第3話 交渉上手でした
私の問いかけにポカンと固まってしまったクラウディオを観察する。
漆黒のようなしっとりとした黒髪。高貴さを象徴する神秘的な薄い紫の瞳。綺麗に整った顔立ちは彼の厳格さと冷静さを表現しているようだ。
彼とは関わりなんてなかったはず。
強いて言うならば、私を慕ってくれる令嬢に彼の熱狂的ファンがいたことくらいか。
「俺は君が好きだ」
この方、ストレート過ぎないか。
私でなければ、すぐに勘違いされて言質をとったと言わんばかりに婚約者にされてしまうぞ。
「ありがとう、ございます……?」
それにしても、クラウディオの“好き”とはどのような意味だろうか。まさか、恋愛などとはいうまい。
おそらく、きっと、友人的な意味のはず。
ああ、そうだ。そうでなければ困る。
「だから、俺と結婚を――」
「ちょ、ちょっと、待ってください……っ! 何故、だから、になるのか私に理解ができないのですが」
分からないことは正直に言う方が正解なのだと私は知っている。理解できないことを先送りにするとよくないことになるんだ。
「何故って、先程も言ったとおり、俺が君を好いているからだ」
「……え?」
もしかして、令嬢としてはマシな私と結婚することで他の令嬢たちを遠ざけるつもりか?
なんの冗談か知らないが、そんな肉壁のような役割を買って出るほど私はクラウディオを知らない。
ジトり、と顔を顰めてクラウディオを見ると、彼は私からの視線が嬉しいというように頬を緩める。
「もっと言えば、君を誰にも渡したくない。俺の腕に囲って離れられないように……とまではいかないが、その愛らしい笑顔を俺に向けて欲しい」
……………………。
正気?
誰か教えてくれ。
私がいつ愛らしい笑顔をしていたというのだ。
令嬢モードだった時も、常に微笑みを貼り付けていたが、頬が引き攣りそうなほど愛想笑いは苦手だった。
元々そんなに笑う方ではない。機嫌がいい時は確かに笑うが、マノンには「悪人みたいな笑い方はやめた方がいい」と言われるくらいだ。
「人違い……?」
ついポロッと思ったことを零してしまえば、彼の手がスルリと私の手を捕まえてキュッと握られる。
「リーシャ・ディルスト」
わぁ、人違いじゃないみたい。
同姓同名の人と会ったことはないから、非常に不服ではあるが私に対しての言葉らしい。
「俺は君を好いている。どうか、俺の気持ちを受け取ってくれないか」
真剣な紫に射抜かれて一歩下がると、その距離を詰めるようにクラウディオが一歩踏み出す。
「ダメか?」
伺うような仕草だが、ギラギラとした瞳が、私を掴む手のひらが断ることは許さないと言っている。
誰なんだ。
彼を冷徹で氷のような人だと言ったのは……っ!
「い、いや……ですが、私は伯爵家ですし釣り合いが取れないかと」
しかし、せっかくの自由が邪魔されても困るんだ。
ようやく騎士になれそうなのに、それを捨ててまでクラウディオを選ぶことは私の選択肢にはないのだ。
「ディルスト家は安定していて悪い噂もない。爵位が一つ上がる程度普通にあることだよ。釣り合いと言うなら俺が君に相応しいか、という懸念はあるが、そこは俺が努力をするよ」
彼の目に私はどう映っているのだろうか。
彼が手入れされた薔薇ならば、私は庭園の隅に生えた……まぁ、花だ。
確かに自分の見目が悪いなんて思ったことは無い。
それなりに美しく整えてもらっている自覚はある。けれど彼と比べると、どうしても劣っていると思う。
「今のままでも十分……オルフェン様が努力する必要はないかと……」
客観的な意見を述べれば、途端にキラキラとした笑顔を振りまかれ、ぶわっと彼の周りに金粉が飛んでいるような錯覚に陥る。
「君のお眼鏡にかなったということかな?」
そんなモジモジとしないで欲しい。
そんなことは一言も言っていないし、思ってもいない。ただ、誰から見ても完璧な彼を否定することは出来なかっただけで。
「………………求婚はお断りします」
お眼鏡にかなったかどうかは置いておいて、私は結婚して家庭に入る気はもうないのだ。ちゃんと意思表明すべきだろう。
「ど、どうしてか、聞いても?」
クラウディオの声が震えているのは何故なのか。
まさか本気なの?
「私は騎士になりたいのです」
「うん」
……………………。
え?
クラウディオとの間にものすごい距離があるのか?
理由を言ったのにその続きを促されているような気がして首を傾げた。
「騎士になればいいと思うよ。俺は応援する」
彼のその言葉にパチパチと瞬いた。
「え?でも、結婚したら家庭に入るのが普通ですよね……?」
私が疑問を口にすれば、クラウディオは理由がわかったかのように安堵の息をつく。
「そういう事ね。俺は君の意思を尊重する。君が騎士をしたいならそうしたらいい。危ないことはして欲しいとは思わないが、自由なのが君らしいからね。無事に俺の元に戻ってきてくれるなら、それでいい」
彼の考えに呆気にとられた。
呆然としていると、彼は握っていた手をスルっと私の指に絡めて撫でる。ピク、と意識が手に持っていかれてクラウディオを見上げた。
「じゃあ、懸念はなくなったかな?俺と将来を誓ってくれる?」
どうやら退路が完全に絶たれたらしい。
認めたくはないが、彼は私に惚れているという。私のどこをそんなに気に入っているか知らないが、視線や態度からひしひしと逃がさないという空気を感じている。
私に自由にしていいと言っているし、結婚相手として家柄も、彼自身も申し分ないのは確かなのだ。
私を応援しているといいつつ、縁談を密かに探している両親へのサプライズになるのも確か。私が今ここで断ったところで、家に正式な縁談話がいきそうな気がしているし……。
考え込んでいた顔を上げチラリと視線を向けると、楽しげに微笑みながら私の答えを待っている。
元々愛のある結婚が夢だとか、乙女じみたことは思ったことが無い。しかし、相手から想われ自分もそれに返すことができるなら、それ以上の夫婦の形はないだろう。
「……断る理由ないなぁ」
結局、それが私の結論だった。
何度も言うが、騎士を続けてもいいなんて、寛大な婚約者でなければ無理だ。私にとってクラウディオはこれ以上ない好条件の相手だった。もし彼が私のことを分かって言っているのなら、彼は交渉上手と言える。
「じゃあ、俺と結婚してくれる?」
「……まずは、婚約からで……」
気が早すぎだ。
婚約期間で擦り合わせをきちんとするべきだ。
私の言葉に、少しだけ不服そうに口を尖らせたクラウディオは「まぁいいよ」と、絡めていた手をグイッと引いた。
彼との距離が近づき、ふわりと頬に温かさが触れる。
しっとりとした何かが離れていくと、得意げなクラウディオの顔が見えてしまう。彼の唇が触れた右頬を手で押さえていると、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
きゃあきゃあと騒ぐ令嬢たちの視線で我に返った私は、ここが訓練場であることを思い出した。




