第77話『それぞれの十二月』
第77話『それぞれの十二月』
十二月も半ばへ近づき、学校の中でも冬休みの話を聞くことが増えていた。
廊下の掲示には年末の予定が混じり、窓の外も日が落ちるのが早い。
クリスマスが近いという声も、前よりよく聞こえるようになっていた。
それでも授業が始まれば、やることはいつもと変わらない。
午前の授業が終わりに近づいた頃、陽華は自分の課題から顔を上げた。
少し離れた席で、咲真が紙を持ち上げている。
眺めて、首を傾げて、また机へ戻す。
「吉永さん、また直すの?」
「ちょっと気になるんですよね」
「さっきも直してなかった?」
「直しました」
「でも見たらまた気になって」
「それ、終わらないやつじゃないですか」
遥斗が横から言う。
「榊原さんにだけは言われたくないなあ」
「なんでですか」
「榊原さんも結構やるじゃないですか」
「……否定できないですね」
陽華は二人のやり取りを聞きながら笑った。
咲真は自分の絵を上手いとは言わない。
それでも、今日も紙を閉じるより先に鉛筆を持ち直していた。
◇
昼休みの学生ホールは、いつもより少し浮ついた話題が多かった。
冬休みにどこへ行くとか、クリスマスに何をするとか、そんな声があちこちから聞こえる。
陽華と遥斗とミオが席についた少しあと、空いている席を探していた咲真が近くで足を止めた。
「ここ、空いてます?」
「うん、どうぞ」
咲真は礼を言って座った。
四人で食べることになっても、話していることは普段と大して変わらない。
「もう冬休み近いですね」
ミオが周りを見ながら言う。
「ほんとだね」
「クリスマスの話ばっかり聞こえる」
「みんな予定あるんですかね」
遥斗が言う。
「私はまだ何も考えてないなあ」
「俺もです」
「私もです」
咲真が少し笑った。
「俺は、休みがあるだけでありがたいですけどね」
「そんなに?」
陽華が聞く。
「高校出てからしばらく働いてたんで、休みって聞くとありがたいなって思うんですよね」
「吉永さん、高校出てすぐここに来たんじゃないんだ」
「はい」
「少し働いてから来ました」
遥斗が箸を止める。
「専門学校に来るためですか?」
「まあ、そんな感じです」
「通うなら金もいるし、ちょっと貯めてからにしようと思って」
「そうだったんですね」
「別に大したことじゃないですよ」
咲真はいつものように軽く笑った。
「来たかったんで、来ただけです」
陽華は少しだけ咲真を見る。
自分なんて、とよく言う。
上手くないとも言う。
それでも働いてからここへ来て、今も気になる線を何度も描き直している。
(好きだから、ここにいるんだろうな)
それ以上は聞かなかった。
咲真も自分から続きを話すことはなく、すぐに別の話へ移った。
◇
午後の授業が終わる頃には、窓の外はもう薄暗くなっていた。
今日は三人ともコンクールの紙を広げず、そのまま帰ることにした。
遥斗は荷物をまとめ、ミオも机の上を片づけている。
咲真は少し離れたところで別のクラスメイトに声をかけられていた。
「じゃあ、また明日」
「はい、お疲れさまでした」
教室を出る学生たちの声が重なる。
陽華も鞄を持って廊下へ出た。
同じ教室で同じ授業を受けていても、ここへ来るまでの時間まで同じではない。
自分にもあった。
遥斗にも、ミオにも、きっとそれぞれある。
今日初めて知った咲真の時間も、その一つだった。
校舎を出ると、街の灯りが前より目立って見えた。
店先には小さな飾りが増え、遠くにはクリスマスらしい光も見える。
(ほんとに、もうすぐ休みなんだ)
陽華は少し肩をすくめ、そのまま駅へ向かって歩いた。
今日は絵のことを考えずに帰った。




