十三話 虎の尾
イラミジャーの街には意外とすんなり入れた。
ダフィの体に、ツタで作った紐を括り付けて引っ張りながら来たので、門番には奇人か変態を見るような目で見られたが気にしない。
気にしてたらキリないし、この伸びてボッサボサの髪とか、服とか。
街並みは俺がいた世界よりも低い文化レベルを感じさせるものだ。
人口密度もそこそこ、前の世界にはない武具を売ってる店なんかも見られる。
武器か、確かに欲しいなぁ。
バカみたいに硬い敵とか殴ると手がめちゃくちゃ痛いんだよね。
お金が無いから諦めるけどさ。
「ほら、町まで連れてきてやったぞ。あとは自分で頑張れよ」
「えーー、めんどくさいから手伝ってよ」
「めんどくさいったってなぁ。だったら探偵とか、それこそ冒険者とか雇えよ」
「わたし、お金もってないよー」
こいつ、、マジでどうやって生きてきたんだ。
かく言う俺もだけど。
「はぁ、金を稼ぐか。身分証明書とか持ってないけど働き口とかあんのか?」
(働き口ならいいとこがあるぜ、少年)
神さんも流石に人前では俺と話すのを自重するのか、心の声で話しかけてくる。
気遣いなんて出来るんだなぁと少し驚いた。
(……おい、聞こえてんぞ)
(こうなるのが玉に瑕だよなぁ。で、働き口ってなんだよ?)
(決まってんだろ。冒険者ギルドだよ)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
神さんが言うに、冒険者ギルドは登録した冒険者に依頼を斡旋したり、討伐した魔物の素材を買い取ったりしてくれるらしい。
軍事力が高い国だと仕事の量も少ないらしいが、アーカリヤ王国はそこまで軍事力に優れた国でも無いらしいので、仕事には困らないはずとのこと。
それ以外にお金を稼ぐ方法も特に思いつかなかったので行ってみることにした。
そして現在、その冒険者ギルドの建物の前に来ている。
いかにもな外観から今の俺の見た目で入るようなところではないのが分かる。
この世界に来て三年だが、肉体的にはまだまだ子ども。
イカつい大人が入り浸るような場所に入るのは少しためらいはあったが、思いきって厚い木製のドアを開けた。
ギィィと軋む音が入った瞬間に広がり、外から聞こえていた喧騒が静かになる。
明らかに俺よりもゴツい武装をした戦士、真っ当な魔術師の格好をした者、多種多様な見た目の者たちが一斉にこちらを向いた。
空気感としてはあれに近い、いじめではないがどこか腫れ物扱いのような認識がクラス全体で広がっている誰一人声をかけないやつ、前世の俺だ。
あれを彷彿とさせるものが視線となって自分に降り掛かっているのを感じた。
そんな中で一人だけこちらに向かってくる男がいた。
身長は高く、身体に走る傷跡と見た目は屈強そのものだが、濁った目つきと下卑た笑みからは粗悪品のような風貌だ。
「ヒャハハハ、ぼっちゃん。こんな所に来てどうしたんだい? ママのミルクはこの場所にはねーぞ?」
爆笑に包まれた。
俺にはこの世界のツボが分からないが、なるほど、まぁバカにされているんだろう。
洞窟で過ごしていた数年間、人に会ったら心がけるようにしようと決めていたことがある。
それは無闇矢鱈に暴力を振るわないということ。
せっかく転生をさせてもらったのに前世の二の舞になってしまったら意味が無い。
イライラしてもなるべくフレンドリーに、少なくともこちらからは手をださない。
前世のような揉め事はしない俺に生まれ変わるのだ。
これももしかしたら俺が勝手にバカにされたと勘違いしてるだけで新人に対する洗礼かもしれないし大人の対応でいこう。
「それが残念なことに、母の母乳を平らげてしまったんですよ。この歳まで吸うとは流石の母も思わなかったようで呆れられてしまいました」
また爆笑。いや嘲笑か。
そんな大したことは言ってないんだがなぁ。
「おい、おぼっちゃん。後ろの女は奴隷かい?」
俺に引っ張られているダフィを見て、目の前の男は聞いてきた。
奴隷か、そういえば神様はこの世界の奴隷売買は俺が元いた世界よりも活発だと言ってたっけ。
俺とダフィのこの格好を見たら奴隷と勘違いするのも当然か。
「いえ、奴隷では無いですけど、この子に何か?」
「かなりの上物だと思ってなぁ。どうだ? その女を俺にくれるってんなら荷物持ちぐらいには使ってやってもいいぜ」
下衆が、と言いたいところだが、そういう目的で奴隷を買うのも確かに理由の一つか。
俺が培ってきた倫理観とこの世界のそれでは違うのは当たり前だし、俺もこれは受け入れなくてはいけないだろう。
「だってさ、どうするよ」
一応ダフィに聞く。
俺としては負担も減るし、変な目でも見られなくなるから別にどっちでもいいんだけど。
「うーーん。やめとくよー、彼といても面白くなさそー」
相手も面食らった様子だ。
端的に、単純に、自分の半分も生きてるか怪しい若造よりも、自分の方が面白くないと言われたんだから。
少しスカッとした。
「とのことなので、彼女もそう言ってますし諦めてください」
「…待ちな、ガキ」
おや!? 冒険者の様子が…?
オコ〇ザルに進化しそうだ。
「はい、なんでしょうか?」
冷静に、極力物事を荒立てないように返事を返す。
俺はこんな所で面倒ごとなんて起こしたくないのだ。
喧嘩をワクワクして望むような戦闘民族ではない。
「どうやら本気で冒険者になりに来たらしいな。なら丁度いい、俺が試験相手になってやる」
試験相手?
冒険者になるにも何か試験が必要ということか。
そしてその相手をしてくれると。
逆ギレしてくるかと思えば案外優しい人だったか。
「いいんですか? ありがとうございます」
これには感謝を伝えておこう。
礼には礼で返せる人間でありたいしな。
面倒ごともなく、この場は穏便に済ませられるとホッとする。
ただ、彼的にはこの返事が良くなかったらしい。
「テメェ! 上等だ! このルーキーキラーのボム・リトカラハク様が! 二度とそんな事ほざけねぇ体にしてやる!!」
近くにあった椅子を蹴り飛ばし、こちらに向かって叫んできた。
「え?」
訳が分からず困惑する時間もなく、彼の怒声と同時に周りの冒険者が大声ではやし立て、ギルドのロビーは熱狂に包まれた。
(おい神様! これはどーゆうノリなんだ? 何がなんだか)
(まぁまぁ聞いてろよ。そろそろ説明が来るぜ)
「はい?」
つい口に出てしまったが、その次にはいつの間にか俺とボム・リトカラハクの前に立った受付嬢のお姉さんから言葉が発せられていた。
「双方の同意を確認したため、これより冒険者認定試験を行います。準備が整い次第、両者闘技場までお集まりください」
その途端ロビーの中は大きな歓声で埋め尽くされた。
甲高い口笛、野太い冒険者の声が耳を貫く。
「いやいやいやいや、あの、これはその、同意したとかそういう意味じゃ、、」
ダメだ!
他の冒険者の大声に掻き消されてお姉さんに全然届かねぇ!
ギルド内に居た全員が恐らく闘技場がある場所に向かっていく。
(諦めな。それに行った方がおもしれぇぜ? 少年)
(アンタのおもしれぇ程、俺の好奇心をくすぐらねぇモンはないんだよ)
しかし、この空気に流されない錨を持ってない俺は、仕方なく周りについて行くことしか出来なかった。
闘技場はロビーの地下にあった。
真ん中にある舞台の広さは土俵の三倍はあるだろうか。
周囲はギャラリーが観戦出来るようになっている。
ギャラリーは屈強な冒険者だらけ、むさ苦しいったらありゃしない。
「ここで冒険者試験を受けるヤツなんていつぶりだ?」
「覚えてねぇーよ。もっとも、身ぐるみ剥がされてみっともなく這いつくばってた姿は覚えてるがな! ハハハハハハハ!!」
何やら不穏な会話が聞こえてきた。
俺の服これしかねーんだぞ。
「これより、冒険者認定試験を行います。武器、魔法の使用は自由ですが、対戦相手の殺害は認められておりませんのでご注意を。降参、または戦闘不能と判断した時点で、当方が試験の終了を宣言致します」
受付嬢の説明を聞いてひと通り理解した。
なーるほどね。
目の前の冒険者は俺の返事を聞いて、自分のことを舐めてると勘違いしてブチ切れたってわけね。
どうしよ、相手めっちゃくちゃ殺る気満々なんですけど。
ルールのこと忘れてないか不安になるんだけど。
(神様、アンタこうなるのわかってただろ)
(まぁな、言ったらお前冒険者にならねぇだろ? それじゃあ面白くねぇから黙ってただけだ)
性悪め。
「お前はどっちに賭ける?」
「当然ボムの野郎に決まってんだろ」
どうやらこの勝負で賭けをしてる連中もいるらしい。
そして俺のオッズはめちゃくちゃ悪い。
大穴狙いもちらほらいるが基本的に俺が負けると思っている。
くっそー、舐めやがって。
「それじゃあ賭けにならねぇじゃねぇか。…おい、新入り。お前、あのルーキーの方に賭けろ」
「えぇ! 私、全然お金持ってないですよ。皆さんの荷物持ちで何とかその日暮らしが出来てるだけなので…」
「あぁ!? 俺の言うことが聞けねぇってのか! てめぇみてぇな鈍臭いのを荷物持ちにしてやったんだ、反抗してんじゃねぇぞ!」
「は、はい…すみませんすみません。賭けますのでどうかクビにはしないでください…」
弱みを握られているのかは分からないが、女の子が無理やり賭けさせられている。
なんつーヤツらだ、か弱い女の子から無理やり金をむしり取ろうとするとは。
あの女の子の為にもやはり勝たなければ。
「では、始め」
開始の合図が告げられると同時に、歓声が響いた。
「テメェはぶち殺してやる!」
「思っきし言っちゃってんじゃん!」
ボム・なんちゃらは両手に短剣を構え、こちらに向かってきた。
「うおっとぉ!」
速い、というより早い。
初動が読みづらい動きだ。
オマケに体がさほど大きくない俺よりも重心が低く、短剣の出処も分かりづらい。
避ける、、のも結構ギリギリ。
かすっても目眩などは起こらないから、毒の類は使ってないようだ。
「おい、武器を抜け。それともなにか、俺には武器が必要ないとでも?」
俺が武器を手に持たず、ひたすら避けるのを見て、不思議に思ったのか?
あ〜やっぱり気になるよね、これ。
「え〜っと、俺は素手で戦うことしか出来なくて…」
ドッと湧き上がる会場。
嘲笑が心に突き刺さる。
俺だってホントは剣とか魔法とか使ってカッコよく戦いてぇよ。
それでも生き残るために格闘家の真似事してステゴロやっとんのじゃ。
「テメェはとことんムカつく野郎だなぁ! 根こそぎ切り裂いてやる!!」
彼にはこれが煽りに聞こえたらしい。
さっきよりも怒りが増しているのがわかる。
こっちだって煽る意味で言ったんじゃないのに。
攻撃先がわかりやすく、股間や頭部、首に集中してきている。
知能が低い魔物とは違いその攻撃は的確だ。
「くっ、おりゃあぁ!!」
こちらもチャンスを伺っては攻撃を仕掛けるものの、一向に当たらない。
地元じゃ敵無しだったのに、都会に出た途端ボッコボコにやられるみたいな気持ちだ。
(お前が戦ってきた魔物も実際のところ、お前でも勝てそうな手頃な敵を俺が教えてやってただけだしな)
(何それ! 初耳なんですけど! 自信無くなるんですけど!)
避ける俺に対する、嘲りと苛立ちの声がギャラリー達の中で広がっていく。
コンチキショーめ。
俺だってそんな自意識過剰じゃないけど、期待のルーキーとして華々しくデビューするのをここに来る前まではちょこっとだけ妄想してたのに。
まさかこんな序盤の序盤でつまづくとは。
「ヒャハハハハハハハ! 散々大口叩いた割には大したことねぇなぁ!!」
ここで分岐点。
この程度の罵声に、少年はイラつかなかった。
義務教育の九年間、一人で喧嘩に明け暮れた不良のエリートである彼にとって、喧嘩の中の言葉の応酬にすらならないほど、相手を煽ることに関しての効果は無かった。
言われた直後には少年の心に申し訳なさすら宿るほどだった。
問題だったのはこの後。
「お家に帰っておっぱいが平らなママにおしめをとっかえてもらいな、『クソ』ガキがよォ!」
周囲は笑っていた。
言った本人も笑っていた。
放った言葉に意味はなく、ただ相手を煽るために選ばれた言葉。
特別な意味などなかった。
「オマエ、今なんつった」
特別な意味など無くとも、その言葉は役割を果たした。
少年にフラッシュバックされた過去、弄られ笑われる行為への憤怒はいつしか、その言葉をトリガーとしていた。
怒気が、空気を伝って辺りにまとわりつく。
観衆も、言った本人も、そして、それを発する少年も、作られた静寂を誰も破ろうとはしなかった。
そこには少し気の抜けた人の良さそうな少年はおらず、怒りに満ち溢れた男がいた。
「ブチコロシテヤル」
禁忌の言葉に、ボム・リトカラハク意図せずとはいえ触れたのだ。
その言葉の代償を払う時は、すぐそこまで迫っていた。




