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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第1部

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第24話 刃の向こうの答え



 白峰ノアの障壁が、御影レンの少し前へ展開された。

 正面を広く覆う壁ではない。

 グレシアの右側へ、斜めに立てる。


 大型剣を横へ振れば、そこで光とぶつかる位置だった。


 光を置く指先が、僅かに震えた。剣はまだ動いていない。今ここへ防御を作る判断が正しいのか、ぶつかるまでは分からなかった。

 ノアは壁の幅を広げたくなるのを堪えた。全部を覆えば、レンの通る側まで塞いでしまう。剣一本が通る道へ、必要な分だけ。その向こうでレンが足を踏み出すのを見て、障壁の位置を固定した。


 レンは、その反対側から接近した。


「はあっ!」


 魔力刃が走る。

 グレシアの左の剣が受けた。

 右の大型剣が動こうとする。


 だが、その先には障壁がある。


 レンの腕へ、受け止められた重さが返ってくる。左の剣を押し切れるわけではない。だが、前のように横から大型剣が迫ってはこなかった。

 ノアが作ってくれた時間がある。レンは柄を握り込みすぎないようにして、刃の接点をずらした。力の強い場所で押し合い続けず、相手が足を置き直す瞬間を待つ。大型剣の切っ先が、光の壁を避けて引かれた。


 グレシアは刃を引き、立つ位置を変えた。

 その一歩へ、ノアが射撃を放つ。


 ドンッ!


 肩の装甲で光が散った。


 撃った光を目で追い切る前に、ノアはレンの位置を確かめた。命中した。けれど、ここで見とれてはいけない。前の一発の後には、二本目の剣が来た。

 肩を揺らしたグレシアの左腕が僅かに下がる。その隙間へ、レンの刃が向かっていた。ノアは射撃を重ねず、レンが退く側へ視線を戻した。次に必要になる防御の位置を、先に探しておくためだった。


 レンは相手の足を見た。

 今なら、もう一度打ち込める。

 伸ばした刃が、左腕の外側へ届いた。


 ギンッ!


 浅い傷が刻まれる。

 グレシアは剣を引いた。


「下がって、レン!」


 ノアの声へ、レンはすぐに応じた。

 追わない。

 前の攻防で、追いかけた瞬間を狙われた。


 引くと決めた時には、まだ目の前に打てそうな場所が見えていた。それでもレンは足を戻した。追ってから考えるのでは遅いと、腕の痺れが教えていた。

 魔力刃を身体の前へ残し、上体を反らさずに退く。鼻先を横切った刃の風を感じた時、ノアの声がなければもう一度踏み込んでいたかもしれないと思った。退いた先に足を置ける地面があり、そこでようやく息が継げた。


 グレシアの反撃が、鼻先を通り過ぎた。

 レンは着地し、すぐに射撃へ切り替える。


 相手が自分を防ぐ間に、ノアが次の防御を置く。

 壁を張る。

 相手が動く。

 空いたところを、レンが攻める。


 一度目の壁を解く時には、二度目の場所を決めていた。前の障壁へ込めた魔力がそのまま戻るわけではない。消える光を惜しむように手元が止まりかけたが、ノアは次へ意識を移した。

 レンも同じ場所から入り直さなかった。剣が守る向きに合わせて、次に近づく側を選ぶ。短い声と、一歩ずつ変わる位置。その繰り返しが、正面で受け止められるだけだった攻防を変え始めていた。


 グレシアは、正面から二人を押し返せなくなっていた。


「……できる」


 ノアが小さく呟いた。

 息は荒い。

 障壁を張り直すたび、魔力を使っている。

 だが、相手をただ怖がっていた時とは違った。


 息を吐くたび、肩が落ちそうになる。ノアはデバイスを支える腕の高さを確かめた。防げるようになったから、消耗しなくなったわけではない。

 それでも今は、何のために魔力を使ったのかが分かる。壁へ剣が触れる前に引かせ、その隙にレンが動く。障壁が割れなかったことより、仲間が自分の作った場所を使ってくれたことが、次の判断を支えていた。


 剣の振れる場所を減らせば、その先は読める。

 全てを止める必要はない。

 レンが動ける一瞬を作ればよかった。


「右へ回ります!」


 レンが声を掛ける。

 ノアは次の障壁を置いた。


 大型剣が光の壁を向く。

 反対側から、レンの魔力刃が迫る。


 グレシアの左手が、その刃を受けた。


 レンは左の刃へ自分の刃を当て、肩の向きを確かめた。グレシアは後ろへ退いていない。足を止めたまま、大型剣を引きつけている。

 壁へぶつけるつもりなのか。レンがそう考えるより早く、白青の右肩が動いた。ノアもその動きを捉えているはずだ。だからこそ、今は左を離してはいけない。レンは足を踏ん張り、接点を保とうとした。


 右の大型剣が、障壁へ振り下ろされる。


 ガァンッ!


「っ……!」


 ノアは障壁へ力を注いだ。

 耐えさせる。

 レンの攻撃が届くまで。


 最初の衝撃に、光の中央が深く沈んだ。ノアはそこへ魔力を集める。剣を止められれば、レンがもう一度打ち込める。

 目が接点へ吸い寄せられた。亀裂が入るより先に厚みを足そうとして、グレシアの足元が視界から外れる。壁はまだ保っている。そのことを確かめた瞬間、刃が離れた後まで同じ場所を支え続けていたことに気づいた。


 次の瞬間、剣の重さが消えた。


「え……?」


 グレシアは壁を壊し切ろうとはしなかった。

 接触した刃を引き、左の剣でレンを押し返す。

 そして、障壁の端へ向かって身体ごと踏み込んだ。


 ノアの視界へ、白青の装甲が迫る。


 壁のある場所ではなく、その外側。

 張り直すために魔力を動かした、その瞬間だった。


 残した障壁の向こうへ、剣士の身体が隠れかけた。ノアは急いで壁を解こうとする。ここを保っていても、自分へ来る刃は止められない。

 けれど、解いてから次を張るためには、もう一度場所を決めなければならなかった。白い肩が近づく。先ほどまでレンのために作っていた距離が、今度は自分を守るには遠すぎる。ノアは足から動こうとして、ようやく地面を蹴った。


「ノア!」


 レンが追う。

 グレシアは右の大型剣を、レンへ向けていた。

 左の刃は、ノアへ。


 離れていた二つの攻防が、一度に近くなった。


 ノアは横へ跳んだ。

 目の前へ小さな障壁を置く。

 刃が弾かれ、光の欠片が散った。


 光を広くする余裕はなかった。刃先が入るところへ、薄い防御を一枚差し込む。弾けた光が頬の横を流れ、ノアは顔を伏せた。

 着地した足が砂へ沈む。もう一本を見る。そう思って目を上げた先で、大型剣は自分ではなくレンへ向いていた。ノアは息を吸いかけて止める。自分を守った今の障壁では、そちらまで届かなかった。


 同時に、大型剣がレンの防御へ叩き込まれる。


 ドンッ!


 レンは押し飛ばされ、地面へ片手をついた。


 掌へ地面の硬さが返り、肘が折れそうになった。レンは片足を先に引きつけ、膝をつき直す。倒れたままでは、ノアのいる場所へ戻れない。

 剣の重さを正面から全部受けたわけではなかった。刃の角度をずらして逃がした。それでも身体ごと押し出された。レンは肩越しにノアを探した。見えた姿を確かめた安堵が、次の刃を見つけるより先に来てしまった。


 ノアは振り向いた。

 その一瞬、大型剣の向きだけを見ていた。


 グレシアの左の剣が、すでに自分へ戻っていた。


 ガキンッ!


 デバイスで受け止めた腕が、強く跳ねる。

 ノアは後ろへよろめいた。

 両足が地面を擦り、どうにか立ち直る。


 ノアは柄を落としそうになり、反対の手を添えた。受けた腕に、熱と痺れが一緒に残る。もう少し遅ければ、構えることもできなかった。

 大型剣を見ていた間、左の刃が消えていたわけではない。自分が視界から外していただけだ。そのことが分かっても、すぐに両方を同じようには見られなかった。ノアは目を細めず、剣士の肩ごと捉えるように顔を上げた。


「……っ、く」


 息を吸う。

 腕が熱い。

 レンも少し離れた場所で立ち上がっていた。


 グレシアは、二人の間へ立っている。

 道を狭めたつもりが、こちらの間へ入られていた。


「障壁は、そこにある間は動かない」


 グレシアが告げた。


「置く場所を決めた時、お前自身が守れなくなる場所も決まる」


 ノアは唇を噛んだ。

 作戦が全く通じなかったのではない。

 それでも、相手はその仕組みを見て、使ってきた。


 止める場所を自分で選んだつもりだった。その場所を相手が見た時に何を選ぶかまでは、考え切れていなかった。

 ノアは残っていた光を消した。壁のあった場所だけが、妙に広く見える。失敗したから次は使わない。そう決めれば迷わずに済むかもしれない。だが、あの壁があったからレンの刃は届いた。その事実まで捨てたくはなかった。


 レンがノアの隣へ戻った。


「まだ、合わせられますか」


「……うん」


 返事をし、ノアは構え直した。

 手の震えが止まらない。

 レンも、握り直した柄へ力を込めている。


 レンはノアの隣へ立つまで、グレシアから目を外さなかった。近寄りすぎず、離れすぎず。さっき二人の間へ踏み込まれた幅を思い出しながら、足を置いた。

 ノアがデバイスを持ち直す音がする。大丈夫だとは聞かなかった。どちらも無事に動き続けられる状態ではないと、見れば分かる。それでも、次を合わせられるかと尋ねた声に、返事は返ってきた。


 グレシアは、剣を下げなかった。


     ◇


「どうして、そこまで主を守るのですか」


 レンが問うた。

 相手から目を逸らさず、呼吸を整える。


 答えを聞くための問いであり、息を整えるための時間でもあった。レンはそのことを自分でも分かっていた。だが、相手の警戒が緩むのを待っているわけではない。

 ここまで剣を交えても、グレシアは二人を追い詰めるために奥の道を空けなかった。勝ちたいという動きだけでは説明できない。そこに立ち続ける理由を、造られたものだからという言葉だけで済ませたくなかった。


「造られたから、ですか」


「それだけではない」


 グレシアは答えた。


「主は、私たちへ協力を求めた。従えとは言わなかった」


 剣の角度は変わらない。

 隙を作るつもりは、相手にもない。


「選んだのは、私だ」


 声の調子は変わらなかった。大きな誓いを述べるようでも、こちらへ誇るようでもない。自分の足をここへ置いたのと同じ確かさで、グレシアは答えた。

 レンは柄へ込めた力を、ほんの少しだけ緩めた。相手が答えたからには、聞いたふりをして終わることはできない。いま道を塞いでいるのは、はちの力だけではなかった。この剣士自身の判断でもあった。


 ノアは、その声を聞いた。

 命令を繰り返すだけの相手なら、もっと簡単に割り切れたかもしれない。

 だが、グレシアは自分のこととして話していた。


「はちちゃんは……私たちが戦うことも望んでるのかな」


「私には、お前たちを通す理由がない」


 グレシアは短く答えた。


「退くなら追わない。進むなら、止める」


 ノアは相手を見つめた。

 はちの気持ちを、知っているつもりで言うことはできない。

 それでも、訓練場で出会った姿が浮かんでいた。

 大きな白竜と、慌てる小さな少女。

 あの時は、戦いの後に一緒に笑える時間があった。


 あの時間に戻れば、何もかも元に戻せるわけではないのだろう。ノアは、目の前で助け起こした局員の重さを覚えている。はちへ会いたい気持ちと、その人たちを置いていけない気持ちは、同時に胸にあった。

 だから、名前を知っていることだけで通してほしいとは言えない。グレシアにも譲らない理由があると聞いた今は、なおさらだった。ノアは震える腕を下げず、もう一度レンを呼んだ。


 今は、それを取り戻すために近づくことさえできない。


「……レン」


「はい」


「次、私が右を止める。もう一度、左をお願い」


 レンはノアの腕を見た。

 今の消耗で、同じ防御を続けるのは難しい。

 だが、ノアは続けた。


「ずっとは止めない。一本だけ」


 レンはノアの目を見た。長く支えることはできない。だが、衝突する瞬間だけなら、まだ作れる。その判断をこちらへ渡そうとしていた。

「止まった時に、切り替えます」

 レンは短く答えた。押し続けて次の壁を待つのではない。一度の接触で、次へ移る。細かい合図を増やす余裕はなくても、何を待つのかだけは、二人で同じものにできた。


 必要なのは、一瞬。

 レンは頷いた。


「分かりました」


 ノアが射撃を放った。

 散らすための小さな弾ではない。

 狙いを絞り、正面のグレシアへ魔力を送る。


 ノアは狙いを正面へ置いたまま、横へ半歩動いた。射撃だけで倒せるとは思わない。大型剣をそちらへ向けさせ、レンが近づく側を残す。

 光が手元を離れた。撃った反動で腕が震える。次の魔力は防御へ回すと決め、ノアは続けて撃たなかった。少ない手数の間へ、二人の動きを収めなければならない。そのために、自分も剣から目を離さずにいた。


 大型剣が受けた。

 その下へ、レンが走る。


 左の剣が迎えた。

 レンの刃とぶつかり、二人の間で火花が散る。


「はあっ!」


 レンは押した。

 一度で押し切れなくても、足を止めさせる。


 左の剣はびくともしなかった。だが、その場を離れようとする足を追い、レンも僅かに位置を変える。剣を押さえるより、グレシアの身体を自由に進ませないことへ力を使った。

 右肩が引かれる。大型剣がこちらへ来る。その動きが分かっていても、レンは刃を離さなかった。ノアが作る一瞬を信じて待つ。先に退けば、ここへ入った意味がなくなってしまう。


 右の大型剣が引かれた。

 その軌道へ、ノアが障壁を置く。


 ガンッ!


 剣が止まった。

 ノアは壁を維持し続けなかった。

 衝突の直後、自分から解く。


 消すと決めた指が、一瞬だけ止まりかけた。まだ受け止められる気がする。ここで支えれば、レンをもう少し守れるかもしれない。

 ノアはその迷いごと、魔力を切った。ぶつかった音が耳へ届くのと、光の輪郭がほどけるのが重なる。剣に押し負けたのではない。自分で手放した。その短い判断の後に、次の射撃へ回せる余力が残った。


 戻された剣の重みが、僅かに流れた。

 その瞬間、レンが刃を引いた。


 射撃。

 グレシアの左側で、近距離の魔力が弾ける。


 ドンッ!


 白青の身体が傾いた。

 レンはすぐに位置を変え、ノアの射線を開ける。


 レンの靴底が砂を削る。大きく跳ぶだけの力は使わない。グレシアの正面から外れ、ノアが狙う場所を空ける。

 背後で光が強まった。名前を呼ぶ声が、思ったより掠れている。それでも返事はすぐに来た。レンは身体を捻りながら、相手の左手を見続けた。命中の瞬間を喜ぶより先に、次に来る剣を見なければならない。


「ノア!」


「はい!」


 追い込もうとする一撃が走った。

 グレシアは大型剣を立て、身体の前へ引き寄せる。


 光が剣へ激突した。

 装甲と地面を巻き込み、土煙が上がった。


 剣で受けた光の外側が、肩と脇の装甲を叩いた。舞い上がった砂に、ノアは目を細める。届いた場所を確かめたい。けれど、見えないまま撃ち足せば、横へ抜けたレンまで巻き込む。

 ノアは銃口を僅かに下げた。次は防御が要るかもしれない。そう考えていたのに、煙の向こうで剣が動く速さは、その準備より早かった。


 レンは踏み込もうとした。

 煙の向こうに、白い影が動く。


 次の瞬間、横から刃が伸びた。


「っ!」


 レンは防いだ。

 だが、受けた一撃は、まだ最初だった。

 押し合う刃の向こうから、大型剣が回り込んでくる。


 最初の一撃に合わせた腕の位置では、次の大型剣を受けられない。レンは腰を引こうとした。だが、押し合う左の刃が、その動きについてくる。

 剣を離せば正面が空く。受けたままなら、横からの一撃が来る。レンは歯を食いしばり、柄を身体へ寄せた。力を逃がす幅さえ、二本の刃の間で狭められていた。


 ノアが防御を張った。


 ガァンッ!


 亀裂が、今度は一度に広がった。

 ノアの足が後ろへ滑る。


 ノアの息が止まる。張る位置は間違えていない。間に合わなかったわけでもない。それでも、注いだ魔力で支え切れる重さを越えていた。

 厚みを足そうとして、指が震えた。次へ回すために残したはずの力が、光の割れ目へ消えていく。ここで解けば、レンの横が空く。ノアは足を開き、下がりながらも壁を残そうとした。


 グレシアは止まらない。

 大型剣を引き、もう一度振り下ろした。


 障壁が砕ける。


「ノア、下がって!」


 レンは割って入った。

 デバイスで受けた刃が、大きく押し込まれる。

 両腕が震えた。

 片膝が地面へ落ちる。


 片膝をついた地面が硬かった。押し戻そうとしても、腕が上がらない。ノアが下がったかどうかを見たいのに、剣から目を逸らせなかった。

 身体の前で魔力刃が揺れる。これ以上押されれば、構えが崩れる。レンはその瞬間を待つように息を詰めた。だが、刃が近づく動きは、そこでぴたりと途切れた。こちらの力が勝ったからではなかった。


 剣先が、レンの目前で止まった。


「そこまでだ」


 グレシアの声が響いた。


     ◇


 レンは、剣の向こうを見上げた。

 あと少し進めば、刃は届いていた。

 それを、相手は止めている。


 ノアも、横で動けずにいた。

 張ろうとした障壁は、まだ形になり切っていない。


 形になりかけた光が、ノアの前で揺れていた。張れば間に合っただろうか。そう考えて、答えを出せない自分がいた。

 グレシアの左の剣も止まっている。大型剣へ力を集めたから、もう一方が使えなくなったわけではない。いま二人が息をしていられるのは、相手が次を選ばなかったからだ。その事実を、まだ引きつる指先より先に、認めなければならなかった。


「……まだ」


 レンが声を絞る。


「まだ、立てます」


「立てることと、守れることは違う」


 グレシアは言った。

 その視線が、二人の後ろへ動く。


 先ほど退いた局員たちは、まだ十分遠くへ離れてはいなかった。

 互いを支えながら、移動を続けている。

 そこへ別の攻撃があれば、レンとノアが戻らなければならない。


 レンは唇を引き結んだ。

 ここで全てを使い切れば、後ろの人を守れない。

 悔しさが胸へ上った。

 目の前の相手が強いからこそ、その言葉をただの脅しにはできなかった。


 後ろの局員が、もう一人へ手を貸そうとして足を止めていた。自分たちの勝敗を待っていたのではない。一歩ずつでも、移動を続けようとしている。

 レンは、最初にノアが肩を貸した姿を思い出した。あの人たちを下げるために前へ立った。今ここで意識を失うまで戦えば、その約束を果たす手まで足りなくなる。まだ立てるという言葉の先に、何をするかが抜けていた。


 ノアがレンの肩へ触れた。


「戻ろう」


「……ノア」


「私たちが、連れて下げるって言ったから」


 触れられた肩へ、指の震えが伝わった。ノアにも余裕がない。それでも、戻ろうと言う役目を引き受けてくれた。

 レンは返事を探した。もう一度だけ、と言えば、ノアは止めるためにまた言葉を使わなければならない。これ以上、隣の仲間にその負担を掛けたくはなかった。構えたままの腕から力を抜く。それは簡単な動きのはずなのに、剣を振り上げる時より時間が掛かった。


 レンは一度、目を閉じた。

 それからデバイスを下ろした。


「退きます。負傷者を搬送するまで、攻撃を控えてください」


「退く者は追わないと言った」


 大型剣が離れた。

 レンは立ち上がった。

 足元がふらつき、ノアが支える。


 ノアの支えへ全てを預けず、レンは自分の足で重さを受けた。立てたことを示すためではない。二人とも歩ける分を残して、後ろまで戻るためだった。

 大型剣が離れた場所には、何もない空間がある。レンはそこへ進まず、足を後ろへ引いた。グレシアも追わない。交わした言葉が、その一歩で確かなものになった。ノアが隣で、ようやく息を長く吐いた。


 グレシアは二人を見た。

 肩と脇腹には、戦いの痕が残っている。

 だが、剣を持つ腕も、進路を塞ぐ立ち姿も崩れていない。


 勝てなかった。

 それでも、レンは目を逸らさなかった。


「いつか、はちさんと話をさせてください」


「私が決めることではない」


 返事は短かった。


「主が決める」


 ノアは、ゆっくりと頷いた。


 会えると言ってもらえたわけではない。それでも、はちが決めることだという返事は、ノアの胸へ残った。

 自分たちは会いたいと言う。はちがそれをどう受け取るのかは、こちらが決められることではない。いつか話せる時が来たら、聞きたいことを先に全部並べるのではなく、相手が何を言うか待ちたい。いま答えてくれた剣士を前に、そう思った。


「うん。だから……私たちが会いたがっていたことだけ、覚えていて」


 グレシアは答えなかった。

 左手の剣を収め、大型剣だけを持ち直す。

 それを合図に、二人は退いた。


 負傷した局員たちのもとへ戻り、ノアが膝をつく。

 レンは通信を開いて、状況と搬送の必要を伝えた。


「肩を、お借りしてもいいですか」

 レンは負傷した局員のそばで声を掛けた。先ほどより遠くへ動けていたが、息は荒い。返事を聞き、支える位置を確かめてから通信を続けた。

 ノアはもう一人の足元を見た。立たせることだけ急いでも、次の一歩が出なければ倒れてしまう。自分の腕にもまだ痺れがある。そのことを伝え、できる範囲で体重を分けてもらった。


 声を出している間は、悔しさを飲み込めた。

 通信を終えた途端、柄を握る指へ力がこもる。


「あと一歩だと、思ったんです」


 小さな声へ、ノアが顔を上げた。


「私も」


 二人の連携は、通じた。

 考えて変えたことは、無駄ではなかった。

 それでも、その先へ進む力が足りなかった。


 レンは頷いたまま、すぐには言葉を足せなかった。あの一撃を通すところまでは、二人で同じものを見られていた。その後、煙の向こうへ近づこうとした時に、次の動きが揃わなかった。

 ノアはデバイスを支える手を見た。防御を消す判断はできた。だが、置いた壁の後ろに立ち続けた時、自分へ来る一歩までは防げなかった。二人とも、次に覚えておくべきことを身体の痛みと一緒に確かめていた。


「次は……防御を置いた後の自分の場所まで、考える」


 ノアが言った。

 レンは頷く。


「次は、打ち込んだ後まで、一緒に見ます」


 白青のレグナムは、離れた場所で進路を守っていた。

 搬送を待つ二人へ、剣を向け直すことはない。


 剣を下げたその姿は、戦う前とよく似ていた。だが、何も変わっていないわけではない。肩にも腕にも、二人の攻撃が届いた痕がある。

 レンはそこを見てから、負傷した局員へ視線を戻した。通じたものを、負けたからといって全部消してしまう必要はない。同時に、届いたことだけを理由に勝てたはずだと思い込むこともできなかった。悔しさはまだ、その両方を混ぜたまま胸にあった。


 レンは、その姿を見た。

 はちを守るため、自分で選んだと言っていた。

 ならば、再び会える時には。

 剣を越えるためだけではなく、その言葉の先を聞くために向き合いたかった。


 今は、ここにいる人たちを守る。

 レンは握り締めた手を緩め、負傷した局員の隣へ膝をついた。


 局員がゆっくり立ち上がる。レンは肩の下へ腕を回し、ノアが歩き始めるのを待った。二人の足音が揃ったところで、一歩進む。

 背後で剣が地面に触れる小さな音がした。振り向かなくても、グレシアがそこへ残ることは分かった。いまは先へ行けない。その事実を抱えたままでも、支えている人と一緒に進める道はあった。レンは歩幅を短くし、隣の呼吸に合わせて次の足を出した。


――第24話 END――

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