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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第1部

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第25話 二つの正義



 桃色の障壁に、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


 全高二百三十センチ。


 赤と黒の装甲に覆われた《W.レグナム バティオス》の巨体が、天城いろはを押し潰すように迫っている。


 右手の巨大な魔力刃と、いろはの展開した障壁。その接触面から火花が散り、甲高い摩擦音が荒野に響き渡った。


「まだ……始まったばかりです!」


 いろははアークレイを握る両手に力を込めた。


 押し返そうと桃色の魔力を障壁へ注ぐ。しかし、バティオスの翼型推進器が低く唸ると、刃にかかる圧力が一段と増した。


 膝が沈む。


 靴底が地面を削り、いろはの身体が数十センチ後方へ押し流された。


 踏みとどまろうとする足へ、削れた地面の感触が伝わった。刃を押し返すつもりで注いだ力が、少しずつ後退を食い止めるためのものに変わっていく。いろはは崩れかける姿勢を支えた。視界を横切る亀裂の向こうで、バティオスはさらに迫っていた。


 ――私は、みんなの援護に回らなくちゃいけない。


 そのために、目の前のバティオスを止めなければならない。


 分かっている。


 それでも、いろはは攻撃へ踏み切れずにいた。


 バティオスは、無人兵器とは違う。


 命令された相手を無差別に襲うだけの機械ではない。言葉を交わし、考え、はちを案じ、自分の意志で戦っている。


 そこには確かに、心がある。


 まるで――鋼の身体に、ひとつの命が宿っているようだった。


 その声に込められていた怒りを、いろはは覚えている。はちを守るという言葉も、誰かに言わされているものには聞こえなかった。戦わなければ進めない。そう分かって構えたはずなのに、目の前の相手を傷つけることへの躊躇が、攻撃へ移る瞬間を奪っていた。


「考え事か?」


 バティオスの双眸が鋭い光を放つ。


「戦場で心を他所へ置けば――貴様が死ぬぞ!」


 魔力刃を押し込んでいた力が、ふいに消えた。


「えっ――」


 いろはの身体が前へ泳ぐ。


 押し合っていた力の釣り合いが、急に崩れた。抵抗へ向けていた力が、そのまま自分の身体を前へ運んでしまう。いろはは足を立て直そうとした。だが、刃の向こうにあった赤黒い姿は、もう同じ場所には留まっていなかった。


 その一瞬を、バティオスは逃さなかった。


 翼を開き、左へ急旋回。いろはの側面へ回り込むと、魔力刃を横薙ぎに振り抜く。


「アークレイ!」


『Protection』


 いろはの周囲に、球形の防御障壁が展開された。


 ガァンッ!


 重い一撃が障壁を揺らす。


 続けて、右上からの斬り下ろし。


 返す刃で左下から斬り上げ、翼の噴射で反転すると、今度は背後から水平に薙ぐ。


 ガン! ガン! ガン!


 上下左右――攻撃方向が目まぐるしく変わる。


 バティオスは巨体に似合わぬ速度でいろはの周囲を旋回し、間を置かず斬撃を叩き込んでくる。


 次に来る方向を追いかけるより早く、別の場所で障壁が鳴った。いろはは中心で身を固め、光の向こうを走る姿を目で追う。大きな刃を振るった後にも、動きが止まらない。守れている今の一瞬が、次も続くとは思えなかった。


「くっ……うぅっ……!」


 一撃を受けるたび、いろはの腕へ鈍い衝撃が伝わった。


 防御障壁に刻まれた亀裂が重なり、桃色の光が不安定に明滅する。


『Master. Barrier integrity, thirty-eight percent』


「まだ、持たせて!」


『Yes, Master』


 示された数値が、猶予の短さを突きつけてくる。傷ついた障壁を支える魔力を切らすことはできない。けれど、守り続けるだけでは、先に限界を迎える。いろははアークレイの返答を聞きながら、攻撃の間に残る逃げ道を探した。


 次の瞬間、バティオスの左腕から赤熱した鞭――ヒートロッドが放たれた。


 蛇のようにうねったそれは、球形障壁の外周へ巻きつく。


「捕らえた!」


 バティオスが左腕を振り抜いた。


 障壁ごといろはの身体が引き寄せられる。その先では、魔力刃が突きの構えを取っていた。


 巻きついた武装が、外側から防御を絡め取っている。守るために張った球面が、そのまま引き寄せられる足掛かりにされていた。このまま耐えてはいけない。前方に構えられた刃を捉えた瞬間、いろはは頼っていた防御を手放す決断をした。


「っ――!」


 いろはは障壁を自ら解除し、同時に足元から桃色の魔力を噴射した。


 身体を横倒しにしてヒートロッドの拘束をすり抜ける。


 直後、先ほどまで胸があった場所を赤黒い刃が貫いた。


 刃圧だけで髪が激しく揺れる。


 あと一瞬遅ければ、防御の上から撃墜されていた。


 いろはは宙返りし、バティオスから二十メートルほど離れた場所へ着地した。


 荒くなった呼吸を整えながら、アークレイを構え直す。


 着地した足へ体重が戻っても、刃が通り過ぎた感覚は消えなかった。呼吸が浅くなり、握り直した柄が手の中で確かな重みを持つ。命を奪われかねない戦いの最中なのだ。相手を傷つけたくないという願いだけでは、ここに立ち続けることさえ難しかった。


「バティオスさん……やっぱり、私は……」


「戦いたくない、か?」


 先に言葉を奪われ、いろはは息をのんだ。


「……はい」


 バティオスは追撃しなかった。


 魔力刃を斜め下へ向けたまま、いろはの答えを待っている。


「どうして、それほどの力があるのに……みんなを救うために使おうとしないんですか?」


 いろはは訴えた。


「犯罪者に苦しめられている人も、戦う力を持たない人も、まだ大勢います。ガーディアンに間違いがあるなら、中から変えていくことだってできるはずです」


 守るために使える力が、これほど目の前にある。それが、守ろうとしている人たちを倒すために振るわれている。いろはには、その隔たりがもどかしかった。組織が犯した過ちをなかったことにはできない。それでも、救いを必要とする人がいることまで変わるわけではなかった。


 バティオスはしばらく答えなかった。


 やがて魔力刃の切っ先を地面へ向け、低い声で問う。


「天城。どうして弱者が生まれるか、分かるか?」


「それは……犯罪者が人を傷つけるから、ですか?」


「違う」


 断言と同時に、バティオスの姿が消えた。


「弱者を作り出すのは――強者だ!」


「っ!?」


 正面。


 いろはが気づいた時には、赤黒い巨体が目の前にいた。


 翼の爆発的な加速を乗せた斬り下ろしが迫る。


 障壁を張る暇はない。


 いろははアークレイを両手で掲げ、刃を直接受け止めた。


 ギィィンッ!


 金属音が耳を刺す。


 衝撃が腕から肩へ突き抜け、いろはの足元が大きく陥没した。


 受け止めた腕が痺れ、耳の奥に金属音が残った。今度は障壁を隔てていない。柄を通して伝わる重さに、身体ごと押し潰されそうになる。いろはは両手を離さなかった。刃を支えることに追われながら、真正面から浴びせられる言葉を聞いた。


「犯罪者もまた、弱さゆえに道を踏み外すことがある。守るべき者に見捨てられ、裏切られ、憎しみに縋る者もいる!」


 バティオスが刃を押し込む。


「主もまた弱者だ。ガーディアンという巨大な力に陥れられ、信じた者に疑われ、居場所を奪われた!」


「ハチちゃんは……!」


「本来、強者には弱者を守る義務がある!」


 魔力刃がさらに沈み、アークレイの柄から火花が弾けた。


「貴様もそうではないのか、天城いろは! 強者として弱者を救うため、その力を振るってきたのではないのか!」


 バティオスの言葉は、斬撃よりも重くいろはの胸へ突き刺さった。


 弱い者を守るために力を使う。その考えを、いろはも否定したことはなかった。だからこそ、はちを弱者と呼んだ声が胸に残った。あの子が持つ技術や能力の大きさばかりに目を向ければ、自分たちの前で訴えていた小さな姿を、また見落としてしまう。


「それとも、貴様の力はガーディアンのためだけのものか! 組織の言葉に従い、知らぬ間に弱者を追い詰めても、それを正義と呼ぶのか!」


「違う!」


 いろはは足元へ魔力を集中させた。


 桃色の光が爆ぜ、バティオスの刃を斜めに受け流す。


 体勢を崩した相手の胸部へ掌を向け、至近距離から衝撃弾を放った。


 ドンッ!


 バティオスは左腕の盾で受けたものの、数メートル後方へ押し戻された。


 押し合いが途切れ、二人の間に空間が戻った。いろはは腕に残った震えを押さえ込むように柄を握る。反撃したことで、問われたことへの答えまで返せたわけではない。何を信じてここに立っているのか、それを自分の言葉で告げなければならなかった。


「私は、そんなに強くありません!」


 いろはは震える腕でアークレイを構え直す。


「ハチちゃんを守れなかった。救いたかった人を、全員助けられたわけでもない。今だって、迷ってばかりです」


 はちの泣き顔が、脳裏をよぎる。


 自分の言葉で傷つけた、大切な少女。


 その過ちを消すことはできない。


 救いたいと願いながら、救えなかった。信じていたつもりで、疑ってしまった。その事実を胸に抱えたまま、自分なら間違わないと言うことはできない。今のいろはが口にできる強さは、一度も失敗しない誰かの姿ではなかった。


「でも――だからこそ、ひとりで全部を決めたくない!」


 いろはの瞳が、まっすぐバティオスを捉えた。


「私にできないことは、みんなに補ってもらう。みんなにできないことは、私が全力で手伝う。間違えたら、互いに止めて、何度でもやり直す!」


 一歩、前へ出る。


「それが、私の信じる強さです!」


 ひとりで足りないことを認めれば、頼る相手も、止めてくれる相手も必要になる。はちともう一度家族になりたいという願いも、その中にあった。守ってあげると約束するだけでは足りない。互いの声を聞き、支え合う関係を、いろはは諦めたくなかった。


 風が二人の間を吹き抜けた。


 バティオスは魔力刃を下ろし、黙っていろはを見つめる。


 届いたのだろうか。


 いろはがそう思った直後――バティオスは再び刃を構えた。


「貴様の言葉にも、一理ある」


「なら――」


「だが、それでは完全な平和には届かない!」


 受け入れられたのは、言葉の一部だった。刃が下がった短い間に生まれた期待が、再び構えられたその姿に押し戻される。同じ平和を口にしていても、そこへ至る道は重なっていない。その違いを残したまま、バティオスは戦いを続けようとしていた。


 翼が大きく開いた。


 赤黒い残光を引き、バティオスが一直線に突進する。


「バティオスさん、やめて!」


 いろはは障壁を展開した。


 魔力刃が真正面から激突し、桃色の光が波紋のように歪む。


「本気で来い、天城いろは!」


 バティオスは刃を押し当てたまま、吠えた。


「私の正義が勝つか、貴様の正義が勝つか――その力で証明してみせろ!」


「そんな方法しかないんですか!?」


「今の主を止めたいのなら、覚悟を示せ! 自らの未来は、自らの手で勝ち取れ!」


 正面から受け止めた光が揺れ、その向こうから声が届いた。言葉を返すたびに、刃を止める力も必要になる。これ以上、願いを説明するだけでは道は開かない。いろははアークレイを支えながら、いま自分が何を求められているのかを考えた。


 その声に、迷いはなかった。


 バティオスは、いろはの答えを求めている。


 言葉だけではなく、信念を貫く力があるのかを試している。


 ――この人は、自分に賭けている。


 はちを救える者なのか。


 もう一度、信じるに値する者なのか。


 いろはは小さく息を吸った。


 もう一度、信じてもらうこと。それは、はちを連れ戻せば済む話ではなかった。過ちを繰り返さずに向き合えるのかを、今、目の前の相手が見ている。いろはは迫る刃の向こうを見据えた。答えを口にした以上、その答えを行動でも示したかった。


「……分かりました」


 障壁を解き、刃が届く寸前に後方へ跳ぶ。


「もう、迷いません」


 その目を見たバティオスもまた、隠していた切り札を解放する。


「ならば、私も全力で応えよう」


 胸部装甲の奥で、黒紫色の光が灯った。


「《ノクティス・システム》――起動」


 低い駆動音が鳴り、バティオスの視界が一変する。


 いろはの視線。


 指先の動き。


 全身を巡る魔力の偏り。


 空気の流れと、足場の起伏。


 それらすべてを瞬時に解析し、次に起こり得る無数の戦闘結果を予測する。それが、はちから与えられた戦闘演算機構――ノクティス・システムだった。


 ひとつの動きだけではなく、動きが生まれる前の兆候までが解析へ取り込まれていく。視線と魔力の流れが、次の行動を絞る材料になる。バティオスは表示される軌道を捉えた。相手が動いてから追う時とは違う順序で、迎え撃つ位置を選んでいた。


 バティオスの視界に、いろはが取り得る軌道が幾筋もの光となって浮かぶ。


 右へ回避する未来。


 上空へ逃れる未来。


 距離を取り、射撃へ移る未来。


 その中で最も確率の高い一本を、バティオスは迷わず選んだ。


「上だ!」


 いろはが動くより先に、魔力刃の切っ先が上空へ向けられる。


「……読まれた!?」


 いろはは予定していた直上への離脱を中断した。


 咄嗟に身体を捻り、あえて予測軌道から外れた斜め後方へ魔力を噴射する。


 足元に桃色の翼が広がった。


 羽根のような魔力噴射がいろはの身体を上空へ押し上げ、バティオスとの距離を一気に六十メートルまで広げる。


 予定していた方向を捨てた直後にも、いろはは相手の刃先を意識していた。先を読まれたという感覚が、動き出す判断へ重くのしかかる。それでも、止まっていれば間合いを奪われる。広がった距離を使い、次の攻撃を組み立てるしかなかった。


「行くよ、アークレイ!」


『All right, Master』


 いろはの周囲に、十二個の桃色の光球が出現した。


 四発は上空。


 四発は左右。


 残る四発は地表すれすれに散開し、バティオスの退路を囲む。


「《アーク・シューター》――シュート!」


 十二条の光が、一斉に走った。


 散開させた光を、別々の方向から走らせる。いろはは一発の行方だけを追わず、バティオスを囲む軌道全体へ意識を向けた。どの弾を防ぎ、どちらへ動くのか。その対応を見ながら、残る光球の位置と、アークレイを向ける先を定めていった。


 正面から迫る三発を、バティオスは盾で受け止める。


 爆発が盾の表面を覆った瞬間、左右から別の魔力弾が回り込んだ。


「ぬうっ!」


 ノクティス・システムが、魔力弾の軌道を先読みする。


 視界に表示された予測線へ従い、バティオスは攻撃が到達するより一瞬早く動いた。


 翼を片側だけ噴射して巨体を横回転させ、右からの二発を魔力刃で斬り払う。


 左から迫った一発にはヒートロッドを叩きつけ、軌道を逸らした。


 だが、魔力弾は止まらない。


 外れた弾が空中で弧を描き、再び背後から襲いかかる。


「追尾弾か!」


 一度かわしただけでは、背後に迫る脅威は消えなかった。バティオスは再び伸びてくる光の筋を捉える。受け止めるか、断つか、距離を取るか。続けざまに変わる状況へ対応するため、刃と盾だけでなく、翼による移動も止められなかった。


 バティオスは地面を蹴り、岩壁の間を縫うように加速した。


 魔力弾がその後を追い、地面や岩へ次々と着弾する。


 ドン! ドドンッ!


 爆風が土砂を巻き上げ、視界を茶色く染めた。


 バティオスは舞い上がる岩片を盾で砕き、低空から迫った二発を飛び越える。上昇した先で待ち構えていた一発を刃で両断し、背後へ迫った光球を振り向きざまに蹴り飛ばした。


 爆風の向こうに、次の光が待っていた。岩片を砕く音と魔力弾の爆発が重なり、赤黒い姿の周囲で土砂が弾ける。どの方向にも対応しているように見える動きの連続が、そのまま、いろはへ一直線に迫るための時間を削っていた。


「やっと、その気になったか!」


 バティオスは残る光弾を斬り落としながら、いろはへ向かって上昇する。


 だが――いろはは逃げなかった。


 アークレイを両手で構え、その先端をバティオスへ向けている。


 十二発の誘導弾は、倒すための本命ではない。


 バティオスの視線と武装を引きつけ、次の一撃を完成させるための布石だった。


 相手の力を侮ってはいなかった。十二発を放てば、それだけで決着がつくとも思っていない。いろはは自分へ向かってくる姿を見据え、次の一撃へ集中した。追尾する光が作る時間を使い切るように、両手で構えたアークレイへ力を注いでいく。


 いろはの正面に幾重もの環状魔法陣が展開され、その中心へ膨大な桃色の魔力が圧縮されていく。


 ノクティス・システムが、警告を発した。


 正面から迫る砲撃。


 上へ避ければ、旋回してきた二発が翼を撃ち抜く。


 右へ逃れれば、三発が時間差で交差する。


 左と後方には岩壁。下降すれば、地表すれすれを走る光弾に進路を塞がれる。


 いろはは十二発の弾をただ命中させようとしていたのではない。


 バティオスの回避先を一つずつ奪い、最後には正面で受けるしかない状況を作り上げていたのだ。


 未来を読むノクティス・システムだからこそ、その事実を誰より正確に突きつけられる。


 回避の可能性を確かめるほど、進める道が狭いことが分かる。いろはの光弾は、今いる位置だけを狙っていたのではなかった。バティオスは視界に重なる軌道を追った。読み取れる動きが増えても、その全てを避け切れる場所が残されているとは限らなかった。


「見事だ、天城いろは……!」


 逃げ場がないのなら、正面から打ち破る。


 バティオスは盾を構え、残る推力のすべてを前方へ集中した。


「アークレイ、非殺傷設定を維持。出力、最大!」


『Charge complete』


「これが、私の答えです!」


 狙いを定めた先にいるのは、つい先ほどまで言葉を交わしていた相手だ。その姿を見たうえで、いろはは出力を求めた。倒さなければ道は開かない。それでも命を奪うことは望まない。非殺傷という確認を重ねて、完成した一撃を解き放つ瞬間へ踏み込んだ。


 最後の誘導弾を斬り払ったバティオスが、いろはの狙いに気づく。


「何――!」


「《アーク・バスター》!!」


 桃色の閃光が、空を貫いた。


 バティオスは咄嗟に左腕の盾を掲げ、翼を逆噴射させる。


 しかし、回避には遅すぎた。


 光の奔流が盾へ激突する。


「ぐぅおおおおっ!」


 盾の表面に亀裂が走り、次の瞬間には左腕ごと光に呑み込まれた。


 爆発。


 大気が震え、衝撃波が雲を円形に押し広げる。


 赤黒い機影は桃色の奔流に押し流され、はるか後方の岩壁へ叩きつけられた。


 視界を満たした光の中で、赤黒い輪郭が遠ざかる。盾へ激突した砲撃は、そのまま巨体を押し流していった。いろはは手元へ伝わる感覚を支えながら、相手の行方を追った。放つ前には保っていた距離が、今は煙の向こうの遠さとして胸に迫った。


 ドガァァァンッ!!


 岩壁が崩れ、濃い煙と土砂が地上へ雪崩れ落ちる。


「バティオスさん……!」


 いろはは攻撃を止めた。


 煙の奥を凝視する。


 光が途切れた後にも、岩の崩れる音が続いていた。いろははアークレイの先を下げ、目を凝らす。どれほどの損傷を与えたのか、まだ見えない。勝ったのかどうかを確かめるより先に、煙の奥から返ってくる動きを探していた。


 やがて、瓦礫を押しのける重い音が聞こえた。


 煙の中から、バティオスが姿を現す。


 左腕は盾ごと失われていた。


 胸部装甲は大きく砕け、右脚と翼にも深い亀裂が走っている。露出した内部機構から火花が散り、赤い光が断続的に明滅していた。


 先ほどまで振るわれていた盾が、そこにはなかった。砕けた装甲の奥で火花が散るたび、いろはは自分の一撃が残した結果を見る。非殺傷設定を維持していても、目の前の損傷が消えるわけではない。戦いを終えた相手を、そのままにしてよいとは思えなかった。


「機体損傷……七十パーセント……。左腕、喪失……」


 右脚が力を失う。


 バティオスの巨体は空中で傾き、そのまま地上へ落下した。


 ガシャァン!


 衝撃で土煙が上がる。


「バティオスさん!」


 いろははすぐさま降下した。


 桃色の翼を広げて着地し、倒れたバティオスのもとへ駆け寄る。


 足が地面に触れると同時に、傷ついた姿へ向かった。もう刃を受け止めるための距離ではない。声を聞き、状態を確かめるために近づく。直前まで敵として向き合っていた相手へ手を差し伸べることに、いろはは立ち止まらなかった。


「見事だ……天城いろは」


 バティオスは残った右腕を地面につき、辛うじて上体を起こした。


「貴様の……勝ちだ」


「喋らないでください。今、応急処置を――」


「無駄だ。私を完全に直せるのは……主だけだ」


「やってみなければ分かりません!」


 完全には直せないかもしれない。その可能性を突きつけられても、何もしないという答えにはならなかった。自分に分からないことがあるなら、分かる人へつなぐ。戦いの中で口にした言葉が、そのまま今、いろは自身の取るべき行動になっていた。


 いろはは即座に通信回線を開いた。


「こちら天城いろは。戦闘終了。負傷者一名――いえ、保護対象一名です。大型機材に対応できる搬送班と、ノエルさんへ連絡を!」


 バティオスが、わずかに顔を上げた。


「私を……保護するというのか」


「はい。AEGISへ来てください」


 いろはは、傷ついた鋼の巨人から目を逸らさなかった。


「ノエルさんは、ハチちゃんからたくさんの技術を教わっています。絶対に直せるとは言えません。でも、できることを全部試す前から諦めたくありません」


 必ず助けられると、安易な約束をすることはできない。はちが造った存在を相手に、知っている以上のことを言うつもりはなかった。それでも、試す前から諦める必要はない。できることの限界と、できる限りを尽くしたい願いを、いろはは同じ言葉の中へ込めた。


「私は……貴様の仲間を傷つけた敵だぞ」


「それでもです」


 いろはは静かに首を振る。


「バティオスさんは、ハチちゃんの大切な仲間です。それに――私たちは、足りないものを補い合うって、今あなたに言ったばかりですから」


 味方か敵かという区別で、今のバティオスの損傷は変わらない。傷ついて、助けを必要としている相手が目の前にいる。いろははその姿を見ていた。自分が信じる強さを語った相手だからこそ、その言葉と違う背中を見せたくなかった。


 しばしの沈黙が落ちた。


 バティオスの双眸が、いろはの顔をじっと見つめる。


 やがて、その光がわずかに和らいだ。


「……分かった」


 抵抗する力を抜き、バティオスは地面へ身体を預けた。


 地面へ身を預けた姿から、いろはは目を逸らさなかった。戦闘中に向けられていた強い視線を、今は別の距離で受け止めている。申し出を受け入れてもらえたことと、信頼を得たことは同じではない。それでも、拒まれずにそばへいられることが、今は大切だった。


「貴様を信じたわけではない。だが……その申し出、受けよう」


「はい。それで十分です」


 いろはは安堵の息を吐いた。


 戦いには勝った。


 けれど、はちの心へ至る道は、まだ遠い。


 それでも――閉ざされた扉を叩くための、小さな鍵をひとつ手にした。


 言葉を尽くしても、力を尽くしても、はちとの隔たりが消えたわけではなかった。けれど、はちを大切に思う相手と向き合い、その相手を保護しようとしている。今できることを、ひとつずつ行う。その先にしか進む道はないのだと、いろはは思った。


 遠くからAEGISの搬送艇が近づき、低い飛行音が荒野に響き始める。


 いろははその音を聞きながら、傷ついたバティオスのそばを離れなかった。


 搬送艇の音が少しずつ大きくなる。いろはは到着を待ちながら、地面に身を預けたバティオスへ意識を向け続けた。助けを頼める人がいる。その人たちへつなぐところまでが、今の自分にできることだった。戦いの中で示した答えを、ここで終わらせるつもりはなかった。


――第25話 END――

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