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転生した主人公が次元神になる  作者: ヘルカイザー
第1部

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19/90

第19話 それぞれの決意



 はちが姿を消した後も、天城いろははしばらく動けなかった。


 負傷した肩を押さえながら、破壊された危険遺物を見つめる。


 封印され、完全に機能を失った破片。


 周囲には、無人兵器の残骸が散らばっている。


 あれほど激しい戦闘があったというのに、はちの姿だけが夢のように消えていた。


 つい先ほどまで、手を伸ばしたい相手がそこにいた。名前を呼べば振り向いてくれる距離にいて、それなのに、どうしても近づけなかった。残された静けさの中で、いろはは何度も同じ場所へ視線を戻した。もう一度空間が開くのではないかと、期待してしまう自分がいた。


「はちちゃん……」


『マスター……』


 アークレイが心配そうに呼びかける。


「大丈夫……少し掠めただけだから」


 そう答えても、胸に刻まれた痛みまでは隠せなかった。


 肩の痛みは、身体のどこが傷ついたのかを教えてくれる。けれど、はちの言葉が残した痛みには、押さえる場所さえ見つからなかった。大丈夫と告げる声は、アークレイを安心させるためのものだった。いろは自身には、その言葉を信じる余裕がなかった。


 はちが最後に残した言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


 ――この力は、次元神。


 ――もう二度と、自分の前に現れないでください。


「次元神……」


 知らない名を呟いても、あの子の姿は浮かぶ。かつて同じ場所で過ごし、未来の話をしたはちと、今日、自分へ魔力弾を向けたはち。その二つを別人のように切り離すことはできない。どちらも同じ子なのだと分かるからこそ、いろはは目を逸らせなかった。


 次元の裂け目を自在に生み出し、自分の攻撃を予測できない位置へ転送する。


 敵から向けられた攻撃は、自動的に吸収して送り返す。


 おそらく、あの時に見せたものが全てではない。


 はちが本気でガーディアンと戦えば、どうなるのか。


 仮に全局員が束になって挑んだとしても、誰一人としてはちへ触れられないまま全滅させられるかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎり、いろはの背筋を冷たいものが走った。


 砲撃の威力だけを比べても、あの戦いには追いつけない。届くはずの攻撃が別の場所へ現れ、向けた力がそのまま自分へ帰ってくる。戦闘中に感じた行き場のなさが、思考の中でも繰り返された。今の想像が、いろは自身の恐怖によって膨らんでいる可能性さえ、確かめる術はなかった。


 その時、遠くから二つの魔力反応が急速に近づいてきた。


「いろは!」


「いろはちゃん!」


 先に降り立ったレイが、すぐに負傷した肩へ気づく。その後ろから、かえでも駆け寄ってきた。


「肩をやられたの!?」


「大丈夫。非殺傷設定だったから、深い傷じゃないよ」


 二人が無事に来てくれたことに、ようやく呼吸が緩んだ。同時に、ここにいたのが誰なのかを伝えなければならない重さが胸へ落ちる。生きていたと知らせたら、きっと喜ぶ。その喜びのすぐ後に続ける言葉まで、いろははもう分かっていた。


「一体、ここで何が起きたん?」


 かえでは周囲を見渡した。


 破壊された無人兵器。


 原形を失った危険遺物。


 そして、明らかに強力な砲撃を受けた痕跡。


「うん……実は……」


 いろはは、二人へ全てを話した。


 どこから話せばよいのか、言葉にするたびに迷った。再会した瞬間から順を追おうとしても、拒絶された声が先に耳へ蘇る。それでも、いろはは伝え続けた。自分一人の胸に閉じ込めておけば、二人まであの子を見失ったままになってしまう。


 はちが生きていたこと。


 再会したはちが、ガーディアンの人間を誰も信用していなかったこと。


 《バティオス》という人型レグナムを従えていたこと。


 そして、次元神と呼ばれる未知の力を手に入れていたこと。


「そんな……」


 レイが息を呑む。


 かえでも、すぐには言葉を返せなかった。


 二人の沈黙に触れて初めて、自分がどれほど必死に話していたかを知った。信じがたい話であることは、いろは自身が一番よく分かっている。けれど、残骸の散らばるこの場所で聞いた声も、見た表情も、願望が作った幻にはできなかった。


「そんなこと……あり得へん……」


「本当のことだよ」


 いろはは、はちが消えた場所を見つめた。


「はちちゃんは生きてた。でも……私たちのところへ帰るつもりはないって」


 再会できた喜びより、拒絶された悲しみの方が大きかった。


 生きていてくれた。それだけは、何度確かめても胸が震えるほど嬉しい。けれど、その先に思い描いていた帰り道は、はち自身の言葉で閉ざされていた。会えさえすれば何かが変わると思っていた自分の願いが、あの子の傷に届くほど深いものではなかったのだ。


 それでも、いろはには信じられない。


 あれほど優しかったはちが、世界の兵器や危険遺物を壊して回ろうとしている。


 はちの中で、一体何が起きたのか。


 どうして、あれほど恐ろしい力を手に入れたのか。


 答えは何一つ分からなかった。


 分からないまま、戦いの結果だけが目の前に残っている。肩を押さえる指先に、少し力がこもった。今は追いかける方角さえ分からない。それでも、もう一度会うことを諦めれば、最後に聞いた拒絶だけが二人の間に残ってしまう気がした。


     ◇


 かえでは、いろはから受け取った戦闘記録を何度も確認していた。


 空間を越えて現れる魔力弾。


 攻撃者へ自動で返される砲撃。


 そして、最後にはちが口にした「次元神」という言葉。


 同じ場面を見直しても、記録の中の結果は変わらなかった。かえでは画面に現れる攻撃の位置と、いろはが対応しきれなかった瞬間を追った。そのたびに、ここに映っているのは単なる未知の敵ではなく、守ろうとしてきたはちなのだと思い知らされた。


(まさか、はちが生きとったなんてな……)


 生存を喜びたい。


 けれど、いろはへためらいなく攻撃したという事実を無視することもできない。


 はちの心に残った傷は、自分たちが考えていたよりもはるかに深いのだろう。


 無事でいてほしいと願っていた間に、はちは何を抱えていたのだろう。生存が確かめられた今になっても、その空白を埋める言葉がない。記録を止める指が鈍った。喜びだけを先に差し出せば、今も苦しんでいるはちの心を置き去りにしてしまいそうだった。


(うちに、はちのためにしてやれることはあるんか……?)


 いろはの話では、はちは自分と精霊カード以外を信用していない。


 言葉で帰ってきてほしいと訴えるだけでは、もう届かない。


 それでも、一つだけ考えていることがあった。


 かつてはちが暮らし、仲間たちと笑っていたもう一つの家――AEGIS。


 解散した部隊を同じ形で戻すことはできない。だが、はちを保護し、もう一度受け入れられる場所を作ることはできるかもしれない。


 懐かしい名前を掲げるだけでは足りない。以前と同じように笑ってほしいという願いがあっても、それは受け入れる側の願いでしかなかった。はちが戻るかどうかを、自分で選べる場所。そのために何が必要なのか、かえでは過去の形より、これから守るべきものを考えた。


 そのためには、カリム、クロノ、リンディ、そして三提督をはじめとする多くの関係者の許可が必要になる。


 簡単ではない。


 だが、何もしないまま諦めるつもりもなかった。


 今の自分に決められることと、誰かに頼まなければ動かせないことがある。その区別を曖昧にしたまま、はちへ約束するわけにはいかなかった。まずは可能性を確かめる。帰ってこいと言うより先に、帰ることを考えられるだけの条件を探さなければならない。


(その前に――次元神について調べなあかん)


 胸騒ぎがする。


 かえではガーディアンの封印資料へアクセスし、古い神話や次元災害の記録を片端から調べ始めた。


 古い名称が別の意味で使われている記録もあれば、肝心の箇所が断片しか残っていない文書もあった。見つからないことを、安全である理由にはできない。かえでは言葉の一致だけで判断しないよう、戦闘記録にあった現象と照らし合わせながら、資料を追い続けた。


     ◇


 それから、しばらくして。


 ようやく「次元神」という名に関する、ごく古い記録が見つかった。


 それは正式な歴史資料ではなく、神話と技術記録が混ざり合った、断片的な文書だった。


 次元神。


 真正の神として生まれた存在ではない。


 人の手で作られた特殊なプログラムによって、人間を神に近い領域へ到達させた存在。


 世界と世界の境界へ干渉し、次元を自在に操る力を持つことから、後世の人々が「次元神」と呼ぶようになった偽りの神。


 神という呼び名だけを受け止めれば、到底、人には届かない存在のように思える。だが、文書の中で繰り返し目に留まるのは、人の手が介在しているという点だった。かえではその記述へ意識を留めた。呼び名の大きさに圧倒されて、はち自身を見失うわけにはいかなかった。


 その力は、憎しみ、怒り、悲しみ、絶望――あらゆる負のエネルギーを糧として増大する。


 制御に失敗し暴走すれば、一つの世界に留まらず、接続された全世界を崩壊させる危険がある。


 神話では、神々から危険視され、最後には最高責任者ゼウスによって力の核を封印されたと記されていた。


 ただし、それが実際に起きた出来事なのか、災害を物語として残したものなのかまでは分からない。


 そこにある記述を、そのまま現在のはちへ当てはめることはできない。どこまでが観測に基づき、どこからが語り継ぐ間に加わったものなのか、文書だけでは切り分けられなかった。それでも、負の感情と力を結びつける一節は、何度読み返してもかえでの胸に引っかかった。


「これは……」


 かえでは文書を読む手を止めた。


「封印指定になってもおかしくない力や……」


 なぜ、はちがそんなプログラムを持っているのか。


 次元の裂け目へ吸い込まれた後、何があったのか。


 そして今、はちはどれほどの負のエネルギーを取り込んでいるのか。


 いろはが伝えてきた拒絶と、文書に並ぶ感情の名が重なる。もし記述の通りなら、傷つけられた心が、そのまま本人を危険へ近づけることになる。どれほどの力を持つかという問いより先に、はちが今どんな気持ちで生きているのかを知りたかった。


「放っておいたら、あかん……」


 はちを危険人物として封印したいわけではない。


 力が暴走する前に、はち自身を救わなければならないのだ。


 危険を止めるという言い方だけなら、手段はいくらでも厳しくなってしまう。かえでが取り戻したいのは、誰かに管理されたはちではなかった。疑われることに怯えず、差し出された手を見ても身構えずにいられる日々だった。資料を読むほど、その願いを手放してはいけないと思えた。


 かえでは資料を閉じ、決意を固めた。


(相談するしかないな)


 はちのために、もう一つの家を用意する。


 それが、今の自分にできる最初の一歩だった。


 まだ、誰の承諾も得ていない。場所を用意できたとしても、はちが受け入れてくれる保証はない。課題を数えれば、足は簡単に止まってしまう。それでも、考えているだけでは何も始まらなかった。かえでは、相談の際に何を伝えなければならないかを胸の内で確かめた。


     ◇


「そんな……」


 かえでから次元神について聞かされ、いろはは言葉を失った。


 はちが手に入れたのは、次元を操るだけの能力ではない。


 負の感情を取り込み、際限なく力へ変えてしまう人工プログラム。


 今のはちは、ガーディアンへの怒りと、人を信じられない絶望を抱えている。


 その感情さえ、次元神の力を強める糧になっているとしたら――。


 あの子へ向けてしまった疑いも、取り返しのつかない別れも、過ぎたことにはできない。その結果として残った怒りが、さらに力を増していくのだとしたら。いろはは、戦場ではちが見せた冷たい眼差しの奥に、まだ続いている苦しみを思った。


「あの時は、持ってなかったはず……」


 AEGISにいた頃、はちは自分の能力について打ち明けてくれた。


 全世界の知識。


 材料さえあれば、あらゆるものを作り出せる技術。


 けれど、次元神のことは一度も話していない。


 秘密を打ち明けてくれた時のはちは、自分たちに信じてほしいと願っていた。その時間まで嘘だったとは思わない。知らなかった力の存在は、二人の間に生じた空白の深さを突きつけてきた。はちが一人で通った時間に、いろはの知るあの子は確かに続いているはずだった。


「次元の裂け目へ吸い込まれた後に、手に入れたの……?」


 答えは出ない。


 それ以上に、はちを救う方法が分からなかった。


 戦えば、無人兵器と同じように攻撃を送り返される。


 説得しようとしても、今のはちは自分と精霊カード以外を信じてくれない。


 力で止めようとすれば戦いになり、言葉で近づこうとすれば拒まれる。どちらの道を思い描いても、最後に浮かぶのはいろはから離れていく背中だった。あの子が信じるものを、もう一度考える。自分たちが差し出したいものより、はちが今も手放していないものを。


「精霊カード……」


 口にした瞬間、いろはは顔を上げた。


 はちから託された一枚のカード。


 星護竜アステリオン。


 AEGIS解散の日、はちが自分の未来を願って贈ってくれた、大切な精霊カード。


 はちの手紙には、アステリオンもいろはを気に入っており、自分の意思で力になりたいと願ったことが記されていた。


 カードを贈ってくれた時、はちはもう自分たちに裏切られたと思っていた。それでも、いろはの未来を願ってくれた。その事実は、受け取ってから何度も胸に蘇っている。今手元にある一枚は、失った信頼と同時に、あの子が最後まで残してくれた優しさを伝えていた。


「もしかしたら……」


 はちは、精霊カードだけは信じられると言った。


 ならば、アステリオンの声なら届くかもしれない。


 可能性は低い。


 それでも、今はその僅かな希望へ賭けるしかなかった。


 アステリオンが間に立てば全てが元に戻るなどと、簡単には思えなかった。はちが何を聞き、どう受け止めるかは、誰にも決められない。それでも、自分の声では閉じてしまう心へ、届く声が残っているかもしれない。その可能性を、何もせずに見送ることはできなかった。


 いろははカードを両手で包み、静かに目を閉じた。


「お願い……アステリオン」


 自分のためではない。


 暗い場所で一人きりになっている、はちのために。


「はちちゃんを助けるために……私に力を貸して」


 カードの表面で、星のような光が小さく瞬いた。


 いろはは目を閉じたまま、両手の中のカードを包み続けた。願ったからといって、答えを急がせることはできない。小さな希望にすがる自分の弱さも承知していた。ただ、その願いの中心にいるはちを、もう一度、誰かと笑える場所へ連れ戻したかった。


     ◇


 いろはと再会してから、しばらくの時間が過ぎていた。


 その頃、はちは人目から隠された研究所の最深部にいた。


 目の前には、三基の大型培養カプセルが並んでいる。


 内部は白い蒸気に満たされ、人の形をした影が静かに目覚めの時を待っていた。


 並んだカプセルを見つめている間は、完成までの時間へ意識を向けていられた。けれど、考えなくなったわけではない。別れ際に見たいろはの顔は、蒸気の向こうを見つめていても思い出された。拒んだ言葉を取り消していない今も、記憶だけは思うように遠ざかってくれなかった。


「主よ……本当に、あれでよかったのか?」


 傍らに立つバティオスが問いかける。


「わふ……? 何のことですか?」


「あの、いろはという女性だ」


 バティオスは、はちの顔を静かに見つめた。


「私には、彼女が嘘をついているようには思えなかった」


「……でしょうね」


 否定する言葉は、初めから出てこなかった。あの場でいろはがどんな声をしていたかを、はちは覚えている。嘘だと決めつけてしまえれば楽だったのかもしれない。だが、かつて大切にしてもらった記憶まで消すような答えを、バティオスへ返すことはできなかった。


 そんなことは、はちにも分かっている。


 いろはは、自分を家族にしたいという言葉に嘘をついていなかった。


 謝罪も、後悔も、戦いたくないという願いも本物だった。


「ならば、なぜ拒んだ?」


 さらに問いかけられ、はちは俯いた。


「バティオス……自分は怖いのですよ」


 もう一度、信じることが。


 再び裏切られることが。


 手を取った先に何があるのか、今度こそ信じられるという根拠が欲しかった。けれど、根拠を求めるほど、以前も信じていたという事実に突き当たる。いろはの願いが本物だと分かることと、その願いへ自分を預けられることは、はちの中でまだ結びついていなかった。


「主は、まだ心の整理がついていないのだな」


「そうですね……まさに、その通りです」


 はちは胸元へ手を置いた。


 いろはと戦っていた時に感じた、正体の分からない痛み。


 今も、思い出すだけで胸の奥が疼く。


「自分だって……いろはさんたちの家族になりたいですよ……」


 口にした途端、胸の奥にしまっていた願いが、急にはっきりした形を持った。追い払う時には言えなかった言葉だった。求めていなければ、拒むことも、こんなに苦しくはなかっただろう。はちは胸元へ置いた手をそのままに、俯いた顔を上げられずにいた。


 けれど、ガーディアンは信用できない。


 いろはとレイは上層部に騙され、局員として自分を捕らえに来ただけだ。


 そのことは、もう許している。


 騙された側にも落ち度はあるかもしれない。


 だが、最も悪いのは、人の心と立場を利用して騙した者だ。


 傷ついたままだからといって、全ての人へ同じ罪を負わせたいわけではない。いろはもレイも、あの時は与えられた情報を信じていた。分かっているからこそ、許せた相手の顔と、許せない出来事の記憶が離れてくれない。二つを抱えたまま、はちは答えを探していた。


 そもそもガーディアンが自分を陥れなければ、次元神となった今の自分は存在していない。


 AEGISの人たちは、本当に自分を大切にしてくれた。


 かえでは多忙な立場でありながら、自分の能力を守るために情報を隠し続けてくれた。


 その人たちを欺き、いろはやレイまで苦しませた。


 だからこそ、ガーディアンという組織が憎かった。


 憎しみの中にも、守ってくれた人たちの姿が残っている。その温かさを覚えていることが、今は胸を苦しくさせた。どうでもよい相手なら、いろはの願いにここまで心を乱されなかった。帰りたいと思える時間が本当にあったことを、はちは誰よりも知っていた。


「主よ。いつか、彼女へ素直な気持ちを話してみてはどうだ?」


「……そうですね」


 すぐには無理だ。


 それでも、完全に拒み続けることが正しいのか、はち自身にも分からなくなっていた。


 頷いたからといって、再会を決めたわけではなかった。次に差し出された手を取れるかと問われれば、まだ怖いとしか答えられない。ただ、二度と会わないと言い切った自分の言葉が、今は以前ほど動かしがたいものに思えなくなっていた。その揺れを、はちは胸の内に留めた。


「はち……つらそう。大丈夫?」


 ステラが、心配そうにはちの顔を覗き込む。


「ありがとうございます、ステラ。大丈夫ですよ」


「はちを苦しめる者は、ステラが許さない」


 赤い瞳に、静かな決意が宿っている。


「ありがとう、ステラ」


 心配してくれる声へ礼を返すと、ひとりで考えていた時とは違う静けさがあった。バティオスもステラも、今のはちの言葉を聞いている。答えを出せないままの心を、急いで隠し直す必要はなかった。はちはその存在を確かめるように、二人へ視線を向けた。


「そろそろだ」


 バティオスが三基のカプセルへ顔を向けた。


 内部の光が、赤から青へ切り替わっている。


「そうですね」


 研究所へ、作業完了を知らせる電子音が響いた。


 プシュウウウッ――。


 白い蒸気を吐き出しながら、三基のカプセルが一斉に開く。


 電子音の余韻に、蒸気の流れる音が重なった。白く霞んでいた輪郭が、開かれたカプセルの中で少しずつ明瞭になる。はちは三基の前に立ち、姿が現れるのを待った。つい先ほどまで胸にあった迷いも悲しみも、そのまま抱えての対面だった。


 一基目から現れたのは、折り畳み式の大型剣を携えた人型レグナムだった。


 G.レグナム《グレシア》。


「……ここは、どこだ?」


 はちは大型剣を携えた姿から、目覚めたばかりの顔へ目を移した。最初の問いは、自分が置かれた場所を確かめるものだった。その声が研究所へ落ちたことで、待っていた時間が終わったのだと分かる。はちは答えを急がず、続いて現れる姿へも目を向けた。


 二基目から、大鎌を持った人型レグナムが降り立つ。


 W.レグナム《ヴェイル》。


「ったく……ここはどこなんだよ?」


 そして三基目。


 目立った武装は持っていないものの、鍛え上げられた格闘家の気配を放つ人型レグナム。


 G.レグナム《魔星》。


「うぬ……ここは、どこなのだ?」


 三体は同じ場所で目覚めても、発する言葉の調子まで同じではなかった。低く周囲を窺う声、苛立ちを隠さない声、独特の重みを持つ声。その違いを聞きながら、はちは目の前の相手へ向き直った。これから自分が何を願うのか、一体ずつに伝えるためだった。


 三体は周囲を見渡し、やがて正面に立つはちへ視線を集めた。


「おはようございます」


 はちは三体を迎えるように、一歩前へ出る。


「ここは、自分の研究所です。グレシア、ヴェイル、魔星」


「お前は?」


 グレシアが問いかける。


「自分の名前は、安藤はちです」


 はちは三体を順番に見つめた。


「あなたたちを作った者です」


 名乗りを終えても、はちはすぐに話を先へ進めなかった。三体が向ける視線を受け止め、次の言葉を待つ。作った者であると告げただけで、互いを理解できるわけではない。今、研究所で向き合っている相手に、自分の名前を知ってもらうところから始めたかった。


「何のために、俺たちを作った?」


 今度はヴェイルが尋ねる。


「世界を平和にするためです」


 短い答えだけなら、耳に響きのよい願いで終わってしまう。なぜ戦おうとしているのか、そのために何をしようとしているのか。協力を求める以上、目的の言葉だけで納得してもらうことはできなかった。はちは自分へ向けられた問いから目を逸らさず、説明を続けた。


 はちは、これまでに起きたことを説明した。


 ガーディアンの上層部が、自分の技術を兵器へ転用するため、偽りの罪を着せたこと。


 信じていた人たちと戦う結果になったこと。


 そして、これ以上同じ悲劇を生まないために、危険遺物と兵器を破壊し、ガーディアンによる支配を終わらせようとしていること。


 人を信じていた時のことを説明すれば、今も残っている温かさに触れる。陥れられた経緯を語れば、そこから離れた日の痛みが戻る。はちはどちらも途中で切り捨てずに話した。戦う理由を伝えるためには、失ったものを自分でもう一度見つめなければならなかった。


「汚ねぇやり方だな……」


 ヴェイルが吐き捨てるように言った。


 グレシアは少し考え、静かに周囲を見渡す。


「この世界は……歪んでいる」


「ぬう……お主も大変だったのだな」


 魔星は腕を組み、深く頷いた。


 怒りを示す声にも、静かな言葉にも、はちは耳を傾けた。同じ説明を聞いた三体が、同じ言い方で応じるわけではない。その反応を受け止めたうえで、次に何を尋ねるべきかは決まっていた。事情を知ったことと、戦いへ加わることの間には、それぞれの意思がある。


 三体の反応を確かめてから、はちは問いかける。


「それで、自分に協力してもらえませんか?」


 ただし、命令するつもりはない。


「もちろん、強制はしません。自分の意思で決めてください」


 無理に従わせれば、自分も憎んでいるガーディアンと同じになる。


 望む答えがあるからこそ、返事を強いてはいけなかった。自分の力を利用するために、選ぶ余地を奪われた記憶がある。その痛みを知る自分が、作ったという理由だけで三体の答えを決めてしまえば、今ここで語った願いさえ歪んでしまう。はちは黙って返答を待った。


 しばしの沈黙の後、最初に答えたのはヴェイルだった。


「断る理由なんてねぇよ」


「私も協力する」


 グレシアも迷いなく頷く。


「この魔星、お主に力を貸そうぞ」


 最後に魔星が、力強く拳を打ち合わせた。


 三つの答えが揃うまで、はちは言葉を差し挟まなかった。拳の打ち合わされる音が響き、その後で、ようやく胸の内にあった息を吐く。自分の事情を聞き、自分で考え、協力すると答えてくれた。その過程を経て向けられる言葉の重みを、はちは確かに受け取っていた。


「ありがとうございます……」


 はちは三体へ頭を下げた。


 これで、新たな戦力が揃った。


 頭を上げた先に、三体の姿がある。戦うための力が増えたという事実とともに、はちは自分が頼み、応じてもらったことを胸へ留めた。望んでいた返事を受け取ったからには、軽い気持ちで次の言葉を口にすることはできない。自分が掲げた目的を、改めて確かめた。


 世界を平和にするために。


 全ての世界を、ガーディアンの呪縛から解放するために。


 はちは顔を上げる。


「始めましょう」


 その瞳には、迷いと悲しみを抱えながらも、決して揺らがない決意が宿っていた。


 いろはへ言えなかった願いも、まだ消えていない恐怖も、ここへ来るまでに捨てられたわけではない。それでも、同じ悲劇を繰り返させたくないという思いは残っていた。はちは正面の三体を見つめる。その決意を今度は声にして、共に進もうとする相手へ差し出した。


「平和のための戦いを」


――第19話 END――

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