第78話『予定あります』
第78話『予定あります』
クリスマスまであと少しになった昼休み、学生ホールでもその話題があちこちから聞こえていた。
陽華は向かいに座るミオが、窓の外へ目を向けたのに気づいた。
「駅前、また飾り増えてました」
「増えてたね。この前よりだいぶ明るくなってた」
「もうすぐクリスマスですね」
ミオがそう言うと、陽華も箸を止めた。
「ほんとだね。もうそんな時期かあ」
向かいでは遥斗が少し黙っていた。
しばらくして、陽華の方を見る。
「陽華さん、クリスマスって予定あります?」
陽華はすぐに頷いた。
「ありますよ」
「えっ」
思ったより大きな反応が返ってきて、陽華は目を瞬いた。
「家族と過ごします。毎年そんな感じなので」
「……ああ、家族ですか」
「はい」
遥斗の肩から、少しだけ力が抜けたように見えた。
陽華は首を傾げる。
「なんですか?」
「いや、何でもないです」
ミオが一度だけ遥斗を見る。
けれど何も言わず、そのまま昼食へ戻った。
陽華も深く考えず、今度は二人を見る。
「二人はどうするんですか?」
「私は、まだ特に決めてないです」
ミオが答える。
陽華は遥斗へ視線を移した。
「遥斗さんは?」
「俺も特には」
「バイトは?」
「その日は入れてないです」
「じゃあ、ゆっくりできますね」
「……まあ、そうですね」
遥斗は少しだけ笑った。
クリスマスの話はそこで途切れ、三人は午後の授業や冬休みの課題の話へ移っていった。
◇
クリスマスの夜。
陽華が家へ帰ると、食卓はいつもより少しだけ華やかだった。
母が用意した料理の横には、小さなケーキも置かれている。
「おかえり」
「ただいま」
陽華は上着を脱ぎ、自分の席についた。
父もすでに座っていた。
家族で食事をすること自体は珍しくない。
けれど今日は、食卓の端にある飾りやケーキの箱がいつもと少し違う夜を作っていた。
母が料理を取り分けながら、学校の話を聞いてくる。
陽華が授業のことを少し話していると、それまで黙っていた父が口を開いた。
「学校はどうなんだ」
陽華の手がほんの少し止まった。
前なら、その言葉だけで次に何を言われるのか考えていたかもしれない。
けれど今日は、少し考えただけで答えた。
「うん。今、市のコンクールに出す絵を描いてる」
「コンクールか」
「うん。締め切りは一月の終わり」
「そうか」
父はそれ以上何も言わなかった。
陽華も続きを説明しなかった。
すぐに母が別の話を始め、食卓の会話はそちらへ移っていく。
何かが変わったと呼べるほどのやり取りではない。
父との間にあったものがなくなったわけでもない。
それでも陽華は、自分から絵の話をしたことを少しだけ不思議に思った。
◇
食事を終えて自分の部屋へ戻ると、机の上にはコンクールのために描いていた紙が残っていた。
少し大きくしたラフ。
待っている人と、そこへ近づいていく人。
まだ何度も描き直している途中の一枚。
陽華は椅子へ座り、それをしばらく眺めた。
(春の頃は、今こうしてるなんて思ってなかったな)
学校へ通っている。
遥斗やミオと昼を食べている。
玲奈とも、前より自然に話せるようになってきた。
そして今は、自分で出ると決めたコンクールの絵を描いている。
陽華は鉛筆へ手を伸ばしかけて、やめた。
(今日はいいか)
紙をそのまま机に残し、陽華は立ち上がった。
窓の外には、遠くの家の灯りが見えている。
クリスマスの夜は、いつもの家の中で静かに過ぎていった。




