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婚約を解消したら、女嫌いの侯爵令息に求婚されまして  作者: 海瑠トワ


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第1話 浮気されて婚約を解消しました

「――――なら、大丈夫――」


 婚約者である、エリク・ライレントの部屋の前に立った時聞こえた、くぐもった声に不思議に思った。

 客?でも、部屋に通すほど仲のいい友人なんて彼にいただろうか。そんな失礼なことを考えて扉に近づくと静かに耳を澄ませた。


「あいつは君と違って可愛げがないからな。俺が本当に好きなのは君だけだよ」

「まぁ!エリク様ったらぁ」


 その声は私が聞いた事のない婚約者の甘い声と、彼が最近仲良くしているという令嬢の妙に鼻につく声だった。


「父上が仲良くしろと言っているから交流してるに過ぎない。でなければあんな男とも見間がえる女、誰がっ」


 バカにするように鼻で笑う婚約者にため息をついた。

 折角、予定をあけて彼の誕生日のサプライズに来たというのに、こんな不貞行為を見せつけられては堪まったものではない。

 確かに今日は予定があるから後日埋め合わせをすると言ってあった。だからといってコレは許されるのか?


 扉の前で立ちつくし、わなわなと震える拳でドアの取っ手に手をかけた。


 少なくとも私は許す気など毛頭ない。

 婚約者が好きかと聞かれれば首を傾げるものだが、この行いは目に余る。今まで家のために我慢をしていたが、こんな男に私の全てを捧げなければいけないなんて、まっぴらごめんだ。


 それに、婚約という重大な約束を平気で破る人間など私は信用出来ない。


「エリク様、お声が辛そうですが、具合が悪いのですか?大丈夫ですの!?入りますわね」


 ノックと同時に扉の奥に問いかける。答える隙を与えずにガチャ、とノブを回すと、そこには二人の男女が抱き合っている。服がはだけ口元には紅が移っていた。


「ち、違うんだっ!リーシャ!」


 何が違うのか。違うというのならもっとまともな言い訳を述べて欲しい。

 ブランケットを巻きつけた珍妙な姿でつらつらと弁明を述べる男。


 あまりの滑稽さに舌打ちをしそうになって慌てて押し込め、口元に手を当てると思いっきり息を吸い込んで悲鳴をあげた。


 私の声にバタバタと集まるライレント家の使用人たち。手で顔を覆ってわざと震えて見せれば、どちらの味方に、なんて分かりきったことだった。


 ふん。婚約破棄になって、精々厳しく、きびし〜く絞られるといい。


 小さな声で「一人にさせて」と弱々しく呟いて、そのまま馬車で帰宅した。



 *




 それから数日、激怒した両親により私とエリクの婚約は解消。元々、祖母の代が仲が良く交流があったため結んだだけの婚約だった。正直なんの思い入れもない。

 顔を見る度にため息をつかれ嫌味をチクチクと言われたことくらいしか彼との思い出はないのだし。


 私は婚約が破談になったことで傷物となったが、エリクの不貞での解消のためそこまで私に対しての悪い噂は聞かない。


「リーシャ、ご機嫌だね」


 困ったような顔で笑う兄に「もちろんよ」と微笑んで返す。


 あんな男と結婚しなくて済んだと思うと鼻歌のひとつでも歌いたくなる。

 今日は天気も良くて、微かに漂う百合の花たちの香りが私の気分を盛り上げる。お気に入りの紅茶だって、勝利の美酒と思えば余計美味しく感じた。


 本日のお茶会に参加しているのは私と兄であるマノンのみ。私と似つかないおっとりとしたマノンは、上機嫌な私を前にため息をついている。


「あら、お兄様。そんなにため息をついたら幸せが逃げますわ」


 ふふっ、とわざと令嬢らしく笑ってそう言う。


「リーシャのせいだよ……全く。母上も、父上も落ち込んで、慰めるのは僕の役割だったんだから!」


 私を溺愛する両親はかなり御立腹だったそう。

 こちらの方が爵位も高いこともあり、ライレント家に乗り込みそうな勢いで文句を言っていた。

 結果、結構な慰謝料を払うことになったエリクのお父様は相当エリクを叱ったことだろう。


「だったら、私がエリクと結婚して浮気されて、放置されてもいいって?」


 頬を膨らませた子供っぽいマノンにそう言うと、うぐっ……と黙ってしまう。

 相変わらず冗談も上手に返せない兄なのだ。

 そんなんじゃそのうちとって食われるぞ、なんて思うけど、しっかり者の婚約者がいるので大丈夫か。


「はぁ……別にいいでしょう?それにお父様もお母様も悪くないって。次の婚約者もわざわざ探さなくていいんだよ」


「……そう言うと思って、リーシャに選ばせたら?って言っといたよ」


「さすがお兄様だ。私の事よく分かってる」


 私の生家であるディルスト家は騎士家系の家だ。

 そのため私は幼い頃から剣を持ち、騎士の心得を教えられていた。


 私は昔からマノンよりもやんちゃで、暇さえあれば剣を握り騎士に交じって訓練をしていた。両親からは危ないと止められたが、豪快な祖父は私の味方で、笑いながら剣を教えてくれた。


 令嬢教育というものがどうにも肌に合わず、話し方一つとっても矯正するのにだいぶ時間がかかった。気を抜くとすぐに男性のような言葉が出てきてしまう。仕方ない。お爺様の影響である。


 まぁ、令嬢ウケは良かったのだが。


「それで、これからどうするの?」


 心配そうに眉を下げたマノンに言い切る。


「もちろん、騎士試験を受けようと思っている」


 私は本来、騎士になりたかったのだ。

 それをエリクはよく思っておらず、婚姻後は家庭に入るように言われていた。家同士の契約とはいえ、嫁入りするのであればエリクの指示に従うのは絶対だった。


 エリクは何かと理由をつけて私に文句を言っていた。私のことが嫌いという感情が滲み出ており、本人は隠していたようだが言動の節々からそれを感じていた。


 原因は分かっている。

 彼は私に対する劣等感のようなものを抱いているのだ。


 女にしては高い身長はエリクとそう変わらず、幼い頃から鍛えた体と中性的な容姿の私と並びたくない様子だった。エリクは茶髪にオレンジの瞳と柔らかい色が地味だとよく言っており、私の水色の髪にブルーグレーの瞳は目を惹くらしく、疎ましそうにしていた。


 更に貴族が十二歳から十八歳まで通う学園では、私の容姿は令嬢たちに人気があり、大層モテた。


 私としては令嬢たちに騒がれても、という気持ちなのだが、私がちやほやされるのが大変お嫌いなようだった。


 令嬢たちが私に集まるのは仕方ない。

 彼女たちはただ、私の見た目を気に入り、擬似的に恋人ごっこをしたいだけなのだ。


 貴族である彼女らが男性に不用意に触れるわけにはいかない。それでも素敵な殿方とお芝居のような恋をしたいと願う子も少なくない。

 そういった女の子たちが私を王子のように見立て、疑似恋愛を楽しんでいただけだ。


 まぁ、私も無理に取り繕う必要がなく、なかなかに楽しかったのだが。


「もう心は決まってるみたいだね。無茶だけはしないでね」


 なんだかんだ言って心配症な兄だ。


「分かってるって」


 ニコッと笑って紅茶を口に含んだ。

 ポイッとオレンジ風味の焼き菓子を口に入れれば、甘さがふんわりと広がって消えていった。


「ほんと、お転婆は変わらないなぁ」


 呟かれた独り言に返す余裕はない。

 令嬢として取り繕うことをやめた私は、明日からまた剣を握ろうと固く決めたのだった。

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