第85話『今日の課題』
第85話『今日の課題』
午前のPC実習室には、マウスを動かす音と学生たちの小さな話し声が広がっていた。
陽華は画面に向かい、用意された画像と図形を並べている。
今日のデジタル基礎は、同じ素材を使って見やすい配置を考える演習だった。
前では先生が、画面を示しながら説明を続けている。
「細かいところも大事ですが、時々全体の見え方も確認してくださいね」
陽華は自分の画面へ目を戻した。
写真の横に置いた図形が、どうにも少しずれて見える。
境目を合わせたくなって表示を拡大し、マウスで位置を直していく。
ようやく揃った気がして顔を上げると、画面の右側が見えなくなっていた。
「あれ……?」
思わず漏れた声に、近くの席の遥斗が振り向いた。
「どうしたんですか?」
「右側がどこか行っちゃった」
「右側?」
「さっきまで見えてたんだけど」
遥斗は陽華の画面を覗き込み、少し笑った。
「これ、拡大したままじゃないですか」
「分かってるんだけど、戻したつもりだったの」
「じゃあ、もう一回戻してみれば」
「それが、どこまで戻せばいいのか分からなくなって」
そのやり取りを聞いていたミオが、画面から顔を上げた。
「全体を表示するなら、ここですよ」
「あ、そこか。ありがとう、ミオちゃん」
「さっき先生も言ってましたよ」
「うん。ちゃんと聞いてたんだけどね」
「聞いてたのに迷子になったんですか?」
遥斗が笑いながら言うので、陽華は苦笑いした。
「そういう遥斗さんは、もう終わったの?」
「いや、まだです」
「なんだ、同じじゃない」
「画面は迷子になってませんよ」
「そこはもういいってば」
ミオが小さく笑い、陽華もつられて笑った。
表示を合わせると、写真も図形も画面の中へきちんと収まった。
けれど今度は、右側の余白が思っていたより広く見える。
拡大していた時には気づかなかったところだった。
(……こっちも少し直そうかな)
陽華は写真の位置を動かし、画面全体を眺めながら間隔を調整し直した。
◇
休憩になると、実習室のあちこちで椅子の動く音がした。
陽華は背もたれに体を預け、固まった肩を回す。
隣の方では別の学生たちが互いの画面を見せ合い、その向こうでは咲真も誰かと話していた。
遥斗は机に置いていた飲み物へ手を伸ばした。
「陽華さん、さっきのあれ、ちょっと面白かったですね」
「まだ言う?」
「すみません。でも右側がどこか行ったって」
「本当にそう見えたんだもん」
ミオも手を止めて、二人の方を見た。
「私も最初、何がなくなったのかと思いました」
「消えたわけじゃなくてよかったよ」
「消してたら、もっと大変でしたね」
「ミオちゃんまで……」
三人で笑っていると、廊下から戻ってきた学生が、今日は購買が混んでいたと誰かに話しているのが聞こえた。
陽華は時計を見て、昼休みのことを考える。
(今日、何食べようかな)
授業の続きを始める声がして、学生たちはそれぞれの席へ戻っていった。
◇
午前の授業が終わると、PC実習室は一気ににぎやかになった。
陽華も荷物をまとめ、遥斗とミオと一緒に廊下へ出る。
ほかの学生たちが何人かずつ連れ立って歩く中、三人も学生ホールへ向かった。
「お昼、どうします?」
「私はまだ買ってないな」
「俺もです。飯村さんは?」
「私も買います」
「じゃあ、先に席を探そうか」
空いている席を見つけ、三人は鞄を置いた。
その時、遥斗がふと思い出したように口を開く。
「陽華さん、次に使う時は画面を見失わないでくださいよ」
「もう! まだ覚えてるの?」
「今日のことですから」
「夕方になったら忘れてよね」
「どうでしょう」
「遥斗さん!」
ミオが笑いながら財布を取り出した。
「二人とも、お昼がなくなりますよ」
「それは困る!」
陽華も鞄から財布を取り出し、二人と一緒に立ち上がった。
さっきまで授業の話をしていたのに、三人の話題はもう何を食べるかに移っていた。




