第44話 次元神との邂逅
アルカディアへハブをばらまいてから、数分が過ぎていた。
ヘルカイザーは、侵略活動と商売に励んでいた。
「うん♪ ホクホクですね〜♪」
薬は売れる。
金が入る。
そして、街からは良質なマイナスエネルギーが生まれる。
ヘルカイザーは、満足そうに目を細めた。
自分で送り込んだハブに咬まれた者へ、助かるための薬を売る。命を失う恐怖に追い詰められた者たちが、次にどんな行動を取るかも、その間に見えてくる。
その結果を喜ぶ顔に、ためらいはなかった。
街にいる者たちにとっては、自分が助かるかどうかに関わる出来事だった。持っている金で足りるのか。薬へ辿り着けるのか。そう考える一瞬ごとに、余裕がなくなっていく。
ヘルカイザーは、その反応を商売の外側に置いていなかった。金を得ることも、人々の恐怖も、同じ騒ぎから生まれている。その両方を受け取れることが、今の満足へ繋がっていた。
放送で告げた値段を下げようとも、蛇をやめようともしていない。自分で始めた仕事が、思いどおりに進んでいる。その感触を確かめるような、上機嫌な声だった。
「まさに、一石三鳥というやつですねぇ♪」
それだけではない。
沖縄四天王にも、仕事を任せていた。
「四天王たちには、アルカディアの女性陣の記念撮影をしてもらっていますし……」
混乱の中にいる彼女たちの姿を、記録させている。
本人たちが望む写真かどうかを、尋ねたわけではなかった。
それでも、ヘルカイザーは当然のように続ける。
「これを本人たちに渡せば、良い思い出になりますね〜♪」
どんな写真が撮れているだろう。
出来上がりを想像する顔は、実に楽しそうだった。
人々にとって忘れたい出来事であっても、彼にとっては、仕事と娯楽の両方を満たす一場面なのだろう。
その笑顔が、ふと止まった。
「……おや?」
何かが、変わっていた。
ヘルカイザーは顔を上げ、耳を澄ませた。
先ほどまで聞こえていた悲鳴が、急に静かになっている。
街にいた者がいなくなったわけではないだろう。
だが、絶えず新しい騒ぎが重なっていたときとは、明らかに聞こえ方が違う。
「おや? 悲鳴が聞こえないですね……」
ヘルカイザーは、少し首を傾げた。
人々が慣れたのだろうか。
それとも、別のことが起きたのか。
考えるより先に、ハブを送り出している場所を確かめる。
「どうなっているのでしょうか?」
開いておいた次元の裂け目へ、顔を向けた。
そして、その下にあるものを見た。
「……おやおや?」
もう一つ、裂け目が開いていた。
自分の開いたものとは、別の次元の入口だ。
上から出てきたハブが、そのまま下へ落ちていく。
街へ向かうはずの身体は、下側の裂け目へ吸い込まれ、そこから先へ姿を見せなかった。
また一匹。
さらに一匹。
ハブが現れるたび、その流れは繰り返された。
ヘルカイザーは、目を細めて眺めた。
自分の裂け目そのものが、消されたわけではない。
出てくる先へ、別の行き先を置かれている。
これでは、新しいハブがアルカディアへ降りない。
出てきたものを、その先で受け取ってしまう。上側の裂け目が働き続けても、行き先が街でなくなれば、送り出した数は騒ぎへ繋がらない。
ヘルカイザーは、自分の手ではない方の輪郭を見た。偶然そこへ開いたものではないだろう。落ちるハブを逃さないように、その位置へ置かれている。
介入した相手は、こちらの狙いを見つけて、流れを変えたのだ。邪魔されたという感想と、よくできているという感想が、彼の中では同時に浮かんでいた。
騒ぎの増え方が変わった理由が、目の前にあった。
「……ほう?」
感心したような声が、漏れた。
誰が行ったのだろう。
自分の他に、このような空間を扱える相手がいるとは。
(……次元神?)
ヘルカイザーは、二つの裂け目を見比べた。
よく似た現象が、別の意思で動いている。
自分が送り出したものを、正確に受け止める位置へ、もう一つの入口が置かれていた。
(次元神は、自分だけではないのですか?)
疑問が、浮かぶ。
心当たりはなかった。
そもそも、次元神というものは、自分がデータを上げない限り現れないはずだ。
ヘルカイザーは、そう考えていた。
だが、その認識のままでは説明しにくい現象が、今、目の前で起きている。
自分の知っている範囲を思い返しても、使用者の顔が浮かばなかった。似たように見えるだけなのか。それとも、本当に同じ力を手にしているのか。
どちらであっても、見ておきたいものだった。仕組みの分からないものへ出会えば、確かめたくなる。まして、自分の知る力と関わりがありそうなのだから、なおさらだ。
ただ、疑問を並べたところで、今ここに答えを知る者がいるわけではない。ヘルカイザーは、考えを結論のように扱うことはしなかった。裂け目は現にある。その使用者のことは、これから知ればよかった。
「うーん……」
少しだけ、考え込んだ。
自分が知らないところで、何かが起きたのだろうか。
見落としていることがあるのかもしれない。
裂け目は、答えない。
ただ、上から落ちるハブを、そのまま別の場所へ送り続けている。
仕掛けを見ているだけで、その使用者の事情までは分からなかった。
「……ふむ。いずれ分かるでしょう♪」
ヘルカイザーは、そこで考えるのを区切った。
興味はある。だが、今ここで答えが出る問いでもない。
誰かが介入したというなら、その相手と会う機会もあるかもしれなかった。
次のプランへ、考えを向け直そうとする。
そのとき、声がした。
「……見つけました……」
「……おや?」
ヘルカイザーが、ゆっくり顔を向けた。
そこには、二人の少女がいた。
一人は、先ほど会った天城いろは。
手にしたアークレイも、こちらへ向ける険しい顔も、覚えている。
もう一人は、初めて見る相手だった。
「……ほう?」
小柄な身体に、幼さの残る顔立ち。
外見は、十歳ほどに見える。
銀紫色の長い髪と、紫色の瞳。白いジャケットに黒を基調とした装備を纏い、左腕には展開された魔力ディスクがあった。
ステラと同調した、安藤はちだ。
だが、ヘルカイザーは、まだその名を知らない。
少女は、真っ直ぐこちらを見据えていた。
見た目は幼くても、その目には迷いがない。
いろはと並んで来た理由も、ただの見物ではなさそうだった。
はちの方でも、目の前の相手を確かめていた。画面に映っていた顔と、今こちらを見ている顔は同じだ。声の柔らかさも、こちらが何を思っているかを気にする様子のなさも変わらない。
だが、テレビを見ているときとは距離が違う。質問をすれば、相手はその場で答える。その返事が届く前から、いろはの悩みを生んだ相手へ来たのだという実感が強くなった。
はちは隣のいろはの位置を、一度だけ確かめた。出所へ手を打った後で、本人も見つけた。だが、対面できたことと、彼を止められたことは、まだ同じではなかった。
ヘルカイザーは、いろはから、その少女へ視線を移した。
いろはは次元神の能力を持っていないはずだ。
ならば、先ほどの裂け目を開いたのは――。
「あの次元の裂け目は、貴女が発動したのですか?」
少女は、すぐには頷かなかった。
紫色の瞳が、こちらを見返す。
「だとすれば……どうするのですか?」
「……ほう?」
ヘルカイザーは、小さく頷いた。
面白い返答だった。
肯定の言葉をそのまま返すのではなく、自分の意図を確かめようとしている。
それでも、反応から見れば、見当違いではなさそうだ。
ヘルカイザーは、もう一度少女の姿を確かめた。
「そうですか……よく、次元神の能力を手に入れましたねぇ?」
はちの表情が、変わった。
「まさか……自分以外にも次元神を持っている人がいるとは、驚きましたよ♪」
「……っ!?」
口にした名が、届いたらしい。
ヘルカイザーは、その驚きを見ていた。
少女にとっても、同じ力を持つ相手との遭遇は、想定の外だったのだろうか。
はちは、問いの調子へ注意を向けた。こちらの返答を聞いてから推測した、というだけではなさそうだった。裂け目を見た時点で、相手はすでに次元神という名へ辿り着いている。
いろはが体験したという力と、自分が使っているもの。それが似ているからといって、相手がどこまで知っているかは分からない。だが、目の前の白い竜は、まるで手に入れることの難しさまで知っているように語った。
はちは、すぐに問い返したい気持ちを抑えた。知りたいことは増えた。しかし、街へ何をしたのかを後回しにはできない。驚きに止められた呼吸を戻し、相手の顔を見据え直した。
はちは、僅かに息を止めた。
いろはが出会ったという相手。底の知れないマイナスエネルギーを感じた、白い竜。
その相手から、当然のように自分の使う力の名を告げられた。
隣のいろはも、二人を交互に見ていた。
報告の場で答えの出なかった疑問が、そのまま目の前で形を取っている。
だが、ヘルカイザーが知っていることを、すぐ全て語る様子はなかった。
「それにしても……よく、制御できますね……」
彼は、感心したように言った。
あの裂け目は、狙った位置へ正確に置かれていた。
自分の開いたものへ無理に干渉せず、そこから出てくるハブの行き先を変えている。
小さな少女が、その操作を行っているというのだ。
どのような方法を使っているのだろう。
何か、特別なやり方があるのかもしれない。
ヘルカイザーの目は、仕事を妨げる相手を見るだけのものではなかった。
はちは、その視線を受け止めたまま口を開く。
「では、こちらの質問に答えてください」
「……おや? いいですよ♪ 何でしょうか?」
ヘルカイザーは、にっこり笑った。
はちは、眉を寄せた。
「どうして……こんなことをしたのですか?」
言葉を、一つずつ押さえるような声だった。
眼下で見た人々の顔が、はちの中には残っている。
蛇から逃げ、咬まれて怯え、金を手に入れようと他人へ襲い掛かる者まで出た。
その原因が、目の前で笑っている。
理由を知れば許せるという問いではなかった。
それでも、本人の口から何を考えていたのか聞かなければ、次の言葉を続けられなかった。
「ふむ……いろはさんには、言ったと思いますが……」
ヘルカイザーは、いろはへ一度目を向けた。
それから、笑顔のまま答える。
「仕事ですよ♪」
はちの唇が、僅かに動いた。
「ガーディアンを制圧するために、ですね」
白い竜は、周囲の景色へ目をやる。
「アルカディアの皆さんに、お近づきのしるしとして、プレゼントを送っただけですよ♪」
ハブの大量散布。
薬の販売。
そして、マイナスエネルギー。
彼にとっては、その全てが仕事の一環だった。
はちは、目の前の笑顔と、眼下で見た顔を重ねた。薬を買うため、他人へ金を迫っていた者。咬まれて痛みに声を上げた者。腕へ巻き付いた蛇を離せずにいた人々。
その誰もが、プレゼントを貰って喜んでいるようには見えなかった。望んで招いた出来事でもない。普通に暮らしていた場所へ、突然押し付けられたものだった。
それを、近づくためのしるしだと相手は言う。はちは、その言い換えを聞き流せなかった。仕事という言葉を挟んでも、街で何が起きたかは変わらない。握った指へ、気づかぬうちに力がこもっていた。
はちは、拳を握った。
画面で見たときと同じ声だ。
悲鳴を聞き、薬の値段を告げたときと、何も変わっていない。
「ふざけないでください!!」
強い声が、響いた。
ヘルカイザーが、首を傾げる。
「……おや?」
気に入らなかったのだろうか。
彼の表情は、そう言っているようだった。
はちの身体が、僅かに震える。
「はちちゃん! 少し落ち着こう?」
いろはの声が、その間へ入った。
はちは、隣を見る。
「……いろはさん……」
いろはは、こちらを見ていた。
怒りを否定する目ではない。
ただ、そのまま相手へ向かう前に、一度息を整えるよう促していた。
はちは、ゆっくり息を吐いた。
握った指の力を、少しだけ緩める。
目の前で笑う相手から、意識を離したわけではなかった。
いろはの声が、頭の中へ一度隙間を作った。怒鳴り続けても、相手は首を傾げるだけかもしれない。こちらが怒っていることを理解しても、何をやめてほしいのかまで受け取るとは限らなかった。
はちは、ゆっくり肩の力を落とした。怒りそのものを消したわけではない。街に残した被害も、人々の顔も、忘れていなかった。
隣でいろはが、こちらの呼吸を確かめるように見ている。はちは一度視線を返し、もう一度ヘルカイザーへ向き直った。相手が楽しそうでも、こちらまでその調子へ巻き込まれる必要はない。
ヘルカイザーは、そのやり取りを眺めている。
(……はち?)
なるほど。
少女の名は、はちというのか。
いろはが呼ぶ声を聞いて、ようやく名前の一部を知った。
「別に、ふざけていないですがねぇ……」
小さく首を傾げる。
だが、いつまでも名乗らないのも失礼だろう。
ヘルカイザーは、姿勢を整えた。
「さて……申し遅れました」
黒い翼を、優雅に広げる。
右の前脚を胸元へ添え、静かに目を閉じた。
そのまま、執事のように深く頭を下げる。
「自分は、ガルデローベ社技術開発部長のヘルカイザーと申します」
顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「以後、お見知りおきを♪」
はちは、その礼を見た。
街へ起こしたことを知らなければ、丁寧な相手だと思ったかもしれない。
いろはが最初に感じたのと同じ種類の違和感が、そこにあった。
「自分は……安藤はちです……」
名前を告げる声は、まだ少し硬かった。
名前を言うだけの短い時間にも、相手の動きを見ていた。礼を返したからといって、警戒を解くつもりはない。
いろはは、二人の名乗りを見守っていた。自分が初めて挨拶を交わしたときも、同じように丁寧なお辞儀をされた。その後で制圧すると告げられ、武器を向け合うことになった。
今は、はちもそれを知っている。礼儀正しい所作を見せられて戸惑っても、何のために来たのかは変わらない。ヘルカイザーの声が穏やかに戻るほど、二人は、街へ起きたことを忘れずにいる必要があった。
ヘルカイザーが、小さく頷く。
安藤はち。
その名を、覚えておくことにした。
「さて……自己紹介も済みましたし……」
二人を、交互に見る。
「ここにいるということは、自分を止めに来たのですね?」
いろはが、一歩前へ出た。
「はい……やはり、やり過ぎです……」
アークレイを、構える。
先ほど別れたときとは、違っていた。
今は、自分の体験だけではなく、街へ起きたことも知っている。
「私はガーディアンとして、貴方を拘束します……」
はちも、構えを取った。
左腕の魔力ディスクを維持し、相手の動きを見据える。
二人とも、簡単に話を終えて帰るつもりはなかった。
ヘルカイザーの笑みが、深くなる。
「できますかね〜?」
視線を、いろはへ向けた。
「今度は、止めませんよ?」
前の出会いでは、相手の頼みを聞いて拘束を解き、自分から去った。
だが、今度は向こうから、こちらを止めるために来たのだ。
せっかく来たなら、少し相手をしてみてもよい。
はちは、相手から目を逸らさない。
いろはも、アークレイを下げなかった。
その間に、新しい声が響く。
「はち!! いろは!!」
「……おや?」
ヘルカイザーが、そちらへ顔を向けた。
金色の長い髪をなびかせ、一人の女性が向かってくる。
青い瞳に、強い警戒の色があった。
レイの視線が、まず二人の位置を確かめた。はちがそこにいて、いろはもいる。その向かいに、報告で知らされた白い竜が立っていた。
いろはから聞き、記録で見た姿だった。小さな身体であっても、何ができるかは分かっている。少なくとも、見た目だけで相手を軽く扱うつもりはなかった。
ヘルカイザーは、到着したレイを眺めた。先に来た二人が親しみを込めて声を掛けている。その反応と、こちらへ向けられた警戒を順に見てから、新しい相手へ笑顔を返した。
「レイさん!」
「レイちゃん!」
二人の声に、女性がこちらを確かめる。
レイは、はちといろはの姿を見てから、白い竜へ視線を移した。
「……あれが、ヘルカイザーだね?」
ヘルカイザーは、その声を聞いた。
自分の名を知っているらしい。
こちらを見つめる目も、ただ驚いている者のものではなかった。
「いかにも♪ 以後、お見知りおきを♪」
穏やかに微笑んでから、続きを告げる。
「もしよろしければ……自己紹介をしていただきたいですねぇ♪」
戦おうという相手だ。
少なくとも、名前くらいは知っておきたい。
レイは、真剣な表情を崩さずに答えた。
「レイ……レイ・シルビア……」
ヘルカイザーが、黙った。
その名を聞きながら、もう一度顔を見る。
金色の髪。
青い瞳。
その顔立ち。
どこか、見覚えがある。
名前だけではなく、顔も重なって見えた。
ヘルカイザーは、少し考えてから尋ねた。
「レティシア・シルビアの娘ですか?」
レイの表情が、大きく変わった。
「……っ!?」
目を見開き、白い竜を見つめる。
はちといろはも、レイへ顔を向けた。
「お母さんのことを、知っているの?」
その答えに、ヘルカイザーが頷く。
「やはり……そうでしたか……ミリアに似ているから、もしかしてと思いましてね?」
レイは、すぐに次の言葉を出せなかった。
母の名だけではない。
レイは、相手の言葉を聞き違えたのではないかと思った。だが、その名は、自分が問い返すより先に、はっきり告げられていた。
こちらは名乗っただけだった。母について尋ねたわけでも、過去の話をしたわけでもない。それなのに、顔を見たヘルカイザーから、突然その名が出てきた。
レイの目が、白い顔へ戻る。何を知っているのか。その一言をどう受け取ればよいのか。警戒して向き合っていた相手が、思いもよらない場所へ触れてきたことで、次の問いがすぐには形にならなかった。
ミリアの名まで、彼は知っている。
どこで。
どうして。
聞きたいことが、一瞬にして増えた。
だが、その前に、いろはが口を開いた。
「そんな……確か、レティシアさんは亡くなったのでは……?」
ヘルカイザーは、あっさり答えた。
「生きていますよ?」
「……えっ!?」
いろはの声が、上ずった。
レイも、言葉を失ったまま相手を見る。
聞きたかった答えなのか、聞くことさえ考えていなかった答えなのか、その区別もつかないほど突然だった。
生きている。
目の前の相手は、そう言った。
いろはも、すぐには続きを尋ねられなかった。母の名を聞いたレイの表情は見えている。そこへ、生きているという答えまで重なった。
はちは、レイとヘルカイザーを交互に見た。こちらが聞いているのは、相手の説明だ。確かめられた事実が増えたのか、それとも、相手が新しい言葉を差し出しただけなのか。その区別は、まだつかない。
それでも、レイにとって、そのまま聞き流せる言葉ではないことは分かった。生きていると告げられたのに、次には場所を教えないという声が続く。その短い間に、レイの顔から離れないものが、さらに強くなった。
「ただし……場所は教えませんが……♪」
穏やかな声が、続く。
ヘルカイザーにとっては、そこを簡単に渡すつもりはなかった。
仲間を売ることになるからだ。
レイが、身を乗り出した。
「お願い! 教えて!」
その声は、先ほど名乗ったときとは違っていた。
警戒を失ったわけではない。
だが、母のことを知っているという相手を、そのままにしておけなかった。
レイは、答えを待っていた。今度こそ、何かを教えてもらえるかもしれない。そう思ってしまうことを、自分でも止められなかった。
けれど、目の前の相手は街へハブを送り込んだ者だ。いろはの報告で知った危険も、今ここへ来た目的も、消えていない。
知りたい気持ちと、警戒しなければならない理由が、同じ相手へ向いている。レイの声は切実だったが、構えようとしていた身体まで無防備になったわけではなかった。白い竜の返事を、一つも聞き逃さないようにしていた。
「駄目です♪」
ヘルカイザーは、にっこり笑った。
拒む答えにも、ためらいがない。
「どうしてもと言うのであれば……」
一度、言葉を切った。
レイは、その続きを待つ。
「自分に勝てたら、教えてあげますよ♪」
レイの唇が、僅かに動いた。
はちは、隣のレイを見る。
いろはも、アークレイを持ったまま、彼女の反応を確かめていた。
話を聞いただけでは、その真偽までは分からない。
だが、本人の母とミリアの名を知る者が、目の前にいる。
しかも、その居場所を知っていると、言っているのだ。
レイの目に、強い光が戻った。
最初から、この相手を止めるために来た。
そこへ、確かめなければならない理由が加わった。
いろはは、レイの顔を見た。今の話だけで、彼女が何を思い出したのかを全て知ることはできない。それでも、母の居場所を聞きたいという声の重さは伝わった。
はちも、レイを急かさなかった。勝てば教えるという条件を差し出したのは、ヘルカイザーの方だ。その条件を受け止めようとしているレイの目を見てから、もう一度相手へ向き直る。
三人がここへ来た理由は、一つの言葉にまとめられるものではなくなっていた。それでも、目の前の白い竜を止める必要があることでは、誰も迷っていなかった。
「さて……無駄話は、これくらいにして……」
ヘルカイザーが、両の前脚を広げた。
左右の空間が、静かに歪む。
漆黒のライフルが、二丁、現れた。
彼はそれぞれを掴み、銃身を持ち直す。
金属の音が、三人の前へ響いた。
「そろそろ、始めますか♪」
はちが、身構えた。
いろはも、アークレイを向ける。
レイは、ヘルカイザーを真っ直ぐ見据えていた。
マイナスエネルギーを喜んでいた顔が、今は三人へ向けられている。
初めて会った相手へも、すでに一度交戦した相手へも、態度は変わらない。
丁寧に名乗り、質問へ答え、最後には楽しそうに武器を構える。
「ヘルカイザー……」
レイが、静かに口を開いた。
「私たちが勝てば、お母さんの居場所を教えてもらいます……」
確認する声だった。
ヘルカイザーは、にっこり頷く。
「ええ♪」
約束した以上は、守らなければならない。
それが簡単に果たせる条件だとは、思っていないとしても。
「技術開発部長に、二言はありませんよ♪」
レイは、その言葉を受け止めた。
いろはとはちも、構えを崩さない。
ヘルカイザーは、二丁の黒い銃をゆっくり持ち上げた。
銃口が、三人へ向く。
「では……」
僅かな沈黙が、間に落ちた。
誰も目を逸らさない。
ヘルカイザーの黒い翼が、僅かに動いた。
「始めましょう……楽しいゲームを♪」
満面の笑みだった。
その声を境に、三人と白い侵略者との戦いが、始まろうとしていた。
レイは、もう母の名を繰り返さなかった。今は、相手を見ている。勝ったなら教えるという言葉を、ただの期待だけで終わらせるつもりはなかった。
いろはの杖も、ヘルカイザーを捉えていた。男への攻撃を止めに入ったときから、この相手との会話は、幾つもの驚きを連れてきた。それでも、彼が街へしたことを見過ごすわけにはいかない。
はちは、左腕の光を確かめた。ステラとの同調も、ここへ来るために使った力も維持している。目の前にいるのは、同じ力の名を知る相手だ。その疑問への答えを得るためにも、まず、今向けられた銃口と向き合わなければならなかった。




