↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/90

第22話 拳の先に守るもの


 最初に走ったのは、水城セナの魔力弾だった。


 一発は魔星の胸へ。

 一発は右へ。

 続く一発は、少し遅れて左側へ回る。


 神楽坂ユイナは、そのどれにも続かなかった。

 踏み込める位置に留まり、魔星の足を見る。


 前へ出ないと決めただけで、脚がひどく重く感じられた。隙が見えたら飛び込む。それが身体に染みついている。けれど、その速さにセナを合わせさせた結果が、まだ腹の奥に痛みとして残っていた。

 ユイナは踵を浮かせたまま、待った。動かずにいることと、動けずにいることは違う。今度は自分の一歩を、セナが選んだ瞬間に使う。


 右へ動けば、左から拳を入れる。

 左へ避ければ、正面を塞ぐ。

 射撃の命中を狙うために、自分がいる。


 魔星の足が滑った。

 正面の弾を身体の捻りでかわし、残る射線の間へ入ろうとする。


 セナは照準の端に、ユイナの肩を捉えていた。射線を空けてくれるのを待つ必要はない。こちらが狙う場所を見て、彼女が進路を選んでくれる。

 指先に余分な力が入った。初めて組む相手ではないのに、合図を省くことがこれほど怖い。セナは息を細く吐き、最後の弾を急がせなかった。


「そこ!」


 ユイナが地面を蹴った。

 右の拳を突き出す。

 魔星は腕で受ける。だが、その腕を押し返す間に、左からの魔力弾が届いた。


 ドンッ!


 赤黒い肩の上で、光が弾けた。

 魔星が一歩退く。


 掌へ伝わった抵抗が、ふっと軽くなる。ユイナは反射的に踏み足を出しかけた。相手が退いた時こそ追う。訓練なら何度もそうしていた。

 だが、魔星の前へ出た手はまだ開いている。追った腕を絡め取る余裕がある。その向こうで、セナの射撃部が次の角度へ動くのが見えた。ユイナは足を戻し、開いた距離を残した。


 当たった。


 ユイナは拳を引いた。

 追わない。

 踏み込みたい衝動を抑え、セナの次の射撃を待つ。


「もう一度!」


 セナは配置を変えた。

 正面から押す弾と、横へ回る弾。その順番を入れ替える。

 ユイナは、空いた一方を塞ぐように踏み込んだ。


 今度は、先に横へ回る光が見えた。魔星がそこを警戒して身体を寄せれば、正面の射撃が通る。逆へ抜けるなら、自分の拳が待っている。

 ユイナは大きく腕を振らなかった。倒すための勢いを抑え、踏み込める幅を残す。魔星が止まった瞬間、後ろから放たれた一発と、自分の拳が同じ場所へ届くように。


 魔星が肘で拳を受けた。

 返ってくる掌をかわし、ユイナは短い蹴りを放つ。

 その足を受け止めるため、魔星の腰が沈む。


 セナの射撃が、胸部へ命中した。


 ドォンッ!


「っ……よし!」


 ユイナはすぐに距離を取り直した。

 衝撃の中から、魔星が姿を現す。

 肩と胸の装甲には、浅い傷が刻まれていた。


 セナは光の消えた胸元を確かめた。命中した場所を見失わなかったのは、ユイナがすぐ横へ抜けてくれたからだ。次を撃てる。前で戦う彼女の呼吸を待ってから判断する必要もなかった。

 小さく息を吸う。手元の震えが、さっきより静まっていた。二人の間に空いている距離が、離れていることを意味しなくなっていた。


 倒せてはいない。

 だが、通じている。


「良い」


 魔星が言った。


「一人の動きへ、もう一人を継ぎ足すのではない。二人で、ひとつの間合いを作ったか」


「まだ、終わってないよ!」


「無論だ」


 赤黒い拳が握られる。


 肩の傷へ触れることも、胸を庇うこともしない。魔星は、二人の立ち位置を見比べた。右足の爪先が、ほんの僅かに正面へ戻る。

 ユイナはその変化を見た。構えが低くなるわけではない。それなのに、さっきまでこちらの動きを待っていた掌が、今は自分へ届く場所を測っている。背中の汗が冷えた。


「ゆえに、こちらも変える」


     ◇


 魔星が、一歩前へ出た。


 速い突進ではなかった。

 セナには、そう見えた。

 だが、射撃を放った瞬間、その一歩が持つ意味が変わった。


 狙いは同じ胸元だった。外してはいない。ところが、着弾するはずの場所がこちらへ近づいてくる。魔星は弾を見てから逃げる足を探していなかった。受ける腕と、次に置く足を、もう決めている。

 セナは二発目の角度を変えた。それでも一発目の光は取り消せない。その白い明滅の陰に、魔星の足が隠れた。


 ユイナが横へ動く。

 避ける場所を塞ぐために。


 魔星は、避けなかった。


「ぬん!」


 両腕の前へ魔力が集まり、正面の弾を防いだ。

 爆発の光へ、赤黒い身体が踏み込む。

 ユイナが塞ぐつもりでいた横の道を使わず、まっすぐ間合いを詰めてきた。


「ユイナ、戻って!」


 セナは射撃を止めた。

 魔星の接近先に、ユイナがいる。

 この角度で撃てば、味方まで巻き込む。


 止めた指が硬くなる。ユイナが避ける先へ弾を置けば、彼女の退路まで奪う。いま必要なのは手数ではなかった。

 セナは左へ一歩動いた。撃てる角度を探すためだ。だが、魔星も同じ側へ身体を寄せる。ユイナの肩と赤黒い腕が重なり、開きかけた射線がまた閉じる。狙わせてもらえないという感覚が、初めて背筋へ届いた。


 魔星の拳が伸びた。

 ユイナは両腕を交差させる。


 ガァンッ!


 防御が鳴った。

 一撃を受けた腕の下から、もう一方の掌が入ってくる。


「っ、させない!」


 ユイナは肘を落とした。

 受ける。

 だが、魔星はそこで押し込まなかった。

 腕へ触れたまま斜めへ踏み出し、ユイナの身体を回した。


 視界の向きが変わる。

 足元が追いつかない。


 押さえられた腕を引こうとすると、肩がさらに回される。ユイナは歯を食いしばり、力を込めるのをやめた。相手の手を振りほどくことだけ考えたら、脚まで追いつかなくなる。

 踏み直そうとした靴底が、小石を弾いた。正面にいたはずの魔星が、もう自分の斜め横にいる。引くより先に、身体ごとそこから離れるしかなかった。


 魔星の肩が、正面へ迫った。


「くっ!」


 ユイナは衝突の直前に脚部を噴射した。

 自分から後ろへ飛び、押し出される勢いを逃がす。

 着地は乱れた。それでも倒れず、両足で地面を掴む。


 セナがすぐに射撃を再開した。

 魔星は腕で一発を防ぎ、次をかわした。

 ユイナの位置が戻ったことで、再び正面へ進めなくなる。


 着地した足首へ鈍い痛みが走った。ユイナは膝を曲げて堪え、前へ倒れかけた上体を起こす。目だけでセナを探すと、こちらを見ずに射撃を続けていた。

 今、駆け寄られたら二人とも間合いへ入れられていた。飛んでくる光が魔星を一度止める。その一呼吸を使って、ユイナはようやく両腕を構え直した。


「……危なかった」


 ユイナが息を吐いた。

 セナは返事をする代わりに、相手の足を見る。


 避けさせるつもりだった。

 けれど、魔星には受けて進む選択がある。

 回避先を塞ぐだけでは、前進を止められない。


「あの人、こっちが何をさせたいのかまで見てる」


 ユイナが呟いた。


「はい。ですが、全部を無傷で受けているわけでもありません」


 浅い傷は残っている。

 魔星が十分に耐えられると判断した攻撃だから、踏み込めたのだ。


 セナは傷の位置と、さっき進んできた足の幅を重ねた。魔星は射撃を無視したのではない。どこへ受ければ前へ出られるかを選び、必要な分だけ腕で防いだ。

 同じ弾を増やせば、また同じ場所を通られる。照準を細かく直すだけでは足りない。受け止めるために構えを保たせる。その間に、ユイナが離れられるだけの余裕も要る。


 ならば、受けて進むことにも代償を伴う一撃を通す。

 それには、準備する時間が必要だった。


「ユイナ。もう一度、前をお願いできますか」


 ユイナは口元を拭い、頷いた。


「任せて」


「今度は、私があなたを待ちます」


「……うん」


 勢いのよい返事をしなかったのは、疲れだけではない。

 その言葉に託されたものが分かったからだった。


 さっきまでなら、任せてと言った勢いのまま走れた。今は、脚の震えも息の浅さも分かっている。長くは持たない。それを隠して時間を約束すれば、セナの判断まで誤らせる。

「長くは、無理だよ」

「はい。一度で合わせます」

 ユイナはその返事を聞いてから、前を向いた。何度もやり直せる作戦ではない。だからこそ、まだ動くこの脚を、どこで使うか決められた。


     ◇


 ユイナは拳を構えたまま、魔星へ近づいた。

 全速ではない。

 自分から飛び込めば、そこを使われる。

 踏み込みを途中で止められる速さで、距離を縮めていく。


 距離が縮まるほど、魔星の姿が視界を占める。肩の傷より、開いた指先へ目が行きそうになる。ユイナは相手の胸元へ視線を戻した。腕だけ見れば、足の踏み替えを見落とす。

 後ろでセナが構え直す気配がした。振り返らない。前を任せたと言われたのだ。いま自分が見なければならないのは、目の前の一歩だった。


「お主は、なぜ退かぬ」


 魔星が問うた。


「勝てぬ相手を前に、退くのも戦いだ」


「……分かってる」


 ユイナは答えた。


「でも、ここを任されたから」


「組織に、か」


「後ろにいた人たちに」


 魔星の視線が、僅かに動く。


 背後の足音は、先ほどより遠くなっていた。傷ついた局員を支え、声を掛けながら退いていった人たち。その姿を、ユイナは肩越しにしか見ていない。

 自分たちがここで止めると言った。その言葉で背を向けてくれた人がいる。魔星が追わなかったことには助けられた。それでも、自分で引き受けた言葉まで、なかったことにはできなかった。


「はちちゃんとも、話したい。あなたが守りたいのは分かった。でも、あたしたちにも会わせてほしい」


「主を捕らえるためではないと、言い切れるか?」


 ユイナは拳を握り直した。

 任務と、自分の願い。

 その全てを同じものとして、言い切ることはできなかった。


 会えたら何と言うのか、まだ決められていない。どうして、と問い詰めたい気持ちもある。無事だったと知って、ほっとした気持ちもある。そんな顔を、あの小さな少女に一度に向けてしまうかもしれない。

 でも、こちらが聞きたいことを並べれば、それで話を聞いたことになるのだろうか。魔星に問われて初めて、自分の願いの曖昧さが喉へ引っかかった。


「……分からないことまで、約束はしない」


 魔星の拳が、静かに上がる。


「でも、話を聞く前に、敵だって決めたくない」


 はちが何をしたのか。

 自分たちが何をしてしまったのか。

 聞かなければ分からないことがある。


「だから、ここで黙って引き返したくないんだ」


「そうか」


 魔星が頷いた。


「その答えは、覚えておこう」


 肯定されたわけではなかった。道を譲ってもらえるわけでもない。それでも、ユイナは息を吸い直せた。約束できないことを誤魔化さずに答え、そのまま受け取ってもらえた。

 魔星の掌がわずかに伏せられる。話が終わる。ユイナは足裏へ重さを戻した。相手の言葉を聞くことと、次の一撃を防ぐこと。その両方を、今は手放せなかった。


 次の瞬間、拳が来た。


 ユイナは右へ流す。

 足を入れ替え、左を返す。

 防がれた腕を引き、脚を振り抜いた。


 ガンッ!


 接触した装甲から火花が散る。

 魔星の肘が迫り、ユイナは身を沈める。

 頭上を抜ける風を感じながら、そのまま拳を短く突き上げた。


 胸部へ命中。

 だが、浅い。


 拳を通した右肩へ、硬い感触が返った。魔星は退いていない。打たれた胸を僅かに斜めへ向け、こちらの腕が最も伸びる場所を外している。

 もう半歩入れば強く打てたかもしれない。だが、その足を出せば、すぐ脇にある掌に捕まる。ユイナは欲を切り、踵を地面から離した。ここで倒すことが、いま引き受けた役目ではなかった。


 魔星の左手が、伸びた腕を押さえに来る。

 ユイナは肘を曲げ、すぐに抜いた。

 掴まれる直前だった。


「ぬう……!」


 魔星が前へ出る。

 ユイナは下がった。

 下がりながら、防ぐ。

 拳を受ける腕が痺れ、息が切れる。


 右、左と受けるうちに、両腕の高さが揃わなくなる。魔星の拳は同じ場所へ来なかった。額の前へ上げた防御の下を掌が通り、脇を締めれば肩口へ短い一撃が来る。

 ユイナは歯を噛み、脚部の出力を細かく切り替えた。大きく跳べば楽になれる。けれど、ここで間を空ければ魔星はセナへ進める。靴底一枚の距離を稼ぐように、足を刻んだ。


 それでも、視線は相手の胸へ戻し続けた。


 魔星の爪先が外へ開く。ユイナは先に腰を落とした。横へ伸びた蹴りが腕を擦り、身体が傾く。倒れそうになった勢いを使って斜めへ抜け、短く拳を返す。魔星の掌がそれを受けた。

 押し合えば負ける。ユイナはすぐに肘を引いた。両者の間へ砂が落ちる。ほんの一瞬の空白の間に息を継ぎ、もう一度だけ、足を踏み直した。


 セナは撃たない。

 射撃部へ魔力を収束させ、構えを崩さずにいる。

 ユイナを助けるために、今すぐ撃ちたかった。

 だが、半端な一発を放てば、作ってもらった時間を失う。


 収束する光が手元を白く染めていく。十分な魔力を集めても、撃つ場所がなければ意味がない。ユイナが動くたび、セナは銃口を僅かにずらした。

 見えているのは、その背中だけではなかった。受けた後に沈む膝、地面を擦る踵。あと何度防げるのかを数えたくなる。セナは唇を結び、ユイナの肩が射線から外れる瞬間を見続けた。


 待つ。

 ユイナが、自分を信じて前にいる。


 後ろへ声を掛ける余裕は、もうないのかもしれない。だからこそ、名前を呼ばれるまで待つだけでは遅かった。

 セナは照準を、魔星の今の位置から僅かにずらした。ユイナが右足を置ける場所が一つ残っている。そこへ踏み込めたら、相手の上体はどちらへ向くのか。二人の足の間にある細い隙間へ、光を送る準備を整えた。


 魔星の拳が、ユイナの右腕を押し下げた。

 続く掌が胸元へ向かう。


 ユイナは逃げなかった。


「ここだあっ!」


 左の前腕で掌を受け、右足を相手の外側へ置いた。

 押し込まれる力を、斜めへ逃がす。

 踏ん張った両脚のギアが唸った。


 崩す。

 一瞬でいい。

 セナの一撃が届く、その瞬間だけ。


 受けた左腕が軋む。正面からなら、絶対に押し切られる。ユイナは腰を引かず、置いた右足を支えに身体の向きだけを変えた。掌を押し返そうとするのではなく、その先から胸を外す。

 魔星の足が地面を捉え直す。止めておけるのは、そこまでだ。ユイナは残った力を脚へ流した。自分が立ち続けるための魔力も、いまはその一歩へ注ぎ込んだ。


 魔星の肩が、射線へ開いた。


「セナ!」


 呼ぶより先に、ユイナは横へ跳んでいた。


「撃ちます!」


 収束した光が、ルミナス・エッジから放たれる。

 正面へ向き直る魔星を、光の塊が捉えた。


 撃った瞬間、支えていた腕が後ろへ押された。セナは膝を曲げ、照準を保つ。光の手前を、ユイナの髪が横切って消えた。

 間に合った。そこまで確かめてから、肩に入っていた力が抜けかける。けれど視線は外せない。直前に魔星の両腕が動いた。防御を間に合わせたかどうかを、白い光の中では見届けられなかった。


 ドォォンッ!


 乾いた地面が揺れた。

 砂と砕けた小石が舞い、赤黒い輪郭を隠す。


 ユイナは着地した。

 片膝をつきながら、正面を見た。

 セナも射撃を終え、息を詰めて煙の奥を見つめる。


 ユイナの掌に、小石が食い込んだ。痛みは遅れて来た。それより先に、脚へ回す魔力がうまく集まらないことが分かった。

 立て、と胸の内で急かす。煙が晴れるより先に動かなければならない。だが、腕を伸ばすたび腹の奥が引きつり、吸い込んだ息が止まる。最後に踏み込む力まで使ったことを、身体が今になって訴えていた。


 その向こうから、一歩。

 重い足音が響いた。


「……見事」


 魔星が現れた。

 胸部に受けた攻撃の痕があった。

 両腕を前へ揃え、防いだ姿勢が、ゆっくりと解かれる。


 止まってはいない。


 胸の傷は、先ほどの二発より深い。受け止めた前腕にも光の痕が残っている。何も起こらなかったわけではない。それなのに、魔星の足運びは崩れていなかった。

 セナはもう一度、射撃部を上げようとした。指先が震える。次の一発に必要な魔力を集める間に、赤黒い足が砂を踏む。待たせておけるユイナの一歩は、もう残っていなかった。


 ユイナは立とうとした。

 踏み込んだ瞬間、膝が震えた。

 気づけば、魔星がもう前にいる。


 拳が伸びる。

 ユイナは両腕を上げた。

 だが、魔星はその手首を押し上げ、足を一歩深く入れた。


 防ごうとした形を、そのまま上へ持っていかれる。ユイナは肘を下げようとしたが、踏み込まれた足が近すぎた。腰を引けば倒れる。横へ抜けるために蹴る地面も、足の下からずれていた。

 見えているのに、追いつかない。最後まで魔星の胸を見据えたまま、ユイナは腹部の防御へ残る魔力を回した。


「終いだ」


 開いた掌が、腹部の防御を捉えた。

 指を広げたまま密着し、踏み込んだ足から腰、肩へと力が通る。

 逃げる間もなく、掌の一点へ集まった魔力が、短い衝撃となって弾けた。


「っ……!」


 ユイナの脚から力が抜けた。

 倒れ込む身体を、魔星の腕が受け止める。


 地面へぶつかるはずの頭が、落ちなかった。支えた腕の硬さを、頬の横で感じる。ユイナは息を吐こうとしたが、声にならない空気だけが漏れた。

 まだ終わっていない。セナがいる。そう伝えたいのに、指さえ思うように動かせない。魔星の腕から逃れようとする力もなく、ただ後ろへ目を向けた。


「ユイナ!」


 セナは照準を向け直した。

 撃てない。

 ユイナが近すぎる。


 魔星はユイナを地面へ横たえた。

 その動きの途中から、もうセナへ顔を向けていた。


 セナは後ろへ跳ぶ。

 射撃部を分け、接近する相手の足元と肩を狙う。

 光が走った。


 魔星は一発を防ぎ、残る射線へ斜めに入った。

 セナはさらに下がる。

 だが、先ほどの一撃へ注いだ魔力と、長く続いた戦闘が、身体の動きを鈍らせていた。


 足元へ置いた弾は、魔星を止める直前に掠められた。肩を狙った一発の外へ上体が傾く。そのまま歩幅が変わり、次に狙った場所にはもう身体がない。

 前へ出るユイナがいた時には、そこを好きには通れなかった。セナは空いた横手を狙い直す。だが、自分の後退より、相手が斜めへ進む距離の方が大きかった。


 射撃部を支える腕へ、掌が触れる。

 銃口が上へ逸れた。


「……っ!」


 目の前へ拳が迫る。

 セナは防御へ魔力を回した。


 衝撃が胸元で弾け、身体が後ろへ倒れる。

 地面に背をついた時、呼吸が途切れた。


 痛い。

 けれど、意識はある。


 視界の上を、明るい空が占めた。地面へ置いた手に力が入らない。セナは開いた口で一度、二度と息を探し、ようやく細い呼吸を取り戻した。

 銃口は魔星から外れていた。向け直すための腕が上がらない。相手はそこへ手を伸ばすことさえせず、セナの目を見て、静かに拳を引いた。


 魔星は、それ以上打たなかった。


     ◇


 ユイナが、ゆっくりと顔を動かした。


「……セナ」


「います」


 近くから声が返る。

 それを聞いて、ユイナは大きく息を吐いた。


 どちらかがすぐに立てるわけではなかった。それでも、返事があった。途切れずに言葉を返せる。それだけで、ユイナの肩から力が抜けた。

 遠くで誰かを呼ぶ声がする。別の場所でも戦いが続いているのだろう。助けに行きたいと思った途端、自分の掌がまだ地面を押せていないことに気づいた。


 二人の間に、魔星が立っていた。

 拳は下ろされている。


「まだ続けるか」


 ユイナは、起き上がろうと腕へ力を込めた。

 震えて、止まる。


「……悔しいなあ」


 今の一撃は、届いた。

 セナと二人で作った攻撃は、確かに魔星を捉えた。

 それでも、勝てなかった。


 一度も触れられなかったのなら、力の差だけを悔しがれたかもしれない。けれど、二人で考えて変えたことは通じた。あの瞬間、魔星の肩は確かに開いた。

 届いたからこそ、分かることがあった。その先にもう一度動く余裕を残せなかった。成功した攻撃の後まで戦いは続くのだと、今は地面の硬さと一緒に思い知らされていた。


 セナが、息を整えて口を開く。


「これ以上は……戦えません」


 自分だけではない。

 隣のユイナも、もう限界だった。

 それを認めて、次に何をすべきかを考えることも、自分の役目だ。


 続けたいかと聞かれれば、頷いてしまいそうだった。まだ銃口を向けたい。その気持ちが、セナにも残っている。

 だが、いま無理に立っても、ユイナのそばへ戻れるとは限らない。自分が倒れ直せば、状況を伝える声も失う。セナは射撃部へ送っていた魔力を止めた。空いた分を防御の維持へ回し、通信を確かめた。


「負傷者の搬送を要請します。妨害は……」


「せぬ」


 魔星は即答した。


 セナは通信を開き、場所と二人の状態を伝えた。

 応答を聞き終え、ゆっくりと腕を下ろす。


 伝える言葉を短く区切った。応答の向こうへ息切れまで届いている。それでも、二人とも意識があること、戦闘を続けられないことは、はっきり言えた。

 通信を終えて顔を上げると、魔星は二人から少し距離を取っていた。進路を塞ぐ位置は変えていない。救援が来ても、奥へ進まなければ戦うつもりはないのだと、セナはその足元を見て思った。


「主から、人の命を奪うなと頼まれている」


 魔星が言った。

 ユイナはその顔を見上げた。


「……やっぱり、はちちゃんだ」


 その名を口にすると、別の悔しさも胸へ浮かんだ。

 会いたいと思いながら、会うところへさえ辿り着けなかった。


 あの時、もっと話しておけばよかった。訓練場で顔を合わせた短い時間の中に、今なら聞きたいことがいくつもある。

 だからといって、はちの考えを分かったとは言えなかった。優しかったから、全部違うはずだと決めつけることもできない。それでも、命を奪わないでほしいと頼んだ声なら、知っている少女の声で思い浮かべられた。


「魔星」


「何だ」


「はちちゃんを……お願いね」


 相手に何を頼んでいるのだろうと、自分でも思った。

 それでも、ユイナは続けた。


「あたしたちの話、聞いてほしいって思ってる。でも、今あの子のそばにいるのは、あなただから」


 魔星は黙っていた。

 ユイナの目にも、セナの目にも、勝てなかった相手への悔しさが残っている。

 その上で、主を案じていた。


 魔星は、答えを急がなかった。主を守るために塞いだ道の手前で、その主を頼むと言われている。二人を倒したことと、その願いを受け取ることの間には、まだ硬い拳ひとつ分の距離があった。

 ユイナは目を逸らさない。セナも止めなかった。いまこの場を通せと要求する声ではない。それを確かめ、魔星は胸の前で握っていた手を下ろした。


「……引き受けよう」


 赤黒いレグナムは、静かに答えた。


「お主らが、話を聞くために会いたいと言ったこともな」


 ユイナは口元を緩めた。


「次は……もっと強くなるから」


「その時は、立ち合おう」


 ユイナは笑おうとして、途中で顔をしかめた。腹が痛む。それでも、言葉を取り消す気にはならなかった。

 セナは隣で小さく息を吐いた。次がいつになるか、同じ場所に立てるかも分からない。今はただ、ユイナが次を口にできたことが嬉しかった。負けたまま閉じてしまいそうだった時間が、その一言で少し先へ伸びた。


 魔星が背を向ける。

 少し離れた場所で足を止め、周囲を見渡した。

 まだ役目が終わったわけではない。

 だが、そこを通さぬために倒した相手へ、再び拳を向ける必要もなかった。


 セナは空を見上げた。

 今は、搬送を待つしかない。

 いろはたちは、どこまで進んだのだろう。


 セナは横へ目を向けた。ユイナの呼吸は少しずつ落ち着いている。手を伸ばせば届きそうな距離なのに、その僅かな動きにも胸が痛んだ。

 今は無理に近づかず、声を掛けよう。最初の射撃を任せてくれたこと。最後まで前にいてくれたこと。伝えたい言葉を探しているうちに、いちばん確かな一つが残った。


「ユイナ」


「……ん?」


「最後の連携。合っていました」


 ユイナは一度、目を閉じた。

 それから小さく頷く。


「うん。次は、もっと合わせる」


 ユイナの指が、砂の上を僅かに動いた。セナも手を伸ばす。互いの手にはまだ届かなかったが、その動きは見えた。

 遠くから、搬送に向かう者の声が届く。二人は進路の奥ではなく、その声の方へ顔を向けた。ここで果たせなかった役目を、今の自分たちにできることへ渡すために。セナはもう一度、こちらですと声を上げた。


 少し離れた場所で、その声を聞いた魔星は、握っていた拳を静かにほどいた。


――第22話 END――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。