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残業しか知らなかった社畜が、ピンチヒッターでライブに出たら人生が変わっていた話  作者: Soh.Su-K


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第4話 まだ本気じゃない

 翌日も村石と菊永さんに捕まり、カラオケに連行された。本木さんも一緒だ。加藤以外、全員女性である。メチャクチャ居心地が悪い。


「適当に歌ったら許さないからね」


 菊永さんの目が据わっている。本木さんは「私、ついでなんですか!?ショック!」とプリプリしていたが、加藤の歌声は聞きたいらしく、いつの間にか村石と同じ側に並んでいた。


「分かりました、歌えばいいんでしょ」


 やけくそで、高校時代にコピーしたカナダの女性シンガーの曲を入れた。原曲キーで。2002年デビューの彼女の曲は、学生時代のバンドメンバーの一人が大ファンで、何曲かコピーしたことがある。歌詞もほとんど思い出せないし、声が出る保証もない。それでも思い浮かんだのがこの曲だった。加藤、ご乱心である。


 歌い始めたら、止まらなかった。


 10曲近く歌わされて、最後は完全に開き直った。ロック、パンク、邦楽、洋楽。声が出る曲を片っ端から歌った。


 最後の曲が終わると、女性陣3人がしばらく黙っていた。


「これは惚れるわ……」


「カッコいい……」


「この声、欲しい……」


 男性ヴォーカルはもちろん、女性ヴォーカルの曲も歌いこなす。ロック、パンク、メタル、バラード、ポップス。声域の広さと表現力に、3人は完全に圧倒されていた。


「御見それしました、加藤さん!今までの無礼をお許し下さい!」


 村石がいきなり土下座を始めた。


「辞めてよ、村石さん。監視カメラあるんだから」


「お願いします!ウチのバンドのヴォーカルになってください!」


「それは断る。とりあえず土下座を辞めて……」


 村石をソファーに座らせ、休憩のつもりでマイクを渡した。


「……いやいやいやいや!無理無理無理!加藤さんの後に歌うとか、そんな勇気ない!死んじゃう!!」


 発作のようにブルブルと頭を振る。菊永さんも本木さんも首を振って同意している。


「これで満足ですか?だったら俺は帰りますよ」


「いやいや、本木さんの話が終わってません」


「……忘れてないんですね、私の事」


 本木さんがガックリと肩を落とした。


「で、絵里香ちゃんは課長と付き合ってるの?」


「……付き合ってるって程では……」


「いつから?全然気付かなかった」


「一年くらい前からです。仕事を辞めようか悩んで課長に相談した時に……」


「ベタベタな展開ですね」


「課長は優しいし、バツイチだけど悪い人じゃないと思うわ」


「それは応援してくれるって事ですか?」


「加藤さんも応援してくれますか?」


「いや、俺に言われても……。諒子さんと村石さんがいれば俺は不要では?」


「ホント、ノリが悪い男だわ……」


 改めて言われると虚しい。そうこうしているうちに本木さんがイギリスのロックバンドの曲を入れ、マイクを渡してきた。


「はぁ……」


 結局、時間一杯加藤一人で歌わされた。



 解散の流れになり、本木さんが先に帰った。菊永さんが「私はお邪魔かしら」とニヤニヤしながら立ち上がったところで、村石が改まった顔になった。その様子が気になったのか、菊永さんはそのまま腰を下ろした。


「加藤さん、まだ本気では歌ってませんよね?」


 ドキッとした。


「え?結構必死だったけど」


「感じるんです。もっと上があるって」


 何も言えなかった。確かに、全部喉で歌っていた。高校時代はしっかり腹式呼吸で、声量も声圧も今とは比べ物にならない筈だ。それを知らない村石に見抜かれていた。何とも言えない、罪悪感に似た感情が心にシコリを作った。


「来週の土曜、ライブやるので見に来てください!名前言えば通れるようにしときますね!」


「え?いや、行くとは……」


「女の子の誘いは断るもんじゃありません!」


 なぜか説教された。そのまま村石は嵐のように去っていった。


 村石が去るのを見送ってから、菊永さんがため息をついた。


「なんで本気で歌ってあげないの?」


「いや、バンドとか言ってる歳じゃないですし」


「そう?趣味レベルならバンドもいいじゃない」


 村石のバンドメンバーから好意を持たれているが本人が全く気付いていない事、そのメンバーから加藤が敵視された事などを正直に話した。


「だから、面倒なことは避けたいんです」


「加藤君も大変ね」


 菊永さんが軽く笑った。そしてしばらく間を置いて、突拍子もない事を言い出した。


「私を持ち帰る気はない?」


「……ないですね」


「その間、何を考えたの?」


「リスクを」


「リスクって失礼じゃない?」


「すいません。ただ正直言って、俺に何のメリットもないなと」


「気持ちいい事が出来ます」


「社内に噂が流れるリスクがあります」


「それは流れないように出来るわ、私の情報操作力を甘く見ないでね」


「というか、俺である必要性がないでしょ?諒子さんならキープなんて何人もいるでしょ」


「歌よ」


「え?」


「気怠そうに、軽く歌ってた貴方を見て、本気の貴方が見たいと思った。いつも斜に構えてる貴方を、はっきり言って良くは思ってなかったわ」


「ホントにハッキリ言いますね」


「けど、何になら本気になれるのか気になったし、本気にしたいとも思った」


「それがお持ち帰りとどう繋がるんですか?」


「本気にさせるなら、まず自分が本気にならないとね。って事で飲みなおしよ!」


 その言葉の勢いに気圧されたまま繁華街へ連行された。飲み直しのつもりが話が弾み、気付いたら終電を逃していた。最終的には根負けしてホテルに入った。


 次の朝、見知らぬ天井を見上げながら、頭痛で目が覚めた。


「何やってんだろ……」


 数日前まで残業で死にかけていたのが嘘のようだ。ギリギリまで解放してくれなかった菊永さんを横目に、急いで帰宅してスーツからスーツに着替えて出勤した。


 オフィスで小野さんに「なんか疲れてない?」と覗き込まれ、二日酔いだと誤魔化していると、菊永さんが出勤してきた。


「加藤君、昨日はゴメンねぇ!飲ませすぎた?」


 なんとも明るく絡んでくる。飲んだ事自体を隠す必要はないのだと気付いた。下手に隠せば逆効果で、この接し方ならやましい関係はないと思われる。なるほど、上手いものだ。「私の情報操作力を甘く見ないで」というセリフは本当らしい。


 その日の帰り道、一人になってからぼんやり考えた。何故、今更音楽に引き戻されようとしているのか。嫌いになったわけじゃない。いつの間にか遠ざかって、気づいたら考えないようにしていただけだ。


「ケ・セラ・セラだ。なるようになる」


 高校のバンドメンバーの口癖を思い出した。神様なんて信じていないが、考えても仕方ない。流れに身を任せることにした。

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