第74話『残したいもの』
第74話『残したいもの』
放課後、陽華は机の上へこれまで描いたラフを広げた。
一枚ずつならそれほど多く感じなかったのに、まとめて並べると机のかなりの部分が埋まる。
近くでは遥斗も道のラフを並べ、ミオはスケッチとスマートフォンの写真を見比べていた。
「増やしてばっかりだね」
陽華が言うと、遥斗も自分の机を見る。
「そろそろ減らさないと、余計分からなくなりそうですね」
「減らす?」
「全部候補のままだと、どれを見ればいいのか分からなくなってきました」
「それはあるかも」
陽華は自分のラフへ視線を戻した。
最初に描いたものから最近描いたものまで、街の中にいろいろな人がいる。
「じゃあ、一回分けてみようかな」
「決めるんですか?」
「ううん。まだ残しておきたいのと、今はもういいかなって思うので」
ミオが自分のスケッチを見る。
「それならできます」
「私もそれぐらいならできそう」
陽華は一番端のラフを手に取った。
街角に一人だけ人物を立たせたものだった。
描いた時は悪くないと思っていた。
今見ても、おかしいとは思わない。
それでも手元へ残したいかと考えると、少し違った。
陽華はその紙を机の端へ置いた。
次は人物を大きくしたもの。
これも横へ置く。
街を広く取り、その中に小さく人を置いたものも外した。
紙が一枚ずつ減っていく。
残っていくのは、誰かを待っている人。
道の向こうから近づいてくる人。
少し離れた二人が、これから同じ場所へ着きそうなものだった。
(やっぱり、人がいるだけだと違うんだ)
この間の帰りに見た、待ち合わせをしていた二人が頭に浮かぶ。
待っていた人が相手を見つけ、表情を変えて歩き出した。
あの二人をそのまま描きたいわけではない。
けれど、ああいう瞬間には今も少し惹かれる。
陽華は最後まで残った数枚を並べ直した。
「減りましたね」
遥斗が横から覗く。
「うん。思ったより減った」
「何が残りました?」
「待ってる人とか、誰かに近づいてる人とか」
「やっぱり何かしてる人なんですね」
「みたい」
陽華は外した紙を見る。
「ただ人がいるだけのは、今はもう違うみたい」
「前はそっちも残してましたよね」
「うん。描いてる間に変わったのかも」
何を描くか決まったわけではない。
それでも、もう見なくてもいいものは少し分かった。
「遥斗さんは?」
陽華が聞くと、遥斗の机にも二つの山ができていた。
「俺も結構減りました」
「これ、前にずっと見てたやつ?」
陽華が指したのは、少し横へずれた位置から道を描いたラフだった。
「はい。これは残しました」
「こっちの方が綺麗じゃない?」
隣には道がまっすぐ奥へ伸び、建物もまとまって見えるラフが置かれている。
「俺も最初はそっちの方がいいと思ってたんですけど」
遥斗は二枚を見比べた。
「でも、見るのはこっちなんですよね」
「じゃあ綺麗な方は?」
「一回外します」
「いいの?」
「まだ捨てるわけじゃないですから」
遥斗は整って見える方を端へ動かした。
「上手くまとまってるかより、自分が何回も見る方を残してみます」
「遥斗さんらしくなってきたね」
「俺らしいかは分かりませんけど」
そう言いながらも、遥斗は横へずれた道のラフを手元へ残した。
「ミオちゃんは?」
ミオの机を見ると、紙よりスマートフォンの写真の方が多く並んでいる。
ミオは一枚ずつ画面を送りながら、スケッチと見比べていた。
「これは暗すぎます」
「もう夜だね」
「青がほとんどないです」
次の写真を見る。
「こっちは光が多いです」
「綺麗だけど?」
「でも多すぎます」
ミオはその写真も外していく。
しばらくして、一枚の写真で指が止まった。
暗くなりきる前の空と、窓越しの暖かな光が重なっている。
「これは残します」
「好き?」
「はい」
さらに別の写真を残す。
「こっちは?」
「この光はまだ見たいです」
ミオは陽華にも遥斗にも、どちらがいいかとは聞かなかった。
自分で画面を送り、自分で残すものを決めていく。
やがてミオの前に残った写真も、最初よりずっと少なくなった。
「減ったね」
「はい。でも、この青と、この光はまだ見たいです」
三人の机を見る。
最初より紙も写真も減っていた。
陽華の前には人。
遥斗の前には道。
ミオの前には光。
同じように候補を減らしたのに、残ったものはやっぱり全然違う。
「なんか不思議」
陽華が呟く。
「何がですか?」
「減ったのに、前より分かる気がする」
「増やしてる時は全部候補でしたからね」
「はい。でも今は、残したいのがあります」
ミオの言葉に、陽華は自分の前の数枚を見る。
完成にはまだ遠い。
どの一枚を使うのかも決めていない。
それでも机の端へ外した紙より、目の前に残した紙の方をもう少し描いてみたいと思った。
陽華は一番上のラフを取り、白い紙を新しく一枚出した。




