第6話 オルフェン侯爵家
「リーシャ、申し訳ないんだけど、次の休みにうちに来てもらうことは出来るかな?」
クラウディオの突然の申し出に食事の手を止めた。
暇さえあれば騎士団の訓練場に訪れ、私と共に昼食をとる彼の行動は騎士団長にも黙認されている。どうやら彼らは旧知の仲で、以前親し気に話している姿を見かけた。
「オルフェン家ですか?」
「ああ、父と母が君に会いたいと言って聞かなくて」
「っ!?ごほっ!」
続けられた言葉に盛大にむせてしまった。
困っているような発言だが、それは当然の申し出であったから。
彼が私の家族へあいさつに来た時、私も行くべきではないかと聞いたのだ。だが、彼は「それは必要ない」と言い顔合わせを断られた。
侯爵である彼の父親は忙しい。
急な婚約となり時間が取れないのかと思っていたのだが。どうやら違うみたいだ。
「早く言ってくださいよ。もちろん行きますよ」
「ごめんね」
「いえ、婚約するのですから挨拶に行くのは当然です。むしろ遅くなって私の方が申し訳ないです」
そう言うとクラウディオは「俺があまり会わせたくなかっただけなんだけど」とポソりと呟いていた。
そんなこんなでむかえた挨拶当日。
大人しく青いドレスを身に纏い、約束の時間に馬車で大きな屋敷の前に乗り付けた。
出迎えてくれた鋭い目つきの少し厳しそうな風貌の男性と、彼にそっくりの美麗な女性。侯爵と夫人だろう。
なるほど、クラウディオは母親似なのか。
それと同時になんとなく既視感がある気がして首を傾げた。どこかで会ったことがあるだろうか……いや、それはないな。
まぁ、どこかで見た人物画にでも似ているんだろう。
疑問を飲み込んだ私は、気持ちを切り替えて令嬢らしく挨拶をすることにした。
「本日はお招きいただきありがとうございます。リーシャ・ディルストと申します。これからよろしくお願いいたします」
私がゆったりとお辞儀をすると夫人は「そう……貴方が……」と感動するような目を向けてくる。その視線に不思議に思っていると侯爵は硬い声で話し出した。
「……クロード・オルフェンだ。既に君はオルフェン家の者だ。そうかしこまる必要はない」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
表情とは違い私を歓迎してくれているようだ。
「ごめんなさいね、この人愛想がなくて。私はマリアベル・オルフェン。ふふっ、実はね私、娘が欲しかったの!是非、お義母様と呼んでちょうだい」
「……父上も母上も、もういいでしょう?早く屋敷に案内してください」
「えぇ?まだ挨拶しかしてないわよ!まぁ、でもそうね。せっかくだし、お茶を飲みながらゆっくり話しましょうか」
少し不満気だった夫人はクラウディオの言葉に頷くと侯爵の腕をとって元気に歩き出した。なんとも明るい人だ。義実家との関係で悩むことは無さそうで一安心である。
「行こうか」
手を差し出すクラウディオにそっと頷いて着いていく。
それにしても立派なお屋敷だ。伯爵家とは比べ物にならない。
感心しながらも案内された部屋に入ると、ふかふかなソファに座るように促される。
私の隣にピタリとくっついて座ったクラウディオに、目の前の侯爵と夫人はギョッとした顔をした。
「貴方……いつもそうなの……?」
いつもといえばそうかもしれない。ソファに座る時は。慣れすぎて忘れていたがクラウディオは距離が近い。
「別にいいでしょう」
「……リーシャさんがいいなら構わないと思うけれど」
チラリと伺うように夫人が視線をよこした。
「あー、慣れましたので、大丈夫です」
「そ、そうなのね……嫌だったらハッキリ言わないとダメよ?」
「んー、まぁ、そこまで嫌ではないので」
あはは、と曖昧に笑うと満足気なクラウディオが「嫌がることはしない」という。それから軽快なお喋りが交わされ和やかな空気が流れ出した頃。
「まぁ、なんだ……上手くいっているようで良かった」
今まで傍観していた侯爵はしみじみと安心したように呟いた。なんだか含みのある言い方だ。
「そうね、いきなり婚約と聞いたときはびっくりしたけど、リーシャさんなら納得だわ」
「私なら……?」
よく分からなくて聞き返すと隣から遮るようにため息が聞こえた。
「リーシャ、真面目に相手しなくていいよ」
「え?」
「あら、酷い言いようだわ。叶わないと思っていた夢が叶ったからって、浮かれているのね」
夫人が楽しげにそう言うとクラウディオは顔を顰めて「もういいだろう?」と立ち上がった。
「リーシャ、庭園を案内するよ」
少し困惑したままムッとした表情のクラウディオに手を伸ばせば、彼の考えをわかっているのか夫人がにこやかに手を振った。
それに小さくお辞儀をして返事をするとクラウディオに手を引かれて外に出る。
綺麗に整えられた庭園の花を眺めているとピタリと足を止めたクラウディオが静かに息をついた。
「ごめんね、うるさい両親で」
いや、ちっともうるさいと思っていない。むしろ静かな方ではないか。うちの両親の方がお喋りで騒がしいと思う。
「いえ、全然……あの、もしかして何か、私に聞かせたくないことでもあります?」
「あー……聞かせたくないというか、んー、そうだな」
少しぎこちない笑みを浮かべたクラウディオは頬を掻きながら目を逸らす。
「……あまり、情けないところは知られたくない、から」
ぽそりと呟いた声は拗ねているみたいで子供っぽい。思わず声を出して笑ってしまえば彼は恥ずかしげに目を伏せた。
今更そんなことで幻滅することなんかない。むしろ完璧な印象のあった以前と比べ、今の方が親しみやすくていいと思う。
「ふはっ、いいと、思います、よ?」
「え?」
「少し情けないくらいの方が可愛いと思いますよ」
驚いた顔にそう返せば彼は頬を膨らませた。
「俺はリーシャに頼りになる男だと思って貰いたいんだ」
「それは大丈夫ですよ、いつも頼りにしてますから」
笑いを落ち着けてそう言うとピシ、とクラウディオは固まってしまった。どうしたのだと覗き込むと、下唇を噛んで眉間に皺を寄せていた。
「……どうしたんですか?」
「…………嬉しくて」
どうやら顔が緩むのを我慢している顔らしい。別にいいのに。
「そうですか、よく分からないですけど、今更クラウディオ様を嫌うことなんてないですよ」
小さな花をそっと撫でると隣から「ディア」と聞こえ顔を上げる。
「俺の、愛称だ。リーシャにはディアと、呼んで欲しい」
「ディア?」
「ああ」
その言葉にもうすっかり忘れてしまった顔を思い出そうとして動きを止めた。そういえば、あの子の名前もディアだった。
「どうかした?」
私を覗き込むクラウディオに不安げな顔をされ首を振る。もう何年も前の話だ。思い出せなくても仕方ないだろう。
「いえ、なんでもないですよ、ディア」
安心させるように言うと彼は少し照れたようにはにかんで「そっか」と零した。
そのまま穏やかな風に吹かれ「そろそろ冷えてくる」という気遣いのもと屋敷へ戻ることにした。




