第2話 騎士を目指したら求婚されました
婚約者が元婚約者になってから二週間程が過ぎた。
私は今、騎士に混ざって剣を握っている。
マノンと勝利の美酒(紅茶)で乾杯をした翌日。
私は父と母に騎士になりたいのだと告げた。
最初は危ないと渋っていた父も、ずっと憧れていたのだと打ち明け、真剣な気持ちを語ると渋りに渋って最終的に頷いてくれた。
母も、私が令嬢らしくお淑やかに笑っているのが苦痛なのだと話したら、令嬢教育に苦戦していたのを知っているからか苦笑していた。
そうして認められた数日後に、元騎士の一個隊隊長である父からの推薦で、まずは見習いからとなった。
見習いは雑用も多く大変だが、幼い頃から鍛えていた私にとっては、こうして動けることが嬉しかった。
今日は公開訓練。
やはり騎士職というのは花形らしく、沢山の若い令嬢たちが日傘を持参している。
「お、リーシャ。アレ、気になんの?」
人気のない兵舎の窓枠からこっそりと様子を伺っていれば、横から顔を覗かせた軽薄そうな明るい茶髪の騎士。
「ああ、アレンか。まぁね。あの子たちは誰を見に来てるの?」
先輩騎士ではあるが、気さくな彼は女である私にも気軽に話しかけてくれる。爵位は男爵家の次男で、伯爵家出身の私に敬語を使われると、むず痒いと言われこうしてラフに喋っている。
何より、「お前ならすぐに正式な騎士になれんだろ。そしたら俺と変わんねぇよ」とのことだ。
うん、彼とは良い友人になれそうだ。
「ああ、あの子たちに人気なのは、やっぱり副団長じゃないか?」
「へぇ、団長じゃないんだ……」
副団長は確かに綺麗な顔をしている。あまり汗をかくのが好きではないらしく、書類仕事を主に引き受けている印象だ。やはり、男らしく頼りになるといったら団長だと思うのだが。
「まぁな。やっぱり団長は厳ついし、温室育ちの令嬢には恐怖じゃないか?」
「ふぅん、私には分からないな。あの凛々しい目つきも、鍛え上げられた身体も素晴らしいと思う」
素直に感想を述べるとアレンは腹を抱えて笑い出した。何も面白いことは言っていないが。
すると、背後から誰かの気配がして「俺は?」とひんやりと空気が震えた気がした。サボっているのがバレたのかと、恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは騎士ではない、ピカピカの高価なスーツを着こなした人物だった。
「……クラウディオ・オルフェン侯爵子息様、ここは騎士の準備室ですよ。迷われたのなら、客席までご案内します」
見た事のある顔を見て名前を思い出す前に、ニコッと気を取り直したアレンが失礼にならない程度に注意する。
そうだ。彼は女嫌いで有名な人だったはず。
私の周りにいた令嬢も、彼にアプローチをして見事ブリザードのような冷たい一言で撃沈していた。
クラウディオはアレンの言葉になんでもない事のように微笑んだ。ニコニコと笑う彼は、見たことない綺麗な微笑みで私を見ている気がする……。
夜会などで見かけたことはあるが、こんな人だったか?
「おい、リーシャ。知り合い?何も言わないのすげぇ怖いんだけど」
コソコソとアレンに耳打ちされ、ふるふると首を振る。
知り合いなもんか。
こんな目立つ人と仲が良ければ私は刺されているぞ。
チラ、とこちらを見ているクラウディオに視線を向けると、焼けるほどの熱量が突き刺さる。
「そんな訳ないでしょ。私一応女だよ?」
「そうなんだよなぁ……とにかくさ、お前からもなんか言ってくんね?」
どうにか帰らせろ、というアレンの意図を読み取って口を開いた。
「ご見学でしたら、良ければお席にご案内をア――」
アレンが、と続けようとした時、クラウディオは今まで開かなかった口を開けた。
「そうだね。そうしようかな」
コレは、どっちだ?
目線は相変わらず私に向いていて、案内を私にしろと言っている気がする。
なんだ?面倒なんだが。
そう思ってアレンを見上げ目線で会話する。
アレンも戸惑っている様子で、しばらく見つめあっているとアレンの顔が急に青ざめる。
何があったのか聞こうとすると、アレンに少し引き攣った顔で「よろしく」と言われ、そそくさと立ち去る姿に肩を落とした。
なんなんだ全く。
女嫌いであるクラウディオの相手を私にさせるなんて薄情な奴だ……。
面倒だが、この人をここに置いて立ち去る方がもっと面倒になる気がして仕方なく佇まいを直した。
「……ご案内します」
ニコニコと笑う彼に告げると、やけに機嫌の良さそうな声が返ってくる。
「ありがとう」
「……いえ、こちらです」
普通に話せるじゃないか。
さっきまでのだんまりは何だったんだ。
「……」
「……」
「本日は何か御用があったのですか?」
案内の最中、沈黙に耐えられず尋ねてみれば「そうだね」と軽快な返事。
もしや、アレンの軽そうな態度が気に食わないとか?
有り得そうで、失礼だと分かっているが納得してしまう。
「訓練を見にこられるのは初めてですか?」
「うん、初めてだよ」
あれでも彼は婚約者はいないし、割り切った相手としか関係を持たないと知っているので、その分元婚約者よりちゃんとしてると思う。
まぁ、女嫌いと噂のクラウディオからしたらそれでも不快なのかもしれない。
「そうなんですね。是非、ゆっくり見て行ってください」
そんな会話をしながら観客席までの道を歩いていく。
令嬢たちから離れた場所がいいだろうと、後部の木の影になっている席を案内して「それでは――」と立ち去ろうとした時。
グイッと腕を引かれて後方にバランスを崩した。
「えっ」
おっとっと、と体制を整える前にクラウディオに寄りかかる形で支えられる。ふんわりとラベンダーの香りがして、なんだか彼にしては可愛らしい意外な香水だな、とどうでもいい感想が頭をよぎった。
「ありがとうございます」
原因ではあるが、一応礼を言っておく。
自分の足で立つと、私の腕を掴んだままのクラウディオを見上げた。少し緊張したような顔をしており、握られた腕が彼の熱で温められていく。
「俺と結婚して欲しい」
……………………。
……………………………………。
…………けっこん?
長い長い沈黙。
相変わらず彼の顔は真剣で、綺麗な紫の瞳は冗談を言っているようには見えない。
新手の詐欺だろうか?
けれど彼の家が困窮しているとも聞かないし、むしろうなぎ登りだった気がする。
「……えっと、何かお困り事が?」
私には彼の高度な思考など読み取れるはずもなく、おずおずと真意をたずねていた。




