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書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目冬

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89/125

第89話『描き終えたあと』

第89話『描き終えたあと』


授業が終わると、A組の教室は急ににぎやかになった。

机の上を片づける音に混じって、次の授業の話や週末の予定が聞こえてくる。

陽華も使った道具を鞄にしまい、机の端に残っていた消しゴムを拾った。

窓の外は明るいのに、廊下から入ってくる空気は冷たい。

一月も終わりに近づき、学校へ来る時には手袋が欲しくなる日が続いていた。


「陽華さん、次の教室、もう行く?」

「ううん、もう少ししたら行くよ」

「じゃあ、先行ってるね」

「うん、またあとで」


近くの学生が友達と出ていくのを見送ってから、陽華は鞄の口を閉じた。

遥斗は少し離れた席で持ち物を確かめ、ミオは机の上の紙を揃えている。

ふとミオが廊下の方を見た。


「今日は外、寒そうですね」

「もう教室から出たくないなあ」

「次の授業ありますよ」

「分かってるけど、言うくらいいいでしょ」

「ミオさん、暑いのより寒い方がいいって言ってませんでした?」

「暑いよりはいいですけど、寒いのが好きなわけじゃないです」

「それはそうか」


遥斗が笑うと、陽華もつられて笑った。

陽華は椅子を机へ寄せ、鞄を肩に掛けようとしてから、もう一度置いた。

次の教室へ向かうには、まだ少し早そうだった。


「そういえば陽華さん、コンクールの絵はどうですか?」

「え?」

「あの、二人がいる街の絵」

「ああ、あれね」


陽華は少しだけ口元を緩めた。

家で鉛筆を置いた夜のことが、ふっと頭に浮かぶ。


「実は、この前描き終わったんだ」

「えっ、本当ですか?」

「完成したんですか?」

「うん、もうあれでいいかなって思って」

「おお、先を越されましたね」

「別に競争じゃないでしょ」

「それはそうですけど」


遥斗は笑いながらも、少し驚いた顔をしていた。

ミオも手元の紙を置き、陽華を見る。


「もう直さないんですか?」

「直したいところは、まだあるよ」

「あるんですね」

「でもね、描き足したいかって考えたら、今のままにしておきたくなったの」

「……そっか」


遥斗が小さく頷いた。

陽華は机の上を見ながら、あの絵の二人を思い出した。

待っている人と、そこへ近づいていく人。

二人の間に続く街を、もうこれ以上変えたくなかった。


(ちゃんと、自分で終わりにできたんだよね)


口に出してみると、部屋で一人眺めていた時とは少し違う嬉しさがあった。


「お疲れさまです、陽華さん」

「ありがとう、ミオちゃん」

「もう出したんですか?」

「ううん、提出はまだで、描き終わっただけだよ」

「じゃあ、そっちも忘れないようにしないとですね」

「遥斗さん、そういうところは本当によく気がつくよね」

「それ、褒めてます?」

「もちろん」


三人で笑ってから、陽華は二人に尋ねた。


「遥斗さんとミオちゃんは、今どんな感じ?」

「俺はまだ、道の奥を描いてるところです」

「私は、反射をもう少し試してみたいです」

「そっか。二人とも、進めてるんだね」

「まあ、締め切りが近いですから」

「陽華さん、先に終わったからって急かさないでくださいね」

「急かさないよ。私だってまだ出してないし」

「それなら、まだ同じですね」

「そこだけね」


陽華が笑うと、遥斗も肩をすくめた。

描き終えるところまで来た自分と、まだ手を動かしている二人。

今はそれぞれ違うことを考えているのだろうけれど、そんな話を普通にできるのが嬉しかった。


「陽華さん、描き終わった夜は何してたんですか?」

「お茶飲んでた」

「……お茶?」

「うん。お母さんがいれてくれたの」

「なんか、いつもどおりですね」

「そうだよ、終わったからって急に何か変わるわけじゃないもん」

「じゃあ、俺もお茶飲もうかな」

「飲むだけじゃ絵は終わらないですよ」


ミオの返事があまりに早くて、陽華は思わず吹き出した。

遥斗も笑いながら鞄を持ち上げる。

ちょうど廊下から、次の教室へ向かう学生たちの声が近づいてきた。


「あ、そろそろ行こうか」

「そうですね」

「次の授業の道具、忘れてない?」

「陽華さんこそ大丈夫ですか?」

「ちゃんと入れたよ」


三人は机を離れ、廊下へ出た。

思ったとおり、廊下は教室より少し寒かった。

陽華が肩をすくめると、隣でミオも上着の袖を引っ張っている。


「ミオちゃんも寒そう」

「だから寒いって言ったじゃないですか」

「そうだったね」


遥斗が笑い、陽華も笑った。

描き終わったことを話せてよかったと思いながら、陽華は二人と並んで次の教室へ向かった。

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