第76話『少し大きく』
第76話『少し大きく』
放課後、陽華は机の上に白い紙を置いた。
この前まで使っていたラフより、少しだけ大きい。
その隣には、残しておくことにした数枚のラフが並んでいた。
誰かを待っている人。
そこへ近づいていく人。
少し離れた場所にいる二人。
どれもまだ、これにすると決めたものではない。
陽華はその中から一枚を手に取った。
待っている人と、その人へ近づいていく人を描いたラフだった。
「今日はそれにするんですか?」
遥斗の声に、陽華はラフから顔を上げた。
「決めるわけじゃないよ。ちょっと大きく描いてみようかなって」
「俺もやってみます」
「ミオちゃんも?」
「はい」
三人とも、それぞれ残したものを机の上へ出していた。
陽華は新しい紙へ街の輪郭を取り、二人の人物を置いていく。
小さなラフでは収まっていた二人が、紙を大きくすると急に近く感じた。
陽華は一度手を止める。
待っている人を少し左へずらす。
近づいてくる人も描き直す。
今度は離れすぎたように見えた。
「小さい時より難しい……」
隣から遥斗が笑う。
「俺もです」
「遥斗さんも?」
「手前が広すぎました」
遥斗の紙には、何度も目が戻っていた道が以前より大きく描かれていた。
少し横へずれた位置から奥へ伸びている。
けれど紙が大きくなった分、手前の道が思っていた以上に広い。
「ラフだと気にならなかったんですけどね」
「残したら、そのまま描けると思ってた」
「俺もそう思ってました」
陽華は自分の紙と小さなラフを見比べた。
「絞ったら楽になると思ったのに」
「考えること増えましたね」
「ほんとにね」
それでも、前みたいに何を描けばいいのか分からないわけではなかった。
陽華はもう一度、待っている人と近づいてくる人を見る。
気になるのは、この二人の間だった。
近すぎても違う。
遠すぎても違う。
街の中で、まだ一緒にはなっていない距離が欲しい。
陽華は人物の位置をもう一度消した。
向かいの席では、ミオがスマートフォンと何枚かのスケッチを並べている。
一枚の写真を見ながら描いているようには見えなかった。
「ミオちゃん、それ同じ写真じゃないよね?」
ミオは顔を上げた。
「はい。この青はこっちが好きです」
「光は?」
「こっちです」
ミオが別の写真を指す。
暗くなりきる前の青が残った写真と、窓の暖かな光が強く見える写真だった。
「混ぜるんだ」
「やってみます。合わなかったら変えます」
「反射も入れる?」
「それはまだ迷ってます」
ミオはそう言って、また紙へ視線を戻した。
陽華は少しだけその手元を見る。
以前なら写真の中からどれか一枚を選ぶのだと思っていた。
けれどミオは、自分が残した青と光を別々に見ている。
三人とも同じように候補を減らしたのに、その先でやっていることはやっぱり違った。
しばらく鉛筆の音だけが続いた。
少し離れたところでは、まだ残っている学生たちが話している。
「もうすぐクリスマスじゃん」
「早くない?」
聞こえてきた声に、陽華は手を止めた。
「そういえば、もうすぐクリスマスなんだね」
「もうそんな時期ですね」
遥斗も鉛筆を置く。
「駅前、飾り増えてました」
「ミオちゃんも見た?」
「はい。暗くなると結構光ってます」
「学校入ったの春だったのにね」
「それ言うと一年終わりそうです」
「まだ終わってないよ」
陽華が笑うと、遥斗も笑った。
「でも早かったですね」
「うん。春の頃は冬なんて全然考えてなかった」
「私もです」
ミオが頷く。
クリスマスの話はそれだけで、三人はまた紙へ戻った。
陽華も鉛筆を持ち直す。
さっきより二人の距離を少し広げてみる。
街の部分も少し増やす。
描いては離して見て、また直す。
しばらくして、最初に描いたものと新しく描き直したものを横へ並べた。
どちらもまだしっくりこない。
それでも陽華は、嫌にはならなかった。
(前とは、迷ってるところが違うんだ)
何を描けばいいのかではない。
この人たちを、どのくらい離せば自分が見たかったものに近づくのか。
街をどこまで入れれば、その人たちがそこにいるように見えるのか。
今はそっちが気になっている。
陽華は新しい紙をもう一枚取り出した。
今度は二人の距離を少しだけ離し、最初の線を引いた。




