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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第38話忍び寄る悪夢、そして新たなる侵略者



 レクサス・クロフォードは、売上の記録を眺めていた。

 AEGISに所属する女性陣の写真を使い、無断で作らせたグッズ。その販売は、今も順調に続いている。


「……ふむ」


 椅子へ深く腰を下ろし、記録をめくった。

 予想以上の売れ行きだった。資金は着実に集まり、目標額も近づいている。


 本人たちの許可は取っていない。

 そのことに、多少の罪悪感はあった。

 けれど、レクサスはすぐに別の理屈を並べた。


 ガーディアンを正しく立て直すためには、犠牲も必要だ。

 元犯罪者まで所属するような組織へ、遠慮することはない。

 自分のしていることは、いずれ正しい目的へ繋がる手段にすぎない。


 そう考えれば、目の前の数字を気分よく眺めていられた。

 写真を使われた者がどう思うかは、考えないことにした。


「……もう少しだ」


 記録を机へ置く。

 あと少しで、復讐のための資金が揃う。


「私を切り捨てたのだから……当然の報いだ」


 長年、組織のために尽くしてきた。

 優秀な人材と、その力を確保するために動いてきた。

 その手段を強引だと責めた者たちの顔が、脳裏に浮かぶ。


 レクサスは、机の上で拳を握った。


「……許せん」


 計画を否定され、追放されたことが、今も腹立たしかった。

 自分が必要な人材だったと、思い知らせなければならない。


 この資金で、あの者たちより優秀な人材を雇う。

 組織の悪事を暴き、世間へ広め、信用を失墜させる。

 市民から見放されれば、ガーディアンも立ち行かなくなるだろう。


 それが、レクサスの思い描く結末だった。

 自分の行為もまた、信用を失うに十分なものだということには、目を向けない。


「ガーディアンは終わりだ……」


 口元に笑みを浮かべ、身体を起こした。

 机へ並べた書類には、これから必要になることが書き連ねてある。レクサスはそれらを順に眺めた。今はまだ紙の上の計画でも、金さえ揃えば動かせる。

 追放されたときには失ったと感じた主導権が、少しずつ戻ってくるようだった。自分を否定した者たちへ、今度はこちらから答えを突きつける。その想像に、指先まで力がこもった。

 資金が揃い次第、最終段階へ移す。

 その前に、人材の確保と資金の配分、準備の順序を確かめておこう。


 計画書へ、手を伸ばす。


 その指が、途中で止まった。


「……ん?」


 視線を感じた。

 誰かに、じっと見られているような気がする。


 レクサスは顔を上げ、ゆっくり振り向いた。

 その先には、誰もいなかった。

 しばらく見つめても、人が動く気配はない。


「……気のせいか」


 少し神経質になっているのだろう。

 計画を考えることが多く、疲れが溜まっているのかもしれない。

 そう片づけ、再び書類へ目を戻そうとした。


「あら? 気のせいではないわよ♪」


 レクサスの動きが、止まった。

 今の声は、近かった。


「誰だ!!」


 勢いよく顔を上げる。

 声のした方に、大きな影が立っていた。


 筋骨隆々とした、逞しい身体。

 全身を覆う白い毛並み。

 そして、狼の顔。


 レクサスは、息を呑んだ。

 狼男、としか言いようのない姿が、自分の部屋にいる。

 目を瞬かせても、その影は消えなかった。


「……貴様。何処から入った……?」


 声を低くし、相手を睨む。


「それと、貴様は誰だ?」

「あら♪ 随分と警戒しているのねぇ」

「質問に答えろ!」

「もう、せっかちなんだから♪」


 相手は片手を腰へ添え、楽しそうに微笑んだ。

 警戒するどころか、相手を見つけて喜んでいるようだった。


「私の名前は、ウォルフよ♪」

「……ウォルフ?」

「そう♪ ちなみに、普通に入ってきたわよ?」


 大きな指が、部屋の入口を示した。

 レクサスも、つられてそちらを見る。


「…………は?」


 扉が、壊れていた。

 開いていたのではない。まともに閉じることなどできないほど、派手に破壊されている。

 破片が入口の周囲へ散り、通路との間を隔てていたものは、ほとんど役に立たなくなっていた。


 レクサスは、もう一度ウォルフを見た。

 相手は、何もおかしなことを言っていないという顔をしている。


(それは、普通に入ったとは言わんだろう!!)


 叫びそうになったが、どうにか堪えた。

 今は、その言葉の使い方を訂正している場合ではない。


「……何の用だ?」


 まさか、強盗だろうか。

 この部屋には、復讐に使う資金と資料がある。

 それだけは、何としても守らなければならない。


 レクサスが警戒を強めると、ウォルフが首を傾げた。


「随分な反応ねぇ。これから、じっくりお話しするだけなのに♪」

「……話だと?」

「ええ♪ 貴方に用があるのよ」


 ウォルフは、レクサスの顔を見つめた。

 写真で見たときよりも、ずっと近い。

 その視線の熱心さに、レクサスの背中が粟立った。


「……一体、何の話だ」

「貴方と、写真の持ち主たちのお話♪」


 レクサスの表情が、僅かに変わった。

 その変化を見て、ウォルフが一歩近づく。


「さあ、少し付き合ってもらえるかしら?」

「……何を言っている!?」


 レクサスは、後ずさった。

 足が椅子へ触れ、思わず身体を支える。

 ウォルフの逞しい腕が、ゆっくり伸びてきた。


 捕まる。

 そう思った瞬間、レクサスの頭から、強盗かどうかを考える余裕が消えた。


「それじゃ、こちらへいらっしゃい♪」


 ウォルフが、踏み込んだ。


「うわああああっ!?」


 レクサスは、咄嗟に身体を横へ投げ出した。

 伸ばされた手が、その脇を通り過ぎる。


 ガシャァァンッ!


 勢い余ったウォルフが、机へぶつかった。

 書類が舞い上がり、机上の物が床へ散る。

 売上の記録と計画書が、レクサスの足元へ滑ってきた。


 レクサスは、それを見下ろした。

 だが、拾うことはできなかった。

 机から身体を起こそうとしている相手を見て、逃げる方を選んだ。


「うわああああっ!!」


 破壊された入口へ走る。

 足元の破片を越え、部屋の外へ飛び出した。


「……あらぁ?」


 背後から、ウォルフの声が聞こえた。


「もう、せっかちねぇ♪」


 せっかちなのではない。恐怖しているのだ。

 レクサスは振り返らず、足を速めた。


「……でも♪」


 声が、少しだけ遠くなる。

 それがかえって不気味だった。


「逃がさないわよ♪」


 レクサスの肩が跳ねた。

 捕まれば、計画も資金も、自分のこれからも終わるかもしれない。

 写真という言葉を聞いた以上、ただの偶然で現れた相手ではないのだ。

 だが、誰が向かわせたのかを確かめる余裕はなかった。背後から追ってくる声を聞くだけで、足が勝手に動いてしまう。

 さっきまで机の前で思い描いていた反撃の手順も、今は役に立たない。相手より優秀な人材を雇うどころか、目の前の一人から逃げることさえできるか分からなかった。


 逃げなければ。

 その思いだけで、レクサスは街へ飛び出した。


     ◇


「はぁ……はぁ……!」


 通りには、人が多かった。

 レクサスは、その間へ紛れ込むように進んだ。

 肩を避け、足を速め、背後を一瞬だけ確かめる。


 白い毛並みは、見えない。

 あれほど目立つ相手なら、人混みの中でこちらを見失うはずだ。

 そう思いたかった。


「……くっ!」


 角を曲がる。

 さらに別の道へ入り、また曲がる。

 人々の声が少し遠くなり、足音だけが大きく聞こえるようになった。

 角を曲がるたび、レクサスは背後を確かめた。白い影は見えない。そのたびに、一つずつ相手を遠ざけた気になっていた。

 逃げる自分の姿を、誰かに見続けられているような感覚も、ようやく薄れていく。代わりに胸が苦しくなり、足の重さが増した。それでも、次の角まではと進み続けた。


 目についた建物へ、身を滑り込ませた。

 何の建物なのか、確かめる余裕もない。無人の一室へ入り、扉を閉める。

 慌てて鍵を掛けると、ようやく壁へ背を預けた。


「はぁ……はぁ……」


 通りの音が、少し遠くなった。

 廊下から、追ってくる足音は聞こえない。

 レクサスはしばらく扉を見つめ、それからゆっくり肩を下ろした。


 これだけ人混みを通り、何度も方向を変えたのだ。

 さらに建物の中へ隠れてしまえば、簡単には見つからないはずだ。

 入口の扉も、今度はきちんと閉じている。


 何という目に遭ったのだろう。

 あと少しで準備が整うところだったのに、書類も拾えず逃げ出すことになった。

 だが、まずは助かった。


「……こっ……ここまで来れば……」


 大きく息を吐き、顔を上げる。

 室内の窓から、外の光が差し込んでいた。

 追っ手の姿がないことを確かめようと、何気なくそちらへ目を向ける。


 窓の外側に、白い顔があった。


「み〜つ〜け〜た♪」


 ガラス越しに、ウォルフが微笑んでいた。


「うわあああああっ!!」


 レクサスは、尻餅をついた。

 窓から目を離せないまま、床を後ずさる。

 逃げ切ったと思った分だけ、恐怖が一気に戻ってきた。


「……な、何故……」


 声が震えた。

 あれだけ人混みを利用した。

 何度も曲がり、見通しの悪い道を選び、最後には建物の中へ入った。

 それなのに、相手は扉を探すより先に、こちらのいる窓へ現れている。


「どうしてここが分かったのか、って顔をしているわね?」


 ウォルフが、ガラスの向こうで首を傾げた。

 レクサスは、唾を飲み込む。


「……何故、分かるのだ……? まさか……発信器でも……」

「まさか♪ そんな物、使っていないわよ♪」


 ウォルフの指が、自分の鼻先をつんつんと突いた。


「最初に会ったとき、貴方の匂いを覚えただけよ♪」


 レクサスは、言葉を失った。


「……匂い?」

「そうよ♪ だから、隠れても分かるの♪」


 姿を見えなくすれば済む相手ではなかった。

 人混みも、曲がり角も、建物の壁さえも、居場所を隠す役には立っていない。

 レクサスは床に座り込んだまま、窓を見上げていた。


 だが、まだガラスがある。

 扉にも鍵を掛けた。

 少なくとも、すぐには入ってこられない――。


「あら。そこで待っていてくれるのね♪」


 ウォルフが、両手を胸の前へ持ち上げた。

 左右の指先を合わせ、親指を下へ向ける。

 逞しい両手の間に、くっきりとハートの形ができた。


「…………は?」


 レクサスは、口を開けた。

 なぜ、今そこでハートを作るのだ。

 逃走と追跡の最中にする仕草として、あまりにも場違いだった。


 ウォルフは、にっこり笑っている。

 その手の間へ、光が集まり始めた。


「それじゃあ、お姉さんから――」


 ハートの輪郭が、明るく輝く。

 レクサスの顔から、血の気が引いた。


「待て。貴様、何を――」

「ラブビーム♪」


 ハート型の光が、窓へ飛んだ。


 パリィィンッ!


 ガラスに、鮮やかなハートの輪郭が走る。

 その形に切り抜かれた部分が割れ落ち、窓には大きなハート型の穴が開いた。


 レクサスは、肩を竦めて固まった。

 光が消えた後も、窓の形だけは、ふざけたほど可愛らしいままだった。


「……窓まで、ハートにする奴があるか!!」


 思わず、叫んだ。

 ウォルフは嬉しそうに笑い、手で作っていたハートを解く。


「あら♪ 可愛いでしょう?」

「そういう問題ではない!!」


 窓の外から、白い腕が伸びた。

 ウォルフはハート型の開口部をくぐり、堂々と室内へ入ってくる。

 逞しい身体の向こうには、外へ通じる、実に可愛らしい形の穴が残っていた。


 レクサスは、ようやく扉を振り返った。

 鍵を掛けたのは、自分だ。

 立ち上がって、扉まで行き、鍵を外す。その間を、相手が待ってくれるはずもなかった。


(まずい……!)


 逃げなければ。

 足へ力を込めるが、慌てた身体はうまく立ち上がらない。


「さあ。もう、追いかけっこはおしまいよ♪」

「……たっ……助けてくれ……!」


 ウォルフが、ゆっくり距離を詰める。

 レクサスは後ずさり、壁へ背をぶつけた。


「や〜ねぇ♪ 別に、命を取るわけじゃないのに♪」


 自分の計画も資金も、このままでは終わる。

 だが、目の前の相手には、そんな事情は関係ないらしい。

 ウォルフは上機嫌なまま、両腕を広げた。


「今度こそ、来てもらうわよ♪」


 大きな影が、目の前へ落ちる。

 レクサスは身体を捻り、最後にもう一度逃れようとした。


「止め――」


 ウォルフの腕が、その身体を捕らえた。

 力を込めても、まるで動かない。

 逞しい腕に押さえられ、レクサスは目を見開く。


「はい、捕まえた♪」


 背後の窓には、大きなハート。

 目の前には、満面の笑みを浮かべるウォルフ。

 自分がどれほど逃げても、この相手から離れられなかった。その事実が、ようやく頭へ追いついた。


「ああああああああああっ!!」


 建物の中に、レクサスの絶叫が響き渡った。


     ◇


 ――レクサス、追跡の末に捕獲。逃走計画、終了――


     ◇


 ウォルフを向かわせてから、数時間が過ぎていた。

 はちは、いろはたちと一緒に帰りを待っている。


 いろはは何度か入口へ目を向け、レイも落ち着かない様子だった。

 かえでは腕を組み、はちの顔を確かめてから、また扉を見る。

 呼び出されたときのウォルフの張り切り方が、皆の記憶に残っていた。


「……ふむ」


 はちは、展開したままの魔力ディスクへ目を落とした。

 召喚中のカードは、まだそこにセットされている。


 そこへ、明るい声が届いた。


「あら〜♪」

「わふっ? あっ、ウォルフさん♪」


 振り向くと、ウォルフが戻ってきていた。

 実に満足そうな顔だ。

 そして、その傍らには、すっかり疲れ切ったレクサスがいた。


 はちの視線が、そちらへ移る。

 逃げ続けていた男は、今はもう走ろうとしなかった。

 ウォルフの方へ一度目を向け、すぐに逸らしている。


「お待たせ♪ はちちゃん! 捕まえてきたわよ♪」

「ありがとうございました、ウォルフさん♪」

「あら、いいのよ♪」


 ウォルフが、楽しそうに答えた。

 はちは笑顔で頷き、いろはたちへ目を向ける。


「それでは、後は自分たちに任せてください」

「分かったわ♪」


 はちは、左腕の魔力ディスクへ手を伸ばした。

 セットしていたカードを取り外す。


「ウォルフさん、お疲れ様でした♪」

「うふふっ♪ また呼んでちょうだいね♪」

「はい♪」


 ウォルフの姿が、光へ変わる。

 大きな輪郭が消え、室内へ広がっていた気配も収まっていった。


 はちはカードを、右手中指の指輪型カードケースへ収納した。

 続いて、SIAの展開を解除する。

 魔力ディスクが消え、左腕には普段の本体だけが残った。


「……はちちゃん」

「わふっ?」

「……もう、大丈夫なの?」


 いろはが、恐る恐る尋ねた。

 はちは、にっこりと頷く。


「はい♪ 後は、レクサスさんをガーディアンの担当者へ引き渡すだけですよ♪」

「……そっか」


 いろはが、小さく息を吐いた。

 レイとかえでも、レクサスへ視線を向けている。


 無断で集められた写真。

 そこから作られ、売られたグッズ。

 そして、その利益を使った復讐の計画。


 捕まったレクサスには、これから一つずつ向き合ってもらうことになる。

 少なくとも、本人たちの知らないところで商品を作り、売上を喜んでいられる時間は終わった。


 担当者へ引き渡される男を、はちは静かに見送った。

 レクサスは、ウォルフの消えた方を一度だけ振り返る。

 もうそこには、誰もいなかった。

 それでも、レクサスの足取りは重い。逃げ道を探すように目を動かしかけて、すぐに正面へ戻した。先ほどまでの追跡が、まだ身体に残っているようだった。

 いろはたちは、その姿を黙って見送っている。写真に写る自分たちの顔を、勝手に商品へ変えられたことが消えるわけではない。だが、相手を引き渡したことで、ようやく次へ進めるところまで来た。


「……ふぅ」


 はちが、長く息を吐いた。

 これで、ひとまず決着だ。


 ふと、先ほどまでウォルフが立っていた場所を見る。

 帰ってきたときの、あの満足そうな顔を思い出した。

 いろはたちも同じことを考えているのか、何とも言えない顔をしている。


(……何か黒いよ!? これ!!)


 はちは、小さく苦笑した。

 自分で頼んだ仕事が終わったことは、確かだった。


     ◇


 ガルデローベ社、技術開発部。

 研究設備の並ぶ一室で、新たな発明の構想が練られていた。


「……ふむふむ♪」


 机の上に、資料が広がっている。

 視線がその上を辿り、興味を引かれた箇所で止まった。


 新しい機械か。

 新しい兵器か。

 それとも、これまでとは少し違う実験装置にするか。


 考えることは、幾らでもあった。

 まだ形になっていない仕組みを思い浮かべ、実際に動いたときのことを想像する。

 予定どおりに動けば、その先を試したくなる。

 違う結果が出ても、そこからまた発見がある。


「……ふふっ♪」


 研究室へ、機嫌のよい笑い声が落ちた。

 考えが進むほど、次に確かめたいことが増えていく。

 机に広げた資料は、そのための入口にすぎなかった。


「さてさて……今回は、少し変わったものも面白そうですねぇ♪」


 実験の内容を考えながら、次に必要な相手を思い浮かべる。

 試してみなければ分からないことは多い。

 そして、試すためには相応しい対象が要る。


「……天屋物さんにしましょうかねぇ♪」


 何気ない声で、名前が挙がった。

 それからまた、資料へ目が戻る。

 仕組みをどう組み、どんな結果を見たいのか。その考えが、静かに膨らみ始めていた。


 そこへ、別の声が入る。


「おーい! マスター社長が呼んどるで!」


 資料の上で、動きが止まった。


「……おや?」


 声のした方へ顔が向く。

 研究室へ来たのは、ポルトンだった。


「これはこれは♪ ポルトンさん」

「マスター社長から呼び出しやで」

「……おやおや♪」


 短い間、考えるような沈黙があった。

 それから、口元へ笑みが浮かぶ。


 社長から、直接の呼び出し。

 久しぶりに、仕事が入ったのかもしれない。

 研究机から離れることになっても、残念そうな様子はなかった。


 次は、どこの星なのだろう。

 珍しい技術か、資源か。それとも、まだ知らない何かがあるのか。

 まだ命令も聞いていないのに、興味はもう外へ向き始めていた。


「分かりました♪ 早速、向かうとしましょう」


 ポルトンへ頷き、研究室を後にする。

 開かれた資料は、机の上に残った。

 つい先ほどまで、その場所だけに向いていた興味が、今は別の仕事へ切り替わっている。研究が止まったというより、新しい題材が外から運び込まれてきたような、楽しそうな反応だった。

 まだ内容は聞いていない。それでも、呼び出しを受けてからの歩みに、迷いはなかった。何を命じられるにせよ、まずは話を聞きたい。その期待が、軽い声にも表れていた。

 新しい発明の構想より先に、社長室で聞く話が、次の仕事を決めることになる。


     ◇


 社長室の扉が、開いた。


「……失礼します♪」


 中へ入り、丁寧に頭を下げる。

 マスター社長は、入ってきた相手へ顔を向けた。


「マスター社長、お呼びでしょうか?」

「……来たか」


 社長の視線が、その小さな姿を捉える。


「ヘルカイザー君」

「……はい♪」


 小さな白い竜が、顔を上げた。

 白い身体の背には、対照的な黒い翼がある。

 顔を上げるとき、その翼が僅かに動いた。大きく見せようとする仕草ではない。胸元へ前脚を添え直し、社長の言葉を待つ姿勢を整えている。

 呼び掛けへの返事も、礼の仕方も、どこか親しみやすい。けれど、その小さな姿がこれから何を命じられるために来たのかを思えば、声の穏やかさも別の響きを持っていた。

 足元には、紫色の影が落ちていた。


 ヘルカイザー。

 ガルデローベ社の技術開発部長だった。


 小柄な身体であっても、社長の前に立つ姿には落ち着きがあった。

 呼び出されたことへ怯える様子も、これから聞く仕事へ身構える様子もない。

 ただ、口元には楽しそうな笑みが残っていた。


「この様子だと……どんな内容なのか、察しがついているようだね」

「……おや?」

「顔がにやけているぞ」


 ヘルカイザーが、少し首を傾げた。

 次いで、否定する代わりに小さく笑う。


「ふふっ♪ 流石ですねぇ、マスター社長♪」


 社長は、その反応を見ていた。

 ヘルカイザーは視線を逸らさず、穏やかな声で問い掛ける。


「自分を呼んだということは……どこかの星の制圧ですよね?」

「……うむ」


 静かな返事だった。

 ヘルカイザーの笑みが、僅かに深くなる。


 予想どおりの仕事らしい。

 あとは、どこへ向かうのか。それを聞くだけだった。


「ヘルカイザー君」

「はい♪」

「君には、ある組織の制圧を命じる!」


 ヘルカイザーは、すぐには口を開かなかった。

 星そのものではなく、特定の組織。

 言葉を受け止めるように一度頷き、それから翼を軽く広げる。


 右の前脚を、胸元へ添えた。

 そのまま、執事のように上品に頭を下げる。


「かしこまりました♪」


 所作は、丁寧だった。

 口にした命令の物騒さに比べて、声も表情も、あまりに柔らかい。


 ゆっくり顔を上げ、ヘルカイザーは続きを待つ。


「それでは……場所は、どちらでしょうか?」


 社長が、手元の葉巻をくゆらせた。

 煙が細く立ち上がり、二人の間をゆっくり漂う。


「うむ。ヘルカイザー君も、聞いたことがあると思うが……」

「はい?」


 社長は、その名を告げた。


「時空世界の管理を担う、ガーディアンだ。その組織を制圧してほしい」


 ヘルカイザーの目が、僅かに細くなる。


「……なるほど♪」


 聞いたことのある名だった。

 様々な時空世界を管理する組織。

 失われた技術による遺物を回収し、管理する役割を持ち、多くの魔導師が所属している。

 科学と魔法が共存する世界で、魔法文化とその技術を発展させてきた存在だった。


 ヘルカイザーは、その名から思い浮かぶものを確かめていた。

 魔法を扱うための技術。それを動かし、支え、運用している仕組み。

 どれも、研究の対象として興味を引く。


 制圧できれば、会社にも利益があるだろう。

 新しい技術、新たな戦力、まだ手にしていない知識。

 そこへ目を向けるヘルカイザーの顔には、ためらいがなかった。


「それは、面白そうなお仕事ですねぇ♪」


 研究室で新しい装置を考えていたときと、よく似た声だった。

 これから制圧される側にも日常があり、人が暮らしている。

 そのことを気にする言葉は、出てこなかった。


 社長が、静かに続ける。


「……期間は」

「はい?」

「三年間だ」


 ヘルカイザーは、社長を見たまま動かなかった。

 三年。

 告げられた長さを、頭の中へ置く。

 すぐに成果を見せるための短い命令ではなかった。相手を知り、準備を進め、制圧へ至るまでの時間が与えられている。

 ヘルカイザーは、まだ具体的な手順を口にしない。聞いたばかりの組織名と、三年という期間。その二つを受け取ってから、改めて社長へ向き直った。口元には、変わらず笑みが浮かんでいた。


「その期間で、見事に制圧してみなさい」


 返事までの間は、短かった。


「かしこまりました♪」


 もう一度、丁寧に頭を下げる。


「了解しました。早速、準備に取り掛かります♪」

「……うむ」


 社長が頷いた。

 命令は、それで伝え終わっていた。

 ヘルカイザーも、余計なことは尋ねない。


 最後にもう一度礼をして、扉へ向かう。

 その足取りは、研究室を出てきたときよりも、さらに軽かった。


     ◇


「……ふむふむ♪」


 廊下を進みながら、ヘルカイザーは考え始めていた。

 ガーディアンの制圧。

 与えられた期間は、三年間。


 命令を聞いたばかりなのに、頭の中には、もう幾つもの問いが浮かんでいた。

 どこから手を付けるべきだろう。

 中枢か。関連施設か。それとも、主要な戦力を確かめるところからか。


 だが、思いついた順に手を出せばよいわけではない。

 何事にも、順序がある。

 ヘルカイザーは、歩みを止めずに考えを並べ替えた。


 まだ、向こうの者たちと戦ったことはない。

 実際にどの程度の力があるのかも、これから確かめることになる。

 だからこそ、想像する余地があった。


「……ふふっ♪」


 笑い声が、廊下へ小さく響いた。

 最初に目指す場所が、決まる。


 アルカディア。

 あの街を、最初の制圧目標にする。

 ガーディアン全体へ手を伸ばすためにも、まずは、そこから始めるとしよう。


 ヘルカイザーは、研究室へ向けて進んだ。

 新しい仕事が決まった以上、準備することは多い。

 それでも、面倒そうな様子はなかった。


 研究であれば、考えた仕組みを形にして、動かしてみる。

 今度の仕事でも、まずは相手を確かめ、次の手を考えるのだろう。

 まだ目にしていない魔法も、それを使う者たちも、ヘルカイザーの興味を引いていた。


 魔法を扱う組織。

 多くの魔導師。

 その力を支える、様々な技術。


 一体、どれほどのものなのだろう。

 考えるほど、口元へ笑みが戻る。


「さて……あそこは、自分を楽しませてくれますかねぇ♪」


 誰へともなく、そう呟いた。

 返事は、まだない。


 アルカディアでは、一つの事件が決着を迎えたばかりだった。

 無断の写真を売っていた男は捕まり、はちたちはようやく息をついている。


 その街の名を口にした白い竜は、これから向かう先へ、楽しそうに思いを巡らせていた。

 まだ、両者の道は交わっていない。


 ヘルカイザーは研究室へ戻り、ガーディアン制圧のための準備に取り掛かった。

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