↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
1年目春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/86

第8話『一緒に食べる?』

第8話『一緒に食べる?』


午前の授業が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。

椅子を引く音が重なり、鞄から弁当を出す人もいれば、そのまま友達と教室を出ていく人もいる。

陽華は机の上を片づけながら時計を見た。

昼休みだった。


(どうしようかな)


今日は弁当を持ってきていない。

どこかで買って、そのまま適当に食べればいい。

そう考えていると、近くで鞄を閉じる音がした。

顔を上げると遥斗が立っていた。


「榊原さん、お昼どうするの?」

「まだ決めてないです」

「私も」

「じゃあ何か買いに行きます?」

「そうしようかな」


それだけの会話だった。

入学したばかりの頃なら、昼をどうするかまで誰かに聞くことはなかったと思う。

でも遥斗には、いつの間にかこういうことも普通に聞けるようになっていた。

陽華が鞄から財布を出していると、教室の前をミオが通った。

一人だった。

そのまま扉へ向かっている。


(飯村さんもお昼かな)


昨日は隣でずっと絵を描いた。

その前の日には、捨てた絵を拾って話した。

なのに授業が終わると、またそれぞれの場所へ戻っていく。

陽華は少し迷った。


「飯村さん」


ミオが足を止めて振り返る。


「はい」

「お昼どうするの?」

「まだ決めてないです」


陽華は一瞬だけ遥斗を見る。

遥斗もこちらを見ていた。


(聞いちゃったしな)


そこまで考えてから、陽華はミオを見る。


「じゃあ……一緒に食べる?」


ミオが少し目を瞬く。

ほんの少し間があった。


「はい」

「よかった」


言ってから、何がよかったんだろうと思う。

でもミオは特に気にした様子もなかった。

遥斗も鞄を持つ。


「じゃあ三人で行きますか」

「うん」


ミオも小さく頷いた。


◇


学生ホールは昼休みに入ったばかりなのに、もうかなり人がいた。

いくつものテーブルに学生が集まり、話し声が重なっている。

陽華たちは途中でそれぞれ昼食を買い、空いていた四人掛けのテーブルへ座った。

陽華の正面に遥斗。

隣にミオ。

席へ着いてみると、急に少しだけ変な感じがした。

デッサン室では三人で並んでいても、描くものがあった。

黙っていても鉛筆を動かしていればいい。

今は目の前にあるのは昼ご飯だけだった。


(何話せばいいんだろ)


パンの袋を開けながら考える。

遥斗も買ってきたサンドイッチを出している。

ミオはおにぎりと小さな飲み物を机へ置いた。

三人とも食べ始める。

少しだけ静かだった。


「今日の午後って何でしたっけ」


遥斗が先に口を開いた。


「色彩の授業じゃなかった?」

「そうでした」

「榊原さん、時間割まだ覚えてないの?」

「覚えてたら聞いてないです」


陽華が笑う。


「飯村さんは覚えてる?」

「はい」

「すごい」

「時間割見たので」

「私も見たんだけどな」


ミオが少しだけ陽華を見る。


「松澤さんも覚えてないんですか」

「全部は無理」


遥斗が頷く。


「ですよね」

「榊原さんは私より覚えてないでしょ」

「そこは否定できないです」


ミオの口元が少し緩んだ。

会話が一度止まる。

今度はさっきほど気にならなかった。

周りにも話し声がある。

三人とも普通に食べる。

陽華はパンを一口食べてから、ミオのおにぎりを見る。


「それ何味?」

「鮭です」

「いいな」

「松澤さんのは?」

「たまご」

「普通ですね」

「飯村さんに普通って言われた」


ミオが少しだけ目を丸くする。


「悪い意味じゃないです」

「分かってるよ」


陽華が笑うと、遥斗も少し笑った。


「俺のも聞きます?」

「聞いてほしいの?」

「別に」

「じゃあいいです」

「扱い違いません?」


陽華がまた笑う。

ミオも今度ははっきり笑った。


◇


しばらくして、ミオが二人を見た。


「松澤さんと榊原さんって、年近いですよね」


陽華は飲み物へ伸ばしていた手を止めた。

遥斗も顔を上げる。


「俺と松澤さんですか?」

「はい」

「まあ、二歳ですね」


陽華が頷く。


「私は二十八で、榊原さん二十六だもんね」

「そうですね」


ミオは少し考えるように二人を見る。


「やっぱり近いですね」

「飯村さんから見たらね」


陽華は笑った。


「飯村さん十八だもんね」

「はい」

「私と十歳違うんだ」


改めて口にすると、結構離れている。

入学した時もそう思った。

教室の中には十代の学生が多くて、自分だけ別の場所にいるみたいだった。


(十歳か)


目の前のミオを見る。

十八歳。

それは変わらない。

でも最初の日に感じた十八歳と、今ここでおにぎりを食べている十八歳は、少し違って見えた。

年齢が変わったわけではない。

自分が少し知っただけだ。


「松澤さん?」


ミオに呼ばれる。


「あ、ごめん」

「何ですか?」

「いや、十歳違うんだなって改めて思って」

「そうですね」

「急に遠く感じる言い方ですね」


遥斗が言った。

陽華が遥斗を見る。


「榊原さんも八歳違うよ」

「俺も結構離れてました」

「今気づいたの?」

「数字にするとですね」


ミオが二人を見る。


「でも二人とも、そんなに変わらないです」

「何が?」


陽華が聞く。

ミオは少し考えた。


「話してる感じが」

「十八歳から見ても?」

「はい」


遥斗が少し笑う。


「それは若く見えるってことにしておきます」

「そういう意味ではないです」

「違いましたか」

「多分」


陽華は笑った。

ミオもまた少し笑う。

十歳違う。

八歳違う。

数字だけなら大きい。

でも今は、それだけだった。


◇


陽華が飲み物の蓋を開けている間に、遥斗がミオへ声をかけた。


「飯村さん、午後の色彩って絵具使うんでしたっけ」

「今日は説明だけだったと思います」

「ほんとですか」

「多分」

「飯村さんの多分、結構信用していいんですかね」

「分からないです」

「分からないんだ」


ミオが遥斗を見る。


「榊原さんよりは覚えてると思います」

「それは否定できないです」


陽華は蓋を開けながら二人を見る。

自分が何か言わなくても、普通に会話が続いている。

昨日も少しだけそうだった。

遥斗が絵のことを聞いて、ミオが答えていた。

今日は絵を描いていない。

それでも同じように話している。


(昨日より普通かも)


何が普通なのかは、自分でもよく分からない。

ただ三人でいることを、さっきほど意識しなくなっていた。


◇


昼休みの終わりが近づくと、学生ホールから少しずつ人が減り始めた。

陽華たちも食べ終わったものを片づけ、席を立つ。

三人で教室へ戻る。

廊下を歩きながらも、特別な話はしなかった。

遥斗が午後の教室を間違えそうになって、陽華が違うと言う。

ミオが正しい教室を教える。

それくらいだった。

教室へ戻ると、それぞれ自分の席へ向かう。


「じゃあ、また後で」


遥斗が言う。


「うん」

「はい」


ミオも自分の席へ戻っていく。

陽華は椅子へ座り、机の上に次の授業のノートを出した。


(普通に終わったな)


三人で昼を食べた。

もっと気を遣うと思っていた。

何を話せばいいか考えて、疲れると思っていた。

最初は少しだけそうだった。

でも途中からは、あまり考えていなかった。

入学したばかりの頃なら、一人で食べた方が楽だったと思う。

今日も一人なら、それはそれで平気だったはずだ。

それでも。


(また一緒でもいいかも)


陽華はノートを開いた。

明日の昼を約束したわけではない。

誰もそんな話はしていない。

それでも今日から、昼休みに声をかけられる相手が二人になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。