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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目冬

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93/125

第93話『描いた、その先』

第93話『描いた、その先』


午後の授業が終わると、陽華は机の上の道具を片づけ始めた。

今日描いた課題には、まだ手を入れたいところが残っている。

けれど今は、それより先に済ませたいことがあった。

鞄へノートを入れようとすると、間に挟んだ小さな紙の端が覗いた。

応募の前に確認することを書き出した、あのメモだった。

いくつかの項目には丸が付いているが、まだ空いているところもある。

陽華はそれを見て、鞄の中へしまい直した。


「陽華さん、もう帰るんですか?」


隣を通りかかった遥斗が、鞄を肩に掛けながら尋ねた。


「うん。今日は家で、応募のことを片づけようと思って」

「ああ、まだでしたね」

「そうなの。絵が終わったら安心しちゃって」

「締め切り、もう近いですからね」

「分かってるよ」


少しむくれて返すと、遥斗は笑った。

ミオも少し離れた席から顔を上げる。


「陽華さんなら、ちゃんと確認してそうですけど」

「確認するためのメモは作ったんだけどね」

「じゃあ、あとは終わらせるだけですね」

「そう言われると簡単そうなんだけどなあ」


ミオが小さく笑い、陽華も笑った。

二人はまだ、それぞれの絵に手を入れている途中だった。

同じ締め切りが近づいていても、今やることは少しずつ違っていた。

陽華は二人に挨拶し、教室を出た。

廊下では明日の授業の話をする学生たちとすれ違う。

学校は明日もいつもどおり続く。

その前に、自分の一枚をきちんと出しておきたかった。


◇


家に帰って部屋へ入ると、陽華は机の上に応募の案内とメモを並べた。

すぐそばには、描き終えた絵がある。

待っている人と、そこへ近づいていく人。

二人の間には道が続き、その周りに街が広がっていた。

何度も見てきた絵なのに、こうして広げるとやっぱり気になる線が見つかる。

陽華はそこへ視線を向けたまま、しばらく動かなかった。


(……今は、直すために出したんじゃないよね)


鉛筆を取る代わりに、メモを手元へ寄せる。

案内をもう一度読み、確認できているところを指でたどった。

締め切りについては間違えていない。

準備することも、前に調べた時より整理できていた。

まだ残っている項目を見つけると、必要なことを確かめ直してから丸を付ける。

一つ終わると、今度はその次。

絵を描いていた時とは違う面倒さがあったが、不思議と嫌ではなかった。

目の前にあるものを、自分で外へ出すための準備なのだから。


「……よし」


最後に残った項目を確認し、陽華は椅子の背にもたれた。

まだ応募そのものは終わっていない。

ここまで調べて、また明日にすることもできる。

でも、今日終わらせようと思って帰ってきたのだった。

陽華は絵へ目を戻す。

描き始めた頃は、待っている人と近づく人をどう置けばいいのかも分からなかった。

何度も線を直し、街を描き足して、最後は自分で鉛筆を置いた。

それを今度は、誰かに見てもらう場所へ出そうとしている。


(……出してみよう)


陽華は絵から視線を離し、メモをもう一度見直した。

ここまで確かめたのだから、あとは自分で進めるだけだった。


◇


応募を済ませるまで、陽華は思った以上に慎重になった。

案内を確かめながら必要なことを一つずつ進め、そのたびに間違いがないか見直した。

最後まで終わったところで、もう一度確かめる。

ちゃんと応募できていた。

陽華は小さく息を吐いた。


「……出せた」


描き終わった時のような嬉しさとは、少し違っていた。

胸の辺りが落ち着かないのに、肩はさっきより軽い。

どんな人が見て、何を思うのかは分からない。

気に入ってもらえるかもしれないし、そうでないかもしれない。

でも、見てもらう前に自分でやめてしまうことはしなかった。

陽華は確認に使っていたメモの最後の項目へ丸を付けた。

直したかった線のことを思い出しても、もう描き足そうとは思わなかった。


◇


翌日の教室では、いつもと変わらず学生たちが授業の準備をしていた。

陽華も鞄から道具を取り出し、席へ座る。

隣ではミオが紙を揃え、少し離れたところで遥斗が誰かと話していた。

昨日まで気にしていた応募は、自分の分だけもう終わっている。

けれど授業の課題は、今日も目の前にあった。


「陽華さん、これから始めますよ」

「うん、分かってる」


ミオに答えて、陽華は新しい紙へ目を落とした。

白いところがまだたくさんある。

まずは今日の分を、描き始めようと思った。

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