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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第2部

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第36話 幼馴染との模擬戦



 咲と再会した、翌朝。

 訓練所には、崩れかけたビルが立ち並んでいた。


 途中で途切れた壁。窓の抜け落ちた建物。足元へ目を向ければ、砕けた瓦礫が転がっている。

 今日の模擬戦のために用意された、廃墟の市街地ステージだ。

 通りの先は建物に遮られ、立つ位置を変えるたびに見通せる範囲も変わる。空へ出れば相手を見つけやすいが、低い場所へ入られると壁が視線を塞ぐ。二人の間にも、崩れた建物の影が長く延びていた。

 咲はその上へ目を向け、それからはちに視線を戻した。昨日の約束が、いよいよ目の前の戦いになろうとしていた。


 その一角で、安藤はちは幼馴染を見上げていた。

 新里咲は、もう周囲を見終えている。こちらと目が合うと、待っていましたとばかりに微笑んだ。


「ねえ……咲……」

「どうしたの? はち」

「本当にやるの?」

「勿論♪」


 昨日から、返事は少しも変わっていなかった。

 はちが息を吐く一方、咲は楽しそうに手元へ目を落とす。


「あっ、予め紹介しておくわ。これが私の相棒のアカムよ」

『よろしく頼む!』


 力強い声が応じた。

 はちは咲からアカムへ視線を移し、それから自分の隣へ向き直る。


「なら、こちらも紹介しておくよ。こちらはユニゾンデバイスのステラと、もう一つのデバイスのシア」

「よろしく……」

『以後、お見知り置きを』


 ステラの静かな声に続いて、左腕からシアの声が響いた。

 咲は二つの返事を聞き、片目を閉じてみせる。


「ステラにシアね。よろしくね♪」


 ステラが小さく頷いた。その隣で、はちも左腕のSIAを確かめる。

 機能を展開する前の本体は、いつもどおり左手首に収まっていた。


 そこへ、通信画面が開く。


「それでは二人とも! 準備ができたら声を掛けてね♪」


 画面の向こうで、天城いろはが微笑んでいた。

 レイ・シルビアに天城ヴィリノ、白瀬ましろ、そしてバティオスも、二人の模擬戦を見守っている。

 観戦側のモニターには、廃墟を挟んで向き合う二人が映っていた。

 ヴィリノは画面の中のはちを見つけ、隣にいる咲へも視線を向けた。昨日まで食卓を囲んでいた二人が、今日は武装を手に取ろうとしている。

 レイは全体の配置を確かめ、いろはは通信を開いたまま準備を待っていた。ましろもバティオスも、口を挟まずモニターへ顔を向けている。開始前の短い時間に、画面の向こうの小さな仕草までよく見えた。


 はちは、まだ少しだけ気の進まない顔で息を吐いた。

 それでも、咲の方へ向き直ったときには、声を整えている。


「……ステラ!」

「わかった……」


 ステラが手を差し出した。

 はちがその手を取ると、二人の周囲へ淡い光が広がっていく。


「「ユニゾン・イン!」」


 重なった声を合図に、ステラの姿が光へ変わった。

 銀紫色の粒子がはちの周りを巡り、その身体へ吸い込まれていく。


 風が抜けた。

 腰まで届く灰黒色の髪が、淡い銀紫色へ変わる。瞳には、澄んだ紫色が宿った。

 白いフード付きジャケット。黒を基調としたインナーとプリーツスカート。

 ステラと同調した、次元神衣装だ。

 光が薄れると、はちは咲を見上げた。目の前の相手との距離は同じなのに、咲の方は少しだけ表情を変えている。変化を追っていた視線が、紫色になった瞳へ戻ってきた。

 はちはその目を見返し、軽く手を開いてから握った。隣に立っていたステラの姿はもうない。それでも、呼び掛ければ届く気配が、同調した身体の内側に残っていた。


 左腕のSIAと、右手中指の指輪型カードケースは、元の位置に残っている。

 その周囲には、虹色の光を交えた次元の裂け目が、ちらちらと浮かび始めていた。


「へえ……雰囲気が変わったわね」


 咲が、はちの顔から周囲の光へ目を動かした。

 先ほどまでの幼馴染と同じ顔なのに、纏う気配は明らかに違う。

 それを確かめるように一度頷いてから、相棒を呼ぶ。


「アカム!」

『心得た!』


 咲の身体を、光が包み込んだ。

 光の中で、レグナム系の装甲を模したバリアジャケットが形を取る。

 顔は咲のまま。身体の動きに沿う装甲の背には、翼状の武装が広がっていた。

 両手にはそれぞれ、ビームライフルを携えられる構成になっている。


 はちは目を細めた。

 武装の配置も、背部ユニットの形も、見覚えがあった。


 一方、咲は自分の服装を見下ろしていた。

 腕を少し動かし、腰の辺りへ視線を落とす。その顔が赤くなる。


「ねえ……アカム? 何でまた、際どいバリアジャケットなのかな?」

『動きやすいだろ?』

「そうだけど……恥ずかしいわよ!」


 アカムの返事には、悪びれた様子がなかった。

 咲が言葉に詰まり、はちは困ったように笑う。


 観戦画面のいろはが、二人を見比べた。


「準備はできたようだね。それでは! はちちゃん対、咲ちゃんの模擬戦――」


 はちは、ディメンションボックスを開いた。

 次元収納から漆黒の砲撃デバイス、ダークアークレイを取り出し、正面へ向ける。


 咲も二挺のビームライフルを手に取った。

 照準を合わせるように腕を持ち上げ、片足を引く。


 一瞬、二人の間から声が消えた。


「スタート!」


     ◇


「先手必勝!」


 開始の声が響いた直後、咲が引き金を引いた。

 二条の光が、廃墟の通りを横切る。


「わふっ!」


 はちは横へ跳んだ。

 つい先ほどまで立っていた場所をビームが通り抜ける。着地した足が瓦礫を踏み、細かな石が散った。


 顔を上げた先に、もう咲はいない。

 背部の翼を広げた姿が、ビルの上へ抜けていた。


「どうしたの? はち。そんな動きじゃあ、私に追いつかないわよ♪」


 声は上から聞こえた。

 はちが杖を向ける前に、咲の位置がまた変わる。


「こいつの性能は、はちも知っているはずよ」


 左右のライフルから、続けざまに光が走った。

 上から、斜めから。射線を変えながら降り注ぐビームが、はちの足元を追いかける。


「わふ〜!」


 はちは崩れた壁際を抜け、身体を低くして次の光をかわした。

 頭上を掠めたビームが、背後の瓦礫を弾く。

 立ち止まれば、次の射撃が届く。はちは足を止めずに通りを渡り、ようやく咲へ向き直った。


 ダークアークレイの先端を、下へ向ける。


「ダークネス……」


 黒い光が、はちの周囲に生まれた。


「アクセル……」


 一つ、二つ。

 浮かび上がる魔力弾が、次々と狙いを定めていく。

 その数、二十。

 はちを中心に、黒い光が幾つもの高さへ並んでいた。咲は空中で身体の向きを変え、その全体を目で追う。ライフルの狙いを保つより先に、迫る弾をどう捌くか決めなければならない。

 はちは咲から視線を外さなかった。さっきまで逃げるように移動していた足を止め、杖を握った腕へ力を込める。周囲の光が、一斉に動き出す瞬間を待っていた。


「シューター!」


 二十発の黒い光が、咲へ殺到した。

 それぞれの軌道が空中で分かれ、咲の動く先へ回り込んでいく。


「何の♪」


 咲はライフルからビームサーベルへ持ち替えた。

 最初の一発を斬る。手首を返し、脇へ迫った弾を落とす。

 下から来た二発を身体の捻りに合わせて払い、その勢いで次の光へ刃を向けた。


 黒い魔力弾が、空中で弾け続ける。

 咲の周囲に閃光が重なり、最後の一発も刃の先で散った。


 僅か、三秒。

 はちには、弾を放ってから杖を構え直すほどの時間しか経っていない。それなのに、咲はもう最後の一発まで捌き終えていた。

 弾けた魔力の残光が、刃に沿って細く流れる。咲の腕は無理に振り回したようには見えず、次の動作へ移れる位置に収まっていた。速いだけでなく、動きの一つ一つが繋がっている。その様子に、はちの指が杖の柄を握り直した。

 サーベルを下げた咲の周囲には、もう弾の一つも残っていなかった。


「運動にしかならないわね♪」


 はちが、ほんの少し口を開けた。


(お前、どれだけチートなんだよ……)


 咲の方は、涼しい顔でサーベルを構えている。

 はちは杖の角度を変えた。今度は、咲のいない方向へ真横に向ける。


「なら、これならどうですか?」


 黒い魔力弾が、誰もいない空間へ飛んだ。


「どこに撃っているの? そんなんじゃ……」


 言い掛けた咲の顔が、横を向く。


「はっ!」


 すぐ脇に、次元の裂け目が開いていた。

 別の方向へ飛んだはずの弾が、そこから飛び出してくる。


 咲は咄嗟にサーベルを振った。

 刃と黒い光がぶつかり、短い閃光が弾ける。


「これも駄目でしたか……」


 はちは杖を引いた。

 今度は咲も、すぐに笑い返さなかった。裂け目の消えた場所へ一度視線を向け、それからはちを見る。


「今のは驚いたわ……なるほど。それは厄介だわ……」


 言葉を終えるより早く、咲が踏み込んだ。

 射撃をやめ、サーベルを持ったまま距離を詰める。

 廃墟の壁を背後へ流し、はちの姿が一気に近づいた。


「接近戦に持ち込ませないよ」


 はちの隣に、ゲートが開いた。

 小さな身体がその中へ入り、咲の目の前から消える。


 刃が届くはずだった場所には、誰もいなかった。

 振り向くと、別の通りにはちが立っている。

 咲は進みかけた足を止めた。今の接近で縮めた距離よりも、移動先との隔たりの方が大きい。走った道も、踏み込んだ勢いも、ゲートの向こうまでは届いていなかった。

 はちは遠くから咲へ向き直っている。咲が追い直せば、また別の場所へ移るだろう。そのことを考える間にも、杖の周囲では次の黒い光が育っていた。


「くっ! 近寄れない……」


 はちはすでに、次の魔力弾を展開していた。

 黒い光が次元の裂け目へ吸い込まれ、咲の周囲へ次々と現れる。


 今度は、一方向ではない。

 右から、左から。咲が身を返した先にも、新しい光が飛び出した。


「同じ手は食らわないわよ!」


 咲はサーベルを振り、次の弾へと身体を向けた。

 刃を止めない。避ける足運びと、斬り落とす動作を繋げていく。

 背後から現れた光を振り返りざまに払い、斜め下の一発を、身体を浮かせながら落とした。


 観戦側のモニターには、閃光の中を舞う咲が映っていた。

 いろはもレイも、しばらく言葉を挟まず、その動きを追っている。

 ましろは両手を前で重ねたまま画面を見つめ、ヴィリノも咲の姿から目を離さなかった。


 最後の黒い弾が、細かく散った。

 咲はサーベルを構え直し、遠くのはちへ目を向ける。


「……厄介ですね」


 はちは、ダークアークレイを握り直した。

 砲撃なら、弾より強い一撃を放てる。

 だが、ダークネス・ディバインバスターには、魔力を収束させる時間が要る。

 咲は今も、その隙を与えるつもりがないようだった。


「今度は私の番よ! アカム!」

『了解した』


 咲の背部ユニットが開く。

 翼に並んでいた遠隔射撃端末が離れ、別々の方向へ飛び出した。


 はちは周囲へ目を走らせる。

 小さな武装が位置を変え、複数の射線がこちらを捉えた。


「くっ……シールド!」


 魔法障壁が広がった直後、光が降り注いだ。

 正面からの一撃を受け、障壁が震える。続けて別の角度から衝撃が重なった。


 重い。

 はちの足が、少しだけ後ろへ滑る。

 杖を構える腕を下げずに踏み直すと、今度は頭上から光が落ちた。

 障壁の表面を、幾つもの光が走った。受けた衝撃が重なり、はちの袖と長い髪が揺れる。咲本体へ向け直そうとした視線も、次の射撃で引き戻された。

 観戦モニターでは、射撃端末とはちの位置が離れて見えた。咲はその間を抜けている。レイの視線が、光を受け続ける障壁から、その背後へ向かう咲へ移った。


 その間に、咲が動いた。

 射撃端末へ注意を向けているはちの背後へ回り込む。


「もらったわ!」


 ビームライフルの照準が、はちの背中を捉えた。

 咲が引き金を引く。


 光が、迫った。


『ディメンションウォール……』


 ステラの声が響く。

 その声に合わせ、はちの力が背後の空間を開いた。


 届くはずだったビームが、裂け目へ吸い込まれる。

 はちの身体には、触れもしなかった。


「えっ……きゃっ!」


 咲が、咄嗟に腕を上げた。

 目前に開いた別の裂け目から、自分の撃ったビームが飛び出してくる。

 ビームシールドを展開すると、弾がその正面で弾けた。


 衝撃を受けて、咲が後ろへ流される。

 立て直して顔を上げたとき、はちはもうこちらを向いていた。


「これも駄目でしたか……」


 呟くはちに、咲が声を上げた。


「ちょっと! はち! 何よ、このチート能力は!」


 はちはダークアークレイを持ったまま、少し首を傾ける。


「これが次元神の力だよ……自分に、あらゆる攻撃は届かないよ」

「なっ……」


 咲は返す言葉を失った。

 攻撃を防いだのではなく、届く場所を変えられた。

 自分の一撃が自分へ戻ってきた感触が、まだ腕に残っている。

 咲はビームシールドの向こうにいるはちを見た。先ほどまでと同じ通りに立ち、こちらを見返している。背後へ回るために動いた距離も、射撃を合わせた瞬間も、うまくいったはずだった。

 それでも届かない。速さや狙いとは別のところで、一撃を外されていた。その違いを理解しかけた咲の顔から、余裕の笑みが少しだけ消えていた。


「そして……こんなこともできるよ……」


 はちは、ダークアークレイを収納した。

 代わりに、咲の周囲で空間が裂けていく。


 一つ、二つではない。

 視線を動かした先にも、新しい裂け目が生まれた。

 その内側から、様々な武器の先端が現れてくる。


 ディメンションゲートと、ディメンションボックス。

 二つの力を組み合わせた武装が、咲を取り囲んでいた。


「何よ……これ……」


 咲は背後を確かめた。

 そちらにも武器がある。上を見れば、空中にも照準が並んでいた。

 サーベルを構える手へ、力がこもる。

 どの方向を見ても、武器の先があった。はちだけを見ていても、次にどこから撃たれるのか分からない。かといって周囲へ目を移せば、その間にはちが何をするのか追えなくなる。

 咲は一度だけ唇を噛んだ。降参を促す声は、昨日模擬戦を断ったときと同じように柔らかい。その顔を前にして、ここまでだと認めるのは、どうにも悔しかった。


「いくら咲でも、これだけの攻撃は避けられないよね?」

「くっ……」

「降参する?」


 はちは、笑顔で尋ねた。

 咲の眉が、ぴくりと動く。


「はち……あんたも知っているでしょ……私の性格……」


 顔を上げた咲と、はちの目が合った。

 負けず嫌いな幼馴染の顔だった。


「負けず嫌いなのよ!」


 咲の身体が、青く光り始めた。

 サーベルを握る手も、こちらへ向ける目も、もう迷っていない。


「……覚醒か!」


 はちが反応すると同時に、咲が動いた。

 包囲を抜けるように、高速で身を翻す。


「逃がしません!」


 裂け目に並んだ武器が、一斉に火を噴いた。

 無数の魔力弾が、咲の進む先を埋めていく。


「わふっ!」


 はちの目が見開かれた。

 咲は止まらない。

 弾の間を抜け、避けきれない一発だけをサーベルで弾く。次の瞬間には、また別の射線から外れている。


 黒い光が、後を追った。

 その先で咲がビルの陰へ入り、崩れた壁の内側へ身を滑り込ませる。

 最後に翻った装甲の端が、壁の向こうへ消えた。はちはその場所を見たまま、裂け目に並ぶ武装を確かめる。

 モニターを見ていたいろはも、逃げ込んだ建物へ視線を留めた。包囲の中にいたときとは違い、咲の表情は見えない。先ほどの鮮やかな動きの後に、瓦礫と壁が映る静かな間が訪れた。


 はちの前から、その姿が消えた。


     ◇


「はぁ……はぁ……」


 壁に遮られた空間へ、咲の息遣いが響いていた。

 サーベルを持つ腕を下げ、外の気配を窺う。

 射撃の光は、ひとまず追ってこない。


「何とか、離脱したわね……」


 咲はゆっくり息を吸った。

 攻撃をかわすことはできる。撃ち落とすこともできる。

 だが、それだけでは、はちへ一撃も届かない。


 思い浮かぶのは、背後から放ったビームだ。

 完璧に取ったはずの位置から撃ったのに、気がつけば自分が受け止める側になっていた。


「どれだけチートよ……」


 思わず、呟きが漏れた。

 元の享司は、過剰な力で何でも解決するような設定を、あまり好まなかった。

 面白くなくなるから、と言っていたのを覚えている。


 それなのに、あの力だ。

 本人が最初から望んで手に入れたというより、後から何かあったのだろう。

 もっとも、カードゲームに関わる話では、また別の顔をしていたけれど。


 咲は、すぐに考えを戦いへ戻した。

 今は、その力をどう越えるかだ。


「さ〜き〜。隠れてないで、出てきてくださ〜い」


 外から、呑気な声が届く。

 咲は壁へ目を向け、唇を引き結んだ。


(出ていけるわけないでしょ)


 けれど、ここで止まっていても勝てない。

 先ほどの攻防を思い返すうちに、ある武装と、その機能が頭に浮かんだ。


「アカム! 今から、別の装備になれる?」

『可能だが……何か作戦があるのか?』

「まあね♪」


 近接戦と、特殊な機動に対応できる装備。

 高速駆動モードを使えれば、まだ勝機はある。

 咲は相棒へ、切り替える構成を伝えようとした。


 そのとき。


 シュパパパッ。


 壁の向こうで、何かが走る音がした。

 咲が顔を上げる。

 目の前の壁に、細い線が入っていた。


 ずるり。

 切り分けられた壁が、音もなくずれる。


 次の瞬間、瓦礫が崩れ落ちた。

 積もる埃の向こうに、銀紫色の髪が見える。


「嘘? 見つかったの!?」

「咲、見っけ♪」


 はちが、崩れた壁の先に立っていた。

 手には、虹色の光を交えた剣状のものが握られている。

 刃の輪郭へ目を凝らしても、ただの金属には見えなかった。


「はち! 何よ、その物騒な物は!」

「これ? これは次元斬と言って、斬られた場所を強制的に転送させる剣だよ♪」


 咲が、足元の瓦礫を見た。

 頑丈な壁を、力任せに砕いた跡ではない。

 刃の通った場所だけが失われ、支えをなくした部分が落ちている。


 受け止めた剣でも、硬い物質でも、同じように一部を転送されてしまう。

 そう考えた途端、サーベルで受けるという選択肢が、咲の中から消えた。


「咲、そろそろ終わろうよ……」

「まだよ!」


 咲は後ろへ跳んだ。

 距離を取るのと同時に、身体を覆う装甲が光へ変わる。


 背部の翼が消え、別の武装構成へ組み替わっていった。

 近接戦に向いた装備。手には、ソードを携える。

 はちがその姿を見届けたところで、咲が宣言した。


「高速駆動モード!」


     ◇


 咲の姿が、はちの視界を横切った。

 今までより速い。

 残像を置き去りにするような機動で、廃墟の間を抜けていく。


「射撃装備の次は、近接戦仕様ですか……」


 はちは次元斬を収めた。

 左腕のSIAが起動し、その外側へ魔力ディスクが展開する。

 右手中指の指輪型カードケースから、必要なカードを取り出した。


 咲は、その手元を見ていた。

 だが、はちが次の手を使うより早く、距離を詰める。


「とりゃ!」


 剣を振れる間合いへ、飛び込んだ。

 はちがゲートを開き、一歩を踏み込む。


 咲の剣が通ったときには、はちの姿はもうなかった。

 少し離れた場所に別の裂け目が開き、小さな身体が出てくる。


「くっ……」


 咲は歯を食いしばった。

 速度は上がっている。それでも、距離そのものを変えられると届かない。

 はちは出口から離れ、咲を見ながらカードを構えた。


「今度は、これです!」


 カードが魔力ディスクへセットされた。

 光が広がり、その中心から、一人の魔導少女が姿を現す。

 崩れた建物を背にしたはちと、前へ出た少女が、同じ画面へ収まった。咲は剣を構えたまま、その配置を見ていた。

 新しく現れた相手を先に退けるか。それとも、はちを狙い続けるか。視線が二人の間を行き来する。アリアはそんな咲へ向き直り、もうはちから離れて動き出せる姿勢を取っていた。


「やっと出番が来ました♪」


 アリアが、明るい声で言った。

 はちは一瞬、彼女の方を見る。アリアは笑顔で杖を握り直していた。


「魔導姫アリア……今度はカードなの?」


 咲が、呆れたように声を上げた。

 はちはもう一枚のカードへ手を伸ばし、アリアへ呼び掛ける。


「アリア!」

「はい!」


 それだけで、アリアは前へ出た。

 咲を目掛けて進み、杖を構える。


「遅いわ!」


 咲が、アリアの視界から消えた。

 次に現れたのは、その背後。

 はちが声を上げるより早く、咲は攻撃へ移っていた。


「わふっ! 罠発動! 魔法の筒!」


 アリアの周囲に、二つの大きな筒が現れた。

 一方が、咲の攻撃を吸い込む。


 咲の目が、もう一方へ向いた。

 吸い込まれたはずの光が、そこから戻ってくる。


「何の♪」


 咲はすぐに身を返した。

 剣を振り、跳ね返された攻撃を弾き落とす。

 その脇を、細かな光が散っていった。


 アリアが振り向き、咲を見た。

 咲はもう彼女へ剣を向けていない。

 少し離れた先にいる、はちを見据えていた。


「やはり……はちを叩かないと駄目ね……」


 次の踏み込みは、アリアの横を抜けた。

 彼女を相手にすることなく、はちへ一直線に迫る。


 はちは、その動きを追っていた。

 魔力ディスクへ用意したカードに、意識を向ける。


「罠発動! フォースリフレクト!」


 はちの前に、障壁が広がった。

 咲の攻撃がそこへ触れ、光が大きく膨れ上がる。


 受け止めた力が、反転した。

 咲へ向けて、一気に押し返される。

 攻め込むために縮めた距離が、そのまま返ってくる力との近さになっていた。咲が剣を振り切る先へ、反転した光が広がっていく。

 はちはその向こうを見つめていた。先ほどの魔法の筒も、咲は反応して弾いている。今度こそ、と息を詰めながら、最後まで相手の姿を追おうとした。


 観戦側の画面が、白く染まった。

 いろはがモニターへ目を凝らし、レイも咲の姿を追う。

 光が直撃するはずだった、その瞬間。


「……えっ」


 はちの声が、漏れた。

 咲が、消えた。


 弾かれたのでも、横へ避けたのでもない。

 その身体が粒子へほどけ、迫る光の前から姿を失っていた。


(しまった。粒子化か!)


 はちが振り返ろうとする。

 だが、咲の再出現が、その動きより早かった。


 はちの背後に、粒子が集まる。

 形を取り戻した咲が、剣を振り上げていた。


「もらった!」


 はちの背中が、すぐ目の前にある。

 今度こそ、剣は届く。

 勝利を確信した咲の腕が、振り下ろされた。

 ここまで何度も逃げられ、攻撃を返されてきた。けれど今、はちはまだ振り返る途中にいる。目の前の背中が近づき、剣先との間隔がなくなっていく。

 咲はその一瞬を見逃さなかった。高速駆動モードの速さと粒子化で作った、ようやく届いた間合いだった。


『ディメンションウォール』


 ステラの声が、短く響いた。

 はちの背後で、空間が開く。


 剣先が届く直前。

 咲は、剣ごとその中へ吸い込まれた。


 踏み込んだ先の景色が変わった。

 目の前にあったはちの背中が消え、別の向きから見た廃墟が広がる。


「――っ!?」


 咲は、咄嗟に足を着いた。

 踏み込みの勢いを止めきれず、片膝をつく。

 剣を振った腕は、まだ下がったままだった。


 どこへ移ったのか。

 はちは、どこにいるのか。


 顔を上げて確かめようとしたところで、背後から小さな音がした。


 チャキ。


 咲の身体が、止まる。

 ゆっくり視線を動かすと、振り返った先に黒い杖が見えた。


 はちが立っていた。

 再び取り出したダークアークレイを、咲へ向けている。

 背後を取ったはずだったのに、今は自分が、その照準の前にいた。


 咲は剣を動かさなかった。

 僅かに肩を落としてから、両手を上げる。


「降参?」


 はちが尋ねた。

 咲は一度だけその顔を見て、それから深く息を吐いた。


「……参りました……」


 それを聞いて、はちが杖の先を下げた。

 咲も、上げていた手から力を抜く。

 廃墟に響いていた射撃音は、もう聞こえなかった。


 幼馴染同士の模擬戦は、はちの勝利で幕を閉じた。

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