残したい光
午後の授業が終わると、ミオは机の上に残した二枚の小さな紙を見比べた。
片方には窓に映る光を描き足してあり、もう片方には入れていない。
何度も見比べてきたのに、どちらを残すかはまだ決まっていなかった。
二枚を重ねて鞄へしまっていると、陽華が声を掛けてきた。
「ミオちゃん、今日は残る?」
「いえ。家で続きをやろうと思ってます」
「そっか。私も帰ろうかな」
「応募の準備、進みましたか?」
「少しね。絵が終わっても、案外やることあるんだね」
「私はまだ絵の方が終わってませんけど」
「それは私もついこの前までそうだったよ」
陽華が笑うと、隣の机にいた遥斗が顔を上げた。
「二人とも、もう帰るんですか?」
「うん。遥斗さんは?」
「俺はあと少し残ります。道の奥がまだ気になってて」
「また明日ですね」
「はい。お疲れさまです」
ミオは遥斗に手を振り、陽華と一緒に教室を出た。
廊下には帰り支度をする学生が何人もいて、階段の方から笑い声が聞こえてくる。
階段を下りる間も、ミオの頭には二枚の紙が残っていた。
反射を入れると、明るさが増える。
でも、その分だけ気に入っていた青が見えにくくなる。
入れない方は落ち着いて見えるけれど、何か少し足りない気もしていた。
校門で陽華と別れた。
◇
帰り道、ミオは通り沿いの店の前で歩く速さを緩めた。
ガラス越しに見える店内には、暖かな色の明かりがついている。
その手前のガラスには向かい側の建物と、まだ青さを残した空が薄く映っていた。
奥の明かりと外の景色が同じ場所に見えて、どちらも少し透けている。
ミオは窓から目を離さず、横へ一歩動いた。
さっきまで明かりに重なっていた建物の端がずれ、青く見える部分が広がった。
もう半歩戻ると、今度は反射した線が暖かな光の上へ重なる。
同じ窓なのに、立つ場所を変えるだけでずいぶん違って見えた。
(ああ、こういうことか)
反射があるかないかだけではなかった。
何が、どこに重なるかでも、青の残り方は変わる。
ミオはもう少し眺めていたかったが、足元から冷えた風が吹いてきた。
肩をすくめて歩き出しながら、帰ったら試したいことを一つ思いついた。
◇
家に帰ると、ミオは机の上に応募作と二枚の小さな紙を広げた。
窓の光を入れた方と、入れなかった方。
まず離れたところから眺め、次に机へ近づいて細かな色を見る。
反射を入れた絵は、明るいところへ目が行きやすい。
入れていない絵では、暗くなる前の青がよく見えた。
けれど帰り道に見た窓には、その両方があった。
店の明かりも、外の青も、ガラスに重なる景色も。
どれか一つだけを見ていたわけではない。
(反射を入れすぎてたのかな)
ミオは新しい小さな紙を取り、二枚と同じように窓と光の位置を置いた。
最初に青を広げ、暖かな色をその内側へ重ねる。
少し離して見てから、反射の色を窓の端へ細く入れてみた。
今度は明るいところ全体に広げず、青と重なる部分も少しだけにする。
思ったより弱かったので、もう一度色を重ねる。
けれど重ねすぎる前に手を止めた。
三枚を並べると、少しずつ違いが見えてくる。
最初の二枚では、反射を入れるか入れないかで迷っていた。
今描いたものには、反射がある。
それでも青が奥へ押しやられた感じはしなかった。
窓の向こうの暖かな光も、そこに残っている。
「……あ、これ」
小さく声が出た。
遥斗が反射を小さくしてみたらどうかと言っていたことを思い出す。
あの時は、入れない方がいいかもしれないと思っていた。
でも実際に目にした窓を描き直してみると、少しだけ残した反射が気に入った。
三枚目を持ち上げ、応募作の隣へ置く。
これまで描いてきた青は変えたくない。
暖かな光も、そのまま大切にしたい。
その間に、反射をどれくらい残すか。
ようやく自分で決められそうだった。
ミオは応募作へ向き直り、小さな紙で試した色を少しずつ入れていった。
近づいて見ると綺麗でも、離れると目立ちすぎるところがある。
そこは薄くし、青が見えなくならないかもう一度確かめる。
まだ描き終えていない部分もあるし、明日になれば直したくなるところもあるかもしれない。
それでも反射については、もう入れるかどうかだけで迷ってはいなかった。
ミオは三枚の中から最後に描いた小さな紙を選び、応募作のそばへ残した。
机の上の青には、控えめな光が一つ増えていた。




