開きました。


「なら……自分のもとで、働きなさい」


 私は、彼を見つめました。

 働く。

 予想していた答えとは、少し違いました。


「そうすれば、あなたの言う力が手に入れられると思いますよ♪」


 穏やかな声でした。

 強引に命じられたようには感じません。

 こちらが求めているものに対して、一つの道を示された。

 そのように聞こえました。


 悪い提案ではないのでしょう。

 少なくとも、この方は、私達の身体を再び形にするだけの技術を持っています。

 私の願いを聞き、それを叶えようとした。

 その事実を、軽く扱うつもりはありませんでした。


 ですが、それと、この方についていけば求める強さに届くかどうかは、別の話です。

 私は、まだ、ほとんど何も知りません。

 分からないことを分からないままにして、頷くことはできませんでした。


『その提案は、ありだと思いますが……幾つか、欠点があります』


 彼は、興味深そうに首を傾げました。


「ほう……それは、何ですか?」


 怒った様子は、ありません。

 言ってみなさいと促す、その態度を見て、私は、考えていたことをそのまま告げました。


『一つは、私はまだ、あなたが強いと認めていません』


 強いと知っているのは、白い魔導師の少女です。

 彼女とは、実際に戦いました。

 だから、認めています。

 ヘルカイザーさんについては、まだ、その判断をする材料がありませんでした。


 そして、もう一つ。


『あなたは、魔道を知らない』


 そう告げました。

 私が求めているのは、ただ何かを壊すだけの力ではありません。

 あの少女と、もう一度向き合うための力です。

 魔道についての理解がないのであれば、私が学びたいものを、どのように得ればよいのでしょう。


「ふむふむ……なるほど」


 彼は、何度か頷きました。

 私の指摘を聞いても、気分を害した様子はありません。

 むしろ、解くべき疑問がはっきりしたとでもいうような、落ち着いた声で続けました。


「だとすれば、魔道についての疑問は、解消されていますよ♪」


 私は、首を傾げました。

 もう、解消されている。

 どういう意味でしょう。


「レティシアさんが、あなた方に魔法について教えてくれるはずです♪」


 初めて聞く名前でした。


 レティシアさん。

 その方が、魔法を教えてくださるのでしょうか。

 どのような方なのか、彼とどういう関係なのか、何も知りません。

 けれど、彼の中では、すでにその点は問題になっていないようでした。


 私が口を開くより先に、彼は、もう一つの疑問へ話を移しました。


「そして、自分の強さを知りたいという疑問も、解消されるでしょう♪」


 随分と、自信のある言い方でした。

 強いと認めていない、と言った私へ、反発するのでも、実績を並べるのでもない。

 いずれ分かると、当然のことのように言うのです。


 私は、ますます興味を持ちました。

 そこまで断言できるのでしたら、確かめたい。

 どれほどの力を持っているのか。

 この小さな姿の、どこに、その自信の根拠があるのか。


「その疑問は、身体を完成させてからにしましょう♪」


 彼が、静かに言いました。


「今は、休みなさい」


 私は、自分を囲むカプセルへ目を向けました。

 確かに、そのとおりです。

 まだ、外へ出ることさえできないのですから。

 聞いたことを考えるにも、彼の強さを確かめるにも、まず、この身体が完成しなければなりません。


『分かりました……では、お休みなさい』


 私は、瞼を閉じました。

 透明な壁も、研究機器も、白い小さな姿も、視界から消えていきます。


 もう一度、眠る。

 消滅したあとには、次に目覚めることなど、考えられませんでした。

 けれど、今は、完成を待つために休むのです。

 その違いを、うまく言葉にすることはできません。

 ただ、次に目を開けたとき、自分が動かせる身体を得ているのだと思いながら、意識を手放しました。


     ◇ ◇ ◇


 ピピピピッ。


 規則的なアラームが、眠りの中へ入り込んできました。

 私は、ゆっくりと目を開けます。

 見覚えのある透明な壁。その向こうにある、研究所の設備。

 今度は、どこにいるのか分からずに戸惑うことはありませんでした。


 カシュッ、と音がしました。

 カプセルの扉が、ゆっくりと開いていきます。

 目の前を隔てていたものが動き、外へ続く空間が現れました。


 完成したのでしょうか。

 私は、外へ目を向けます。

 そこには、ヘルカイザーさんが立っていました。


「身体の調子は、いかがですか?」


 尋ねられ、まず、自分の腕を動かしました。

 指を曲げ、伸ばす。

 意識したとおりに、動きます。

 腕も、脚も、確かめるように動かしてみました。

 特に、違和感はありません。


 光になって消えていく指を、私は覚えています。

 しかし、今の指先は、動かしても、ほどけませんでした。

 形があり、動きがあり、そこにある。

 説明されていた身体の完成が、ようやく、自分の感覚として分かりました。


 隣から、元気な声がしました。


「僕は、全然問題ないよ!」


 リュミナでした。

 その調子からして、彼女も順調なのでしょう。

 続いて、もう一人の声が聞こえます。


「我もない」


 ヴェルシアも、問題はないようです。

 私は、自分の確認を終え、ヘルカイザーさんへ答えました。


「私も、ありません」


 三人とも、異常はない。

 そのことに、まずは納得しました。

 ただ、外へ出る段になって、身支度がまだ整っていないことに気付きます。

 身体の確認ばかりしていましたが、このまま研究所を歩くわけにはいきません。


(着る物は、どうすればよいのでしょう……)


「おっと……これは、失礼しました」


 ヘルカイザーさんが、すぐに言いました。


 ……また、ですか。

 私は、彼へ目を向けました。

 考えただけのことへ返事が来る感覚には、まだ慣れそうにありません。

 聞けばよいことだったのでしょうけれど、それより先に、向こうから答えが来てしまうのです。


「着替えは、そこにありますので。終わりましたら、声を掛けてください♪」


 きちんと用意はされていたようでした。

 それならば、問題ありません。

 いえ、思考を読まれることについては、少し問題がある気がするのですが。

 今は、着替えを済ませる方を先にしましょう。


 私達は、用意された服へ着替えました。

 何やら、ひらひらとしています。

 布の重なりを確かめ、動きを妨げないことを確認する。

 特に、不都合はありませんでした。


 三人が身支度を終えるのを確かめ、私は声を掛けました。


「終わりました……」


 ヘルカイザーさんが、小さく頷きます。


「では、自分のあとに付いてきてください♪」


「分かりました」


 私達は、彼のあとに続きました。


 研究所の通路を、歩いていきます。

 カプセルの中から見ていた設備とは、また違う装置が、進む先にも並んでいました。

 機器の形を見れば、それぞれ役割があるのでしょう。

 けれど、眺めただけで使い方が分かるものは、そう多くありません。


 自分のもとで、働きなさい。

 その提案が、頭に残っていました。

 私の求める力が、得られるかもしれない。

 ならば、その先を見てみたい。

 そう考えて、彼に付いていきました。


 やがて、大きな扉の前へたどり着きました。


 私は、足を止めます。

 目の前を塞ぐ扉を、見上げました。

 ここまで歩いてきた通路は、確かに、そこへ続いています。

 ですが、その向こうに何があるのかは分かりません。


 私の強さについての疑問は、身体が完成してからにしましょう。

 彼は、そう言っていました。

 では、この先に、その答えがあるのでしょうか。


 私は、ヘルカイザーさんを見ました。

 相変わらず、穏やかな表情でした。

 目覚めたときと、同じように。

 こちらの問いへ答えていたときと、同じように。


 私は、まだ、その笑顔の向こうを知りませんでした。

 再び身体を得たことと、願いの続きを考えられることに、意識を向けていました。

 砕け得ぬ力とは何か。

 どうすれば、あの白い魔導師へ届くのか。

 この方についていけば、何が分かるのか。


 扉を前にした私が考えていたのは、そういうことばかりでした。


 このときの私は、自分の考えがどれほど甘かったのか、まだ知りませんでした。

 知っているつもりで、何も知らなかったのです。


 消えた私達の願いを拾い、新たな身体を与えた人。

 丁寧に説明をし、問いにも穏やかに答える、小さな白い姿。

 その印象だけを頼りに、私は、彼のあとを歩いてきました。


 そして、この扉の向こうで。


 私達は、ヘルカイザーさんの本当の闇を、知ることになるのです。


――第47話・了――

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