第11話:放課後の不意打ちと、近づく距離
翔太と栞にからかわれ、真っ赤になって照れ隠しをした月曜日から一夜明けた火曜日。
放課後の生徒会室は、いつものように静かで穏やかな西日に包まれていた。
「……よし、今日の書類整理はこれで終わりよ」
手元のバインダーをパタンと閉じた白川結衣は、ふぅっと小さく息をついた。
先週末の映画デート、そして昨日の冷やかし一件を経て、僕たちの間には以前よりも確実に甘く、隠しきれない親密さが漂っている。
「お疲れ様、会長。今日も完璧な仕事ぶりだったね」
「も、当然よ! 生徒会役員としての務めだもの!」
そう言いながら、僕が褒めると結衣は決まって少しだけ嬉しそうに目を細める。
そんな彼女の様子を見ていると、先週の雨の日に相合傘で歩いたことや、駅前で手を繋いだ時の温もりが思い出されて自然と笑みがこぼれてしまった。
「な、になによ……急にニヤニヤして。気味が悪いわね」
「いや、結衣ちゃんが可愛いなと思ってさ」
「っ——!?」
名前で呼んだ瞬間、結衣の顔がトマトのように一気に真っ赤に染まった。
普段は「白川さん」と呼んでいる僕が、ふとした拍子に下の名前で呼ぶものだから、彼女の免疫は全く追いついていないらしい。
「なっ……なによ急に! い、いきなり下の名前で呼ぶなんて、反則よ……!」
「え、ダメだった?」
「ダメじゃないけど……心の準備が……」
結衣は両手で真っ赤になった両頬を包み込み、そのまま机にこつんと額をつけて突っ伏してしまった。
その背中が小刻みに震えている。そして、いつものように聞こえないと思った小さな独り言が、僕の耳にしっかりと届いていた。
«Ξαφνικά με φώναξε με το μικρό μου όνομα... Η καρδιά μου πάει να σπάσει από την ευτυχία...»
(いきなり下の名前で呼ばれた……嬉しすぎて心臓が破裂しそう……!)
«Θέλω να τον κοιτάξω στα μάτια, αλλά ντρέπομαι τόσο πολύ...»
(彼の目をまっすぐ見たいのに、恥ずかしすぎて無理……!)
——完全にノックアウトされているじゃないか、生徒会長。
あまりの可愛さに、僕は思わず彼女の頭にそっと手を伸ばし、白銀混じりの金髪を優しく撫でた。
「うわっ……!?」
頭を撫でられた結衣は、さらにビクリと体を跳ねさせ、顔を真っ赤にして上体を起こした。
怒るのかと思いきや、彼女の蒼い瞳には驚きと、それ以上に隠しきれないほどの甘い戸惑いが浮かんでいる。
「な、なにするのよ、頭なんか撫でて……!」
「ごめんごめん。でも、可愛いからさ」
「うっ……もう知らないっ!」
顔を真っ赤に染め上げた結衣は、たまらず生徒会室の窓の外へと視線を逸らした。
だが、その口元は絶対に隠しきれないほどの嬉しそうな笑みに緩んでいた。
かつて誰も近づけなかった「氷の女王」の仮面は、今や完全に溶け落ち、僕たちの間には優しくて温かい時間が流れているのだった。




