第80話『新しい年』
第80話『新しい年』
正月のある日、陽華は來玲藍駅前の銀時計を見上げた。
冬の空の下でも、銀色の時計はいつもと変わらずそこに立っている。
少し早く着いたつもりだったが、その下にはすでに遥斗がいた。
「おはようございます」
「おはようございます。遥斗さん早いですね」
「陽華さんも十分早いですよ」
二人で話していると、少ししてミオが駅の方から歩いてくる。
「おはようございます」
「おはよう、ミオちゃん」
「おはようございます」
三人が揃い、神社へ向かって歩き始めた。
学校で毎日のように顔を合わせていた時とは違い、冬休みに入ってから会う回数は少ない。
それでも歩き始めてしまえば、話していることは普段とあまり変わらなかった。
「やっぱり人多いですね」
「正月だもんね」
「みんな同じ方向に歩いてます」
前を歩く家族連れや友人同士の姿を見ながら、陽華も人の流れに合わせて歩く。
「二人って毎年初詣行くんですか?」
「私は行く年もあります」
「俺もそんな感じです」
「私も毎年ってわけじゃないなあ」
特別な話をしているわけではない。
けれど正月に三人で歩いていることが、陽華には少しだけ新鮮だった。
(遥斗さんから誘ってくれたんだよね)
以前より、遥斗の方から何かを言い出すことが増えた気がする。
陽華はそれを嬉しく思いながら、二人と並んで神社へ向かった。
◇
神社へ着くと、境内には多くの人が集まっていた。
三人も列の最後へ並び、少しずつ前へ進んでいく。
やがて順番が来て、陽華は静かに手を合わせた。
(今描いてる絵を、ちゃんと最後まで描けますように)
賞が欲しいとは思わなかった。
もちろん取れたら嬉しい。
それでも今は、まだ形になりきっていない自分の絵を最後まで描くことの方が先だった。
陽華は目を開け、少し横へずれる。
遥斗とミオもそれぞれ手を合わせていた。
三人のお参りが終わり、人の流れから少し離れたところまで歩く。
「二人は何お願いしたんですか?」
陽華が聞くと、遥斗が少し考える。
「秘密です」
「え、秘密なんですか?」
「言ったら叶わない気がするので」
「そういうもの?」
「たぶん」
「ミオちゃんは?」
「私も秘密にします」
「私だけ言おうとしてたんだけど」
陽華が笑うと、二人も笑った。
結局、三人とも願い事は言わないままになった。
◇
そのまま境内を歩いていると、おみくじを引いている人たちが目に入った。
「引きます?」
「せっかくだし引こうか」
三人で一枚ずつ引き、それぞれ紙を開く。
陽華は上から順番に目を通した。
「私はまあまあかな」
「まあまあって何ですか」
「すごく良くも悪くもない感じ」
「それが一番いいのかもしれませんよ」
ミオも自分のおみくじを読んでいる。
陽華が遥斗を見ると、遥斗は紙の一か所をじっと見ていた。
「遥斗さん?」
「はい?」
「そこ何か書いてありました?」
「いや、別に」
遥斗はおみくじを少し折る。
その横で、ミオが一度だけ遥斗の紙を見る。
陽華は気にせず、自分のおみくじをもう一度読み直した。
◇
参拝を終えたあとも、三人は境内を少し歩いた。
屋台の並ぶ方へ行き、温かいものを一つ買って食べる。
人の多さに驚いたり、湯気の向こうで笑ったりしているうちに、いつの間にか初詣そのものより三人で出かけている時間を楽しんでいた。
帰り道、ミオがふと思い出したように言う。
「もう一月なんですよね」
「そうだね」
「コンクール、今月の終わりです」
「あ」
陽華は思わず声を出した。
「十二月の時はまだ来月だったのに」
「年が変わったので」
「急に近くなった気がする」
「俺もです」
遥斗が苦笑する。
「休み終わる前に、もう少し進めたいですね」
「うん」
「私も進めます」
楽しかった正月の空気から、少しだけ絵のことへ意識が戻る。
それでも陽華は、不思議と焦るより先に描きたいと思った。
◇
駅前まで戻ると、朝に待ち合わせた銀時計が見えてきた。
三人はその近くで足を止める。
「じゃあ、また」
「はい。また学校で」
「その前に絵、進めないとね」
「ですね」
陽華は二人に手を振った。
正月に三人で会うなんて、少し前までは考えたこともなかった。
けれど今日一日を過ごしてみれば、それもすっかり自然なことのように思える。
「今年もよろしくね」
陽華が言う。
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
三人は笑って、それぞれの帰り道へ歩き出した。
新しい年が、静かに始まっていた。




