パステル•シャイニング•フォーム
「ひ、ひぎゃあああ! ヒルダさん! ミィアさん! 今すぐ助けに行きますぅぅ!!」
鈴は、鏡に映し出されたヒルダの「一人騎士団ごっこ(決め台詞付き)」と、ミィアの「猫缶泥棒の瞬間」を見て、本人たち以上に顔を真っ赤にしながら、迷宮の扉へと飛び込みました。
一歩足を踏み入れると、そこは右も左も、天井も床も、すべてが磨き上げられた鏡の世界。しかも、その鏡一枚一枚に、鈴自身の「消し去りたい過去」がこれでもかと上映されていたのです。
「あぁぁ! 止めてくださいぃぃ! 5歳の時にパパの靴を履いて転んだ時の映像なんて、誰も見たくないですぅぅ!! あっちの鏡は……あぅぅ! 廊下で盛大に転んでパンツが見えちゃった時の……っ! 嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」
鈴は耳を塞ぎ、目を閉じて蹲りたくなりました。しかし、迷宮の奥からは、あまりの羞恥心に精神をすり減らしたヒルダとミィアの、消え入りそうな呻き声が聞こえてきます。
「……くっ、私は……アステリアの誇り高き騎士……。なのに……あんな……『月夜の聖騎士、推参!』なんて……ポーズまでつけて……うぅ、殺して……っ」
「……もうお嫁に行けないニャ……。猫缶の……お汁まで……ペロペロしてたニャ……」
二人の心は、自らの黒歴史という名の魔力に蝕まれ、石のように固まり始めていました。
「鈴! 逃げちゃダメニャ!」
鏡の外から、猫神様の叱咤が響きます。
「その鏡に映っているのは、全部お前の魔力から生まれた『恥ずかしさ』そのものだニャ! 否定すればするほど、迷宮は強固になり、ヒルダたちは永遠にその中に閉じ込められるニャ。いいか鈴、その恥ずかしい自分を……『これも自分だ』と認めて、抱きしめるニャ!!」
「だ、抱きしめる……!? こんなに情けなくて、穴があったら入りたいような自分をですかぁ!?」
鈴の目の前の鏡には、今まさに、小学校の学芸会でセリフを盛大に噛んで泣きじゃくる幼い頃の自分の姿が映し出されていました。
「……うぅ。……そうです。……私は、いっつも失敗して、赤面して、逃げ出したくなってばかりでした。……でも、その失敗があったから、今の私がいるんです。……今の私が、みんなと一緒にいられるのは……あの時、恥ずかしくても頑張ったからなんですぅ!!」
鈴は、涙を拭って目を見開きました。そして、一番大きく自分の失態を映し出している鏡に向かって、両手を広げて駆け寄ったのです。
「ごめんね、私! 大好きだよ、私ぃぃぃぃ!!」
ガシャンッ!!
鏡が割れるような音が響きましたが、破片は飛び散りませんでした。代わりに、鏡から溢れ出したのは、これまでの破壊的な「爆炎」ではなく、温かくて柔らかな、淡い桜色の聖なる光でした。
「……ふぇぇ? な、体が熱いですぅ……。でも、嫌な熱さじゃありません。……なんだか、とっても……『誇らしい』感じですぅ!」
その瞬間、鈴の姿が光に包まれて変化していきました。
いつものローブは、幾重にも重なるリボンとレースが施された、魔法少女のような華やかなドレスへと変わり、背中には透明感のあるピンクの羽が出現しました。これが、羞恥心を聖なる力へと昇華させた姿――【パステル・シャイニング・フォーム】です!
「ひ、ひぎゃあああ!? な、なんですの、このヒラヒラすぎる格好はぁぁ!! ……あ、でも、不思議と恥ずかしくありません。……これが、『自分を受け入れる』ということなんですね……っ!」
鈴がその場でくるりと回ると、彼女から放たれる浄化の光が、迷宮全体を包み込みました。鏡に映っていた恥ずかしい映像は、次々と「可愛らしい思い出」という名のキラキラとした粒子に変わっていきます。
「……ハッ!? 私は一体……」
「ニャ!? 鼻の頭のクリームが……消えてるニャ!!」
正気を取り戻したヒルダとミィアが、鈴の元へ駆け寄ります。
「鈴殿! そのお姿は……!? まるで女神のようです!」
「ニャー! 鈴、すっごくキラキラしてるニャ!!」
「え、えへへ……。ちょっとだけ、自分を好きになれた気がしますぅ。……さあ、みんなでお家に帰りましょう! 朝ごはんは、とびっきり美味しいものを作りますからねぇ!!」
鈴が杖を一振りすると、パステルカラーの虹がかかり、迷宮は霧が晴れるように消え去りました。そこには、いつもの平和なダンジョンの廊下が戻っていました。
猫神様は、少し誇らしげに髭を揺らしながら呟きました。
「……完璧ニャ。恥ずかしさを否定せず、力に変える。……鈴、お前はもう、自分の力に飲み込まれることはないニャ」
こうして、史上最大の「黒歴史危機」は、鈴の新しい力の覚醒によって幕を閉じました。しかし、鈴は一つだけ忘れていました。……さっきのパステル・シャイニング姿を、カレンがばっちり記憶(録画に近い魔導記憶)していたことを。
「クゥ~ン♪(今の鈴、可愛かったよ!)」
「ひ、ひぎゃあああ! カレンさん、その記憶、今すぐ消去してくださいぃぃぃ!!」
制御できるようになったはずの鈴の頭から、結局いつものように真っ赤な蒸気が立ち上がるのでした。




