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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目冬

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94/125

第94話『いつもどおりの朝』

第94話『いつもどおりの朝』


陽華は紙の上の椅子を見て、首をかしげた。

朝から描き始めた課題だったが、どうにも形がしっくりこない。

背もたれの角度は悪くないと思う。

座面の広さも、さっき直したばかりだ。

それなのに全体を見ると、どこか落ち着かなかった。

陽華は鉛筆を置き、目の前にある実物の椅子を眺めた。

それからもう一度、自分の紙へ目を戻す。


(……あ、脚が長いんだ)


手前に描いた一本だけが、ほかより少し下へ伸びている。

そこを消して描き直すと、今度は座面の傾きが気になった。

陽華は思わず小さく笑ってしまった。

昨日、コンクールへの応募を終えたばかりだというのに、今日は椅子一つに苦戦している。


「陽華さん、どうしたんですか?」


近くの席の学生が声を掛けてきた。


「この椅子、どうしても変な形になっちゃって」

「ああ、私もです。脚が一本だけ長くなって」

「同じだ」

「しかも直したら、今度は座るところが斜めになっちゃって」

「分かる! 私も今それ」


二人で笑い合い、互いの紙を少し見せ合った。

同じものを描いているのに、線の置き方は随分違う。

相手の紙にも描き直した跡があり、陽華は少し安心した。


「じゃあ、もう一回やってみようかな」

「私も。今度こそちゃんと座れる椅子にしたいです」

「今のだと座ったら転びそうだもんね」


再び笑ってから、陽華は鉛筆を持った。

応募作を描き終えたからといって、目の前の課題まで簡単になるわけではない。

でも、それで困ることもなかった。

今日もこうして描いて、違うと思ったら直せばいい。

陽華は椅子の座面から脚へ続く線を、もう一度引き直した。


◇


授業が一区切りつくと、教室の中に話し声が戻ってきた。

陽華は鉛筆を机に置き、描き直した椅子を少し離して眺めた。

最初よりはよくなったと思う。

それでも、まだ気になるところは残っている。


「陽華さん、昨日の応募はどうなりました?」


隣で道具を片づけていたミオが尋ねた。


「あ、そうそう。昨日、ちゃんと出せたよ」

「よかったです。お疲れさまでした」

「ありがとう。やっと全部終わったって感じ」

「絵が完成してからも大変そうでしたもんね」

「そうなの。確認することが結構あって」


話しているところへ、遥斗もやってきた。


「何の話ですか?」

「陽華さん、昨日応募できたそうですよ」

「あ、出したんですね。お疲れさまです」

「ありがとう。ようやくだよ」

「これで締め切りを気にしなくて済みますね」

「うん。そこはちょっと嬉しいかな」


陽華が笑うと、遥斗も頷いた。

その顔を見て、陽華はふと尋ねた。


「遥斗さんは、今日は残るの?」

「たぶん。昨日も少し描いてたんですけど、まだ気になるところがあって」

「あの道の絵?」

「はい。前よりはよくなったと思うんですけどね」

「そっか。ミオちゃんは?」

「私は家でやろうかなと思ってます。昨日の続きをもう少し」

「二人とも、あと少しだね」


言ってから、陽華は少し考えた。

自分はもう応募を終えているけれど、二人にはまだ描きたいところがある。

同じ締め切りでも、今どこまで進んでいるかはそれぞれ違う。

遥斗は道の奥をどう見せるか考えていて、ミオは青と暖かな光を描き続けている。

二人とも、自分が描きたい一枚を持っているのだった。


「陽華さんは、もう作品を直せないんですよね?」

「うん。だから、昨日までは気になってた線もそのまま」

「気になりません?」

「気にはなるよ。でも、描き終えるって決めたしね」

「そういうものですか」

「私も昨日まで、出すかどうかでちょっと落ち着かなかったけど」


陽華は自分の机にある課題へ目を向けた。

ついさっきまで描き直していた椅子が、紙の上に残っている。


「それに、今はこっちの方が気になるかな」

「あ、椅子ですか?」

「うん。なかなか難しくて」

「俺もさっき描き直してましたよ」

「遥斗さんも?」

「はい。何回見ても、脚の角度が合わなくて」


ミオが二人の顔を交互に見た。


「私も背もたれが変になりました」

「え、ミオちゃんも?」

「はい。椅子って、こんなに難しかったんですね」

「本当だよね」


三人で笑い、それぞれ自分の紙へ目を向けた。

描いているものは同じでも、気になるところは違うらしい。

陽華はそんなことを思いながら、机の端に置いた消しゴムを手に取った。


◇


午前の授業が終わる頃には、陽華の椅子もどうにか形になっていた。

まだ描き足せそうなところはあるけれど、今日はここまでにする。

道具を片づけていると、ミオが鞄を持って立ち上がった。


「陽華さん、お昼どうします?」

「うーん、今日は何食べようかな」

「まだ決めてないんですか?」

「うん。朝からずっと椅子のこと考えてたから」

「そこまでですか?」


ミオが笑う。

そこへ遥斗が戻ってきた。


「二人とも、お昼行きます?」

「うん。遥斗さんは決まってる?」

「まだですけど、今日は結構お腹空いてます」

「それ、いつもじゃないですか?」

「そんなことないですよ」

「前も同じこと言ってませんでした?」

「ミオさん、よく覚えてますね」


二人のやり取りを聞いて、陽華も笑った。

昨日までは、帰ったら応募の確認をしなければと考えていた。

今はそんなことを気にせず、昼食の話をしている。


(……なんだか、いつもどおりだな)


応募した一枚がこれからどうなるのかは、まだ分からない。

けれど、それを考えてばかりいる必要もなかった。

午後になればまた授業があるし、今日描いた椅子にも直したいところが残っている。

明日になれば、きっと別の課題も待っている。


「陽華さん、行きますよ」

「あ、うん。今行く!」


陽華は鞄を持ち、二人の後を追いかけた。

廊下には昼休みを迎えた学生たちの声が広がっている。

今日は何を食べようか。

そんなことを考えながら、陽華は遥斗とミオの隣に並んだ。

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