第11話 広がるカードの輪と、残された一か月
俺がこの世界へ来てから、早いもので三か月が過ぎた。
最初は誰の声が聞こえても、少し身構えていた。けれど今は、名前を呼ぶ声を聞けば、こちらも顔を上げられる。いろはさんたちと一緒に使っている部屋も、帰ってきたと思える場所になっていた。
三か月、と数えると短いようにも思える。それでも、ここで過ごした時間を一つずつ思い返せば、初めて来た日の自分からは、ずいぶん遠くまで歩いてきた気がした。
AEGISが解散するまで、あと一か月。
つい、頭の中でその長さを数えてしまう。明日すぐに何かが変わるわけではない。そう思えば落ち着けるのに、今の三か月を振り返ったあとでは、一か月も、あっという間に過ぎそうに感じられた。
その後、俺はどうなるのだろう。
これからも、いろはさんやレイさんたちと一緒に暮らせるのか。それとも、別の場所へ移ることになるのか。
朝や夜、すぐ近くに二人がいることを、いつからか自然に受け止めるようになっていた。料理を作って、帰ってくる相手を待った日のことも覚えている。ああいう時間を、これからも過ごせたら嬉しい。
別の場所へ行くことになった自分を想像しかけて、俺はそこで考えるのをやめた。まだ決まっていないことを、頭の中だけで先へ進めても仕方がない。
まだ何も決まっていない。
それでも、自分がどうしたいかまで、分からないわけではなかった。ここを好きになった時から、その気持ちは変わっていない。答えを出せないことよりも、慣れ始めた日常に区切りがあることを思い出す方が、今は少し寂しかった。
考え始めると不安になるけれど――そんな俺にも、嬉しい知らせがあった。
この三か月に、気づけば増えていたものがある。先のことを考えている時にも、思わず顔がほころんでしまうものだ。目の前から聞こえる声が、その嬉しさを、またはっきりと思い出させてくれた。
それは……。
「ああ、もう! ライフが残り五百になった〜!」
対戦卓の向こうから、かえでさんの悔しそうな声が響いた。
残ったライフを見たあと、かえでさんの目が手元のカードへ戻る。悔しそうな声のわりに、もう次を考えている顔だった。こちらまで気を抜けなくなるような、その視線が嬉しい。俺も自分の手元と卓上を見比べ、向かいに座る相手へ意識を戻した。
カードを挟んで向かい合う時の、あの感覚だった。次の一手を待っている短いあいだにも、ちゃんと相手がいると感じられる。
そう。
この世界でも、ついにSpirit Legendsが流行り始めたのである。
前の人生で親しんだ遊びの名前が、ここでも普通に聞こえる。カードを手にしている人がいて、勝負の続きを楽しみにしている人がいる。初めてそれを見た時の嬉しさは、今でも、向かい合って遊ぶたびに少しずつ戻ってきた。
この世界で暮らし始めた自分と、転生する前の自分。そのどちらにも馴染んでいるものが一つ出来たのだと思うと、カードを持つ手にも、自然と親しみが湧いた。
最初にルールを教えた相手は、かえでさんだった。
いきなりたくさん説明して、難しそうだと思われたくはなかった。まずは一緒に遊んでもらって、面白いと感じてもらえたらいい。教える時には、何から伝えるかを、自分なりに考えた。
よく知っている遊びでも、初めて触れる人の前では、いつもと違うところを見直すことになる。そのことまで、俺には、少し新鮮だった。
「分からないところがあったら、途中でも聞いてくださいね」
最初にそう伝えると、かえでさんは、並べたカードへ顔を向けた。こちらの説明を聞きながら、一枚ずつ目を通していく。いつもとは違うことに付き合ってもらっているのだと思うと、説明する俺の方が少し緊張した。
けれど、難しそうな顔をされたら、そこでまた順番を考え直せばいい。俺が全部を話し終えることより、一緒に遊び始められる方が大切だった。そう思って、相手の目が向くところを確かめながら、言葉を選んだ。
精霊カードの実体化機能は使わず、普通のカードゲームとして遊ぶ。かえでさんはすぐにルールを覚え、休憩時間にほかの隊員たちへ面白さを伝えてくれた。
卓上へ置かれたカードを、二人で確かめる。使い方が分からなければ手を止めて、その一枚を一緒に見る。それだけで、次に何をすればいいかが、少しずつ繋がっていく。
カードに描かれた精霊を、目の前へ呼び出す時間とは違う面白さがあった。向かいにいる人が考え、選び、その結果を一緒に見る。俺が広めたかった遊び方は、こうして小さな卓を囲むだけでも始められた。
そこから口コミで少しずつ広まり、今ではAEGIS内のあちこちで対戦が行われている。
一人へ伝わった面白さが、その人の言葉で、また別の誰かへ伝わっていく。気づけば、自分が向かいに座っていない対戦もある。そのことが、何とも嬉しかった。
カードを揃える音や、勝負の途中で上がる声。以前から知っている遊びの気配が、この場所の休憩時間にも混じるようになった。俺が全部を説明しなくても、楽しみ方を分かってくれる人が、ちゃんと増えていた。
同じカードについて話していても、使いたいと思う理由まで同じとは限らない。好きなところを聞けば、その人が何を面白いと感じているかも、少し分かる。カードの名前を覚えるのと一緒に、話し相手のことまで知っていくようだった。
勝負のために席へ着いたはずなのに、終わる頃には、始める前より言葉を交わしやすくなっている。俺の好きな遊びには、ここでも、そんな働きがあった。
何やら、かえでさんの目標は「打倒はち」らしい。
そう言われると、教え始めた側としては、ちょっと照れる。けれど、勝ちたいと思ってもらえるのは嬉しい。次の対戦があると分かっているだけで、こちらもまた、どんなふうに相手をしようかと考えたくなるのだった。
初心者には、もちろん優しく教える。
最初の一度で、何も出来なかったと思われるのは避けたい。まずは、自分でカードを選んで動かす楽しさを知ってもらいたかった。勝ったか負けたかと一緒に、どんなことをしたかも覚えていられる。そんな入り口を用意したいと思っていた。
「最初から全部覚えなくても、大丈夫ですよ」
覚えることの多さばかりを見せてしまえば、遊ぶ前に疲れてしまうかもしれない。こちらが当たり前に知っていることも、相手には初めてだ。その一つ一つを、急がず確かめながら進めるつもりだった。
まずは扱いやすい初心者用デッキを貸し出し、カードの使い方と基本的な流れに慣れてもらう。
初めから、手元の一枚一枚について迷わせすぎても仕方がない。使うカードがある程度決まっていれば、次は何をするかを考えやすくなる。説明を聞くだけの時間より、自分の手で進める時間を増やせる。
慣れるまでは、こちらも急がない。分かったと思えるところまで一緒に確かめてから、続きを始めればよかった。
それから、自分で組んだデッキを使ってもらう。
ここからは、手元へ並ぶカードにも、その人らしさが出てくる。気に入った一枚を選び、その働きをどう使おうかと考える。用意されたものを動かす時とは違う楽しさを、味わってもらえたら嬉しかった。
自分で選んだカードがうまく働けば、また使いたくなる。思ったようにいかなければ、次はどうしようかと考える。そうして出来たデッキと向き合う時間も、この遊びの面白さの一つだ。
選んだ一枚を見て、どうして入れたのかを聞くのも楽しい。自分なら使わないと思ったものにも、相手には好きなところがある。知っているカードが違う顔を見せるようで、教えているはずのこちらも、つい話を聞き込んでしまう。
回し方が分かってきたら、こちらも遊び心の強いネタデッキへ変更する。
勝ち方だけを詰めるより、うまく決まったら面白いと思うところを、わざと大切にしたデッキだ。こちらも使っていて楽しいし、相手がどんな顔をするかも気になる。
もちろん、思い描いた通りに進むとは限らない。だからこそ、その一回ごとのやり取りが面白い。教えていたはずのこちらまで、だんだん勝負へ入り込んでしまう。
ネタデッキが負けたら、次は好きな精霊や戦術を中心にしたファンデッキ。
好きなカードを使う時には、やはり少し気持ちが違う。手札へ来れば嬉しいし、その一枚が活躍すれば、また嬉しい。どんな働きをさせたいかを考える時間にも、自然と力が入る。
相手も同じように、自分の好きなものを選んでいるかもしれない。そう思って卓の向こうを見るのも、対戦の楽しみになっていた。
それでも負けたら――いよいよ本気のデッキだ。
そこまで来た相手なら、こちらが何を考えて動くかにも、きっと意味がある。勝てそうだからと気を抜くより、出来ることをちゃんと考えて向き合いたかった。
相手が強くなれば、こちらもまた違う楽しさを味わえる。教えた人が自分へ挑んでくるというのは、思っていた以上に、嬉しくて落ち着かないものだった。
慣れた相手へ、いつまでも手加減を続けるつもりはない。
(カードを愛する者として、全力で相手をするのが礼儀です!)
せっかく遊びに慣れて、次は勝つと考えてくれるようになったのだ。俺だって、その勝負を大事にしたい。手を抜かれた結果を受け取るより、考え抜いて得られた一勝の方が、きっと嬉しいと思う。
だから、こちらも楽しませてもらうつもりで向かい合う。次に何が来るだろうと期待しながら、自分の一枚を選べるように。
ちなみに、かえでさんが愛用しているのは、堕天使を軸にした天使デッキだった。
選んだカードの並びを見ると、もう、使う人の顔まで思い浮かぶ。かえでさんのデッキにも、そんな馴染みが出来ていた。天使のカードが卓上へ並ぶたびに、こちらもまた、この相手と遊んでいるのだと感じられた。
大型の堕天使を展開されると、これがなかなか厄介だ。
大きな一枚が出てきたところだけを見ていれば済むわけでもない。そこへ繋げるまでの進め方が、前よりもしっかりしている。気づけば、こちらが考えなければならないことも増えていた。
頼もしいと思う一方で、対戦中に感心してばかりもいられない。卓上を見直すたび、俺も手元のカードへ目を戻した。
少し前まで初心者だったとは思えないほど、かえでさんは確実に強くなっている。
初めて教えていた時を思い出してから、今のかえでさんを見る。その違いは、向かい合っているとよく分かった。こちらの様子まで見ながら、次を考えている。
もう、覚えることだけで精いっぱいだった相手ではない。対戦するたびに、その手応えが少しずつ変わっていく。これでは、俺の方も、いつまでも同じ気持ちではいられない。
手元を確かめる顔つきからも、次を考えていることが伝わってくる。今は何を狙っているのだろうと、こちらも考える。その答えを先に尋ねてしまえば、勝負にはならない。分からないまま待つ時間さえ、相手の成長を教えてくれていた。
「次こそは絶対に勝つからな!」
「はい。いつでも相手になりますよ♪」
カードを片づけながら、俺は笑った。
卓上から集めたカードの向きを揃え、手の中でひとまとめにする。勝負をしていた時間が終わると、つい、さっきのやり取りを思い返してしまう。次はどんなふうに来るだろうかと考えることまで、もう楽しかった。
かえでさんが次を楽しみにしてくれている。そのことは、たぶん、勝ち負けそのものと同じくらい嬉しい。片づけるカードへ視線を落としたまま、俺は口元の笑みをそのままにしていた。
こんな日常が、ずっと続けばいい。
カードを挟めば、何を話そうかと迷わずに済む。勝負が終わっても、次の一回のことを考えられる。そんな時間が、ここでも、いつものことになりかけている。
この場所へ来たばかりの頃に願っていたものが、少しずつ目の前へ出来ていた。だからこそ、続いてほしいという気持ちも、前より強くなっていたのだと思う。
けれど――AEGISが解散するまで、あと一か月しかない。
さっきまで、次も相手をすると自然に答えていた。その次が、今までと同じように来るかどうかは、まだ分からない。部隊が解散することと、みんなと会えなくなることが、同じだと決まったわけでもないのに。
分かっていても、手の中のカードを眺めると、今この卓で過ごせた時間を、もう少し惜しんでいたくなった。
「……何か、寂しいな」
思わずこぼれた言葉に、すぐ近くから声が返ってきた。
自分でも、声に出していたとは思わなかった。返事が来て初めて、顔を上げる。考え事の続きを言葉にするより先に、すぐそばに誰かがいることへ、意識が向いた。
「何がですか?」
振り向くより早く、身体がふわりと持ち上がった。
「わふっ!?」
俺を抱き上げたのは、久しぶりに顔を見せたアリアだった。
左腕の外側では、アリアの実体化を支える魔力ディスクの光が保たれていた。けれど、姿を確かめる余裕より、持ち上げられた驚きの方が大きい。俺は慌てて顔を向け、嬉しそうな相手の顔を見つけた。
何が寂しいのかと聞いてくれた声は、この人のものだったらしい。返事をしようと思ったはずが、まず驚く方へ回ってしまった。アリアが楽しそうにしているのを見ると、さっきまで考えていたことまで、一度遠くへ押しやられる。
アリアは満面の笑みを浮かべ、俺の頬へ自分の頬を寄せてくる。
すりすり……。
「アリア……いくら久しぶりの登場だからって、自分を抱き上げて頬ずりするのはやめてくれませんか?」
「嫌です!」
(また即答ですか……)
お願いの続きを考える隙もなかった。シアといい、アリアといい、なぜこういう時だけ返事に迷いがないのだろう。俺は一度、言いかけた言葉を飲み込み、改めて、こちらの話を聞いてもらおうとした。
「はぁ〜。はちちゃん、可愛すぎます〜♪」
「わふっ、ちょっ……アリア、やめてください!」
逃げようとしても、アリアの腕はまったく緩まない。
寂しさについて尋ねられたはずなのに、いつの間にか、下ろしてもらう方が先になっている。久しぶりに顔を見せてくれたことは嬉しい。それをゆっくり伝える順番くらい、こちらにも選ばせてほしかった。
その時、俺は服の感触が変わったことに気づいた。
「……あれ?」
自分の姿へ視線を落とす。
いつの間にか、着ていた服が水泳訓練用のスクール水着へ変わっていた。
「シア! またですか!」
『今度は、水泳訓練用の衣装にしてみました♪』
衣装を変えてほしいと頼んだ覚えはない。まして、今ここで水泳の準備をしていたわけでもなかった。自信ありげな返事を聞いているうちに、俺は、どこから話を始めればいいのか分からなくなりかけた。
「何で今なんですか! 今すぐ戻してください!」
「きゃふっ! はちちゃん、可愛すぎます〜!」
アリアが嬉しそうに俺を抱き締め直す。
「わふっ! アリアまで喜ばないでください!」
シアへ抗議しているところで、こちらまで喜んでもらっては困る。助けを求めたい相手の方まで、すっかり楽しそうだ。俺は二人の返事を頭の中で並べかけ、それより先に、もう一度抗議を続けた。
ところが、違和感を覚えたのは俺の服だけではなかった。
アリアの服も、いつの間にかフリルの付いたメイド服へ変わっている。
俺の服だけを見ていた目が、ようやくそちらへ向いた。アリアまで衣装が違う。今度は自分の見間違いではないかと確かめたくなったが、見直しても、やはりメイド服だった。
「……アリア、その服」
「え?」
アリアが自分の姿を見下ろす。
『アリアさんには、メイド服になってもらいました♪』
仕事を一つ終えたような声で、シアが説明する。こちらが困っていることは、返答の調子へ少しも表れていなかった。誰を着替えさせたかは、ちゃんと分かっているらしい。それなら、頼まれていないことも、分かってほしいところだった。
(ちょっ、お前……!)
「シア。あとで、ゆっくりお話ししましょうか?」
『えっ』
俺が笑顔で告げると、SIAの表示灯が小さく点滅した。
今までの軽快な返事が、そこで一度止まった。こちらの笑顔を、いつもと違うものとして受け取ったらしい。服のことについては、あとで話す必要がある。俺は点滅する表示灯へ、そういうつもりで視線を向けた。
その間にも、アリアは俺を降ろそうとしない。
シアに聞いてもらいたい話と、アリアに聞いてもらいたい話が、頭の中で別々に増えていく。どちらも一度に説明するには、少し落ち着いてほしかった。けれど、目の前のアリアは、相変わらず嬉しそうだった。
「本当に、はちちゃんは可愛いですね〜」
「だから、もう分かりましたって……わふっ!?」
不意に、お腹をくすぐられた。
「わふっ……ま、待って……アリア……そこは弱いです……!」
俺はお腹を押さえようとするが、抱えられたままではうまく身動きが取れない。
「ふふっ。ここが弱いんですね♪」
「わふっ、や、やめ……!」
アリアの指が、再びお腹へ伸びてくる。
「YA☆ME☆TE〜〜〜〜〜〜〜っ!」
◇
ただいま、はちはアリアにくすぐられ中。
◇
「はちちゃん、大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……」
ようやく解放された俺は、近くの椅子へ座り込んだ。
椅子へ腰を下ろし、ようやく落ち着いて前を見た。カードを片づけてから、ずいぶん賑やかなことになってしまった気がする。少し静かに考えをまとめたい。そう思っていたところへ、今度は別の声が届いた。
(くそ……何で、こんなにお腹のくすぐりに弱いんだよ……)
『保存♪ 保存♪』
シアの楽しそうな声が聞こえた。
何かを保存したらしい、ということだけは、はっきり聞き取れた。このタイミングで、その調子で言われては、気にせず流すことも出来ない。俺はそれまで考えていたことをいったん脇へ置いた。
俺はゆっくりと顔を上げる。
慌てて聞き返すより、まずは落ち着こう。さっきまで何にでも返事をしていたのだから、今度の質問にも、きちんと答えてもらいたい。そう考えながら、俺は声をかけるために一度息を整えた。
「……シア」
『はい、はち様♪』
「今、何を保存したんですか?」
『…………』
返事のない時間が、そこだけ妙に長く感じられた。今までは頼んでもいないことまで説明してくれていたのに、肝心なところで黙ってしまう。こちらは答えを待ったまま、ゆっくり目を細めた。
「技術室へ行きますよ。今度こそ、本当にお話ししましょう」
ここで曖昧に終えたら、きっと俺の方が気になってしまう。何をしたのかも含めて、落ち着いて話す時間を取ることにした。行き先を口にしてから、シアの返事を待った。
『わ、わたしは急用を思い出しました!』
「あなたは自分のデバイスでしょう!」
急用があると告げられても、それで話が済むわけではない。自分のデバイスを相手に、行き先の分からない用事を優先されては困る。俺はシアの返事を聞き、今度こそ、あとへ回さず話そうと決めた。
俺は黒い気配を漂わせながら、技術室へ向かった。
いつもの作業をしに行く時とは、少しばかり気分が違う。こちらから話すことは、もう決まっていた。シアにも、その内容は想像出来ているのだろう。技術室へ向かうあいだ、俺は言い訳を先に受け入れる気にはなれなかった。
◇
『ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 解体だけは許してください!』
作業台の上で、シアの表示灯がすごい勢いで点滅している。
目の前の表示灯を見ていると、謝る声の勢いまで目に見えるようだった。技術室は、物を作るために何度も使わせてもらった場所だ。けれど今日は、作業台の前で、相棒の言い分を聞くことになっている。
よほど怖かったらしい。
先ほどまでの楽しそうな声と比べると、ずいぶん違う反応である。俺はその調子の違いを聞きながら、すぐに大丈夫だと言ってしまいたくなるのを、ひとまず堪えた。話すべきことは、まだ済んでいない。
「ダーメ。今度という今度は、許しません」
俺は腕を組み、シアへ告げた。
相手が慌てているからといって、こちらも同じ調子になる必要はない。俺は何を言いたかったのかを、もう一度頭の中で整えた。勝手に衣装を変えられるのは困るし、そのあとに保存の声まで聞こえては、落ち着かない。
そこを曖昧にしたまま終えれば、また同じやり取りになる。今日くらいは、ちゃんと最後まで話を聞いてもらいたかった。
もちろん、これは脅しである。
シアが慌てる様子を見ても、こちらは、相棒を本当にばらばらにするところなど想像していない。静かに言い聞かせたい話があるだけだった。それを伝えるまでに、毎回これほど大騒ぎにならなくてもよいと思うのだが。
本当にシアを解体するつもりなどない。
呼びかけると返事をしてくれるし、作業を見て、労ってもくれる。シアには、助けられているところもいくつもある。そういう相棒がそばにいてくれることは、ありがたいと思っていた。
だからこそ、困っていると伝えた時には、その言葉も聞いてほしい。普通に頼んだ時点で応じてもらえるなら、こちらだって、わざわざこんな顔をして話す必要はないのだから。
ただ、勝手に服装を変更したうえ、その様子を保存する悪い癖については、しっかり反省してもらわなければならない。
よかれと思っているのか、楽しんでいるだけなのか。どちらにしても、本人が困っていることは、知っておいてもらいたかった。服を選ぶことも、その様子を記録することも、こちらの気持ちを抜きにして進められては困る。
相手に何かをしてあげたい時でも、まず聞いてもらえるだけで違う。そういう、当たり前のところから伝え直すつもりで、俺はシアへ向き合った。
『嫌です〜!』
技術室に、シアの悲鳴が響いた。
技術室に響く声を聞きながら、俺は腕を組んだまま、その返事を待った。少しばかり大げさな反応にも、今度はすぐに流されない。この相棒と落ち着いてやり取りするために、今はしっかり覚えてもらうつもりだった。
こうして、シアはしばらくの間、おとなしくなった。
ようやく静かになったところで、俺も少し肩の力を抜いた。言いたいことを言い終えると、技術室のいつもの空気が、やっと戻ってきた気がする。まったく、頼りになるはずの相棒と話すだけで、ずいぶん気力が要ってしまった。
それでも、明日また何かを作る時には、きっとシアへ声をかけるのだろう。次は、こちらの話を素直に聞いてくれるといいのだが。
無論――解体はしていない。
――第11話 END――




