第73話『もう十二月』
第73話『もう十二月』
十二月に入ると、朝の空気は十一月よりはっきり冷たくなった。
駅へ向かう人の上着も厚くなり、來玲藍駅の周りには冬らしい飾りが少しずつ増えている。
陽華は改札へ向かいながら、駅前の銀時計を見上げた。
(もう十二月なんだ)
ついこの前まで十一月になったばかりだったような気がする。
けれど学校へ着けば、そんなことを考えている暇もなくいつもの授業が始まった。
◇
午前の授業が終わりに近づき、教室のあちこちで片づけを始める音がする。
陽華も課題を見直していると、少し離れたところから小さなため息が聞こえた。
吉永咲真が自分の紙を持ち上げ、首を傾げている。
「やっぱ俺、こういうの苦手だなあ」
近くにいた遥斗が顔を上げた。
「吉永、この前も似たようなこと言ってませんでした?」
「言いましたっけ」
「言ってましたよ」
「だって上手い人いっぱいいるじゃないですか」
「それと吉永の絵は別でしょう」
「榊原さん、たまに真面目なこと言いますね」
「たまにって何ですか」
咲真は笑いながら紙を机へ戻した。
そのまま片づけるのかと思ったけれど、鉛筆を持ち直して気になっていたところへもう一度線を入れる。
少し消して、描き直す。
また離して見てから、もう一本線を足す。
陽華は自分の道具を片づけながら、その様子を少しだけ見ていた。
(自分なんてってよく言うけど、やめるわけじゃないんだ)
上手くないと言いながら、最後まで手を動かしている。
合同授業の時もそうだった。
咲真がようやく鉛筆を置いたところで、昼休みを知らせる声が教室の中に広がった。
◇
学生ホールへ向かう途中まで、咲真も一緒だった。
途中で同じクラスの学生から声をかけられ、咲真はそちらへ手を上げる。
「じゃあ、俺あっち行きます」
「うん、またあとで」
「午後も授業ありますからね」
「遥斗さん、それ別れの挨拶みたいになってるよ」
「そんなつもりじゃないです」
咲真が笑いながら離れていく。
陽華たちはいつもの三人で学生ホールへ入り、空いている席を探した。
周りでは年末の予定や冬休みの話をしている学生が増えていた。
「冬休み、どこか行く?」
近くの席から聞こえた言葉に、陽華は箸を止める。
「そういえば、もう冬休みの話する時期なんだね」
「十二月ですからね」
遥斗が答える。
「冬休み、もうそんなに遠くないです」
ミオも言いながら飲み物へ手を伸ばした。
陽華は少し考える。
「休みが終わったら一月か」
「そうなりますね」
「……早いなあ」
そこで三人の間に、少しだけ間が空いた。
同じことを思い出したらしい。
「締め切り、一月末ですよね」
「うん」
「最初に聞いた時は結構先だと思ってました」
ミオの言葉に、陽華も頷く。
「私も」
「俺もです」
遥斗が笑う。
「まだラフ描いてますけど」
「私も人ばっかり増えてる」
「私は青ばっかり増えてます」
「三人とも増えてるだけじゃん」
陽華が笑うと、遥斗も少し笑った。
けれど最初の頃とは違う。
何を描くか分からないまま紙だけ増えているわけではない。
陽華は人がそこで何をしているのかを見るようになった。
遥斗は同じ道でも立つ位置を変えている。
ミオは自分が欲しい青と光を選んでいる。
まだ決まってはいない。
それでも、少しずつ近づいている。
「そろそろラフの次も考えないとね」
「ですね」
「はい」
それだけ話すと、三人はまたいつもの昼食へ戻った。
◇
放課後、遥斗はアルバイトがあると言って先に帰った。
ミオも今日は残らず、陽華とは校門のところで別れた。
陽華は一人で駅へ向かう。
空はすでに暗くなり始めていて、店先の明かりが目立っていた。
買い物袋を持って歩く人がいる。
マフラーを巻き直している人がいる。
店の前に立ち、飾りを見上げている人がいる。
陽華は足を止めることなく、その横を通り過ぎた。
作品を探して歩いているわけではない。
それでも、以前なら気にしなかった人の姿が自然と目に入る。
駅前まで来ると、銀時計の周りにも灯りが増えていた。
陽華は少しだけ立ち止まる。
一月末。
その言葉を初めて聞いた時は、まだずっと先にある日付だった。
今は十二月。
もう少しすれば冬休みが来る。
冬休みが終われば年が変わっている。
(そろそろ、次に進まないとな)
焦っているわけではない。
明日すぐ何かを決めようとも思わない。
ただ、机の上にラフを増やし続けるだけではなく、その先へ進む時が少しずつ近づいている。
陽華は駅前の灯りから目を離し、改札へ向かって歩き出した。




