第81話『出してみよう』
第81話『出してみよう』
冬休みのある日、玲奈はいつもの小さなクロッキー帳を開いていた。
最初のページからゆっくりめくっていく。
立っている人。
椅子に座っている人。
鞄を持って歩いている人。
以前から人を描くことは多かった。
けれど最近のページは、少し違って見える。
人物の横に椅子がある。
机の端がある。
窓の枠がある。
背中の向こうに、壁や床の線が少しだけ続いている。
玲奈は一枚めくり、また一枚めくった。
同じような線が、別のページにも残っていた。
(……増えてる)
描いた人の数ではない。
その人の周りにあるものが、前より少し増えている。
合同授業の時は、そういう課題だったから描いた。
けれど冬休みに入ってから描いたものは違う。
誰にも周りまで描けとは言われていない。
それでも人物を描いているうちに、鉛筆が少しずつ外へ伸びていた。
玲奈は一枚のページで指を止めた。
人がいて、その後ろに窓があり、さらに向こうへ建物の輪郭が少しだけ見えている。
人物が中心なのは変わらない。
街を描きたいと思ったわけでもない。
ただ、その人がどこにいるのかまで気になっていた。
(こういうの、前はあんまり描かなかったな)
玲奈はしばらくそのページを眺めた。
少し前まで白かったページにも、人と椅子と窓が残っている。
あの時は、一本引いたあとも何を描くのか決めていなかった。
それでも一枚描き終えて、次の白いページを開いた。
そのあとも、描きたいと思った時にはクロッキー帳を開いた。
気づけば、白かったページはいくつか減っていた。
やがて頭に、市のコンクールのことが浮かぶ。
來玲藍市の風景を使った作品。
締め切りは一月の終わり。
陽華たち三人が出ると知った時は、その事実の方が先に胸へ残った。
自分も何か描くならと考えて、それでも白いページを閉じた。
今は、その時とは少し違う。
コンクールのためではなく描いた線が、何枚も残っている。
玲奈はクロッキー帳を最初からもう一度めくった。
人だけで終わっているページもある。
人の周りまで少し描いたページもある。
どちらも自分が描いたものだった。
(このまま、何か描けるのかな)
すぐに答えは出なかった。
誰を描くのかも決まっていない。
どこを描くのかも決まっていない。
どんな一枚にするのかも分からない。
締め切りまで、たくさん時間があるわけでもない。
それでも、何もないところから考えている感じはしなかった。
すでに何枚か描いている。
その中に、少し気になるものもある。
玲奈は閉じかけたクロッキー帳を、もう一度机へ戻した。
(……出してみようかな)
言葉にしても、少し迷いが残った。
玲奈はもう一度、自分が描いたページを見る。
誰かに勧められたわけではない。
三人が出るから合わせるわけでもない。
遥斗に見てもらうためでもない。
描いていたら、もう少し先まで描いてみたくなった。
それだけだった。
(うん。出してみよう)
今度は、さっきより迷わなかった。
玲奈は新しい白いページを開く。
参加するかどうかを考えるためではなく、何を描くのか探すために。
鉛筆の先を紙へ置く。
そして、一本目の線を引いた。




