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婚約を解消したら、女嫌いの侯爵令息に求婚されまして  作者: 海瑠トワ


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第5話 ピクニックで

 清々しい綺麗な空気を吸い込んで、青々とした芝の上で伸びをした。初夏の風が涼しくて、なだらかな傾斜の上から見下ろす景色は最高だ。


 目の前にはネモフィラの花が見える限り一面に咲き乱れ、なかなか幻想的な空間だ。


 今の時期、人気の観光地である庭園をわざわざ貸し切りとしたクラウディオには呆れたが、この景色が見られたことには感謝をしなくてはならない。

 ちらりと後ろを振り返ると、私を楽しげに眺める紫の瞳が細められた。


 今日の彼は白いシャツと黒いスラックスという軽装だが、それでも目を引くのは素材のせいか。


「気に入ってくれた?」


「はい。ありがとうございます」


 素直にお礼を言うと、嬉しそうに頬を緩める。

 パーティなどでは決して見ることのなかった表情は、私の前でだけという事実になんとも言えない気持ちになる。


 なぜ彼はこれ程までに私にこだわるのか、未だにその理由は分からなかった。聞いてもそれとなくはぐらかされてしまうから。


 まぁ、彼になんの目的があっても構わなかった。私も自由にさせてもらっているのだし、多少利用されているとしても寛容になれるだろう。


「リーシャとこの景色を見ることができて良かった」


 キラキラとした笑顔を向けられ手を差し出される。


「少し早いが昼食にしよう。リーシャのために用意したんだ」


 そっと手を乗せるとエスコートされ木陰に敷かれた布に腰を下ろした。

 彼の家の使用人たちは甘く微笑むクラウディオを気にも留めずテキパキと準備をする。


 普段からこうなのか?


 ますます彼のことが分からなくなってじっと顔を見れば、ニコリと微笑む。


 まぁ、いいか。


「ありがとうございます。美味しそうですね」


 広げられたものを見ればボリューム多めのサンドイッチや調理された肉や野菜とフルーツが並んでいる。


「食べようか。はい、これ」


 差し出された串にささった肉を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいっと避けられる。


「違うよ、リーシャ。あーん」


 ご機嫌に笑うクラウディオは串を私の口元に近づけてくる。

 おそらく私が食べるまで引くつもりなどないのだろう。


 しばらく悩んだ末に小さく口を開けて串にささる肉をひとつ頬張る。じゅわっとソースと肉のうま味が口いっぱいに広がっていく。思わず「おいし」と零せばクラウディオが「良かった」と微笑んだ。


「まだまだあるから沢山食べてね」


 そう言うと彼もサンドイッチを手にして食べ始める。

 よかった。あとは普通に食べさせてくれるらしい。


 満足したのか彼はニコニコしたまま辺りを見回している。その様子に私も正面に視線を向ければ、穏やかな空気に自然と肩の力が抜けた。


「こうしてゆっくりするのもいいよね」


「……少し意外でした。オルフェン様はあまりこういう外に出て地面に座る、なんてイメージがないので」


 私がそう言えば少し考え込んでいる。


「うん……そうだね。昔は考えられなかった。でも、やってみると意外とコレが楽しくてね。……実はね、幼い頃は剣を握るのも嫌だったんだ」


 嫡男である彼は本格的に剣術を学ぶ必要はないとはいえ、自分の身を守るくらいの術は身につけておく必要がある。分かってはいるが嫌なものは嫌だったんだろう。

 私も令嬢教育はやる気が出なかったし。


「そうなんですね。なんか、なんでもそつなくこなしていると思っていました」


「ははは、まぁ、そう見えるように努力はしたからね」


 弱みを握られないためにも裏で努力を重ねる人はいる。クラウディオはそのタイプなんだろう。


「尊敬します。苦手なものを克服するために努力ができる人が婚約者で私も誇らしいです」


 本音だ。嫌いだからと諦めてしまう人もいる中で、努力し続けることが出来るのは素直にすごいと思える。

 クラウディオを見上げれば、彼は少し驚いたようにパチパチと瞬きをして顔を綻ばせた。


「君に……リーシャにそう言ってもらえると頑張った甲斐があるよ。努力はしてみるものだね」


「……でも、体調には気をつけてくださいね」


 私がクラウディオの頬に手を伸ばせば驚いたように目を見開いた。きっと今日一日の予定を空けるために無理をしたのだろう。化粧で隠してあるが薄らとクマが見える。


「さすがに私も心配しますよ。あなたが言えば時間はつくりますから、無理だけはしないでください」


 私が原因で倒れたりなんて困るのだ。

 言い聞かせるようにクラウディオの頬を撫でれば、ジワジワと耳まで赤く染めた。恥ずかしがっている?


「心臓に悪い……リーシャ、こうやって触れるのは俺だけにしてね?」


 妙に真剣な様子に、こんなこと誰にもする気はないという言葉を飲み込んで頷いた。

 少し怒られたような気分になって、そろそろと手を引っ込めようとすると、彼は私の手を取りそのまま握りこんだ。


「少しだけね」


 そう言って赤い顔のまま無邪気に笑ったクラウディオに悪い気はしなくて私も笑った。

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