第82話『私も出す』
第82話『私も出す』
冬休みが終わり、学校にいつもの賑やかさが戻ってきた。
教室のあちこちで正月の話や休み中の出来事が飛び交っている。
陽華が席へ鞄を置いていると、少しして遥斗が教室へ入ってきた。
「おはようございます」
「おはようございます。今年もよろしくお願いします」
「この前会ったばっかりだけどね」
「それはそれです」
遥斗が笑う。
そこへミオもやって来た。
「おはようございます」
「おはよう、ミオちゃん。今年もよろしくね」
「よろしくお願いします」
三人で挨拶を交わし、それぞれ授業の準備を始める。
初詣で一度会っていたせいか、冬休み明けという感じはあまりしなかった。
それでも教室へ戻り、机に道具を広げると、学校が始まったのだと実感する。
一月もすでに始まっている。
市のコンクールの締め切りは、もう今月の終わりだった。
「急に近く感じるね」
「初詣でも同じこと言ってましたよ」
「だって本当に近いんだもん」
「私も進めないとです」
ミオも頷く。
冬休みの間にも三人それぞれ制作は続けていた。
けれど、まだ完成したわけではない。
陽華も鞄の中に入れたラフを思いながら、今日の授業へ意識を戻した。
◇
授業の合間、陽華は次の教室へ向かうため廊下を歩いていた。
曲がり角の向こうから歩いてきた玲奈と目が合う。
「あ、玲奈ちゃん」
「陽華さん」
二人とも足を止めた。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「うん、よろしくね」
以前なら、挨拶のあとに少しだけ何を話そうか考えていた気がする。
今はそのまま自然に立ち話が続いた。
「冬休み、どうだった?」
「普通かな。ちょっと絵描いたりしてた」
「私もずっと描いたり直したりしてたよ」
「コンクールの?」
「うん。もう今月なんだよね」
「そうなんだよね」
玲奈が少しだけ視線を落とす。
何か考えているように見えて、陽華は待った。
やがて玲奈が顔を上げる。
「そういえば、そのコンクールなんだけど」
「うん?」
「私も出すことにした」
陽華は一瞬、玲奈の顔を見た。
「ほんと?」
「うん」
玲奈は小さく頷く。
「そっか。玲奈ちゃんも出るんだ」
「出してみようかなって」
陽華の口元が自然に緩んだ。
「なんか嬉しい」
「なんで陽華さんが?」
「分かんないけど、同じのに出るんだなって思ったら」
玲奈も少し笑った。
陽華はふと思い出して聞く。
「何描くかはもう決めた?」
「まだ」
「私もまだ決まり切ってないよ」
「陽華さん、結構前から描いてなかった?」
「描いてるんだけど、描くたびに気になるところが出てきて」
「そういうものなんだ」
「玲奈ちゃんは何か候補あるの?」
玲奈は少し考える。
「最近、人を描いてると周りも描くことが増えてて」
「周り?」
「椅子とか机とか、窓とか」
「前の合同授業みたいな?」
「最初はあの授業だったんだけど、そのあともなんとなく描いてる」
玲奈は手元にクロッキー帳があるように指を動かした。
「人だけ描いて終わるつもりなのに、気づくとその人がいるところまで描いてることがあって」
「へえ」
陽華は玲奈の話を聞きながら、自分のラフを思い出した。
街を見ているうちに、そこにいる人が気になった自分とは少し違う。
それでも、どこか似ている気がした。
「なんか、ちょっと分かるかも」
「陽華さんも?」
「私は街を見てたら人の方が気になってきたんだけど」
「逆だね」
「あ、ほんとだ」
二人で笑う。
玲奈はもう一度考えるように視線を落とした。
「だから、それで何か描けないかなって探してるところ」
「そっか」
「でも陽華さんたちより遅いし、間に合うかはちょっと不安」
「私たちもまだ完成してないよ」
「そうなの?」
「全然」
「ちょっと安心した」
「安心されても困るけど」
また二人で笑った。
次の授業へ向かう学生が廊下を通り過ぎていく。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「うん。またね」
「またね、玲奈ちゃん」
玲奈はB組の教室へ向かい、陽華も反対側へ歩き始めた。
玲奈も同じコンクールへ出る。
そのことが、思っていたより嬉しかった。
だからといって何かが元に戻ったわけではない。
玲奈は玲奈で、自分が描きたいものを探している。
陽華も自分の絵を完成させなければならない。
教室へ戻ると、遥斗とミオはすでに次の授業の準備をしていた。
陽華も自分の席につき、道具を取り出す。
同じ締め切りへ向かう人が、もう一人増えた。
陽華は少しだけ笑って、目の前の紙へ視線を落とした。




