第23話 白青の剣、譲れない道
巨大な刃が、地面へ突き立った。
白い装甲と青い装甲。その境目を、舞い上がった砂が流れていく。
響いた音は一度きりだった。だが、その後も小さな石が斜面を転がり、乾いた音を立て続ける。レンは視線を落としかけて、すぐに刃へ戻した。足元へ刻まれた筋を見るより先に、相手が次に何をするか確かめなければならない。
離れた場所からも、断続的に衝撃音が届いていた。ここだけで戦いが起きているのではない。その中で、目の前の剣士だけが、ひどく静かに見えた。
人型レグナムは、剣を抜いた。
それ以上、倒れた局員へ近づこうとはしない。
追い払うように刃を横へ向け、進路を塞いでいた。
「そこから先へ進むな」
淡々とした声だった。
怒鳴り声でも、威嚇の叫びでもない。道の先に何があるのかを説明することもなく、必要な言葉だけを置いている。
ノアは握ったデバイスを胸元へ寄せた。相手の声が落ち着いていることと、安全であることは違う。地面に膝をついた局員は、まだ立ち上がれていなかった。剣が止まっている今のうちに、何を確かめるべきか考えようとした。
御影レンは足を止めた。
隣で、白峰ノアが息を呑む。
目の前には、片膝をついたまま起き上がれない局員がいた。
その少し後ろにも一人。腕を押さえ、こちらへ下がろうとしている。
「動けますか!」
レンの呼びかけへ、短い返事があった。
ノアがすぐに前へ出ようとする。
肩を支えるだけなら、すぐに行ける。そう思って踏み出した爪先の先に、刃の影があった。ノアは息を止めた。
相手は倒れた局員を見下ろしているわけではなかった。こちらが近づく道を見ている。助けたいという気持ちだけで走れば、局員のすぐ横で戦いを始めてしまう。ノアは前へ傾いた身体を止め、レンの声を聞いた。
白青のレグナムが、剣を持ち直した。
「待ってください!」
レンはデバイスを構えたまま声を張る。
「負傷者を下げるだけです。こちらから攻撃はしません」
刃は下がらなかった。
だが、レグナム自身が一歩、横へ動いた。
倒れた局員へ近づく道が空く。
空いた幅は広くない。それでも、肩を貸した二人が後ろへ戻れるだけの道はある。レンは刃の向きを追ったまま、ノアへ小さく頷いた。
グレシアは自分の背後へ通じる側には動かなかった。退くための道と、先へ進むための道。その二つを明確に分けて立っている。言葉を聞いてもらえた安堵と、そこだけは譲らないという圧力が、同時に届いた。
「連れていけ」
ノアは相手から目を離さず、負傷した局員へ駆け寄った。
肩を貸し、立ち上がるのを助ける。
レンはその二人と、白青の巨体の間へ立った。
借りた肩へ、思ったより重い体重が掛かった。ノアは足を開き、崩れかけた局員の身体を支え直す。
「ゆっくりで大丈夫です。足、出せますか」
短い返事の後、靴底が地面を擦った。ノアも歩幅を合わせる。相手を見張るために何度も顔を上げたが、白青の剣士は追ってこなかった。戻る道の先で、別の局員が両腕を伸ばして待っている。その姿を確かめ、ようやく一度、息を吐けた。
近くで見れば、大型剣だけではないと分かる。
身体の各所に、別の剣が装備されていた。
一振りを避けたからといって、そこで攻防が終わる相手ではない。
レンは剣の数を数えかけてやめた。見えている装備だけを覚えても、どこから使われるか分からない。いま持たれている大型剣と、空いている左手。その両方が見える位置を選んだ。
柄を握る右手には、無駄な揺れがなかった。刃先が低いからといって、構えを解いているわけではない。近づこうとするだけで、その刃を越える必要があると分かる立ち方だった。
「あなたが……はちさんの造ったレグナムですか」
「グレシアだ」
報告にあった人型の戦力と同じく、自ら言葉を発している。
「安藤はちが、私の主だ」
レンはその名を聞き、構えを僅かに固くした。
名前を聞けば、訓練場の明るい空気まで戻ってくる気がしていた。だが、目の前の装甲に付いた砂も、後ろで堪えられている痛みの声も消えない。
レンは口の中で息を整えた。知っている名前につながる相手だからといって、こちらの事情を分かってくれるとは限らない。同時に、言葉を返す相手を、何も考えずに動く障害物のように扱うこともできなかった。
訓練場で見たはちの戦いを覚えている。
二人の動きを観察し、カードを切り替え、戦う条件そのものを作り直していた。
力の大きさだけを見ていては、何を狙っているのかを見失う。
そのはちが造った相手なのだ。
見ているだけだったあの時には、次々に変わる光景へ目を奪われた。いま思い返せば、一つの動きに気を取られたところで、別の手段が来ていた。
相手の強さを、知らないから危険なのではない。少し知っているつもりで考えを止めることの方が危ない。レンは視線をグレシアへ戻した。はちと同じ戦い方をすると決めつけず、この剣士の動きを見なければならなかった。
「主のために、局員を襲っているのですか」
「ここを通さないために戦っている」
「通ろうとしたら、私たちも倒すんですね」
ノアが戻ってきた。
負傷者たちは後ろへ下がっている。
グレシアは、その姿を一度だけ確認した。
戻ってきたノアの袖には、局員の手が掴んだ跡が残っていた。レンは一度だけ、その皺へ目を向ける。救援を待つために下がっても、負傷者たちの移動はすぐには終わらない。
ノアもそれを分かっていた。相手が追わないと言ったわけではない。ただ、追ってはいない。その事実に助けられながら、まだ警戒を解くことのできない場所へ戻ってきたのだった。
「そうだ」
「はちちゃんは……それを望んでいるんですか?」
ノアの声が小さく揺れる。
「お前たちを足止めする役目を、私は引き受けた」
答えは変わらない。
ノアは唇を引き結び、デバイスを持ち直した。
引き受けた、という言い方が耳に残った。命令されたと言えば、こちらも命令を変えてほしいと頼めたかもしれない。だが、目の前の相手は自分の役目として話している。
ノアは、相手が何を考えてそこに立つのか知りたかった。けれど今は、後ろの人を落ち着いて運べるだけの余裕さえ足りない。問いを重ねる言葉が喉で止まり、代わりにデバイスを支える指が締まった。
はちの名前を口にすれば、相手が退いてくれるとは思っていなかった。
だが、話せるのならと思った。
目の前で助けを待っていた人たちを見て、引き返すだけでは済ませられなかった。
先へ進むことが、本当にはちへ近づくことになるのかも分からない。それでも、刃の前で誰かが倒されるのを、次も見ているだけにはなりたくなかった。
ノアはレンの横へ並び、すぐに半歩だけ引いた。二人とも同じ位置に立てば、一振りで一緒に狙われる。話が終わったと分かっていても、剣の届く範囲へ足を置くには、もう一度意識して息を吸う必要があった。
「レン」
「はい」
二人は互いを見た。
派手な合図は必要なかった。
ノアが半歩下がる。
レンが前へ出た。
レンは前へ出ながら、ノアがさっき負傷者へ貸していた肩を見た。あの人を支えた腕で、今度はこちらの退路を守ってもらう。一人で無理をすれば、ノアも助けに入らなければならなくなる。
自分が近づくことだけを考えてはいけない。そう思っていた。それでも、実際にどこで止まり、どの瞬間に退くのかは、まだ相手の剣を前にして確かめるしかなかった。レンは足を止められる幅を残し、正面を向いた。
「まずは、あの剣の届く範囲を確かめます」
「無理はしないで。戻る場所は、私が守ります」
レンは返事の代わりに、後ろへ下がれる地面を確かめた。尖った石が一つある。その右側なら、着地した足を取られにくい。
ノアもその目線を追い、少し横へ位置を変えた。正面だけ守ればよいのではない。レンが退いてくる場所に、自分の身体があってもいけない。二人の間に細い空間を残してから、デバイスを持つ手を上げた。
グレシアが大型剣を上げた。
白青の装甲の前で、刃が静かに光る。
持ち上がる刃を、レンは最後まで見た。腕だけで振り上げた動きではない。腰が僅かに向きを変え、後ろへ置いた足が地面を押している。
ノアの喉が小さく鳴った。刃の長さを目で測れば、まだ距離はある。だが、剣士が一歩進むことまで含めれば、ここも安全だとは言い切れない。レンが前へ出た時に追いつけるよう、自分の膝も緩めた。
「来い」
◇
レンは最初に、射撃を放った。
正面へ一発。
相手の足元へ、もう一発。
倒すために魔力を注いだ一発ではなかった。どこを守り、どちらへ足を動かすのかを見るための射撃だ。
レンは撃ち終えた手元を見なかった。相手の上体と足元を、同じ視界に入れ続ける。ノアも動かずに待った。射撃の間に一緒に前へ出れば、退く時の援護が遅れる。自分が動くべき時は、これから来る。
グレシアは剣を斜めに構えた。
正面の弾を刃で受け、同時に足をずらす。
足元へ撃った弾が、誰もいない地面で弾けた。
刃へ当たった光が、横へ散った。グレシアの肩は大きく揺れない。二発目が地面へ落ちる頃には、足の置き直しも終わっていた。
それでも、切っ先は一度外を向いている。レンはその僅かな幅を見た。振り戻すまでに近づければ、大型剣の先端を避けて入れる。そう判断し、脚へ通す魔力を増やした。遠くで見るより、刃は厚く、長く見えた。
その動きへ、レンが踏み込む。
「はっ!」
デバイスに形成した魔力刃を、低い位置から振り上げた。
大型剣の下へ入る。
長い武器なら、近すぎる場所には対応しにくい。
狙うのは腕の内側だった。刃先へ力をぶつけるより、構えを崩して次の動きを止めたい。レンは上体を低くし、正面から見える面積を減らした。
ノアの位置は後ろにある。自分が戻る方向も残っている。そこまで確かめた上で踏み込んだはずだった。だが、その確認の中に、相手が剣を大きく振らない可能性だけが抜けていた。
そう考えた直後だった。
グレシアが、剣を振らずに柄を引いた。
刃の根元が、レンの進路を塞ぐ。
真正面から、金属音が鳴った。
ギィンッ!
「っ!」
手が痺れた。
レンの刃が上へ弾かれる。
その下から、大型剣が押し出された。
押し返そうとした瞬間、足裏が滑りかけた。上へ跳ねた腕を戻すより早く、眼前の刃の面積が増していく。
レンは首を引き、身体を捻った。避け切れるかを考える余裕はない。踏み込んだ足を抜こうとしても、体重がまだ前に残っている。短く引かれただけの剣が、自分の速さを受け止め、そのまま返してきたのだと、腕の痺れで理解した。
「レン!」
ノアの障壁が、二人の間へ開いた。
剣先と光が衝突する。
レンはその一瞬で後ろへ跳んだ。
割れるような音が響いた。
障壁へ亀裂が走り、ノアが眉を寄せる。
ノアは光の端へ魔力を足した。割れ目を塞ぎ切ろうとはしない。必要なのは、レンが地面を蹴り直せる一瞬だった。
剣先が障壁を押す。見えている接点は小さいのに、支える手首から肘まで、硬いものを押し返すように強張る。ノアはレンの影が後ろへ抜けたのを視界の端で捉えた。まだ足が地面へ着いていない。あと少しだけ、と呼吸を止めた。
「下がって!」
レンが距離を取ったのを確かめ、ノアも防御を解いて横へ移動した。
障壁を押していた剣が、空を切る。
グレシアは踏み込みを止めた。
すぐに切っ先が戻る。
重い武器を振り終えた後の、分かりやすい隙はなかった。
外した剣を追おうとして、レンは思いとどまった。グレシアは身体を伸ばし切っていない。剣先が外れても、足と腰は次の動きに備えたままだった。
ノアが横へ下がる。その姿を追撃するより先に、白青の剣士は再び道の中央へ戻った。追い立てるのではなく、通るならまたここからだと示すように、大型剣を二人の前へ置き直している。
「ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい。もう少しで、間違えるところでした」
レンは握り直した柄を見る。
大型剣だから遅い。
内側へ入れば有利。
その判断を、武器の見た目だけで決めかけていた。
指を開くと、柄を握っていた形のまま、掌が熱く感じられた。レンは一度だけ握り直す。力で押し合って勝てないのは分かった。だが、早く動けばよいと置き換えるだけでは、同じ場所へ入り直すことになる。
何を見落としたのか。自分の刃が上がった時、相手の肩はまだ下がっていた。振り回す必要がなければ、こちらの踏み込みを待つこともできるのだった。
グレシアの剣は、必要以上に動かなかった。
大きく振らなくても、相手の通る場所へ刃を置ける。
近づけば、短く持ち直せる。
ノアはさっき張った障壁の位置を見た。光は消えているが、剣が押していた場所だけは思い出せる。真正面から受け続けていたら、レンが退くまで支えられなかったかもしれない。
防げたという結果だけで、次も同じように間に合うとは考えられなかった。次に張るなら、もっと早く。そう思ったものの、剣がどこへ来るかを見ずに場所を決める怖さもあった。
「もう一度。今度は、左右へ分かれましょう」
ノアは頷いた。
「離れすぎないようにします」
ノアは自分で距離を確かめてから答えた。左右へ分かれても、レンの姿を見失う場所までは行かない。剣が向きを変えた時に、もう一方が声を掛けられる位置へ。
レンが一度頷く。互いの呼吸がまだ速いことは分かっていた。休むための時間があるわけではない。それでも、一言を交わせた分だけ、走り出す足の向きがはっきりした。
同時に動く。
レンが右へ、ノアが左へ。
二つの方向から魔力弾が走った。
グレシアは剣の面で一発を防ぐ。
反対側の弾をかわすため、身体を斜めへ開いた。
レンが接近する。
ノアも射撃を続けた。
レンは最初より外へ足を置いた。大型剣の正面を避け、相手がこちらへ向き直る幅を大きくする。ノアの射撃が反対側から続けば、守る向きを選ばせられるはずだった。
白青の肩が動く。狙いどおりに見えた。その時、レンは剣先と自分の魔力刃の間に目を集めていた。空いていた左手へ、注意を戻すのが一瞬遅れた。
今度こそ、正面だけを守ってはいられない。
グレシアの左手が動いた。
ガキンッ!
新たな刃が、ノアの射撃を受けた。
右の大型剣は、レンを向いたままだった。
新たな剣は、大型剣と同じ軌道をなぞらなかった。短く立てられた面が光を受け、そのすぐ後ろにグレシアの胸が残る。
ノアは次の射撃を外側へずらした。左手の剣が、それに合わせて少し傾く。右の刃はレンを向いたまま動かない。片方を動かすために、もう片方まで引き戻す必要がない。その静かな使い分けが、広く取ったはずの二人の位置を覆っていた。
「二本……!」
ノアが声を漏らす。
グレシアは二方向へ同じ強さで攻めようとはしない。
左の剣で射撃を防ぎ、右の大型剣で、近づいたレンを押し返す。
ノアは撃ち続けながら、レンの位置を確かめた。二方向へ分かれたつもりでも、剣士の立つ場所から見れば、どちらもまだ前にいる。もっと外へ回れば、背後を狙えるかもしれない。
だが、そこまで行けば、レンが退く時に障壁を間に合わせられるか分からない。ノアは射撃の角度を少しずつ変えた。一度に大きく動くことはできない。その迷いの間にも、右の大型剣はレンを押し続けていた。
レンは踏みとどまった。
剣と剣が擦れ、火花が散る。
レンは肘を張りすぎないように堪えた。刃を押されるたび、腕より先に靴底が鳴る。真っすぐ受け続ければ、じりじりと距離を奪われる。
相手の右手だけを見たくなった。そこへ全部の力を注げば、少しは戻せるかもしれない。だが、横にもう一本ある。レンは顔を上げ、左の刃がノアの光を弾くのを見た。そちらを向かせたままにできれば、まだ打てる場所がある。
「ノア、もう少し外へ!」
その声に応じ、ノアが位置を変える。
グレシアの左手が追う。
だが、レンは動かなかった。
右の刃を止めることに集中する。
ノアは横へ足を運びながら、銃口を下げなかった。振り向かせるためだけに撃てば、また剣の面へ当てるだけになる。レンが押さえている側と、自分が引きつけている側。その間に、少しずつ装甲の隙間が見え始めた。
すぐには撃たない。レンの足が地面を捉え、魔力刃の角度が止まる。ノアはその瞬間を見てから、照準を白青の脇へ送った。
ノアが撃った。
ドンッ!
白青の脇腹で、魔力が弾けた。
グレシアが半歩、後退する。
衝撃で、押し合う剣の重さが僅かに変わった。レンは腕を引かずに耐える。自分が踏ん張ったからこそ、ノアがあの角度から撃てたのだと分かった。
ノアも命中した場所を確かめた。弾かれた光ではない。装甲の上で弾け、砂の付いた白い面へ痕を残している。息が喉へ詰まり、それから一気に出ていった。正面から届かなくても、二人なら届く場所があった。
「当たった……!」
ノアの声が上ずった。
レンは追おうとした。
だが、すぐに止まった。
下がった半歩を見た脚が、考えるより先に動こうとしていた。押され続けていた重さが消えた。そこへ入れば、もう一度届く気がする。
だが、グレシアの胸元にあった左の剣が見えなくなった。消えたのではない。大型剣の向こうへ移ったのだ。レンは爪先を踏み留め、前へ倒れかけた上体を止めた。命中した痕を目で追い続けていたら、気づけなかった。
大型剣の影から、左の刃が伸びてくる。
前進したままなら、胸元へ届く位置だった。
「っ!」
ノアが咄嗟に障壁を張る。
レンは肩を引いた。
剣が障壁を削り、二人の間に眩しい光が散った。
剣先が通った光の筋が、レンの胸のすぐ前に残った。あと一歩。その距離を思うより先に、ノアの障壁が軋む音が届く。
レンは後ろへ足を引こうとした。だが、右の大型剣から視線を外していたことに気づく。左の剣を防いだ壁の向こうで、白青の肩がもう別の向きへ回っている。声を出そうとした時、ノアも同じ動きを見ていた。
防げた。
そう思った時、グレシアはもう大型剣を横へ引いていた。
ノアが障壁の向きを変える。
そこへ、重い一撃が来た。
ガァンッ!
光の壁が大きく撓む。
ノアの靴底が地面を滑った。
受け止める場所を変えた分だけ、光の厚みが揃っていなかった。ノアは薄くなった端へ魔力を回す。間に合った。だが、次の瞬間には別の場所が押し込まれる。
剣の面を追って防御を増やせば、増やすより先に刃の角度が変わる。靴底が小石を擦り、膝が伸ばされかけた。ノアは歯を食いしばり、上体だけが後ろへ反らないように腰を落とした。
「くっ……!」
レンが射撃を放ち、追撃を止めた。
ノアも障壁を保ったまま退く。
レンの一発が、グレシアの剣と腕の間へ走った。防ぐために刃が僅かに戻る。障壁に掛かっていた圧力が緩んだ。
ノアはその瞬間に足を引いた。壁を解くのはまだ早い。レンが横へ抜け、二人の位置が再び見えるまで保つ。白い装甲が光の向こうで遠ざかったところで、ようやく魔力を止めた。消えた障壁の欠片が、膝の前で淡く散った。
距離を取り直した二人は、息を整えた。
一発は通った。
だが、その喜びを隙に変えられかけた。
レンは喉の奥へ上がった息をゆっくり吐いた。ノアの肩も大きく上下している。互いに無事かと聞きたかったが、その前に、剣がこちらを向いていることを確かめた。
グレシアは傷ついた脇腹を押さえない。片方の剣だけを見せてこちらを追いもしない。攻めた時の姿勢を収め、次の接近を待っている。通じた攻撃を、もう一度そのまま繰り返せるとは思えなかった。
「一本を押さえても……残るんですね」
レンの言葉へ、ノアが頷く。
「しかも、ただ二本を振ってるんじゃない。一方で、もう一方から目を逸らさせてる」
ノアは言いながら、自分が見ていた順番を思い返した。レンへ伸びた剣。そこを守る障壁。その後で大きく動いた大型剣。追いかけている間、グレシアの足は一度も見られていなかった。
ただの見落としなら、次は気をつけると言えばよい。けれど、剣が来るたびに防御を間に合わせようとすれば、また目がそこへ集まる。見方だけを変えるのでは足りないと感じた。
グレシアが剣を持ち直した。
右と左で異なる角度の刃が、二人を捉える。
大型剣の下には広く空いた場所が見える。だが、もうそこを隙だとは思えなかった。近づけば柄を引かれ、向きを変えれば反対の刃が来る。レンは自分が通れそうな場所を探すだけでは、相手の待つ道を選ばされると感じた。
ノアは、その空間へ別のものを置くことを考えていた。自分たちが通るための道ではなく、グレシアの剣がそのままでは通れなくなる場所。それを先に作れたら、レンが選べる動きも増やせるかもしれない。
その間合いを、ノアは見つめた。
右の大型剣が横へ動くなら、あの辺りを通る。左の刃が前へ伸びるなら、その前に腕が動く。ノアはどちらかが動き始めるのを待たず、今の構えから通る場所を探した。
全ての道を塞ぐ壁を作れるわけではない。そんな魔力を使えば、次の一撃で持たなくなる。一本の刃が、ほんの僅かに遠回りするだけでいい。その時間なら、レンが使えるかもしれない。
さっき、自分はレンを守るために障壁を張った。
次の剣が来るたび、防ぐ場所を変えていた。
後手に回れば、相手はそれを追い越してくる。
障壁へ残った重さを、まだ腕が覚えていた。正面から止め切ろうとしたから、力を足すたびに次の対応が遅れた。剣が来てからではなく、その前に置いたらどうなるだろう。
ノアは地面へ視線を落としかけ、すぐに戻した。考えている間も相手はそこにいる。剣先を視界に残したまま、レンへ少し顔を向ける。思いつきを言葉にしてから一緒に確かめなければ、今までと同じだった。
「レン。次は、私が先に防御を置く」
「先に?」
「来た剣を止めるだけじゃなくて、振れる場所を狭くする」
「大きく張り続けると、私が先に持たなくなる。だから、場所を絞る」
ノアは空いている手を小さく動かした。大型剣の外側。横へ振るなら触れ、引き戻すなら迂回しなければならない場所だった。
「そっちを気にして動いたら、反対から入れると思う」
言い切った後で、声が少し震えていたことに気づいた。必ずできるとは言えない。それでも、次に何をするかは、ようやく自分で選べた。
レンはノアを見た。
不安がないわけではない。
それでも、目はもう相手の剣へ戻っていた。
「その間に、お願いします」
レンは頷いた。
「壁の向こうまで追いません。一本目が止まっても、もう一本を見ます」
レンはさっき踏み留まった足へ、もう一度体重を掛けた。前へ出るために速さを使うだけでなく、止まる余裕も残す。ノアが作る一瞬を、焦って通り過ぎないように。
ノアが小さく頷いた。二人の間にあった不安は消えない。だが、互いが何を待ち、どこへ動くのかは、さっきよりはっきりしていた。
「任せてください」
グレシアの両腕が、僅かに下がった。構えを緩めたのではない。剣先を二人の動きへ合わせ直している。
レンは魔力刃を身体の前へ置いた。ノアはその少し後ろで、次に張る障壁の位置を決める。遠くから、負傷者へ呼びかける声が聞こえた。二人は振り返らなかった。戻る道は覚えている。その上で、今度こそ自分たちから、剣の動く場所を選ばせる。
白青の剣士へ向け、二人は再び構えた。
――第23話 END――




