第83話『この方向で』
第83話『この方向で』
放課後、陽華は机の上に何枚もの紙を並べていた。
隣では遥斗も自分のラフを広げ、向かいではミオが写真と色の試しを見比べている。
冬休み前より紙の数は増えていた。
その一方で、締め切りまではもう一か月もない。
陽華は並んだ紙を端から見ていき、息を吐いた。
「そろそろ、どれを描いていくか決めないとだよね」
「ですね」
「まだ直すにしても、元になるものは決めた方がよさそうです」
遥斗が自分の紙を寄せる。
ミオも小さく頷いた。
「全部試してる時間は、もうないです」
「そうなんだよね」
陽華は自分の紙を三枚だけ手前へ出した。
どれにも、待っている人とそこへ近づいていく人が描かれている。
違うのは二人の距離と、周りに入れた街の広さだった。
一枚目は近い。
もう会ったあとのように見える。
二枚目は遠く、たまたま同じ場所にいるだけにも見えた。
陽華は三枚目へ視線を戻す。
少し離れている。
けれど、互いの存在にはもう気づいていそうな距離だった。
「やっぱり、これかな」
「それ、前もよく見てましたよね」
「うん」
陽華は三枚目を少し持ち上げた。
「これが一番、もうすぐ何か起こりそうな感じがする」
「じゃあ、距離はそのくらいで?」
「たぶん」
「まだ動かすかもしれないけど、これを基準にしてみる」
決めたと言うには、まだ少し不安がある。
それでも別の距離を最初から探し直す気はしなかった。
陽華は残りの二枚を横へ避けた。
「遥斗さんは?」
「俺は、これですね」
遥斗が一枚の紙を出す。
道が奥へ伸び、その中心は少し横へずれていた。
何度も描き直してきた位置だった。
「やっぱりそこなんだね」
「みたいです」
「真正面の方がまとまってる気はするんですけど」
「でもそっちじゃない?」
「はい。何回描いても、結局こっちに戻るので」
遥斗は別のラフを重ねて横へ置いた。
「手前はまだ広すぎるし、奥も直したいですけど、見る位置はここでやってみます」
「うん。それが遥斗さんっぽい気がする」
「俺っぽいですか?」
「何回も同じところ見てるから」
「それだけですか」
「それだけ」
遥斗が少し笑った。
陽華も笑い、今度はミオを見る。
ミオは数枚の写真と色の試しを並べたまま、しばらく黙っていた。
やがて一枚を指で押さえる。
「青は、これにします」
「前から残してたやつ?」
「はい」
暗くなりきる前の青が残っている。
ミオは次に、別の写真を指した。
「光は、こっちです」
「やっぱり別々なんだ」
「こっちの青に、この光を入れてみたいです」
「反射は?」
陽華が聞くと、ミオは少し考えた。
「まだ試します」
「そこは残すんだ」
「入れた方がいいか、ない方がいいか、まだ分からないので」
ミオは青と光の二枚だけを手元へ寄せた。
ほかの写真は片づけても、誰かにどれがいいかとは聞かなかった。
陽華はその様子を見てから、自分の三枚へ視線を戻す。
机の上の紙は、さっきより少なくなっていた。
「前にも減らしたのに、また減ったね」
「でも今回は、残すものを探した時とちょっと違いますね」
「どう違うの?」
「こっちを描くって決めるために減らした感じです」
「ああ」
陽華は自分の一枚を見る。
確かに、前は何を残したいのかを探していた。
今は残したものの中から、この先どれを描いていくのかを選んでいる。
まだ完成なんて遠い。
それでも、同じ場所をぐるぐる回っている感じはしなかった。
ふと、玲奈の言葉を思い出す。
(玲奈ちゃんも、今探してるんだよね)
最近は人の周りまで描くことが増えたと言っていた。
何を描くかはまだ決まっていないとも。
陽華はそのことを口には出さず、目の前の紙へ戻った。
「じゃあ、もう一枚描こうかな」
「同じ構図で?」
「うん。今度はこの距離を基準にして、街の方を直してみる」
「俺もやります」
「私も」
陽華は選んだ一枚を机の中央へ置いた。
その横へ新しい紙を出す。
別の候補を探すためではない。
この一枚を、もう少し先へ進めるためだった。
遥斗も選んだ道のラフを手元へ残し、ミオも青と光の写真を並べ直す。
三人はそれぞれ鉛筆を持った。
陽華は白い紙へ目を落とす。
(今度は、これをどう描くかだ)
そして、最初の線を引いた。




