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残業しか知らなかった社畜が、ピンチヒッターでライブに出たら人生が変わっていた話  作者: Soh.Su-K


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第3話 ギターヴォーカル

 帰り道、本屋に寄って文庫本と雑誌を買い、スーパーで夕食の材料も買って帰ることにした。こんな余裕があることが、まだ少し信じられない。それだけで少し心が軽くなった気がした。

 駅に向かう途中、繁華街の近くを横切る。サラリーマン、大学生らしき集団、キャリーバッグを引きずる外国人——様々な人間が楽しそうに街へ向かっていた。漠然と眺めながら歩いていると、不意に声をかけられた。


「あれ?加藤さん?」


 振り返ると、今日配属されてきた村石だった。背中にギターケース、手にはエフェクターケースを持っている。


「スタジオ練習なんです!」


 楽しそうにくるりとターンして見せる。ベースをやっているらしい。


「加藤さん、楽器経験は?」


「高校の時にちょっとバンドで。ギターヴォーカルを」


「弾きながら歌えるんですか!?」


 目がキラキラした。そういえば、そんな時期もあった。今度カラオケ行きましょうと食いついてきたが、こちらが答える前に仲間に呼ばれてしまった。


「レイ!時間ないぞ!」


 村石は「カラオケ絶対連れて行きますから!」と言い残し、走って行った。その背中を見ていると、先に歩いていたメンバーの一人と目が合った。じっとりとした視線だった。急いでいるところを引き留めた形になったのが気に食わないのか——いや、そうじゃない。


 彼は村石のことが好きなんだな、と直感した。だからこそ、他の男と話している場面を見るのが不愉快なのだろう。村石本人はまったく気づいていないようだった。


「若いなぁ……」


 その言葉を口にした瞬間、自分が急に老けた気がして凹んだ。生き生きとした村石たちを少し羨ましく思いながら、家路についた。



 翌朝、ボーッと朝のニュースを見ていたら妙に気分が沈んだ。昨日、村石とバンドの話をしたせいだろう。忘れていた記憶を引っ張り出された感じがする。高校時代、鬱憤をぶつけるように歌っていた。歌っている間は、何でもできる気がした。しかしそれは高校2年で終わった。進学を決めた秋、メンバーもそれぞれの道を選び、いつの間にか音楽を辞めていた。


 重い腰を上げてオフィスに向かうと、菊永さんがニヤニヤしながら近づいてきた。昨日、村石と外で話していたのを目撃されていたらしい。「もう女の子に手ぇ出したんですか?」と本木さんまで茶々を入れてくる。朝からうるさい。


 定時になると、村石にカラオケへ誘われた。二人きりで行くと変な噂が立つ。困っていると、小野さんが「歓迎会してませんよね、新しく来た5人の」と絶妙なタイミングで口を挟んでくれた。助かった。結局、全員での歓迎会という形に収まった。

 カラオケでは歌う気は一切なかった。ただひたすらジンジャーエールを飲みながら、どうやり過ごすかを考えていた。


「加藤さん、ちゃんと歌ってくださいよ」


 村石に念を押されながら、結局菊永さんに勝手に曲を入れられた。


「軽く歌えばいいだけだ」と思って歌ったら、想像以上に声が出た。


 喉の奥から、忘れていた何かが出てきた気がした。

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