第13話 家族になる明日と、仕掛けられた罠
とうとう、AEGISが解散する日を迎えた。
いつもと同じ場所に立っているのに、今日は、ここを離れる人たちのことを考えてしまう。昨日まで続いていたものへ、今日、区切りをつける。そう分かっていても、見慣れた景色がすぐに違うものへ変わるわけではなかった。
今になって振り返れば、ここで過ごした時間は本当に幸せだったと思う。
昨日までは、まだ一日あると思えた。今日は、何をしていても、その先に解散という区切りがある。けれど、皆の顔を思い浮かべた時、最初に戻ってくるのは寂しさばかりではなかった。名前を呼ばれたことや、そばで笑ってもらったことを、一つずつ覚えている。
この世界へ来たばかりの頃、俺は何も分からないまま森にいた。
そこでいろはさんと出会い、その後はかえでさんやレイさん、ノエルさんたちとも知り合った。
たくさん驚き、失敗し、時には怒られた。
それでも皆は俺を受け入れ、温かく接してくれた。
技術室で作業に夢中になった時間も、料理を作りすぎて困った時間もある。カードを挟んで、次は勝つと言われたことも思い出した。最初は知らない人ばかりだった場所に、いつの間にか、いくつも思い出せる顔が出来ていた。
今日を最後に、AEGISという場所での日々は終わる。
だけど、これが俺の幸せの終わりだとは思わない。
二度と会えなくなるわけではない。
生きていれば、きっとまた会えるのだから。
同じ部隊でなくなっても、知り合ったことまで消えるわけではない。今度会った時に何を話そうかと考えることなら、これからも出来る。そう思うと、今日という日を、ちゃんと見届けようという気持ちになれた。
それに――。
「楽しみだな……♪」
明日になれば、俺は正式にいろはさんたちの家族になれる。
昨日聞かせてもらった言葉を、何度も頭の中で繰り返していた。一緒にいたいと願っていたのは、自分だけではなかった。そのことを思い出すたび、ただ明日になるのを待つ時間まで、特別なものに感じられる。
同じ家で朝を迎え、一緒に食事をして、ヴィリノと遊ぶ。
いろはさんやレイさんの帰りを待って、皆で「お帰りなさい」と言い合う。
誰かが帰ってくれば、一緒に顔を上げる。料理の並んだ食卓を囲めば、その日にあったことを話せる。思い浮かべるたび、その中には自分の居場所もあった。そこへいてほしいと言ってもらえたことが、何より嬉しかった。
そんな日々を思い浮かべるだけで、胸が温かくなった。
思い浮かぶのは、今までにもしてきたことばかりだ。特別な出来事を、毎日用意したいわけではない。同じ場所へ帰って、声をかけ合える。その続きを、これからも一緒に過ごしていいと思うだけで、自然と笑みがこぼれた。
俺の幸せは、これからも続いていく。
そう信じていた。
「はちちゃん、嬉しそうですね」
傍にいたアリアが、穏やかな笑顔で話しかけてきた。
声をかけられて初めて、顔に出ていたのだと気づいた。隠していたつもりはないけれど、まだ詳しい話もしていない。それでも分かるくらいには、分かりやすく喜んでいたらしい。俺はアリアの顔を見て、少し照れくさくなった。
「分かります?」
「分かりますよ。何か良いことがあったのですか?」
隠すようなことでもない。
アリアには先に教えておこう。
「実は……」
俺は、いろはさんとレイさんが自分を引き取りたいと言ってくれたことを話した。
明日、正式な手続きを行い、ヴィリノを含めた四人で家族になる予定であることも。
言葉にして説明すると、昨日の二人の声が、また近くで聞こえるようだった。まだ手続きはこれからだ。それでも、家族になる予定を誰かへ話せることが嬉しい。最後まで話すあいだ、アリアは俺へ視線を向けてくれていた。
話を聞き終えたアリアは、ぱっと表情を輝かせた。
「良かったじゃないですか♪」
「うん♪」
自分でも抑えられないほど、弾んだ声が出る。
説明していた時には落ち着いて話そうと思っていたのに、返事は、すっかりそのまま出てしまった。アリアの笑顔を見ていると、それを取り繕う気にもならない。良かったと言ってもらえるたびに、明日が少し近づくように感じた。
アリアは、そんな俺を見て心から喜んでくれていた。
こちらが嬉しいことを、そのまま喜んでくれる。返ってきた笑顔を見ていると、話してよかったと思った。俺は明日のことばかり考えかけて、それから、今日が皆にとっての節目でもあることを、もう一度思い出した。
◇
やがて、AEGISの解散式が始まった。
先ほどまで交わされていた声が、式の始まりとともに静まっていく。並んだ人たちの姿を見てから、前へ目を向けた。同じ名前の下で集まっていた人たちが、ここで、最後の挨拶を聞こうとしている。
整列した隊員たちを前に、かえでさんがAEGISの解散を正式に宣言する。
正式な宣言が届くと、頭では分かっていたことを、改めて確かめた気がした。ここに並んでいる人たちは、この後、それぞれの道へ進む。俺はかえでさんの姿を見て、その声が最後まで届くよう、静かに耳を傾けた。
これまでの任務。
皆で乗り越えてきた出来事。
そして、それぞれがこれから歩む新たな道。
かえでさんの挨拶を、誰もが静かに聞いていた。
普段、気軽に話している時とは違う響きがあった。かえでさんの言葉が一つ進むたび、聞いている人たちの間にも、小さな変化が見える。顔を上げる人、唇を結ぶ人。俺も余計なことを考えるのをやめ、その声を聞いた。
寂しそうな人もいれば、晴れやかな笑顔を浮かべている人もいる。
涙を堪えている人もいた。
同じ挨拶を聞いていても、思い浮かべていることは違うのだろう。俺の知らない任務も、ここで積み重ねられてきた時間もある。それを全部知っているわけではなくても、今日を惜しむ気持ちには、少しだけ触れられた気がした。
式が終わる頃には、張り詰めていた空気も少しずつ和らいでいった。
式が終わったと分かってからも、しばらく、言葉の余韻が残っていた。やがて近くで声が交わされ始めると、こちらも少し息をつく。一区切りはついた。それでも、今日の時間が、もう全部終わってしまったわけではなかった。
「はちちゃん。私、これから新人チームの皆と少し話してくるね」
いろはさんが、俺の前でそう言った。
(最後の模擬戦ですね。分かります)
「わふ……分かりました。では、また後で」
「うん♪ また二次会でね」
いろはさんは笑顔で手を振り、訓練場へ向かっていった。
その背中を見送り、俺も軽く手を振り返す。
また後で、と言えることが嬉しかった。二次会で顔を合わせ、その続きを話せる。いつもどおりに交わした言葉を、疑う理由は何もなかった。遠ざかる背中を見届けると、俺も、自分の行き先へ目を向けた。
式典が始まる前にカードへ戻っていたアリアも、今は右手中指の指輪型カードケースに収まっている。
右手の指輪を見てから、また前へ目を戻した。今は一人で歩いているが、呼べば応えてくれる相手がいる。見慣れた場所を眺めている間、そんなことを改めて考える必要もないくらい、気持ちは落ち着いていた。
いろはさんと別れた後、俺は一人でAEGISの施設内を歩き始めた。
何度も通った廊下。
作業をしていた技術室。
皆で集まった食堂。
足音が響く間隔まで、どこか馴染んでいる。初めて通った時には気づかなかったものが、今は、そこで過ごした時間と一緒に目へ入った。この先も思い出すのだろうと考えると、急いで通り過ぎる気にはなれなかった。
見慣れた景色も、今日で一区切りだと思うと、いつもと違って見える。
「今日で解散か……少し寂しくなるな……」
独り言をこぼしながら歩いていた、その時だった。
前方から、数人のガーディアン局員が近づいてくる。
全員、ひどく険しい表情をしていた。
近づいてくる足音に、俺も歩みを緩めた。解散式の後の空気とは、明らかに違っている。何か用があるのだろうかと顔を上げると、向こうもこちらから目を逸らさなかった。声をかけるべきか迷う間に、距離だけが縮まった。
(何だろう……?)
ただの巡回には見えない。
しかも、彼らの視線は明らかに俺へ向けられている。
立ち止まったこちらへ、相手はためらわず向かってきた。何かを尋ねたいのなら答えようと、俺は顔を上げたまま待った。険しい表情の理由が、自分に関わるものだとは、この時点では、まだうまく想像出来ていなかった。
「安藤はちだな?」
一人の局員が、低い声で確認してきた。
「わふ……? そうですけど……」
返事をした瞬間、周囲の空気がさらに張り詰めた。
名前を確かめられただけのはずだった。それなのに、返事をした途端、こちらを見る目が一段と厳しくなる。何を言われるのか分からず、俺は目の前の局員を見返した。廊下を歩いていた時の気分は、その短い間に遠ざかっていた。
「貴様には、ガーディアン局員襲撃事件への関与を理由とする逮捕状が出ている。証拠も上がっている」
「はっ……?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
逮捕状。証拠。聞こえた単語を、頭の中で並べ直す。それが自分へ向けられているというところで、考えが止まった。相手は言い間違えた顔をしていない。こちらが分からずにいることまで、気にしている様子はなかった。
局員を襲撃した?
俺が?
(何を言っているんだ、この人たちは……)
そんなことをした覚えはない。
そもそも、局員を襲って俺に何の利益があるというのか。
記憶を辿ろうとしても、思い当たる出来事がない。誰かと取り違えているのかと考えかけたが、最初に確かめられた名前は、確かに俺のものだった。胸の中が落ち着かなくなる。それでも、まずは説明すればいいはずだと思った。
「何かの間違いでは?」
どうにか落ち着いて、誤解を解こうとする。
声まで慌ててしまえば、話が伝わらなくなりそうだった。俺は目の前の顔を見て、返事を待つ。何が起きたのかを教えてもらえれば、間違っているところを確かめられる。まだ、そのための言葉を交わせるつもりでいた。
しかし、局員たちの態度は変わらなかった。
訂正される言葉を待っていた耳に、そういう返事は届かなかった。俺の顔を見ているのに、こちらが何を言おうとしているかを受け取ってもらえない。短い沈黙のあいだに、落ち着いて話すつもりだった気持ちまで揺らぎ始めた。
「詳しい話は本局で聞く。同行してもらおう」
別の局員が、強引に俺の腕を掴んだ。
話を続けるより先に、腕へ力がかかった。不意に引かれる感覚に、身体が強張る。ついていくと答えた覚えも、説明を聞き終えた覚えもない。こちらの戸惑いを置き去りにして進められることへ、声が先に飛び出した。
「何をするのですか!」
驚いて、その手を振り払う。
「貴様! 抵抗する気か!」
その行動を待っていたかのように、局員たちが一斉に戦闘装束を展開した。
魔力が高まり、複数のデバイスが俺へ向けられる。
さっきまで声をかけ合っていた廊下で、今は自分へ武器が向いている。局員の顔を見るたび、その先に別のデバイスが見えた。言葉を探していた頭が、急に別のことを考え始める。このまま待っていて、大丈夫なのだろうか。
(おかしい……)
事情を説明する機会すら与えず、最初から俺を力ずくで連行しようとしている。
こちらが何を覚えていて、何を知らないのか、まだ何も聞かれていない。間違いだという返事を待つどころか、身体を掴まれたことへ驚いただけで、状況がさらに悪くなっていた。話をすれば済むという考えに、初めてはっきりと不安が差した。
(何かある)
本局へ連れていかれたら、何をされるか分からない。
知らない場所へ連れていかれ、その先でも同じように話を聞いてもらえなかったらどうなるのか。考えるほど、足を止めたままでいるのが怖くなる。明日の約束へ辿り着くためにも、今ここで、ただ言われるままには出来なかった。
(逃げなければ……!)
「くっ……シア!」
『了解』
左腕の腕時計型SIAが光り、その外側へ円形の魔力ディスクを形成する。
同時に、俺の全身を光が包み、バリアジャケットが展開された。
光が左腕の外側へ広がるのを、視界の端で捉えた。馴染んだ装置の反応が、今は、次の動きへ移るための支えになる。こちらへ向いたデバイスから目を離しすぎないようにしながら、俺は右手へ意識を集めた。
俺は右手中指の指輪型カードケースへ意識を向ける。
指輪の表面から現れたカードを裏面のまま右手で受け取り、表向きに返して魔力ディスクへセットした。
カードをセットしたところで、目線を局員たちへ戻す。手元の動きへ集中しすぎるのも怖かった。いつも使っている道具で、いつも呼んでいる相手を求める。その動きまで、今は急いで終わらせたかった。
「来い! アリア!」
魔力ディスクから光があふれ、俺の前にアリアが召喚される。
見慣れた姿が、局員たちと俺との間へ現れる。さっきまで一人で受けていた視線の前に、アリアが立った。それだけで安心し切れる状況ではない。それでも、声をかければ応えてくれる相手が目の前にいることに、少しだけ息が戻った。
「話は聞いていました」
アリアは俺を守るように立ち、すぐに戦闘態勢へ入った。
先ほど笑って聞いてくれた顔とは、違う表情だった。状況を説明し直さなくても、こちらを守ろうとしてくれている。俺はその背を見て、言うべきことを絞った。ここで長く足を止めているわけにはいかなかった。
「アリア! ここから逃げます!」
今は戦って勝つことより、逃げて情報を集める方が先だ。
誰が何のために、こんなことを仕組んだのか確かめなければならない。
目の前の局員をどうにかしても、それだけで身に覚えのない事件が消えるわけではない。何が起きているのか、まだ分からないままだ。少なくとも、こちらの話を確かめられる状況へ移らなければならない。俺は逃げる方へ気持ちを決めた。
「はい!」
アリアが片手をかざす。
放たれた魔力弾が、局員たちの足元へ着弾した。
ドンッ!
非殺傷の衝撃と煙が広がり、局員たちの視界を塞ぐ。
床に近いところから煙が立ち上がり、こちらへ向けられていた顔を隠していく。俺はその向こうを見続けるのをやめ、進める方へ身体を向けた。わずかな間でも、相手の視界から外れられればよかった。
「くっ……逃がすか!」
煙の向こうから、苦し紛れに魔力弾が放たれた。
避けようとしたが、間に合わない。
鋭い衝撃が、俺の脚を貫いた。
「あうっ……!」
力が抜け、その場へ倒れ込む。
踏み出すつもりだった足へ、思うように力が入らない。視界の高さが急に落ち、身体を支えようとした動きまで追いつかなかった。何が起きたのか考えるより先に、脚から届く痛みが、ほかの感覚を押しのけてきた。
「はちちゃん!」
アリアがすぐさま駆け寄り、俺の身体を抱き上げた。
呼ばれた名前に顔を向けようとすると、すぐ近くにアリアがいた。こちらが動けない分まで動こうとしてくれている。それが分かっても、まだ上手く言葉には出来ない。俺はまず、支えられている腕から離れないようにした。
そのまま床を蹴り、煙を抜けて廊下の先へ走り出す。
腕に支えられ、床から身体が離れた。立たなければと思っていた頭が、ようやく、自分で走れていないことを受け止める。アリアは足を止めなかった。俺はその動きに揺られながら、落ちないように身を寄せた。
「逃がすな! 追え!」
背後から怒声が響く。
「本局に援軍を要請しろ!」
アリアの腕の中で、俺は痛む脚を押さえた。
左腕の外側では、アリアの実体化を支える円形の魔力ディスクが展開を保っていた。その光を視界の端に捉えながら、俺は呼吸を整えようとした。追ってくる声が聞こえるたび、まだ離れ切れていないのだと分かる。
(くそ……何で、こんなことに……)
昨日まで、何もかもが順調だった。
明日には家族になれるはずだった。
いろはさんたちの声を思い出そうとすると、背後の怒声が重なる。明日の話をしていた時間から、まだどれほども経っていない。待っているはずだった未来が、今の自分から急に遠ざかっていくようで、痛みとは別のところまで苦しくなった。
それなのに、解散した直後を狙うように逮捕状が出され、聞き覚えのない襲撃事件の犯人にされている。
(これでは、まるで……)
偶然とは思えない。
名前を確かめられ、説明を聞かれる前に腕を掴まれた。その順番を思い返す。自分が何を言っても、同じところへ連れていかれることになっていたのではないか。まだ答えは出せない。けれど、ただの間違いだと思っていた時には戻れなかった。
(まさか……)
(もしかして、罠……?)
◇
新人チームとの最後の模擬戦を終えた天城いろはは、二次会の会場へ向かっていた。
ところが、施設内の様子が妙に騒がしい。
式の後に聞こえていた話し声とは、調子が違った。急ぐ人の足取りにつられ、いろはも周囲へ目を向ける。二次会の準備で慌ただしいというだけでは、説明のつかない空気だった。何が起きているのか、確かめる必要があった。
慌ただしく走る局員。
次々と飛び交う通信。
どこかへ急行する武装部隊。
(何かあったのかな……?)
いろはは近くを通った局員を呼び止めた。
「すみません。何かあったのですか?」
「はい。ガーディアン局員襲撃事件の関係者、安藤はちが逃走しました」
答えの途中で、いろはの表情が止まった。知っている名前だけが、ほかの言葉から浮き上がって聞こえる。はちが逃走した。そう言われた意味を受け止めようとしても、つい先ほど手を振った姿が、頭から離れなかった。
「えっ……?」
思わず息を呑む。
足を止めたまま、いろはは相手の顔を見返した。どこまでを聞き間違えたのか、確かめたかった。けれど、局員は説明を終えた顔をしている。こちらだけが言葉を受け止め切れず、その場へ取り残されたようだった。
聞き間違いだと思いたかった。
後で会おうと話したばかりだった。明日のことも、昨日交わした約束も、何一つ変わっていないはずだった。そのはちの名前が、襲撃事件と結びつけられている。いろはは局員の顔を見つめ、もう一度説明してほしいと思った。
「何かの間違いではないですか?」
はちが理由もなく誰かを襲うはずがない。
短い付き合いだとしても、その程度のことは分かっている。
はちがどんなふうに笑い、困り、謝るのかを知っている。短い時間でも、一緒に暮らしながら見てきた姿があった。だから、局員の答えを聞いても、すぐに頷くことなど出来なかった。確かめなければならないという思いが、先に立った。
「ですが、証拠がありますので」
「証拠……?」
「確認しますか?」
「見せてください」
局員が携帯端末を操作し、記録映像を表示する。
小さな画面へ視線が集まった。いろはは表示が切り替わるのを待ち、再生されるものへ意識を向ける。何か違う点が見つかれば、間違いだと言えるかもしれない。そう思いながら、目を離さずにいた。
いろはは、再生された映像を食い入るように見つめた。
そして――言葉を失った。
そこに映っていたのは、間違いなくはちだった。
はちと同じ顔。
はちと同じ姿。
映像の中で、ガーディアン局員が襲撃されている。
知っている姿が、知らない場面の中で動いている。見間違えたと言い切ろうとしても、顔を見直すたびに言葉が止まった。昨日、近くで見た顔の記憶まで、目の前の画面へ重なってしまう。いろはは端末を見つめたまま、息を浅くした。
「そんな……」
胸の奥に、冷たいものが広がった。
(はちちゃんが……そんなことを……?)
信じたくない。
けれど、目の前の映像には確かにはちが映っている。
目にしたものと、知っているはちの姿が繋がらなかった。どちらを考えようとしても、もう片方が浮かんでくる。いろはは返事を探したが、何を確かめればいいのかさえ、その瞬間には思いつけずにいた。
「いろは!」
背後から呼ばれ、いろはは振り返った。
「レイ……」
駆け寄ってきたレイ・シルビアは、いろはの傍で足を止める。
駆け寄ってきた相手の顔を見て、いろははようやく画面から視線を外した。レイも事態を知っている。それでも、その声は、自分のように立ち止まったままではなかった。今するべきことを、こちらへはっきりと向けてくる。
「話は聞きました。今から、はちを捜しましょう」
「でも、映像には……」
「まず本人を見つけて、直接話を聞くべきです」
レイの声は真剣だった。
レイは画面があることを聞いても、そこで話を終えなかった。はちへ会い、言葉を聞く。その順番を示す声が、いろはには、今ようやく届いたように感じられた。目の前のものを見ることばかりに、意識を奪われていたのだ。
「あの子が何の理由もなく誰かを傷つけるとは思えません。映像があるのなら、その映像も含めて確かめましょう」
レイの言葉には、今見せられたものも、その前に知っていたはちの姿も入っていた。片方を見た途端、もう片方を忘れてよいはずがない。いろははその声を聞き、ようやく、まだ確かめていないことがあると思い直した。
その言葉に、いろはは我に返った。
(そうだ……)
(私らしくないな……)
映像だけを見て、はちを疑いかけていた。
驚きと怖さのあいだで、本人へ尋ねることを考えられなくなっていた。昨日は、これからも一緒にいたいと伝えた。それなのに今、その相手の言葉を一つも聞かず、画面の前で答えを出そうとしていたことに気づいた。
大切なのは、本人を見つけること。
そして、はち自身の言葉を聞くことだ。
いろはは強くうなずいた。
動揺がすべて消えたわけではなかった。それでも、次に何をするべきかは、もう分かっている。いろはは端末を見つめていた時の姿勢を立て直し、目の前にいるレイへ、今度は自分の意思で頷いた。
「そうだね。はちちゃんを捜そう、レイ」
「はい」
「何としても見つけて、ちゃんと話を聞かないと」
昨日、家族になろうと約束したばかりの少女。
あの時の返事を、いろはは覚えていた。もっと一緒にいたいと言った声も、腕の中に迎えた時の様子も、まだ近い記憶だった。その相手を、今は見つけなければならない。映像の向こうへ置き去りにしたままには出来なかった。
そのはちが今、負傷したまま追われていることを、二人はまだ知らない。
AEGIS解散の日。
新たな家族として歩き始めるはずだった未来は、何者かの仕掛けた罠によって崩れ始めていた。
――第13話 END――




