第21話 鋼の拳、二人の挑戦
バティオスが天城いろはと対峙していた頃。
別の場所でも、ガーディアン局員たちの進路は、一体の人型レグナムによって塞がれていた。
崩れかけた岩場と、乾いた地面。
その中央へ立つ赤黒い人影を、神楽坂ユイナは睨むように見据えた。
地面を走ったひびは、一か所だけではなかった。倒れた局員が残した足跡の先に、深く沈んだ靴底の痕がある。そこから離れた岩にも、砕けた部分があった。何がどう当たれば、こんな痕になるのか。ユイナは相手から目を離さず、視界の端で距離を測った。近接戦には慣れている。拳が届く距離へ入る怖さも知っている。それなのに、今はその手前で足が止まりそうになる。まだ動いていない相手に、先に間合いを取られているようだった。
剣も銃もない。
だが、何も持っていないことが、隙には見えなかった。
肩を落とし、両足を静かに開いた立ち姿。それだけで、近づけば打たれると分かる。
武器があれば、その先端をひとつの目安にできる。刃がどこまで届くのか、銃口がどちらへ向いているのか。それを見て、入る場所を選べる。目の前の相手には、その分かりやすい境目がなかった。開いた掌、少し引かれた肩、沈みすぎていない腰。どこから打つのかを読もうとするほど、どこからでも動けるように見えた。ユイナは自分の腕を確かめた。ブレイク・ギアの重みは、いつもと同じだった。今はその馴染んだ感触が、身体を動かす支えになっていた。
後ろでは、退避する局員の足音が続いていた。
全員が動けなくなったわけではない。それでも、正面から攻めた者は倒され、援護に回った者も押し返された。
追撃はされていない。
相手は、逃げる者を追うより、ここを通さないことに徹していた。
セナは退避している局員たちの位置を確認した。全員が離れるまでには、まだ時間がかかる。追撃されていないからといって、気を抜いてよいわけではない。こちらが攻撃した結果、相手の進む向きが変われば、後ろの人たちまで巻き込まれる。射線を作る時には、自分たちの立ち位置だけでなく、その先まで考えなければならなかった。セナは足を少し開き、いつでも横へ動けるようにした。ユイナの背中が、前にある。声を掛ける前から、そちらも相手の手を見ていた。
「ユイナ。前に出すぎないで」
少し後方へ位置を取った水城セナが、低く告げる。
手元では《ルミナス・エッジ》の射撃部が展開していた。
「分かってる」
ユイナは短く答え、両腕と両脚の《ブレイク・ギア》を確かめた。
踏み出す前から、掌に汗が滲んでいる。
握って、開く。指が動くことを確かめる。怖くないと言えば、嘘になった。無事に終わると決まっている模擬戦とは違う。かえでやいろはが近くで止めてくれる場所でもない。判断が遅れれば、後ろにいる人を守れなくなる。だからといって、焦って飛び込めば、自分も倒れる側へ回る。ユイナは一度だけ息を吐いた。いつもなら加速へ向ける勢いを、まだ足元に留めておく。セナの位置を確かめることを忘れないよう、自分へ言い聞かせた。
「自分たちが残ります。負傷した人を先に!」
後方へ声を飛ばすと、応じる声が返った。
セナはそちらを一度だけ確認し、すぐに視線を戻す。
任せるという返事を聞いた後、セナはすぐに魔星へ意識を戻した。引き受けた言葉を、ただの勢いで終わらせたくない。自分たちが立っている間に、後ろの人が安全な場所へ進める。その時間を作るためにも、一度で倒されるわけにはいかなかった。ユイナが相手との距離を測っている。今は声を増やすより、その判断を邪魔しない位置へいる方がよかった。
「負傷者を追わないのですね」
「退く者に、拳を振るう理由はない」
相手は当然のように答えた。
「なら、あなたも攻撃をやめてください」
「お主らが立ち去れば、これ以上戦う必要はない」
静かな言葉だった。
退路は空いている。代わりに、先へ進む道だけを塞いでいる。
声には、こちらを煽って動かそうとする調子がなかった。退けば終わると言い、その通りに動ける道を残している。セナはそのことを覚えておくことにした。無差別に攻撃している相手と考えれば、次の行動を読み違える。何を止めようとしているのか。どこまでは許し、どこからは許さないのか。その線を知ることも、今は必要だった。だが、線が分かったからといって、越える力まで手に入るわけではない。目の前の拳がそれを示していた。
セナは相手の拳へ目を向けた。
倒れた局員がいる。こちらが引けば、それで任務が終わるわけではない。
「名前を聞いても?」
「魔星」
赤黒いレグナムが、顎を引いた。
「安藤はちの仲間だ」
ユイナの呼吸が、一瞬だけ止まった。
予想していた。それでも、本人の口から名を聞くと違った。
セナも、小さく息を吸った。はちの名を聞いて動揺したのは、自分も同じだった。だが、ここで二人とも考え込めば、相手の動きを見失う。ユイナが問いかける間、自分は構えを見続ける。返事の内容と、身体が次に何をしようとしているのか、その両方を確かめようとした。話を聞きたいという気持ちがあるからこそ、落ち着いて聞ける距離を保ちたかった。
訓練場で頭を下げ、挨拶を噛んでしまった小さな少女。
大きな白竜に頬を舐められ、慌てていた姿。
あの子の造った存在が、今は自分たちへ拳を向けている。
初めて見た精霊カードの力に驚き、白竜の大きさに声を上げた。はちの小さな声と、その隣に立つ巨大な存在の違いがおかしかった。戦う前には罰ゲームの話まで持ち出され、皆で慌てた。そんな時間を覚えている。ここで名を聞いて思い出したのが、脅威の大きさより先に、その時の顔だったことが苦しかった。ユイナは歯を食いしばった。知らない敵の名前なら、こんなふうに呼吸が止まることはなかっただろう。
「……はちちゃんが、ここを通すなって?」
「ガーディアンを足止めする。それが、引き受けた役目だ」
「はちちゃんは、今どこにいるの?」
「答えられぬ」
ユイナは唇を引き結んだ。
はちが生きていた。それを喜んだ後で、敵対しているという話も聞いた。
何があったのかを、全て理解しているとは言えない。
だからこそ、直接話を聞きたかった。
はちを捕らえようとした時に何が起きたのか、伝わってきた話は重かった。自分たちがその場で何を言えたのかを、今さら考えても答えは出ない。けれど、戻ってきたならそれでいいと、簡単に言える出来事でないことは分かる。だから、元気だったかとだけ聞いて終わらせるつもりもなかった。何を思っていたのか。今、何を望んでいるのか。答えてくれるかどうかも分からない。それでも、聞く機会まで諦めたくはなかった。
「会わせてほしい。戦うためじゃなくて」
「ならば、その装備を収めて退けるか?」
ユイナは答えられなかった。
後ろには、傷ついた仲間がいる。
目の前の相手が言葉を交わせるからといって、警戒まで解くことはできない。
装備を収めれば、自分が誠実だと示せるのかもしれない。だが、そのために後ろの人を危険へ晒してよいのか。自分の気持ちと、今果たさなければならない役目を、同じ答えにできなかった。セナも黙っていた。言い切れないところを、代わりに綺麗な言葉で埋めようとはしない。その沈黙がありがたかった。ユイナは、目の前の相手を見た。こちらが困っている間にも、魔星は一度も退避する人へ向き直らなかった。
魔星は、その沈黙を責めなかった。
「お主らにも、退けぬ理由があるのだな」
両腕を緩く開き、片方の掌を前へ向ける。
もう一方の手は胸元へ引かれた。握り拳だけを見ていては、その指先が捉えようとしている間合いを見失う。
構えが変わった瞬間、周囲の空気まで近くなった気がした。ユイナは前の掌へ目を向け、すぐに奥の手も視界へ入れ直す。差し出された指へ意識を取られれば、胸元に残った拳が来る。そちらを追えば、足元から動かれる。どちらか一つだけを見て答えを出したくなる自分を抑える。魔星は、両手だけで構えているのではない。立つ足も、引いた腰も、全部が次の動きのために整っていた。
「ならば、来るがよい」
◇
「セナ」
「いつもどおりに。私が合わせます」
背中から届いた声に、ユイナは頷いた。
力任せに踏み込むな。
先ほど倒された局員の動きを思い返し、一歩分の余裕を残す。
いつもどおり。その言葉は、軽く飛び込んでよいという意味ではなかった。二人で確かめてきた、互いの届く範囲へ戻るための言葉だ。ユイナは正面の魔星を見ながら、セナが撃てる方角を頭へ描いた。自分が右へ動けば、どこが空くか。かわした後、どこへ戻れば援護を受けられるか。ひとりで速く動くことに集中すると、その大切な部分が抜け落ちる。最初の一歩を踏む前に、後ろから届く声をもう一度胸へ留めた。
「行くよ!」
脚部のギアへ魔力を通す。
踏み切った地面から砂が跳ねた。
魔星は動かない。
ユイナが間合いへ入る直前、セナの射撃がその左側を走った。
避ける先を狭めるための一発。
その直後、ユイナの右拳が胸部へ迫る。
「はあっ!」
届く。
そう思った拳の外側へ、魔星の左手が触れた。
ガッ!
打ち合う重さは来なかった。
腕を横から押され、拳の向きが僅かに逸れる。
同時に、赤黒い身体が踏み込みの内側へ入っていた。
速く叩き落とされたのではなかった。強い力で押し返されたのでもない。拳が届くはずだった場所から、相手の胸が少し外れている。自分の腕だけが前へ進み、肩と腰の向きがずれた。押された量は僅かなのに、戻すには踏み直さなければならない。その間に魔星は近くなる。ブレイク・ギアへ魔力を通していた勢いが、今は相手へ身体を運ぶものになってしまっていた。ユイナは腕を引くより先に、防御を選んだ。
「――っ!」
胸元へ迫る掌を、ユイナは両腕で受けた。
ブレイク・ギアの防御が光る。
直後、身体ごと後ろへ押し出された。
「ユイナ、左へ!」
着地と同時に脚へ力を込める。
横へ抜けた直後、さっきまで自分がいた場所を、セナの魔力弾が通り抜けた。
魔星は身を捻ってかわす。
追撃に使うはずだった一歩を、回避へ変えさせた。
セナは弾の行方を追いながら、次を構えた。今の一発は、当てるための最善の射撃ではない。魔星がユイナへ追いつく前に、足を止めさせる射撃だった。外れたことを悔しがる場面ではなかった。それでも、これを何度も繰り返せば、自分たちの手数は守るためだけに使われる。ユイナが立て直す間、魔星もすぐに構えを戻している。助けた一瞬を、どう次の攻めへ渡すのか。それを考えなければ、この先が続かない。
ユイナは足を踏ん張った。
「……重っ」
腕が痺れている。
まともに殴られたわけでもない。受け止めた掌だけで、これだった。
指先を動かすと、少し遅れて感覚が戻ってくる。ユイナは握り締めた手を一度開いた。腕に残った衝撃を、そのまま次の一撃へ持ち込んではいけない。力を入れ続ければ、自分の動きまで硬くなる。目の前では、魔星の肩が自然に落ちている。力を抜いているように見えるのに、必要な瞬間にはあれほどの重さが来た。構えることが、全身を固めることではないのだと、身体で思い知らされた。
「平気?」
「うん。次は、もらわない」
「右の足を見て。腕だけ追わないで」
セナの指示を聞き、ユイナは魔星の下半身へも意識を向けた。
さっきは手で拳を逸らされたと思った。
けれど、その前から立つ位置をずらされていたのかもしれない。
踏み込む時、自分は相手の胸を見ていた。拳の当たる場所を決め、その距離へ一気に進んだ。魔星は、その前に足をずらしていた。身体を丸ごと動かすより小さな変化だったから、打ち込むことへ集中した目には入りにくかったのだ。ユイナは足元を確かめる。乾いた地面には、自分の長い踏み込みの痕と、相手の短い移動の痕が並んでいた。速さを上げれば解決するとは思えなくなっていた。まず、どこへ入っているのかを知らなければならなかった。
魔星が拳を戻す。
「良い援護だ。仲間の退く道を、射線で守ったか」
褒められているのだと、すぐには受け取れなかった。こちらは一度の接近で押し返され、退くところまで読まれている。それでも、魔星の声に笑いはなかった。射撃が何を守ったのかを、確かめたような言い方だった。
「……見えていたんですね」
セナが言う。
「打ち込む者だけが、相手とは限らぬ」
魔星の目が、ユイナからセナへ向く。
後ろにいるから安全なのではない。次に自分を狙う可能性もある。その視線を受け止め、セナは足の向きを変えた。
ユイナも少し動いた。二人が直線に並ばないよう、位置をずらす。
セナが右へ射撃を置く。魔星は上体を開いた。次の一発を胸元へ送り、その動きを止めようとする。
魔星は前腕で防いだ。
ドンッ!
小さな爆発が、赤黒い腕を包む。
その腕が下がる前に、ユイナが動く構えを見せた。
魔星の足がそちらを向いた。
「……やっぱり」
セナは声を落とした。
今の射撃には、攻撃の手応えがあった。だが、魔星は自分の射撃へ向ける注意を残したまま、ユイナの動きにも応じている。
相手に隙がないから撃てないと考えていては、いつまでも始まらない。隙を作るために撃つ。その必要を理解していても、目の前の相手を動かす難しさは想像以上だった。
「感心している余裕、なくしてあげる!」
ユイナは再び加速した。
今度は真正面へは入らない。
魔星の右側へ回り、左の拳を短く振るう。
受けられる。
止まらず、踏み直した右足から蹴りを放つ。
ゴンッ!
脛を受けた前腕に、鈍い音が響いた。
魔星の身体が、僅かに揺れる。
蹴りの感触が脚へ返った。魔星の足が僅かに沈む。今度は、こちらの力を受けさせた。ユイナはその小さな変化を見逃さなかった。だが、嬉しさに任せて追うわけにはいかない。前の掌を受けた腕はまだ痺れている。相手を動かした今の一瞬を、自分の次の一撃だけに使うより、セナへ渡した方がよい。ユイナは腰を落とした。後ろの射線から、自分の頭を外すためだった。
「セナ!」
ユイナが沈む。
頭上を二発の魔力弾が走り、魔星の肩と胸元へ向かった。
魔星は半歩退いた。
一発は肩を掠め、もう一発は横へ流れる。
その足を狙い、ユイナが低く踏み込んだ。
セナは肩を掠めた弾の位置を見た。魔星の身体は退いたが、両足の幅は崩れていない。無理にかわして姿勢を乱したようには見えなかった。ユイナへ注意を促そうとした時には、もうその脚が動いていた。射撃で退かせた場所へ、前衛が追う。噛み合っているはずの連携が、急に細い一本の道に見えた。そこを通る以外の選択を、自分たちで減らしているのではないか。セナの胸に、その疑問が浮かんだ。
「捕まえた!」
次の瞬間、魔星の膝が持ち上がった。
蹴りを受けるのではない。
踏み込んでくるユイナの進路へ、壁のように差し込まれる。
ユイナは急停止した。
止まり切れず、体勢が浮く。
目の前へ出された膝に、攻撃の勢いを止められた。蹴りを避けたのなら、その先へ拳を出せたはずだった。だが、魔星はそこに残っている。進めばぶつかる。引けば、踏み込んだ足が残る。ユイナは両腕を戻そうとした。さっきまで攻撃のために開いていた身体が、今は防御を作るための時間を必要としていた。止まった一瞬を、相手は初めから待っていたのだ。
「ぬん!」
魔星の拳が、腹部の防御へ打ち込まれた。
圧縮された魔力が弾ける。
「かっ……!」
ユイナの身体が地面を離れた。
視界が傾く。
脚部を噴射し、落下の勢いを殺す。靴底が地面を擦り、片膝が落ちた。
足を着く位置が、思っていたより遠かった。押し飛ばされる途中で、空と地面が入れ替わりそうになる。脚部へ魔力を通し、身体を起こす。着地できたと思った直後、腹の奥から痛みが込み上げた。膝が折れ、吐こうとした息が喉で詰まる。ユイナは手をついた。乾いた砂の感触が掌へ触れた。自分が倒れた場所と、セナがいる場所を確かめる。近くへ来てしまえば、セナまで同じ間合いに入ってしまう。
「ユイナ!」
「来ないで! 撃って!」
セナが構えを戻した。
駆け寄りたい気持ちを押し留め、魔星とユイナの間へ射撃を置く。
魔星は追わなかった。
射線の手前で足を止め、二人を交互に見た。
セナの射撃は、魔星の足元の手前で弾けた。
相手を見失わない程度に、短く間を空けて撃つ。
煙を広げすぎれば、ユイナからも魔星が見えなくなる。何も考えずに撃ち続けることはできない。
「ユイナ、呼吸を。急いで立たなくていい」
セナは声を掛けた。
返事の代わりに、ユイナの肩が動く。息を吐き、もう一度吸おうとしていた。
魔星は前へ来ない。
だが、セナは照準を外さなかった。
追わないでいてくれることと、これからも追わないと信じ切ることは違う。戦いを始めた以上、自分たちが守れる距離へ戻るまでは、相手から目を離せなかった。
ユイナが顔を上げた。
目が合う。
その表情に意識があることを見て、セナはようやく次の息を吐いた。
傷ついた人へ駆け寄ることだけが、助ける方法ではない。そう判断して射撃を続けた。それでも、すぐそばへ行って無事を確かめたい気持ちは消えなかった。
セナはその衝動を押さえるように、構えた腕を固め直した。
「退くならば、今だ」
ユイナは腹を押さえた。
息がうまく吸えない。
だが、意識ははっきりしている。防御を抜いた一撃は、自分を壊すためのものではなかった。
手加減されている。
それを認めるのは、悔しかった。
非殺傷だから痛くないわけではなかった。身体を支えきれなくなるほどの衝撃があり、呼吸を取り戻すだけでも時間がかかる。次に同じものを受ければ、どうなるか。その想像が、ユイナの胸を冷たくした。相手の手加減を当てにして前へ出ることはできない。だが、相手が殺すために打っているのではないことも、無視してはいけないと思った。どこまで力を使うかまで選ばれている。その差を見ないままでは、次も同じ場所へ倒れる。
「……セナ。あたし、まだ動ける」
「分かりました」
セナは応急的に状態を確かめる視線を向け、それから魔星を見据えた。
動けることと、同じ戦い方を続けてよいことは違う。
ユイナの声は戻ってきていた。だが、立とうとする動きに、いつもの軽さはない。魔星との距離を保ったまま、どう立て直すのか。セナは自分にできることを考えた。大丈夫と返ってきたから、大丈夫として進める。それでは足りない。前へ出る本人が言いづらいことを、後ろから見ている自分が言わなければならない時もある。今がその時だった。厳しい言葉になると分かっていても、同じ踏み込みを繰り返させたくはなかった。
「でも、次も同じように入れば、今度は立てなくなります」
「分かってるって」
ユイナが立つ。
セナは言葉を続けた。
セナが話そうとしていることを、ユイナは途中で遮らなかった。まだできると言い張っても、次にすることが同じなら、結果まで同じになる。痛みが引くのを待つだけでなく、考え方も立て直す必要があった。ユイナは相手へ視線を残し、背中からの声を聞いた。セナが自分の射撃について話そうとしている。その言葉を、責任を引き受けるためだけのものにしてはいけないと思った。
「私の射撃が、あなたの突撃に合わせすぎています」
魔星の目が、静かに二人へ向けられている。
次にどちらが動くかを、待っているようだった。
射撃を避ける時、魔星はユイナから目を離していなかった。ユイナの攻撃を受ける時にも、セナの位置を見失っていない。その見方が、セナにはようやく分かり始めていた。別々の二人として見るだけでなく、何を合図に、どう交代するのかを見ているのだ。拳へ集中させた後に射撃する。射撃で下がったところを追う。こちらが次の手へ移る瞬間に、相手はもう返す力を用意していた。連携しているから安全なのではない。その連携ごと、読まれている。
ユイナは、その意味を考えた。
自分が前へ出る。セナが援護する。
昔から繰り返してきた、得意な連携。
だが、魔星はその流れの中で、拳を返す瞬間まで選んでいる。
ユイナは、自分が何を待っていたのかを思った。セナの弾が相手を動かすこと。相手が防御へ回ること。その間に、自分の拳を当てること。前へ出るのは自分なのに、攻めやすい場所を作ってもらうところでは、ずっとセナを頼っていたのかもしれない。それが二人の役割だと思っていた。けれど、役割を守ることと、同じ順番でしか動けなくなることは違う。セナが前へ出て撃つ。そのために自分ができることもあるはずだった。
「……じゃあ、変えよう」
ユイナは半歩、後ろへ下がった。
セナの照準が、前へ動く。
半歩下がったことで、見える景色が変わった。セナがどちらへ照準を向けようとしているのかを、今までより近くで確かめられる。撃ってもらってから動くのでは、遅い。射撃が届く時に相手の逃げ道を塞いでいるためには、その前に身体を運ばなければならない。ユイナは魔星の足を見る。次に動く方角が分かった時、そこへ自分を置く。突撃の勢いをただぶつける以外にも、この脚の使い方はある。
前衛が攻めるために、後衛が撃つ。
今までは、そうだった。
今度は違う。
「セナの射撃を、あたしが通す」
口にしてから、ユイナはセナを見た。
セナもこちらを見返した。
「射撃に合わせるの、難しいよ」
言ったのはセナだった。いつもの落ち着いた声に、少しだけ柔らかさが混じる。
「あたしに合わせる方が、難しいでしょ」
「……そうですね」
短い返事に、ユイナの口元が僅かに動いた。
笑っていられる状況ではない。腹には痛みがあり、腕の痺れも残っている。それでも、今の一言を交わせたことで、相手の拳ばかり見ていた意識が、自分たちへ戻った。
セナは照準を定めた。
自分が撃ちやすい場所へ、ユイナを動かしてしまわないようにする。ユイナも、塞ぐために入った場所から戻れる道を残す。役割を変えるとは、任せれば済むということではない。互いに、今まで相手が考えていたことへ手を伸ばすことだった。
魔星が、僅かに腰を落とした。
先ほどまでとは違い、二人の意識は同じ一点だけへ集まっていなかった。ユイナは足を、セナは射線を見ている。どちらも魔星全体を忘れているわけではない。互いに見たものを、次の動きへ渡せるようにしていた。魔星はそれを前に、受けるか、避けるか、踏み込むかを選び直す。戦いはまだ続く。その最初の拍子を、今度は二人が取りに来ていた。
「ほう」
ユイナの両腕で、ブレイク・ギアの光が強まる。
セナの射撃部が、別々の角度へ向いた。
魔星は構えを変えた二人を見た。まだ勝負の流れが変わったわけではない。決めたことを、実際に相手の前で形にできるかは別の問題だ。だが、一度押し返され、痛みを受けた後で、同じ動きへ固執せずにいる。倒れた者を守ろうとした時も、互いが離れるのを止めた時も、その判断には二人の意思があった。主が話していたガーディアンという言葉だけでは、目の前にいる二人を全て言い表せない。魔星はその事実を胸へ留め、前の掌を少し下げた。
今度こそ、相手に合わせさせる。
セナが魔力弾の位置を選ぶ。ユイナが、その軌道を塞がない場所へ動き出す。初めから大きな一撃を狙う必要はない。自分たちが決めたことへ、相手がどう応じるかを確かめる。そのための最初の射撃を、今度はセナが選ぶ。ユイナは前へ出る速さを抑え、動き始める時を待った。拳を当てる場所より先に、相手が行こうとする場所を見る。変えようと口にした言葉を、本当の動きへ変えるためだった。
「行こう、セナ!」
「はい!」
二人は同時に、動き出した。
――第21話 END――




